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●第三十三話 少女の好意

改稿:ちょいセリフいじり。内容は変化なしです。


 秋奈とユイが寮長の部屋のお風呂を借りている最中、波瑠は佑真達の帰宅を待ちながら、ぼうっとテレビを眺めていた。

 普段は皿洗いやら洗濯やら宿題やらで手持ち無沙汰になる機会の少ない波瑠だが、暇な時はテレビなどで雑学系の情報を蓄えながら時間を潰すことが多い。博識だった十文字直覇に憧れての行動だ。


 お茶菓子をおぼんに乗せた寮長がちゃぶ台を挟んで対岸の座布団へ腰を下ろし、羊羹の包み紙をぺりぺりと引っ剥がし始めた。


「波瑠、今更じゃが、学校には慣れたかの?」

「はい。みんな面白いし優しい人ばっかりだし、楽しいですよ、学校。編入させてくれて、本当にありがとうございます」

「うむ。波瑠からすれば授業内容も超能力学も退屈な範囲ばかりじゃと思うが、そこは底辺中学じゃ。多めに見てくれるとありがたいわい」


 波瑠も羊羹を一つもらう。


 寮長の下へ居候させてもらってから早くも一ヶ月以上が経つわけだが、波瑠はすっかり、見た目と反して大人な寮長を好きになっていた。落ち着いた物腰、多少の無茶を見逃し、時にはきちんと叱ってくれる優しさ、なにより心の広さ。

 大人としてかくあるべき。波瑠の思い描く理想の教師は、まさに寮長のような姿。クラス内でのぞんざいな扱いも、逆に慕われている証拠なのだと波瑠は考えている。

 もし寮長と出会えていなければ、佑真との縁もなかったかもしれない。

 重ね重ね、恩がたくさんある相手だ。


「そういえば波瑠、おんしは子供の扱いがやたらとうまいのう」


 唐突な話題に首をかしげる波瑠。テレビは今、幼い子供が一人でお使いに行くという、長年慕われ続けているあの番組が流れていた。何か関連づいたのかもしれない。


「ユイちゃんのことですか?」

「うむ。わしは子供の扱いに慣れておるからあれじゃが、」


 ……中学生と五歳児が同列扱いのようだ。佑真たち同級生の思考回路は確かに子供っぽいとは思うが以下略以下略。


「波瑠はなんというか、手際がよく感じられるのじゃよ。五歳児は普通何考えているかようわからんし、唐突な行動も多いからの。おんしら中学生くらいじゃと多少の困惑はあっていいと思うんじゃが」

「あーそれなら、経験で慣れてるから、だと思いますよ」

「経験とな?」

「はい。――あれ? 言ってなかったっけ? 私、これでも二つ年下の妹がいた(、、)んですよ」

「聞いとらん聞いとらん。おんし、姉妹がおったのか。なるほどのう、それなら面倒見に慣れているのも納得がいくかもしれんな」


 腕を組みうんうんと頷く寮長は、二つ目の羊羹へ手を伸ばした。波瑠もようやく包み紙を開き、一口目。あんこの甘みが口いっぱいに広がっていき、頬が緩んでしまう。


「はっ、カロリー……!」

「これこれ、女子中学生がダイエットするでないぞ。波瑠はただでさえ食生活が不安定で痩せ気味じゃったんじゃから、多少肉をつけておかんとまたすぐ倒れるわい。今は食え」

「うぐ……大人の人はみんなそう言いますけどぉ」

「とは言うものの、おんしの例の五年間は三日間食べないとかが日常茶飯事だったんじゃよな? それなのに、なぜおんしのおっぱいはそんなにでかいんじゃ?」

「ふえっ!? と、突然何言い出すんですか!? あとなんですかそのわきわきした手つきは!?」

「いや、わしはもうこの身長体型ですべて諦めてるんじゃが……ふっふっふ。いい機会じゃ。女子中学生とは思えない魅惑の体つき、一度この手で感触を確かめてみたかったんじゃよ」

「事案ですっ! 教師が生徒へのセクハラは同性でも事案ですよっ!」

「何を今更。一緒に風呂に入る仲じゃろ? DギリッギリのCカップだということも知っておるし、見るのたった一歩先じゃろうが。それとも佑真に揉んでほしいのかの?」

「へえ、波瑠ってDカップなのかぶへっ!」


 ひょっこり戻ってきた佑真の顔面へ、寮長の投げた座布団がストライクした。


「突然何すんだよ!?」

「呼び鈴くらい鳴らして入らんか! それにそこはスルーするのが優しさじゃろうが!」

「うぅ、知られた……死にたい……」

「ふたたびおじゃましまーす、って、いきなり修羅場?」


 佑真に十秒程度遅れて部屋に入ってきた誠は、とりあえず状況がつかめずに困惑することとなった。

 倒れる佑真。怒る寮長。胸元を隠して涙を流す波瑠。結論は一つ。


「佑真、いくら不良生徒でも、性犯罪はさすがにダメだよ」

「してないからな!?」


 ――と反論した矢先、さらなる展開が彼らを待ち受ける。


「あー、佑真兄とまこと! おかえりー!」


 入浴後らしく全身を濡らした水浸し幼女、ユイがバスタオルをなびかせて元気ハツラツに飛び出してきた。天真爛漫な笑顔こそあれ、タオルでちっとも体を隠せていない。さすがに幼女すぎて何も感じるものはなく、


「ユイちゃんただいま。ただ、ちゃんとタオルで体拭いて、服着てから出てこようね」

「はーい」


 誠はタオルを奪い、優しく体を拭き始める。ほう、と佑真が感心の目を向け、寮長が雑巾で濡れた床を拭こうとした、その時だった。



「………ユイちゃん、ちゃんと服着てから出ないと、ダメ………………」



 バスタオルで、とりあえず前だけ隠した、という姿の秋奈がひょっこり現れた。

 大方、まだ佑真達男子が戻ってきてないと勘違いしたのだろう。かろうじて肝心な部分を隠してはいるものの、湯上り特有の上気した素肌や雫滴る髪の色っぽさ、曲線を描く未成熟ゆえに魅力溢れるボディライン、その中でも中学生離れした双丘は否応なしに視線をひきつける。扇情的なその姿は――佑真と誠を赤面させるのには、十二分の威力を有していた。

 顔を見合わせた佑真と誠は、頷きあって、静かに立ち上がる。


「「三十六計逃げるになんちゃらッ!!」」

「待たんかおんしら! 謝罪の一言くらい置いていけッ!!」


 顔を真っ赤にして逆方向へ退散した秋奈と、ユイの体を拭く波瑠を取り残し、男子中学生と中学教師の鬼ごっこ(デスゲーム)が幕を開ける。


   ☆ ☆ ☆


「一応事故だけど、ようは佑真くんが呼び鈴を鳴らさずに入ったことが秋奈ちゃんの勘違いを生んだんだよ。だから悪いのは佑真くんなんだよ。あと個人的に秋奈ちゃんの裸見てデレデレしたことは許さない。佑真くんのばか」

「なら波瑠の裸を見てデレデレされたらどうするんじゃ?」

「そ、それは嬉しいような、でもやっぱ恥ずかしいというか、しかるべき時なら構わないけど、でもやっぱり恥ずかしい……って寮長さん何言わせるんですかっ!」

「波瑠が勝手に話しとるんじゃよ」


 かれこれ三分くらい土下座している佑真の前で、波瑠と寮長は先ほどよりこんな感じのやり取りを繰り返している。佑真へのお説教だったはずだが、結局波瑠が寮長のおもちゃにされているだけである。しかし頭を上げるのは許されない佑真である。


「むー、あきな、苦しいー」


 一方、ユイをギュッと抱きしめて離さない秋奈は、こちらは自主的に土下座で謝罪した誠を前に、顔を真っ赤にしながらも、


「………不慮の事故だから許す。許すけど、絶対に忘れて」

「了解です。お嬢様、本当にすいませんでしたっ!」

「………言葉遣い戻ってる!」

「あっ、ごめん! えと、とにかくいろいろごめん!」


 午前は着衣。午後は脱衣(タオル有り)。夜はついに全裸でもくるのか? と思考が飛びかけている誠なのだった。


(あーもうあーもう。いや、わかってるんだけどさ。服の上からでも秋奈の胸がでかいこととかはわかってるんだけどさ! まさか、あの小さな秋奈があんな成長するなんて、誰が予想するよ!? ごめん秋奈、忘れるとかたぶんできない!)


 幼い頃からずっと一緒だったせいで――余談だが、誠と秋奈は幼なじみの法則のごとく、小六まで一緒に風呂に入るような仲だった――脳裏に焼きついた映像を取り払うことができず、再び心臓の高鳴りを覚える。


「………誠、お願いだから忘れて……!」

「ご、ごめんなさいっ!」


 ――心読まれてたっ!

 ふたたび頭を下げる誠。逆に、ようやく顔を上げた佑真はそしらぬ顔で、


「オレ思ったんだけどさ、肝心な部分は見られてないんだし怒るほどのことでもなくね? ほら、波瑠だって水泳の授業でスク水になってんじゃん。あれだって隠す面積は下着とぶっちゃけ大差ないだろ。秋奈嬢はむしろタオルで隠してた面積は広かったんだし」

「どうして蒸し返すんだ佑真ッ! キミしばらく黙ってろ!」

「お、女の子にとって下着と水着には大きな隔たりがあるの! ばかっ! えっち!」

「………ちゃっかりスク水になった波瑠ちゃんを見ているあたり、抜かりない。流石佑真」

「秋奈嬢だけ責めてるようで擁護してないか?」

「いや、おんしが『好きな女の子のスク水姿を舐め回すように視姦する変態』だと遠まわしに言われてるだけじゃぞ」

「アンタの言い回しが一番誤解生んでるわ!」


 ――――そんなこんなで騒いでいるうちに、時刻は午後九時を迎えていた。

 すなわち、五歳児ユイが、こっくりこっくりと舟をこぎ始める時間帯である。

 気を遣って佑真と誠は寮三階にある佑真の部屋へと退散し、ちゃぶ台をどかして波瑠と寮長は布団を並べていく。今時敷布団というのは、絶滅したわけではないが、超がつくくらい珍しいスタイルだ。


「ふにゃ……」

「ユイちゃんもう限界っぽいかな。私たちも寝ちゃおっか」

「………随分早いけどね」


 波瑠から借りたシャツ一枚に身を包むユイを、敷き終えた布団の上に寝転がらせる。くいくいと裾を引っ張られて、秋奈もその隣で横になった。少しむずったが、ユイは秋奈へ身を寄せると、すぐに寝息を立て始めた。


「………寝るの早」

「可愛いなぁ。えへへ」


 近くで女の子座りをした波瑠も、頬を緩めてぷにぷにとユイの頬をつつく。くすぐったそうに体をゆするその姿、すべての人間を虜にすること間違いなしだ。


「すまぬがわしはまだ仕事が残ってての。キッチンのほうで作業させてもらうが、ちと明るくさせてくれ」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

「………まだ寝るような時間じゃないし」


 寮長が端末片手に移動し、部屋では寝息を立てるユイを間に波瑠と秋奈が横になって向かい合う。


「えへへ、なんか旅行中みたいだね」

「………修学旅行的な? 恋バナでもする?」

「私についてはさっき散々暴かれましたし……今度は、秋奈ちゃんのことかな?」

「………ならお断り」


 ずるいよ、と音量を抑えて楽しそうに笑う波瑠。


「………修学旅行といえばっていうのも変だけど、波瑠ちゃんは高校の進学先って考えてる?」

「ふえ? こ、高校?」しばらく視線を彷徨わせ、「まだ高校なんて何も考えてないや。佑真くんと同じトコに進学するのかな?」

「………あんなに能力強いのに――ランクⅩなのに、佑真なんかと一緒のトコでいいの?」

「誠くんも秋奈ちゃんも、佑真くんの扱いぞんざいだよね……いいの。中学だって、佑真くんに誘われなかったら編入すらしなかったし」


 波瑠がシーツを持ち上げて顔を隠し、瞳を伏せる。おそらく頬が赤くなったのを誤魔化したいんだろう。秋奈は胸の奥がきゅんとするのを感じた。いちいちリアクションがあざと可愛いというか愛おしいというか、佑真が好きになる理由が嫌でもわかる。


「………波瑠ちゃんが、羨ましいかも。一途に佑真を好きでいて」

「それは私が単純だと貶してる?」

「………素直でいい子だって褒めてるよ」秋奈は微笑み、「………人を好きになるって、結構大変で、いろんなこと考えて、迷っちゃうからさ。ブレずに『好き』って言い切れる波瑠ちゃんが、本当に羨ましい」

「んー、秋奈ちゃんは、誠くんのことを一途に『好き』じゃないってこと?」

「………そっ、それはない………………待て波瑠。いつあたしが誠を好きだと言った?」


 つい反射的に上体を起こして反論した秋奈は、言ってからそのことに気づく。幸い部屋は薄暗くて、顔に熱が篭っていることはわからないだろうが――ポーカーフェイスを作ることに慣れているのに、とんだ失態を犯してしまった。

 けれど、秋奈は波瑠の発言を、どうしてもスルーできなかった。


「咄嗟に反論しちゃうだけ、充分だと思うけどな。やっぱり誠くんが好きなんだね」

「………だから、誰もそんな事実は言ってない」

「状況証拠は揃ったけどね。――なにか、誠くんを好きでいることに、悩みでもあるの?」

「………別に誠が好きなわけじゃないけど……その、波瑠ちゃんはさ。もしも、自分が好きになった男の子と、どうしても恋愛関係になれない『関係』があったら、どうする?」

「漫画のシチュエーションみたいな質問だね」


 にやにやと笑みを浮かべていた波瑠も、表情を改めうーんと唸る。今の聞き方で、秋奈と誠の間に特別な関係があることは理解されてしまったのだろう。やがて波瑠が少し切なげのほほえみを見せた。


「私だったら、その男の子が他の(ヒト)を好きでない限りは、好きでい続ける、かなぁ」

「………まじで?」

「うっ、聞き返されると素直に頷けないけど……たぶんマジ。自分のことが好きじゃないっていうなら諦められるんだけど、そうじゃないなら――いつまでも、好きでいたいな。自分の気持ちを裏切りたくはないから」

「………自分の気持ちを、裏切りたくない」


 秋奈は胸元に手を添え、言葉を繰り返す。波瑠は、うん、と頷き返した。


「………ありがと。少し楽になったかも」

「ならよかった――けど、秋奈ちゃん、どうして今日会ったばっかりの私に、そんな大切っぽい相談したの?」


 問いかけに対し、すぐ答えられずきょとんとしてしまう秋奈。しばらく考え、


「………なんとなく。波瑠ちゃんだって、今日会ったばかりのあたしに《神上の光(ゴッドブレス)》のこと、話してくれたし」

「えへへ、そうだったね」


 波瑠と秋奈は、ユイのお腹あたりでそっと手を繋ぐ。


「秋奈ちゃん、これからも友達でいてください」

「………もちのろん」


 ふわっと笑みを交わす二人。

 その後も仲を深めるように他愛もない会話を、笑顔で続けるのだった。



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