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●第三十話 四者の会合


「うわっ、何この氷のオブジェ。きしょっ」


 ――誠達が去った直後のその空間へ、一人の少女が降り立った。

 長い真っ黒な髪に、露出度を高く改造したセーラー服から覗く白い素肌のコントラストが眩しいその少女は、凍りついた八咫烏をコンコンとノックするように叩く。


「おいおい、あんまりいじって壊すなよ?」


 少女に続いて、学ランに身を包んだ金髪の少年も、忍のようなあざやかな着地を決める。少女とともに、どこか真面目とはかけ離れた印象を植え付ける雰囲気を持っていた。

 事実、彼らは真面目でないし、真面目でいるべき普通の世界に生きているわけでもない。


 この二人はどちらも、超能力ランクⅩ【使徒】に名を連ねているエリートだ。

 少女の名は、月影叶(つきかげきょう)

 少年の名は、十六夜鳴雨(いざよいなるさめ)


 忠告しても八咫烏を叩くのをやめない叶に対し、十六夜はわざとらしく溜め息をついた。


「叶、もうじき警察あたりがここに来ちまうんだから、遊んでないでさっさと役割を務めろよ。見つかったらいろいろ厄介だろ?」

「わかってるわよ。十六夜はいちいちうるさいわね」


 べーっとこちらもわざとらしく舌を見せた叶は、超能力を行使するため、手首に巻いている真っ黒なSETへ指を走らせた。


「SET開放☆」


 ほんの一秒もあけずして、叶の全身を黄金の波動の粒子が包み込む。

 その光景を見て、十六夜は唸りながら腕を組んだ――やはり、わざとらしく。


「ほんっと納得いかないのは、叶ほど腐った人間がここまで鮮やかな波動を放出できるってことなんだよな。俺内七不思議の一つだぜ……」

「う、うっさいわね! 十六夜に腐ってるとか言われたくないわよ!」


 もう、と黒髪を一度払った叶は、男やT‐REXを包む巨大な氷塊へと手をかざした。

 黄金の粒子がその手に集結され、能力が発動される。

 太陽のコロナを彷彿とさせる紅蓮の烈風が、かざした手より放たれた。


「え、叶、そんな熱そうな炎出して、中の奴らも死んだりしねえのか?」

「大丈夫よ。この炎はあくまで氷を溶かすと設定されて創られたもの。人体を焼いたりなんかできないわ」


 事実、その言葉どおり、烈風は氷塊のみをみるみるうちに溶かし、ほんの三十秒とかからずにすべてを水に変換し、中の者たちを無傷で救い出した。

 中の男たちがまだ生きていることを確認した後、叶はSETを一度収縮させる。

 ふう、と息をついたら――背後で、ぱちぱちと大げさな拍手が聞こえてきた。

 むっと振り返ると、案の定からかう気満々の笑みを浮かべた十六夜鳴雨。


「お見事お見事。流石叶、有言実行の信頼できる女だ!」

「それ、あんまり嬉しくないわ。ていうかこの程度の雑用、アタシらを借り出すまでもないじゃない。下位の奴らに任せておけばいいってのに」

「仕方ないだろ。一応この『凍結』をやったのはNo.2、天皇波瑠だ。遭遇の可能性を考えれば、同格である俺たちを送るって判断は間違ってない」


 ぺしぺしと男の頬を叩きながら、十六夜が述べる。叶は少しうなっていたが、しぶしぶ納得してもう片方の青年を起こしにかかった。


「この月影叶様が起こしてあげてるのよ! 早く起きなさい、出雲竜也!」

「ったく、起きねえな。叶、コイツらを起こす物質ってなんか作れないの?」

「アタシの能力はドラえもんのポケットじゃないのよ!? なんでもあるとは思わないで! とか言いつつ、実は創ろうと思えば創れるケドね。なにせ、アタシの能力は最強だし☆」

「仕事しろ」


 茶目っ気溢れるウインクを十六夜に放つもあっさりとスルーされ、叶は不満げに頬を膨らませながらSETへ手を伸ばした。



   ☆ ☆ ☆



 波瑠の先導で誠達が連れてこられたのは、十分ほど移動したところにある、とあるカラオケボックスだった。そのうち一室を一旦逃げ場として選んだらしい。

 その部屋の中で待っていたのは、佑真だけではなかった。


「おい待てユイちゃん! 今勝手に山盛りポテト注文しなかったか!?」

「う、だ、ダメ?」

「くっそ可愛いなくそ。泣くなユイちゃん。今回は許すけど、次からは絶対にやっちゃだめだかんな?」

「はーい」


 先ほど佑真が連れていた幼女。波瑠も誠も秋奈も一目だけは見かけていたが、なぜ佑真とともに戯れているのかはわからなかった。


「佑真くん、秋奈ちゃん達連れて来たよ?」


 テーブルへ屈する佑真へ波瑠が遠慮がちに声をかけると、「やっと来たか」と佑真は心の底から安堵の溜め息をついた。

 とりあえず荷物を降ろして黒いソファへ腰を下ろす。獣耳のフードを被っている幼女は佑真の下から波瑠のほうへと移動していた。


「んじゃとりあえず、誠と秋奈嬢はお久だな。元気にしてたか?」


 ちなみに佑真は『【太陽七家】の令嬢だろうが知ったこっちゃねえ』の一点張りで、秋奈へはタメ口だし、『秋奈嬢』とふざけて呼ぶくらいしか敬意を表さない。秋奈もそのほうが気楽なのだろう、一切の指摘はなしだ。


「………健康極まりない」

「僕とはたったの数日振りでしょ。そっちこそ、元気そうだね」


 まあな、と簡単に返答した佑真は、二人の視線を波瑠へと誘導した。再会の懐かしさこそあれ、とりあえずは自己紹介だ。


「秋奈嬢はもう知ってるっぽいけど、コイツは――んと、苗字言っちゃっていいのか?」


 ついつっかえる佑真に対し、幼女を抱きしめて頬をだらしなく緩めていた波瑠は、


「秋奈ちゃんには言っちゃったから、いいよ。ていうか自己紹介くらい自分でするよ。えっと、小野寺誠くん、でいいんだよね? 私は天皇波瑠です。気軽に名前で呼んでいいからね。いつも佑真くんがお世話になってます」

「へえ、天皇家なの?」

「流石は水野家分家・小野寺家の男の子。あんまり驚かないんだね。そうだよ。でも、『水野』や『火道』と違ってあんまり家とは関わってないんだ、私。だから普通に、同い年の女の子として扱ってくれると嬉しいな」


 ふわりと柔らかな笑みを浮かべる波瑠に対し、誠はいろんな意味で絶句していた。

 一つの理由は、秋奈とはまた違ったタイプの表情豊かな美少女の微笑みに飲まれてしまった、というもの。

 もう一つは、


(あ、あの佑真が! 零能力者として社会の底辺にいたはずの佑真が、天皇家直系といちゃこらデート!? どういう馴れ初めなんだコイツら!)


 という驚愕だった。

 ――一つ目の理由を察した上で『面白くない』秋奈が咳払いをして、誠ははっと意識を戻す。


「えっと、それじゃあ佑真、早速気になる点を一つ質問したいんだけど――その女の子、連れてきちゃってよかったの?」


 誠は波瑠の膝の上に座る幼女を指差す。


「いや、それがどうも、連れてくるしかない状況にあったというかさ……とりあえず、この娘の名前はユイ。苗字はわかんなくて、そいで――――保護者が見当たらなかったから、連れてきちまった」

「ユイだよ。五才です!」


 パー、ではなく『五』を示して天真爛漫な笑みを振りまく幼女――ユイ。

 ほわっと空気が和む。


「………でも、端から見ればただの幼女誘拐。カラオケに連れてくる佑真は勇気がある」

「そう言われりゃそうだな……」


 びしっと無表情のまま親指を立てる秋奈。少し落ち込んだ佑真の目の前に、部屋へ来た店員さんによって山盛りポテトが置かれ、さらに落ち込んでいく。


「くっ、今月始まったばかりなのにオレの財布は思わぬピンチを迎えているのですよ!? クラスの連中にも波瑠のことでいろいろ晒されて口封じに驕りまくってんのに……!」

「いいよ佑真、ここくらい僕が持つし、話が進まないから落ち込むな。で、保護者が見当たらないってどういうこと?」

「それがよ。さっきの建物前に、避難してきた人が集まってたのな。そこで大声&肩車でユイちゃんの保護者はいませんかー? って呼びかけたんだけど返事は来ないし、おまけに警察に聞いてみても、はぐれた子供を捜してる親はいないって言うんだよ。更にカウンターで『しばらく預かっててくれ』って頼まれちゃった」

「で、一人じゃ手に余るからカラオケに来いと」


 誠に頷き返した佑真。


「お前らのほうは大丈夫だったのか?」

「一応、ね。波瑠さんに――」

「波瑠、でいいよ。さん付けは好きじゃないから」

「名前の呼び方に注文多いよな、お前」

「最初から呼び捨てだった佑真くんに言われたくないかも」

「最初から名前しか言われなかったし、最初は年下だと思ってたし」

「どうせちっちゃいからでしょ? うぅ、もっとおっきくなりたい……」

「波瑠はそのまんまでいいだろ別に。ちょうど抱きしめやすい大きさだし」

「それは小動物と同じような美点っぽくて嬉しくない――」

「僕らを放置していちゃいちゃしないでくれるかな!?」


 ぺし、と頭を軽く叩かれる波瑠と佑真。秋奈は、どう見ても息ぴったりなのにどうして『彼女』と名乗らないのだろう、と波瑠との初対面時を思い出していた。


「話戻すよ。――大丈夫とは言いがたかったけど、あの八咫烏とか連れてた連中は、波瑠が抑えてくれたんだ」

「………ん、波瑠ちゃんの超能力で、一瞬にして凍りつかせてた。波瑠ちゃんめっちゃ強い」

「そっか、そりゃ良かった。波瑠、お疲れさん」


 ご褒美として波瑠の頭を撫で下ろす佑真。嬉しそうに首をすくめる波瑠を見て、誠と秋奈は心底、小動物を見た時に感じる愛らしさをきゅんきゅん感じていた。


「うーんと、それじゃあ次は、この娘――ユイちゃんのことかな。佑真、他に知ってることってないの?」

「知ってることっていえるかどうかは微妙だが……状況証拠的なもんだけど、ユイちゃんはどうやらあの巨大カラス野郎に追われているっぽいぜ」

「根拠は?」

「あいつ自身の発言と行動だ。『見つけたぞ、一角獣』的なことを言った後から、あいつの標的はオレからユイちゃんに変えられていた。一角獣がなんだかは知らねえが、それだけで十分だろ?」

「十分だよ。加えて言うなら『一角獣』っていうワードを覚えていてくれたから十二分だ。僕も、あいつらに『一角獣をどこへやった?』って聞かれたからね。きっと、一角獣っていうのはユイちゃんに関係のある『何か』だよ」


 四人の視線は、示し合わせることなくユイへと注がれた。

 波瑠が優しくユイの頭を撫で下ろしながら、


「ねえユイちゃん。ユイちゃんのこと、お姉ちゃんたちいろいろ質問したいんだけど、いいかな?」

「いいよー」

「ありがとー。じゃあね、一つ目の質問」波瑠は人差し指を立て、「ユイちゃんのお父さんかお母さん、今どこにいるかわかる?」


「今はわかんないー。二人とも遠くにいるの」


「…………そ、そっか」


 少し言葉を詰まらせる波瑠に対し、ユイは無邪気に首をかしげる。かなりアレ(、、)な回答だが、当人は気にした様子がない。死別かどうかまで言及するわけにはいかないが、重ねて「兄妹」や「親戚」と聞いても、ユイはほとんど同じ答えを返してきた。

 更に質問を重ねることで、保護者が見つからないのではなく、そもそもユイは一人であそこへやって来ていたことが判明した。


「アクティヴだな五歳児って。それとも女の子だからか?」

「いや佑真、キミが記憶喪失で五歳くらいの子供がどんな感じか知らないってことは置いといても、そこに男女の差はないから。ここまでアグレッシヴな五歳児、そうはいないよ」


 呆れたようにつっこむ誠。

 ところで佑真は記憶喪失で十歳以下の記憶がないのだが、その辺りは割愛。


「じゃあユイちゃん、二つ目の質問ね」波瑠は二本目、中指も立て、「ユイちゃんはどこから来たの?」

「いろんなとこ歩いてきたんだよー。えっと、しんじゅくとか、しぶやとか、あきはばらーとか。それでね、この前は、きちじょーじってところも行った!」

「とにかく可愛い! 抱きしめていいですかっ!」


 三本指を立てて波瑠へ微笑みかけるユイ。なんのタガが外れているのか、波瑠はそんなユイを悶えるようにギュッと抱きしめている。

 一方で、誠と秋奈は顔を見合わせていた。


「ちょっと待って……えっと、秋奈お嬢様――じゃないね。そんなに睨まないで」

「………わかってるならよろしい」


 敬語はまだNGらしい。もっとも、佑真や波瑠の前で突然秋奈へ敬語を使ったら驚かれそうなので、誠も自重したいところだった。


「ごめん。それで秋奈、今ユイちゃんが言った場所ってさ、」

「………うん。都内連続爆破事件の通過ポイント。しかも、最後に行ったところが吉祥寺」


 連続爆破事件って何? と疑問符を浮かべた佑真と波瑠に対し、ニュースくらい見ろよというツッコミを堪えて簡単に説明する。

 説明し終えると、波瑠の瞳に悲しみが若干重ねられた。


「……それって、ユイちゃんを狙って起こしているってことだよね。今日みたいに、たくさんの関係ない人まで巻き込んで」

「当事者たるユイちゃんがピンピンして、ニュースになるほど起こる爆破事件をかいくぐっていることが一番驚きだけどな。お前すげーなー」


 褒めつつユイの頬をびろーんと引っ張る佑真。「にゃにふうのー」と怒るユイだが、どうしてもその顔は可愛くて空気がまた和む。


「でもさ佑真くん、どうしてユイちゃんが狙われるの? 一角獣って言葉もよくわかんないけど、ただの女の子だよ?」

「そりゃ大金持ちのご令嬢とかそういう人質として――って考えたいとこだけど、金目当てなら何回も特定の子供を狙う必要ないもんな。……っか、頭脳労働はオレ向けじゃねえよ」


 もうやだ、と仰け反り天を仰ぐ佑真。あいにく室内なので天井しか見えない。


「………一角獣ってさ、もしかして、《レジェンドキー》のこと、じゃない?」


 秋奈が控えめに発言したのは、そんなタイミングだった。


「れじぇんどきー?」「何それ?」


 佑真と波瑠が次々と疑問符を浮かべる。ユイもその言葉にピンと来た様子はないが、誠は納得したようなそうでないような、微妙な表情だ。


「《レジェンドキー》なら確かに『一角獣』にも繋がるけどさ、秋奈、ユイちゃんはまだ五歳だよ? まず契約でつっかえちゃうんじゃないかな?」

「………それも、そうかも」

「おいお二人さん、勝手に話を進めるな。なんだよ《レジェンドキー》って」


 二人だけで進んでいく誠と秋奈の会話に割り込む佑真。

 秋奈と誠は一旦顔を見合わせ、視線で譲り合った結果、誠が説明することになった。


「二人とも、《レジェンドキー》の前にさ、まず《儀式能力》って、知ってる?」

「知らない」「なんだそれ、《魔法》の亜種か?」

「魔法? ……まあいいや。ものすごく簡単に言えば、《儀式能力》っていうのは、SETを用いずに異能の力を発動する、古来より伝えられてきた《魔術》なんだ」


 佑真と波瑠が絶句する――が、しかしそこまで大きな驚きはなかったようで、


「《超能力》《魔法》に続いて《魔術》、ね。天堂佑真の一般常識はどんどんオカルティックに染め上げられていくのですよ」

「非科学って《魔法》だけじゃなかったんだねぇ……」

「古くからあるってことは、《儀式能力》の派生……というか進化形が《魔法》であり、《超能力》はやっぱり科学方面の、別ベクトルからの異能へのアプローチ、ってとこか? ああもう、やっぱ頭脳労働はお手上げじゃあああ!」


 二人の間で共有している情報について盛り上がりかけていたが、佑真がギブアップ宣言をしたことで無事脱線から戻ってきた。


「それで、その《儀式能力》で現代に残っているもののうち一つが、《レジェンドキー》。秋奈がちょうど今日、儀式を経て習得してきたんだ」

「うー、頭痛が痛い……なら、ちょうどいいじゃん。秋奈嬢、見せてくれよ」


 佑真に促され、コクリと頷いた秋奈は、胸元のネックレスを握り締めて立ち上がった。


「………《レジェンドキー・九尾》契約執行」


 ――その言葉に呼応して、秋奈のエメラルドが輝きを放つ。全員が興味深げにその光景を見つめる中、エメラルドから溢れ出した粒子は部屋のちょうど空いているスペースに集結、すらりと美しい狐の姿を模していく。

 九つの尾と燃えさかる毛並み。真っ赤に染まった瞳。

 九尾の妖狐が召喚された。


「「…………」」


 絶句する佑真と波瑠。


「えっと、この通り、《レジェンドキー》っていうのは、儀式を行なった人の精神を反映して選ばれる『聖獣』を顕現化させ、召喚するなりいろいろできる――っていう、異能なんだ」

「「わけわかんないけどすごっ!」」


 絶叫する佑真と波瑠。


『どうしたお嬢。戦闘か?』

「………ううん。そういうわけじゃないんだけど、意味もなく呼び出すのはメーワク?」

『いや、構わない。暇つぶしにでも呼んでくれ』


 なにこれテレパシー!? とさらに驚愕する佑真と波瑠。九尾の声の伝わり方がまるで直接脳に響いてくるようであることを秋奈も今この瞬間に初めて知ったが、喋れることに対する嬉しさが圧倒的に勝っていた。

 九尾の毛並みを撫で下ろす秋奈を横目に、誠は推測を進める。


「とにかく、《レジェンドキー》について、理解してもらえた?」

「い、一応は」「オレはもう放置してくれ」

「それで、ユイちゃんを示しているだろうキーワード『一角獣』っていうのは、みんな知ってのとおり『ユニコーン』――つまるところ、聖獣を指しているんだと思うんだよね」

「………だから、ユイちゃんは《レジェンドキー》所有者なんじゃないか、ってこと?」


 秋奈の質問に首肯すると、誠はユイの前でしゃがみこんだ。視線の高さを合わせるための些細な配慮に、佑真は尊敬の念をこっそり送っておく。


「ねえユイちゃん、今、あのお姉ちゃんがやったみたいに、僕達に『ユニコーン』を見せてもらえないかな?」

「いいよー!」


 にぱっと笑顔を見せるユイ。気前の良い返事はもはや確定させたも同然だ。

 秋奈が九尾を『契約収納』したところで、ユイが空いたスペースに立ち、パーカーのポケットから大粒の宝石を取り出した。


「うおっ、サファイアじゃん……秋奈嬢といい、《レジェンドキー》って宝石が必要なのか?」

「そういうわけじゃないはずだけど……何かの偶然じゃない? そこはどうでもいいよ。ユイちゃん、お願いします」

「はーい!《レジェンドキー・ユニコーン》、けいやくしっこー!」


 サファイアを握った手を高く突き上げるユイ。勢いでフードが脱げ、肩を隠す程度の、ほのかに赤みがかったような髪が露わとなる。

 サファイアが、先ほどのエメラルドのように光を放ち、同時にオーシャングリーンに近い色の粒子を放出。その粒子はみるみるうちに馬のような形になっていき、やがて立派な角が装飾される。

 引き締まった体にすらりと伸びる脚が四本。首をたどれば、額からは長い一本の角が鋭く輝いていた。凛々しい姿の一本角の雄馬は、間違いなくユニコーンそのものだ。


「ユニコーンーっ」

『ユイ、そんな乗り方では危険だぞ? ちゃんと乗りたまえ』


 九尾に続いて聞こえてくるテレパシー。九尾とは違って、なんか紳士口調だ。


「すっげえな。ゲームの世界(なか)みてぇだ」

「さ、触れるの、これ?」


 おずおずと質問する波瑠。召喚されるなりユニコーンに飛び乗ったユイは、「女の子はたぶん、大丈夫だよー」と許可を出した。


「本当に!? やった! 失礼しまーす」

「………なんかふさふさしてる。気持ちいい」

『お褒めに預かり光栄だ』


 波瑠と秋奈がユイとともにきゃいきゃい騒ぐ姿を見て面白くない佑真と誠は、お互い不機嫌そうな顔を突き合わせる。


「なあ、『女子なら』って条件はどういうことだと思う?」

「それは知識さえあれば、答えるのは簡単だよ。実はユニコーンってよくペガサスと比較されるから高貴でおとなしいイメージがありがちだけど、実際は気性が荒いんだ。そんなユニコーンを手なづけられるのは、性別女。それも、まだ性行為をしたことのない処女だけが――――



 誠の体がユニコーンの前足に蹴り飛ばされ、テーブル上に並んでいたドリンクとポテトが舞った。



『き、貴様なんということを! そんなわけないだろう!』

「しょ、処女って……」

「………なにこの情報。ユイちゃん、ユニコーン戻していいよ?」

「はーい。けいやくしゅうのー」

『軽蔑の視線!? あ、あの、せめて弁明を――――』

「あいつ蹴るだけ蹴って帰ったのか。割と派手に吹っ飛んだけど誠、生きてるかー?」

「………………それが佑真、思ったより痛いんだ……」

「今までありがとよ、ダチ公。そして波瑠処女確定! 心境は言葉に言い表せません!」

「そりゃそうだよ佑真くん! だって私、初恋自体が佑真くんだし! そ、そういうことをしようとも考えたことないし! いや、興味がないかと聞かれればそれはごにょごにょ……」

「………みんな落ち着いて。ユイちゃんの前」


 秋奈の静止で暴走こそ止まるが、全員思春期ど真ん中。もの凄く微妙な空気が流れる。


「………とりあえず、ユイちゃんが《レジェンドキー》所有者だということはわかった。問題はここから」

「そ、そうだね……問題は、どうして《ユニコーン》の聖獣を使えるユイちゃんが狙われているのか、なんだけど」


 比較的ポーカーフェイスに慣れている秋奈が話題を戻し、誠がすかさずフォローを入れる。さりげない息ぴったりのコンビネーションだ。


「誠、それも心当たりあるか?」

「あくまで一応、だけどね。ユニコーンの伝説で有名なものといえば、やっぱり『一本角が持つ万薬の恩恵』じゃないかな?」

「あ、それなら聞いたことある!」波瑠が手を折り重ね、「ユニコーンの角は不治の病でも治すといわれていて、すっごく貴重なものとされていたんだよね? 鹿とかクジラの角を『ユニコーンの角だ』と偽って販売する業者が昔はあったとか」

「よく知ってんな波瑠」

「スグの受けおりだけどね。あの人雑学詳しかったから」

「………その恩恵が、ユイちゃん、あんどユイちゃんの契約する《ユニコーン》を狙う理由ってこと?」

「秋奈の言う通りだと思う。実際にその恩恵があるかどうかは置いておくとしても、それほどの治癒能力があれば高値で取引が行なわれるだろうし、そうでなくとも需要はたくさんあるだろうからね」

「じゃあ……ユイちゃんがそのサファイアを差し出せばいいのかな?」

「そうもいかないんだよ。《レジェンドキー》はさっきも言ったけど、契約者の精神を顕現化させた聖獣と契約するものなんだ。契約者と『契約媒体』、『聖獣』が離れ離れになったら、その力はもう意味を成さないんじゃないかな」

「それに波瑠、その犠牲論はオレ、絶対に認めねえからな?」

「わかってるよ。私だって、ユニコーンさんを犠牲にさせたくないもん」


 そこでユイがトイレに行きたいと言ったので、波瑠が連れて行くことに。会話も途切れ、誠はここまでの話をざっと頭の中でおさらいする。


 都内連続爆破事件は、ユイを狙う者たちがなんらかの目的で起こしていた事件。

 救うべきは、ユイと彼女の契約聖獣、ユニコーン。

 敵は、同じく《レジェンドキー》を操る大人たち。


「正解している保障はないけど、話し合うだけでここまで見えてくるとはね」

「………ん、【生徒会】のほうの事件概要も一応見えたし、結果オーライ。あとはユイちゃんを守りながら、保護者を探すだけ」

「一応【生徒会】と警察のほうに、迷子で連絡は入れておくよ」

「で、見つかるまでの間は、誰がユイちゃんを預かるの?」


 何気なく佑真が振った話題に硬直する各員。

 秋奈は真っ先に首を横に振った。大財閥ゆえ、かえって気軽に友達を家に泊められない。それが緊急事態であろうとなかろうと。

 誠の家はありといえばありだが、ユイの面倒を見る、という点で気がかりが残る。あくまで同性のほうがよいだろうし……。


 なかなか口を開かない誠と秋奈を見かねて、佑真はやれやれといった様子で溜め息をついた。


「……しゃーないな。じゃ、オレんトコの寮、来るか?」

「えっ、学生寮? それってまずくない?」

「この二日だけだよ。明日は月曜だけど、オレと波瑠なら例のバカ学校だから一日サボってユイちゃんの面倒見られるし、【生徒会】や警察側でその間に何らかの体制は準備できるだろ? それに、あの学生寮には面倒見のいい寮長様がいらっしゃるしな」


 えー、でもなぁ……、と言いよどむ誠の袖を、秋奈が引っ張る。


「………誠、ここはお言葉に甘えておこう」

「……秋奈が言うなら、そうしよっか。さんきゅー佑真」

「なんのなんの。見返りは求めるけどな」


 程なくして戻ってきた波瑠とユイからも賛同を受け、佑真は寮へ連絡を入れる。

 二つ返事でオーケーをもらい、五人はふたたび場所を変えるのだった。



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