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●第三十四話 緋炎の誓文

第二章はあと五話くらいです!

 小野寺誠には、二人の姉がいた(、、)

 彼女らも、誠と同様小野寺家に代々伝わる《小野寺流剣術》の継承者である。


 一人は小野寺(れん)。七歳も年上の彼女は、すでに働いている社会人だ。剣の腕は正直にいえば『そこそこ』だし多少ブラコンだし華の二十代でも付き合っている彼氏はいないし……優しい姉なので、責めることはしないけれど。


 もう一人は、小野寺(きづな)

 誠の一歳上で――――彼女が九歳になった年に唐突に家出して以来、彼女の所在はつかめていない。


 たった一歳だけ年上の姉を、誠は好きだったし、尊敬していた。

 誠に剣の術を教えたのはすべて絆。いわば、絆は誠の師匠なのだ。

《小野寺流剣術》として、攻撃に特化したスタイルや能力を利用して衝撃波を撃ち出す技術など『誠のための剣術』を開発し、伝授してくれた。


 それだけでなく、絆本人も剣の腕は格別。

 誠は結局彼女から一勝を奪うこともできないまま、生き別れる羽目となった。


 家出は本当に唐突なもので――『探さないで下さい』の置手紙のみが残され、絆が愛用していた一本の真剣のみが消えていた。

 必死に探した。

 当時八歳の誠だったが、彼が行ける範囲はすべて探した。

 しかし、その程度の捜索で見つかるわけもない。

 大人の捜索網からも彼女は逃れ、今現在もその行方はわかっていない。


 尊敬する姉が選んだ生きる道なのだから、と誠は責めなかった。

 いつか必ず再会できると信じて。

 再会したその時、彼女をがっかりさせぬよう、胸を張って双剣を握れるよう、『小野寺』の苗字を背負って剣の腕を鍛え続けている。



 それが、誠が努力を続ける理由の一つであり。

 もう一つ、誠が剣の腕を鍛え続ける理由が存在する。



 それは、誠がずっとずっと幼い頃の記憶。

『そのこと』が起こった直後、誠はアイデンティティというものを失っていた。

 自分がどう生きればよいのか。自分は今後どうなるのか。自分とは、一体なんなのか。

『そのこと』を決意したことに後悔はないが――しかし、幼い誠の中で、『自分』が激しく揺らぐ。小野寺。水野。ガーディアン。主従関係。そして――『そのこと』。


 小さな体で大きな負を背負った誠の悩みを拭ったのは、水野雪奈。

 秋奈の母親だった。


『誠、ちょっといいですか?』

『なに、雪奈さん』

『あなたがした決意は、とても立派なものです。三歳の男の子がするには、それはとても大きな決意でした』

『…………じゃあ、なんで僕は、「小野寺」になるの……?』


 本来ならば答えにくいだろうその質問に対し、雪奈はこう返した。


『それは、秋奈を守る男になるためですよ』

『秋奈を、守るため?』

『はい。あなたがあの時当主様の前でした決意は、そういうことでしょう? ですから、誠は「小野寺」になるんです』

『……?』

『ちょっと難しかったですかね。――「小野寺」は、代々「水野」を守ってくださるのです。ですから、誠は秋奈を守る決意の象徴として、「小野寺」の苗字を背負うのです』


 秋奈を守るため、小野寺の苗字を背負う。

 少し表情の明るくなった誠の頭を、雪奈は優しく撫で下ろす。


『では、約束をしましょう』

『約束?』

『誠、秋奈の側で、一生彼女を守ってあげてください。彼女の笑顔はあなたが作るのです。秋奈の居場所を作ってあげてください。これは、誠にしかできませんよ?』

『僕にしか……うん! がんばるよ、雪奈さん!』


 秋奈を守るため、強くなる。

 誠がその決意をしたのは、わずか三歳の時。

 大人に近づくにつれて、この決意は揺らいでいく。

 心も体も成長するからこそ、誠は己の感情と秋奈との関係、その二つにゆらゆらと揺り動かされる。



   ☆ ☆ ☆



「――――ふごあっ!?」


 ズドッ、という衝撃を受け、誠は息をもらしながら起床した。きょろきょろ周囲を見回して佑真の部屋に泊まったことを思い出した後、自分の上に馬乗りになっているユイを目視した。


「おはよーまこと」

「お、おはよう……とりあえず、どいてくれるかな。いてて……」


 ユイを抱き上げ、腹部を押さえながら立ち上がる。と、おそらくユイに同伴してきたであろう秋奈の姿も見えた。


「あ、おはようございますお嬢様」

「………誠、言葉遣い」

「あ、ごめんごめん、もう反射的に敬語使うようになってるからさ。おはよう秋奈」

「………ん、おはよう」


 控えめに微笑む秋奈と挨拶を交わし、床で潰れるように雑魚寝している佑真を蹴り起こす――余談になるが、ベッドの使用権はテレビゲームの末に誠が奪っていた。

 剣と一緒に持ち込んでいた制服に着替えて寮長の部屋へ降りる。波瑠が作った朝食の並ぶちゃぶ台を囲み、「いただきます」。ちなみに寮長はすでに学校へと行ってしまったので、子供だけの朝食だ。


「そういえば新学期入ってから佑真くん、毎回こっちでご飯食べてるよね」

「作るのメンドいからなぁ。それに、波瑠の作る飯美味いし。な、ユイちゃん? 美味いよな?」

「うん、おいしーよハル姉」

「えへへ、そうかな」


 朝からごちそうさまです、と思う誠と秋奈だった。


「誠、結局警察様の方ではどうだったんだ? ユイちゃんのこと」


 食パンを一気に口につめる佑真が、ややくぐもった声音で問いかける。


「動きなしだったよ。まあ、半日やそこらでどうにかなるとは思ってないけど、あと二、三日はユイちゃんを預かって欲しいってさ。保護者が見つからなかった場合も結局、施設が見つかるまでは僕ん家辺りでしばらく引き取ることになると思うけどね」

「へえ、大変だな。なんにせよ、保護者が見つかるのが一番いいことだけどな。――爆破事件の方は?」

「………進展はなし。だけど、波瑠ちゃんのおかげで爆破の仕組み自体はわかった」


 へえ? と秋奈の言葉で視線が波瑠に集結する。波瑠は遠慮がちに微笑み、


「あれね、キャリバン――私の友達もできるんだよ~。仕組みは後で教えるね」

「すでに犯人は割れてるからな。あとは爆破を防ぐかあるいは、爆破を起こさせてとっ捕まえるかってトコか?」

「わざわざ起こさせるほうは厳しいけどね。なにせ、狙われてるのはこのユイちゃんだから」

「うにゅー」


 ぽん、とユイの頭の上に手を乗せる誠。ちなみにユイが着ている服は、昨日も着ていた獣耳パーカーだ。


「とりあえず今日は、ユイちゃんを【生徒会】の支部へ連れて行こうと思うんだ」

「お、960(苦労)支部か?」


 佑真がにやりと不敵な笑みを浮かべながら告げ、誠は嫌そうに首肯する。

 誠と秋奈が所属しているのは、通称『960(苦労)支部』と呼ばれている。偶然ナンバリングが960であることと、佑真を筆頭に【ストレイヤ】や超能力がらみの揉め事が多く、検挙数が都内で一位を争うことからそう揶揄されていた。

 検挙数で都内トップを争えるほど優秀な人材そろいである、という裏返しでもあったりする。


「佑真たちもついてくる? ぶっちゃけると、爆破事件がもし道中で起こっちゃった時の戦力扱いだけど」

「護衛任務ってわけだな。どうする波瑠? 行くか?」

「行こうよ。ユイちゃんが心配だし、それに爆破の瞬間に立ち会えたら、今度こそ私の超能力(チカラ)で爆破そのものを防げるし」

「いざという時は《零能力》もある。……怖いけど」


 拳を握って見せる佑真。零能力? と首をかしげる誠と秋奈をよそに、佑真と波瑠は意志の同調を認識して頷きあう。


「………でも、堂々と学校サボっていいの? 寮長さんには何も言ってないんじゃ」

「構わないって。波瑠は成績優秀真面目生徒だ。事情がわかってるんだから、波瑠にはお咎めなしだろうよ。波瑠にはな。そう、波瑠には……」


 佑真にはあるんだ、と全員が思ったが口には出さなかった。


「それじゃユイちゃん、今日、連れて行きたい場所があるんだけど、いいかな?」

「いいよー」


 こくん、と元気よく頷いて了承も取れたことで、話は一旦そこで終了した。


   ☆ ☆ ☆


【生徒会】960支部への移動は、地下街を利用することにした。


 地下街とは、第三次世界大戦時に市民の避難シェルターとして急造された、その名のとおり地下に存在する街のことだ。

 高さは最大でビル五階分ほど。各地に電波基地が備えられているので電波受信は安心。戦争後は一部改装され、商業施設が立ち並ぶようになっていた。


 そもそも土地不足が懸念されている日本において、地下街の存在はそれなりに大きく、全国各地に存在している。そもそも爆撃に耐えられるよう設計された郷土を誇るため、地震大国において『地下での生活空間』というのは、世界への技術アピールともなっていて工業系企業の宣伝材料になることもしばしばだ。


 今は午前十時――地下街の特性上時間帯はいまいちわかりにくいが、学生たちも大人たちも各自の戦場へ向かっているため人気は少ない。

 そんなここ、地下街も午後四時辺りになれば、学生で賑わうのが恒例となっている。


「その理由は、ゲーセンをはじめとした学生狙いの施設が充実しているからなのだ!」

「うん、それくらい皆知ってるよ」


 誰に対してのドヤ顔なのか。佑真のセリフをあっさり流した波瑠は、数歩前を歩く誠たちに視線を向ける。


「まことー、あきなー、おなかすいたー」

「ユイちゃん、つい一時間前に朝ごはん食べたばっかりなんだけどな」

「………あそこにたこ焼き屋がある。ユイちゃん、あそこで食べよう」

「あーい」

「あそこって百メートルくらい先だよね? あと秋奈も食後一時間しか経ってないけど!?」

「………誠、あたし、食欲に逆らうと死んじゃう病なの」

「初耳だなそんな病気。もう好きにしていいよ」


 ユイが間で楽しそうにちょこまかと動き、それを誠と秋奈が対応する。

 ほのぼのとしたその光景は、


「なんかあの三人、親子みたいだね~」

「親子はさすがに行きすぎだと思うけど……ま、絵にはなってるよな」


 あれで誠さえ男らしければ、というセリフは喉の奥で留めておく。小野寺家の家訓で伸ばさなければいけないとはいえ、長い髪をポニテにされてはもう女子にしか見えません。

 ――呆れたように溜め息をついた佑真は、唐突に立ち止まる。

 自分の前髪が不自然に揺れているのが『気になって』。


「………………風?」


 波瑠は揺れる前髪の隙間から、彼の顔を覗き込む。声をかけようとして、しっ、と人差し指を腰のあたりで――まるで、波瑠以外の誰にも気づかれたくないというように――立てられた。佑真は瞳を閉じる。

 彼の様子に気づいた誠と秋奈が、足を止めて振り返る。


(…………ん? なんか、寒気が……?)


 波瑠がそれに気づいたと同時、キィィィィン、と耳鳴りが響き、「うぐぅっ」とユイが露骨に顔をしかめる。必死に視線をめぐらせる佑真の様子で波瑠もようやく爆破の前兆だと気づき、ともに周囲を見渡していく。

 焦りで心拍が上昇し、集中力がかき乱されていく中、


「――――そこか!」


 佑真が視線を向けている先へバッと振り返る。

 その方向の先では、虚空が陽炎のように揺らめいていた。ちょうど衣料品店のショーケースの前、奥にある衣服が形を歪ませて見える。

 波瑠はそれが、すでに爆破寸前だと理解した。


「(爆破そのものは間に合わない――――)SET開放!」


 SETを起動させる。

 瞬間。


 轟音が炸裂する。


 大気という質量が球状に衝撃波を撒き散らす。周囲にあったベンチや観葉植物が薙ぎ倒され、吹き飛ばされる。地響きが地下街を激しく蠢いた。

 しかし、被害はそれ以上進攻しない。

 ショーケースのガラスの前に立ちはだかる氷壁は飛び散るであろうガラス片すべてを受け止め、崩れ落ちる瓦礫や転がるベンチも人に当たる直前で、氷塊に呑み込まれていた。それも爆破地点から三百六十度、全方位で。


「はぁ……はぁ……」


霧幻焔華(コールドシャンデリア)

 全日本第二位を誇る超能力。

 波動量が全快となった波瑠の能力を持ってすれば、この程度、造作もない。


「佑真くん、被害は――あれ? 佑真くん?」


 佑真に一応被害者がいないかどうかを尋ねようとして、その佑真の姿が見当たらないことに気づく。誠と秋奈も見つからないが、二人は爆発が起こったらユイを連れてとにかく屋外へ逃げ出すよう行動を決めていた。実行しているのだろう。

 波瑠は迷った末――――佑真を探しつつ、敵勢力を叩くことに決めた。


(今度は違う。アーティファクトの時みたいに、一人で無茶をするんじゃない。佑真くんを一人で戦わせないために! 今の私は、守られるだけの私じゃないんだから!)


   ☆ ☆ ☆


『お嬢、このまま屋外まで逃げればいいんだな?』

「………ん、お願い。ユイちゃん、しっかり掴まっててね」

「う、うんっ」


 腕の中でギュッと自身にしがみつくユイを抱くようにして、爆破直後に《レジェンドキー・九尾》を請願した秋奈は、九尾にまたがって外への出口を目指していた。

 自身で走るよりも圧倒的に速く、隣で《加速》をほどこして併走する誠と同速。身長的ハンデが大きすぎてどうしても速く走れない秋奈としては、これが風になったような感覚なんだ、と思わず感銘を受けてしまうほど。九尾と『友達』になれたことにひたすら感謝だ。


「っ!? な、なにこれ!?」


 もうすぐ出口が見えてくる、というところで足を止める誠――《加速》の余剰として五メートルほど足を滑らせる。続く九尾も滑るように走行を止め、ユイを抱きかかえたままひらりと飛び降りた秋奈は、目の前の光景に絶句する。

 敵の狙いはユイだ。そのためには、彼女だけでも何が何でも逃がさないといけないのに、目の前にはそのままの意味で壁が立ちはだかっていた。


 分厚い非常用シャッター。

 それが無慈悲にも、外界との出入り口を塞いでしまっていた。

 大方、爆破の衝撃を感知して閉められたのだろうが……。


「………この辺、他に出入り口あったっけ?」

「あるにはあるけど、それじゃ爆破地点に戻って敵のいる場所に着くだけ。速攻で逃げ出した意味がなくなっちゃうよ。くそっ、タイミング悪すぎ!」

「………だったら、あたしの超能力で。ユイちゃん、ちょっと待ってて」


 ユイを九尾の上に座らせ、携帯端末のようなSETを取り出す秋奈。


「………SET開放」


 画面に指を滑らせ、SETが起動される。ルビーのように輝く波動に、ユイが素直に「きれい……」と溜め息のような感嘆をもらし、誠も一瞬ながら見とれてしまう。


「そっか。秋奈の《物体干渉(ファクトブラウザ)》なら!」

「………シャッターそのものを変形させて、出入り口を作り出せる」


 得意げに頷いた秋奈はシャッターへ手を添え――――



 ひゅん、と顔のわずか数センチ横を何かが通り過ぎた。



 秋奈のサイドテールの先端が切断され、真紅の髪がはらはらと舞う。

 その何かはシャッターに衝突すると、さらさらと砂鉄の姿に戻り、静かに地面へ降り注いだ。秋奈はそれらを目視してから、振り返る。


「………敵、かな?」

「だったらどうする? ……どうしますぅ?」


 全体的に秋物の、普通の衣装に身を包んだ、二十代前半あたりだろう女性。

 とても一般人にしか見えない彼女の周囲には、波動とともに、まるで生物のように蠢く砂鉄が渦を巻いていた。

 そして、その彼女の背後には、例の黒き三本脚の大鳥。


「ふたたびお前たちか。今回は殺すことも吝かではないが、覚悟はできているんだろうな?」


《レジェンドキー・八咫烏》の上に乗る男、久遠柿種(くおんかきたね)が誠たちを、本物の殺意を以て見下ろしてくる。

 誠が双剣を引き抜き、飛び出したことを合図として。

 地下街を舞台として、四人の能力者が一人の少女をめぐって戦闘を開始した。


   ☆ ☆ ☆


 無数の銃声が響き渡る。


「第二列、用意! 撃て!」


 警察――といっても武装した『対能力者部隊』が列を組み、関ヶ原の戦いのごとく装填と発砲を繰り返しながら、巨大な生物と交戦を繰り広げている現場に、天堂佑真は出くわしていた。

 彼らの持つライフルやサブマシンガンの放つ轟音と火薬の臭さ、そして銃弾をもろともしない巨大生物の咆哮が五感を轟々と刺激する。これでも数回死線を抜けてきた佑真だったが、初めて出くわした集団戦に怯まずにはいられなかった。


 ――もっとも、集団戦といっても、敵は一人だけ。一人という表現も間違っているかもしれない。ラフな格好の青年が一人だが、その彼は巨大なトカゲの上に乗っている。


「おいおい、あれってティラノサウルスか? またすっげーもんが相手だな……」


 柱の影より、佑真はその光景を目視していた。

 壁のように立ちはだかり、進路を断っているその姿。鋭い牙を幾本も見せ、太く長い尾を鞭のように振り回して武装した警察を弾き飛ばし、あるいは鉄の塊である銃弾を強固な皮膚で受け止める。

 超能力でない攻撃はほぼ通じていないようだ。

 ならば、と警察は動きを見せる。佑真でも思いつく次なる手段はもちろん――人類科学の総本山、超能力。


「「「SET開放!」」」


 数名の声が響き渡る。

 あざやかな波動が数名の大人を包み込んだ。


「行け、《火炎粒炎(シュートファイア)》!」


 一人の男が放つ火球をはじめ、雷撃や念動力による瓦礫の射出など、より取り見取りの能力による攻撃が放たれる。しかし、


「ティラノ、薙ぎ払っちまえ!」

『GYAAAAAAAAAAAA!!!』


 ゴウッ! とティラノの尾が大きく一閃、大気を引き裂き打ち落とされる。すべての能力を真正面から叩き潰す。シールドを持った屈強そうな男性が数名、勢いそのまま飛来する尾を迎え撃つも、簡単に押し潰されてしまった。

 肉の潰れる嫌な音が響く。飛び散る鮮血に顔を歪める佑真。

 自身より力は上だし、武装もしていたし、人数も多かった。それをもろともせず――どころか、超能力程度なら吹き飛ばすことができる。


「けど――隙なら一つあんだろ?」


 佑真は、倒れた警察の所有物であろう、弾き飛ばされていた拳銃を発見。ティラノを操る男に見つからないよう隙を見てそこへ駆け出し、うまく回収はできたが、


「キミ、何やってるの!?」


 げっ、と顔をしかめる。隊列の後方で支援を行なっていた女性に見つかり、壁際まで押し込まれてしまった。佑真を守るようシールドを構えつつ、女性はティラノを見据えながら怒鳴る。


「見た所学生でしょう!? こんな時間にここにいることもだけど、危険だって見てわかるでしょう!? 相手は例の連続爆破事件の犯人グループの一人、大人ですら歯が立たない状況よ! 今すぐ避難しなさい!」

「うーんと、危険なのはわかってるけどさ、今のままじゃあんた達、全滅するだろ? だったら助太刀してやろうかと思って」

「子供が何言ってるの!?」

「子供の浅知恵一つ、頼ってみる気はねえか?」


 すっと目つきを鋭くさせる佑真に、女性が一瞬だけだが面食らう。


「ただ、すごく一か八かだ。発砲する必要がどうしてもあんだけど、外したら、ティラノの反撃を確実に食らう。ものすごく危険なやり方だから、自分でやろうと思うんだけど……」

「あなた、当たり前だけど拳銃を初めて持つんでしょ? そんな震えた手で撃っても見当違いの場所に飛ぶだけよ。――そうね、利用できそうだったら私がやってあげてもいいわ。キミは危険の及ばない場所まで逃げること。いいわね?」

「若くして命をお粗末にするつもりはないですよ。……よろしくお願いします」


 佑真は女性に耳打ちし、以前までいた柱の影へ戻る。幸いティラノの上の男に発見された気配はない。女性はホルスターより拳銃を手に取り、遠距離からティラノへ銃口を向けていた。

 若干手が震えているのが遠目に見てわかる。

 もし銃弾を外せば、相手の敵意が女性に向くことは確実だ。その旨を伝えた上で佑真の提案をよしと認め、実行してくれるその勇気――素直に尊敬する。もっとも、いざとなったら佑真が飛び出して敵意(ヘイト)を稼ぐつもりだが。


『GUUUUUOOOOOOOOOO!!!!!』


 ティラノの怒号が響き渡り、幾度目かわからない尾の横薙ぎが炸裂。大人たちをボウリングのピンのごとく簡単に弾き飛ばす。


「今だ!」


 佑真が叫び、女性が発砲する。それに気づいた他の者たちは『無駄な攻撃を』と目を見張り、ティラノの追撃へ構えた。

 ライフルやサブマシンガンと比べると圧倒的に威力の劣る銃弾は、


『GYAAAAAAAAAA!?!?』

「うおわっ、ティ、ティラノ!?」


 しかし、ティラノから紅の飛沫を生み出すことに成功していた。

 具体的には、ティラノの右の眼から、である。

 佑真の提案は驚くほど単純なもの、『目潰し』だった。バカ正直な戦法を取らず、小さく姑息に優位な状況を作り出すことへ執念を抱く。路地裏で『九十九パーセントの敗北』を前提としたケンカに慣れている佑真だからこそ、真っ先に思いついたのかもしれない。

 ティラノが大きく仰け反り、上に乗る青年がバランスを崩して地面まで落下する。


「今よ! 腹を狙って撃って!」


 最後列より女性が叫び、能力者をはじめとした警察の追撃がティラノの腹部へ突き刺さる。最後に刺さった火球で呻くように体を横たえらせ、ティラノは地に沈んだ。


「いやぁ、すごいすごい! 目潰ししてから皮膚の比較的柔らかい腹部への猛攻、日本の警察も捨てたもんじゃないっすね! つっても、すでに何人も負傷者を出しちまったみたいだけど!」


 ぱちぱちぱち、と手を叩く青年のその両手には、指ぬきグローブがはめられていた。


「だけど、警察ってのは所詮、小さな揉め事を解決するための組織でしょ? ガチの殺し合い、今からやってみないっすか?」


 青年は、緊張感の抜けた口調を崩さずして、にやりと不敵な笑みを浮かべた。



 そして、青年は唱えた。


「契約融合!《レジェンドキー・T‐REX》×グローブ!!」


 現代に残る儀式能力《レジェンドキー》の持つ第二の戦い方――『憑依』が行なわれる。



 ティラノの身体が淡い粒子に包まれ、それが出雲の身につける黒いグローブへと吸い込まれていく。目を開くのも困難な眩い光を放ち、

 グローブが、凶器へと変貌した。

 牙を模した禍々しい突起物がメリケンサックのようにグローブへ装飾される。禍々しい妖気のようなものを漂わせていた。


 青年が警察へと接近する。シールドを咄嗟に構えるも――振りぬかれた右拳がシールドを簡単に叩き割り、警察が鮮血を舞わせながら、弾丸のように勢いよく吹き飛ばされていった。


(物理的威力の増強!《レジェンドキー》って聖獣を出すだけじゃなくて、こんな使い方もあんのか……。クソッ!)


 次の標的へと拳を向けようとした青年は、振りぬく途中で拳を止めた。

 飛び出してきた、場違いないでたちの少年を視界に捉えて。


「んん? 見た所中学生か高校生か……どっちでもいいや。えと、場違いだってわかってる?」

「わかってんよ。でも、これ以上見殺しにはできないんでね」


 言葉通り、これ以上、目の前で被害が増えていくのを放っておくことはできないから。

《レジェンドキー》という未知の敵を相手に、恐怖を必死にかみ殺して。

 天堂佑真は拳を握り、地面を踏み抜いた。



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