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●第三十一話 夕刻の記憶

第二章絡みですが、唐突な過去場面です。


本編の間話だと捉えていただければ。


 ――――小野寺誠と水野秋奈は、幼なじみだ。

 物心つく前から、本家と分家という間柄で、それに同い年。そういった関係から、ともに過ごす機会が多かったのだ。

 二人の関係が変化し始めたのは、佑真と関わらなくなった中学入学後から。

 逆に言えば――佑真と出会った当時、二人はまだ、普通の友達として日々を過ごしていた。

 時は、そんな当時。2126年7月2日まで遡る――――――



『秋奈ってさ、アストラルツリーに行ったことあったっけ?』


 その日、誠と秋奈は二人で、水野家敷地内にある山を散策していた。

 渓流や岩場など、子供からすればいくらでも遊び場にできる自然を、誠達も例外なく遊び場としていたのだ。もっとも、遊ぶために整備はされていないので、一歩間違えれば大怪我しかねないような場所もたくさんある。

 そんな中でほぼ毎日遊んでいた誠と秋奈の運動神経は、自然と鍛えられていた。


 フリーランニングのように自由自在に岩場や木々を飛び移っていた誠は、幹のように大きな枝の上で、その後をなんとかついてくる秋奈に振り返り、そんなことを問いかけた。

 飛び移ってきた秋奈を抱きかかえるように受け止める。


『………あ、ありがと誠』顔を赤くした秋奈は誠の腕の中から逃げ、『………ないよ。誠がないんだから、あたしもあるわけない』

『そっかぁ――って、その言い方だと僕らが四六時中一緒にいるみたいだよね?』

『………ほとんど一緒にいると思うけど?』

『それもそっか――そうだっけ』

『………そこはもういい。とにかくあたしは登ったことないけど、藪から棒にどうしたの? 誠は登りたいの?』

『登りたいから話してるんだよ』


 太い枝から、渓流が滝となって水溜りを作っている崖の上に飛び移る誠。秋奈もすぐ後を追い、平らな土の上に着地する。


『登ってみたいじゃん。だって、すっごく高いんだよ? あの富士山よりも、どんな建物よりも高くて、宇宙まで行ける。わくわくするじゃん!』

『………うん。誰よりも上から地上を見下ろせる』

『言い方、秋奈言い方が悪い。けど――そういうこと、なんだよね』


 言葉にしなくても、誠は秋奈に対して、言いたいことがなんとなく伝わっただろうことを確信していた。


 まだ見たことのない、未知の世界を覗いてみたい。

 それが誠の持つ夢だった。

 世界中を旅し、いろんなものをその目で見てみたい。実際にその夢が叶うことはないと誠は当時すでに知っていたけれど、どこまでも広がる大空へ羽ばたきたい――そんな夢を抱いていた。


 青く広がる空を見上げる誠の横顔に、秋奈は暖かい気持ちが広がるのを自覚した。

 真っ直ぐでいつも前を見ている誠のこういう顔が、秋奈は好きだった。


『………じゃ、いつか、アストラルツリーに行こう』

『一緒に?』

『………一緒に。誠一人じゃなくて、あたしも一緒に行く』

『約束だね――――――』

『………あうっ』


 唐突にぴと、と立ち止まる誠の背中にぶつかる秋奈。この頃から秋奈は平均とかけ離れて背が低かったので、頭のてっぺんが誠の肩だ。


『………誠、どうしたの?』

『いや、ごめん秋奈。でもさ、ちょっといい?』


 秋奈の手を引いて立ち位置を変え、誠はぴっとある一箇所を指差す。秋奈はその指の先を目で追い――


『………なに、あれ?』


 ぽかーん、と口を開いていた。



 そこには。

 夜空のように黒い髪。赤いパーカーと七部丈の黒ズボン。小学生らしいその衣装を紅に染めた少年が、うつぶせに倒れていた。



『やっぱり、人、だよね?』

『………だろうけど……』


 きゅっと誠の袖を握る秋奈。人だとしても、あまりにボロボロなその姿につい怖くなっていた。そんな秋奈の頭を撫でて軽くなだめてから、誠一人でその少年に近づいてみた。

 血の生臭さに顔をしかめる。

 つんつんとつついてみるも、反応がない。一応呼吸はしているのか、背中や肩あたりがほんの少しだけ規則正しいタイミングで動いているけれど……。


『………誠、大丈夫?』

『大丈夫というか、大丈夫じゃないというか……おーい、生きてますかー?』


 大人を呼んだほうがいいかな、と一抹の不安を覚えた誠だったが、その考えはすぐに断ち切られる。



 ぐ~ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる、という大きな音によって。



『秋奈大丈夫、生きてるよ』

『………よかったぁ』


 ぺたん、と腰が抜けたように座り込む秋奈。

 対して呆れたような表情に変わった誠は、やや乱暴に揺すってみることにした。


『おーい、ねえ、大丈夫? お腹すいてるのー?』

『…………お、おぅ……はら、減った……なん、か……食いもん…………』

『ただの行き倒れ!? ――っていうわけじゃないよね。どう考えても不自然な怪我だらけだし……ねえ、とりあえず名前教えてよ。あとどこから来たの?』

『なま、え………………てん……ぅ、ゆぅ…………』

『あれ? ねえ、ちょっと倒れないでよ? もしもーし!? ちょちょちょ、その泥は食べ物じゃないから食べちゃダメだって! 秋奈、誰でもいいから大人呼んできてッ!』


 パーカーの少年が完全に動きを止めた頃にようやく誠の母親がやってきて、その少年は運び出されることとなった。


 誠の家の客間に寝かされ、気絶しているが勝手に傷の手当てや衣装の着替えを済ませて、いろいろしているうちに小一時間が経過。ふたたび鳴り始めた腹の虫の音の盛大な独奏と同時に、その少年は目を覚ました。


『……うわ……何の音かと思ったら、オレの腹の音かよ……』

『災難な目覚めだね』


 第一声があまりにも平和ボケしていたせいで、誠と秋奈は苦笑いを交える。


『………とりあえずおにぎり作ったけど、食べる?』

『おう、いただきますいただきます。理由は知らんがめっちゃ腹減ってて死にそうなんだよ』


 秋奈がそっと差し出したおにぎりを両手に掴み、勢いよく食し始める少年。元気すぎるその姿に一安心しつつ、誠は母親より頼まれていた、目覚めたらまず聞くことを早速問うことにした。


『じゃあさ、食べながらでいいんだけど、とりあえずキミの名前を教えてくれない?』

『おう、オレの名前はな――――――』



 一分が平和に経過する。



『…………なんだっけ?』

『………聞き返されても困るというか』

『え、じゃあ年齢は?』

『知らねえ』

『どこから来たの?』

『さあなあ。気づいたらあの山ん中でぶっ倒れてた。しかも傷だらけで』

『『………………』』

『これが噂の記憶喪失ってヤツじゃね?』

『本人が言う!?』


 ビシッとツッコミをいれる誠だが、そのうちに秘めた驚愕はとても大きなものだった。

 なまじ――目の前で記憶喪失の当事者が平然としているせいで、それはもう。


『………記憶喪失って普通、もっとパニクるもんじゃないの?』

『そう言われましてもねぇ、普通記憶喪失者ってさ、知り合い誰かしらと出会うもんじゃん。だけどお前ら、オレの知り合いじゃねえんだろ? 実感がわかないのですよ』

『言われてみれば、ごもっともだね――といいたいところだけど、それでも普通は焦るもんでしょ。だって、自分の名前すら思い出せないんでしょ?』

『何一つ覚えてないから逆に焦ってないんだろ』

『………なるほど』

『秋奈、納得しないで』


 本当に平然としている少年のせいで、なんだか調子が狂わされた気分の誠だ。

 とりあえず、名前に関して残っているヒント、『てん』と『ゆう』だけ伝えると、


『ふぅん、オレがそんなことを呟いてたのか。じゃ、その二つが入ってる名前を適当に作って、本当の名前を知るまではそれを使っていくか』

『うわ雑。そんなでいいの?』

『いいんだよ。こういうのはとにかくガンガン進めてくんだよ』


 そんじゃ、とこめかみにシャーペンを当てて漢字を考えているらしい少年は、よし、と頷くとさらさらと、決して達筆とはいえない男子らしい文字を紙に並べた。


 天堂佑真。


『えっと……てんどう、ゆうま?』

『そう、「天堂佑真」だ。「てん」も「ゆう」も入ってるし、簡単な漢字のほうが使いやすいしな』

『………でも、ちょっとかっこいいかも。呼びやすいし』

『いやいや、自分でつけてるって考えるとねぇ。恥ずかしくないの、佑真?』

『そこは言いっこなしだろ! どうせつけるならかっこよくしたいじゃん!』


 へっ、と顔を背けつつ、しかし少年は、自分の名前を書いた紙をじっと見つめていた。

 そこで誠は息を呑む。

 一瞬だけだが彼が見せた、不安そうな表情に。

 誠達の前だからと、目覚めたばかりなのに気遣って明るく振舞っていただろうことを。


(……同い年くらいにしか見えないのに、すごいね、キミは――佑真は)



 今後悪友となる誠と佑真の初対面は、そして天堂佑真の始まりの日は、こんな風に唐突で、非常にあっけないものだったのだ――――――



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