●第三十五話 聖獣の猛威
都内某所にて、栗色の髪の少女は興味深げに端末を覗いていた。
チョーカーを首に巻き、ブラウスにハーフパンツと晩夏らしい、まだまだ暑いことを感じさせる服装でありながら、少女は汗一つかいていない。
画面には、都内某所で起こっている戦闘を映す監視カメラの映像が流れている。
無断でハッキングし、リアルタイムで実況中継する形で覗き込んでいるのだ。
一人の、白衣を着た十七歳の女性を伴いながら。
「どう? 何か、面白い状況でもある?」
「神山的にはお姉ちゃんが見たかったのですが、どうも彼女の姿が映らなくて残念です。あの人を観察したいのに――と神山はそれっぽくあの人と何か関係があることをほのめかして見ますが、一箇所は面白いです」
「それっぽくできてないわよ。それはともかく、一箇所、ね。」
真っ直ぐに白衣の彼女を見据え、はい、と頷く栗色の髪の少女。その表情に色はなく、常に平坦。まるでロボットのようだとも取れるだろう。
少女は端末へと視線を戻す過程の途中で、ぴと、と視線をとめた。
「おや、あそこにいるのはNo.5とNo.9ではありませんか?《神上の光》や《集結》が名を連ねる、【使徒】と呼ばれるあの」
「そのようね。金城神助と海原夏季、彼らが揃って都内にいるとは珍しい。」
「身長体重座高スリーサイズ、生年月日、能力、戦績――情報の取得に成功しました。見たいですか? 見たいといえばすぐにでもこちらの端末に転送、表示しますよ?」
「……。そのシステムを乱用するの、いい加減にやめなさい。」
ぺし、と白衣の彼女が頭を叩くと、栗色の髪の少女はぷうっと頬を膨らませた。
「お姉ちゃんでもないのにうるさいです。神山的に、わたしがシステムをどうしようとわたしの自由だと思うのですが。システムはわたしであり、わたしはシステムですから」
「無表情で頬を膨らませても。可愛くないわよ。」
「仏頂面の無機さんに言われたくありません」
「時折面倒見てあげてるんだから。言う事くらい聞きなさい。」
「――――それよりも、お姉ちゃんです」
「……逃げた。ほんと、神山モードのあなたは扱いづらいわね。」
研究者といったいでたちの彼女の前髪をかき上げながらの溜め息は、青空へと吸い込まれていった。
☆ ☆ ☆
誠の双剣と久遠の操る八咫烏が激しく衝撃を撒き散らすのを視界の隅に、水野秋奈はシャッターのすぐそばで九尾に守られているユイを背に、砂鉄を自在に操る女性――石刃阿鳴と交戦していた。
「ふふふ、ここは幸い地下。土の中、ということがどういうことかわかるわね? ……わかりますよね?」
石刃が両腕を広げる。ズズズ、と地鳴りのような低い音が周囲を揺らし、砕けた地面や天井から、黒く細かい砂鉄が生き物のようにせり出してくる。イナゴの大群の映像を思い出させ、鳥肌が立つのを感じる秋奈。砂鉄はやがて、石刃の周囲を磁力線に沿って舞う砂鉄群の中に吸い込まれ、黒い竜巻となる。
石刃の腕が突き出された。
歯車のように激しく回旋する砂鉄が放たれた。
円形の飛び道具、巨大なチャクラムのような形を模し、その外周は鋭い刃と化している。
大気を裂く猛撃に対し、秋奈は冷静に地へと手を添えた。
「………《物体干渉》」
能力名を小さく呟く。
瞬間――地面から分厚い壁がせり上がり、砂鉄を真正面より受け止める。激突の衝撃で砂鉄は形状を保てずにサラサラと弾け、石刃の下へ吸い込まれるように戻っていった。
「あら、なんか面白い能力。土でも操るのかしら? ……でしょうか?」
「………土だけじゃなかったりして。例えば、コンクリートを液状化、とか」
秋奈は両手を地面に添えたまま、クラウチングスタートのような格好で石刃を見据える。
――水野秋奈の能力《物体干渉》とは、『物体の持つ情報に干渉する能力』である。
ここでいう情報とは、例えば水なら『液体』『形状は入れ物に依存する』、縫い針なら『金属性』『鋭く固い』などといった性質を主に指す。
秋奈の能力は、その情報面に干渉し、情報を書き換えることができる。
水を『凍らせずに固体化』させることができ、縫い針を『熔かさずに液状化』させることもできる。あるいは形状を自在に変更し、即興で水を竜の形に変えることだってできるのだ。
現在干渉しているのは、地下街に敷き詰められたコンクリート。
固体であるそれを一時的に『液状化』し――ドバッ! と地下街を包み込むほどの津波を引き起こした。
石刃の姿どころか、周囲に散らかるありとあらゆるモノを包み込み、押し流す。石刃を飲み込んだことを認識した秋奈はコンクリートの液状化を解き、元の固体へと戻した。予定通りならこれで石刃の体はコンクリートによって箱詰め状態なのだが――
黒い刃が灰色の塊を切断する。
引き裂かれたコンクリートの隙間には、砂鉄でできた繭のような物体があった。
「残念だったみたいね。衝撃はすごかったけど、その程度で追い詰められるほど弱くないのよ。……ないんですよ」
それら砂鉄が磁力線を描き始め、ふたたび石刃の無傷な姿が現れる。
予想はしていた。石刃は大方、秋奈がコンクリートの津波を放った瞬間に操る砂鉄をすべて自身の前へと運んだのだろう。それをカプセル状にして自身を包ませれば、津波を逃れるスペースを生み出すことができる。
「ほらほら、その程度なのかしら!? ……なのですか!?」
石刃が両手をクロスさせ、彼女を中心として舞う砂鉄の磁力線より、幾本もの黒い槍が飛来した。姿勢を変えない秋奈は地面を変質して壁を作り、槍を防御。ユイたちへは後方へ散る微量の砂鉄すら届かない。
状況の変わらない攻防が続き、石刃がわずかながら焦りを見せ始める。
なぜ焦るのか――それは、石刃の予想に反して、秋奈の防御が異様に強靭なものだったからだ。
彼女の能力《磁力誘導》は、その漢字名の通り磁力を操る能力である。石刃が砂鉄を主な攻撃手段として選ぶ理由は、大抵の場所でも即興で取り出せるからだ。
そして石刃の操る砂鉄は、常に細かく激しく振動を見せていた。
振動する砂鉄の塊は、誠が扱う《超振動ブレード》同様斬撃性能を付与される。通常であれば、土やコンクリート程度なら切断するのは容易く――実際に、石刃を襲ったコンクリートの拘束はあっさりと切断することができていた。
しかし。
彼女が放つ砂鉄の槍や鞭は、コンクリートを切断した際と同等以上の斬撃性能を宿しているはずなのに、水野秋奈の生み出す壁を切断することは一切できていなかった。
それこそ、秋奈の能力《物体干渉》の真骨頂、『情報強化』によって。
《物体干渉》は、情報面に干渉する。それは何も、書き換えることだけができるわけではない。
固体としての情報をさらに強化、たかが土をダイヤモンド並みの鋼鉄さに設定し、衝撃を弾き返すことが可能となるのだ。
この応用性を誇って秋奈がランクⅨのままな理由はただ一つ――『己が触れている間のみ、触れている一つの物体にしか干渉できないから』という、彼女自身の未熟さだった。
使いこなせれば、ランクⅩ入りは確実といえるだろう強さと応用性を、その能力はすでに秘めているのだ。
――石刃が若干動作や攻撃法を変え、先ほどのチャクラムのような歯車攻撃や鞭のような攻撃も交えてきたことを受け、相手が何かしらの心境変化を迎えたことを察知する。
地面に着く手を片手にして、秋奈はもう片方の手で、背後でユイを守っているパートナーへハンドサインを向けた。
ユイの小さな声と、背後の九尾が体勢を変える気配が背中に伝わる。
石刃が砂鉄の槍を放った瞬間、秋奈は指を二本立て、石刃へ向けて突き出した。
「………九尾!」
フシャアアアッッッ!! と空気を震わせる咆哮が響き渡り、九つの尾より蒼い狐火が爆裂した。秋奈の能力が砂鉄の槍を真正面よりかき消し、その隙間を縫う蒼炎が石刃へと飛来する。
短い悲鳴を上げた石刃。
蒼炎が炸裂し、彼女の体が大きく吹き飛んでいった。
秋奈は地面を操作し、大方気絶しただろう石刃の体をさらに拘束する。これでもかと雁字搦めにしたところで、手を離した。
「あきなすごいっ! たおしたねー!」
「………ん、なんとか、ね」
賞賛してくるユイに対し、微笑みながらぶい、とピースを向ける秋奈。なんとか、と謙遜しているが秋奈、ほぼ無傷でこの戦いを乗り切っていた。
勝利の一手を切り開いてくれた九尾のあごの辺りを撫でる。
「………九尾も、ありがと。あなたのおかげだよ」
『……見たところ、お嬢は攻撃が苦手なようだしな。この程度で礼を言う必要は無い』
九つの尾をはらりと揺らし、秋奈のお礼を流す九尾。とことん頼もしいパートナーだ。
――九尾の言葉通り、秋奈は極端に攻撃が『苦手』だったりする。
能力の特性上、という都合ももちろんあるが、相手をうまく傷つける方法を考えるのが苦手なのだ。その代わり自衛のバリエーションはトップクラスなので、基本的に持久戦に持ち込んでから、敵を『倒す』のではなく『拘束する』ことを主な戦法としている。
それが、九尾の加入だけで一転。攻撃を彼(彼女?)に任せられるようになっただけで、戦闘のバリエーションはグッと広がるだろう。
もう一度感謝の思いを籠めて九尾の毛並みを撫でる――瞬間。
激しい金属音が、秋奈の耳へと届く。
誠の戦闘は、今尚続いている。
「………誠」
『お嬢、この場は』
「………わかってるよ、九尾。行こう、ユイちゃんのために」
その戦いへ参戦したい気持ちは大きい。けれど、秋奈はくるりと背を向けた。
シャッターへ手を添え、形状を変化させ、秋奈たちの通れるだけの道をこじ開ける。
ユイを安全な場所まで連れて行くのが先決だ。
それに、誠の強さは、秋奈が誰よりも信じていなければ、意味がないのだから。
☆ ☆ ☆
ユイを襲った幾度もの爆破は、久遠の、念動能力の亜種である超能力《風力操作》によって起こされたものだ。
大気を一箇所に圧縮、それを解除することで圧縮された大気が膨張し、莫大な衝撃波を巻き起こす。行程だけでいえば、わずかこれだけの作業である。
その行程の際に起こっていたのが、気圧低下でもたらされる佑真が二度聞いた耳鳴りや波瑠の感じたわずかな寒気、地下街では吹くはずのない風や圧縮された地点で起こる陽炎だ。
《気流操作》だけでなく大気を動かせる能力者なら誰でも起こせる、簡易爆弾といったところ。
もっとも、あくまで攻撃力を有するのは押し出される大気の質量のみ。誠との戦いで起こした『目の前での爆発』ほどの至近距離でなければ、殺傷能力はないといえるだろう。
その能力者であり《レジェンドキー・八咫烏》を操る久遠柿種は、小野寺誠を圧倒していた。
制空権を奪っているのだ。
双剣を操り、さらに能力を用いて《跳躍》を繰り返す誠は、地下街という閉鎖空間の特性を利用して三次元的戦い方を行なってはいるが、それでも空中で自由の利く八咫烏には有効打が刺さらない。
それに加えて手数。久遠は自身の能力に加え?




