●第二十九話 標的の少女
トイレで離席していた佑真が『それ』に気づけたのは、偶然に過ぎなかった。
店の外から響くわずかな耳鳴りをたまたま聞き取り――直後、店からすぐ出たところの虚空が陽炎のようなゆがみを見せる。その正体こそ佑真は知らないが、能力によるものだというのは理解できた。この世の不自然な現象は、大抵超能力が関わっているものだ。
だから、佑真は波瑠へ叫んだ。
何が起こるかわからないが、とりあえず危険が迫っている、ということを知らせるために。
佑真の声を聞いた波瑠もまた、佑真の視線の先をたどり、能力により起こっている現象を目視した。そして、波瑠はその現象に見覚えがあった。
だから、迷わずSETへ手を伸ばした。
「SET開放!」
サファイアの波動が波瑠を包み込む。長い髪に桜の髪飾りが氷によって装飾された。
波瑠は現象そのものを食い止めることはできないと判断し、現象が引き起こす災害に備えるために手をかざす。
《霧幻焔華》によるエネルギー変換。
轟音と悲鳴が同時に響き渡った。
ぐらりと、建物全体が大きく揺れる。
長方形を描くファミレスの一面、屋内側の壁とガラスが激しく振動し、亀裂を走らせ、直後に崩れ落ちた。割れたガラス片が凶器として付近に座っていた客たちへ襲い掛かる。
そこへ、波瑠の能力が介入した。
冷気が店内を吹き抜ける。
『凍結』が発動された。爆風で降り注ぐガラス片を氷塊で包み込み、中空で静止。亀裂の走った壁や柱もまた、地より伸びる氷壁によって補強がほどこされる。
店内が氷の世界と化した。
爆発によって起こるはずだった被害を、波瑠が一人でほとんど防ぎきったのだ。
しかし、それでもなお間に合わず、皮膚に真一文字の傷をつけたり、崩れた瓦礫に腕をへし折られたり、傷ついた人たちがいる。
(…………守り、きれなかった…………っ)
「波瑠」
――佑真が、波瑠の頭に手を乗せながらしゃがみこんできた。そのおかげで、波瑠は自身が感情に振り回されそうになっていたことに気づき、冷静さを取り戻す。
他の場所ではポニーテールの少女(少年?)とサイドテールの紅髪の女の子が、町の治安維持部隊【生徒会】の腕章をつけて周囲を落ち着かせていた。
「佑真くん、これは?」
「オレもわかんねえ。とりあえず波瑠は、ここで傷ついた人の治療、任せられるか? SETを起動させたままで、あくまで超能力のフリをして、あれを使ってくれ。あそこにいる【生徒会】のヤツはオレの知り合いだから、何か言われたらとりあえずオレの名前出しておけ」
「わかった。佑真くんは?」
「オレは外見てくる。怪我してる人がいたらここまで連れてくるよ」
「……たぶん、ていうか絶対、今の爆発は超能力によるものだから。戦闘しちゃダメだからね?」
「努力するよ」
波瑠の頭をぽん、と軽く叩いて、佑真は波瑠が開いた穴から店外へと出て行った。
(もう……佑真くんが真剣な表情した時って、こういう約束はすぐ破っちゃうのになぁ)
とりあえず、波瑠が今すべきことは、佑真に任された使命を果たすこと。
『自分を標的としたかもしれない爆発』に巻き込んだ責任を取るため、せめてもの回復を行使していく。
☆ ☆ ☆
「………じゃあ、安全を確認次第、お客さんを避難させていきますので」
「は、はい。ありがとうございます」
「………あたしは何も。お礼は、あの女の子に言ってあげてください」
頭を下げる店長に対し、秋奈は遠慮がちにそう返答した。
店員と協力して店内を落ち着かせ、「外の様子を見に行く」と飛び出していった誠からの、安全の確認が取れた報告を待つ。事故・事件が起こった際によく行なう役割分担なので、秋奈の作業は手馴れたもので、わずか三分で現状まで運んでいた。
警察・救急への通報も済み、報告が来るまでは手持ち無沙汰。
秋奈は自然と、店内で怪我をした人に声をかけてまわる少女に視線を向けていた。
このファミレスを狙うかのように起こった爆発。氷塊越しに見る限り、手榴弾数発分の威力はあるだろう。壁が壊れてもおかしくない。しかし、壁の倒壊どころか衝撃に割れたガラス片の被害すら食い止めたのも、あの蒼い少女。正確には、彼女の能力だ。
鮮やかなまでの凍結能力。
同い年か、あるいは年下の少女が行なうにしては、干渉範囲も規模も速度も洗練されていて、凄まじいものだった。
その彼女が今は、治癒能力と思しき純白の波動を放出し、いかなる怪我も一瞬で治している。救急を呼んだ意味がなくなりそうなくらいに、切り傷も打撲も骨折も等しく一瞬で、だ。
――――一体、どんなトリックなんだろう。
――――『多重能力者』なのかもしれない。
――――はたまた、例の《魔術》の一種とか?
場違いに好奇心が溢れて止まらない秋奈は、思い切って声をかけてみることにした。
「………あの、ちょっといい?」
「ふえっ? あ、【生徒会】の……えと、なんですか?」
少女が長い髪を翻しながら振り返り――その瞬間、秋奈は思わずほうっと溜め息をついていた。
なにこれ可愛い。
突然声をかけられてビクッと体を震わせるあどけなさ。どこか全体的に幼さの残る顔立ち。秋奈より小さい人なんて子供しかいないので背の高さはともかく、長い蒼髪が差し込む日光を照り返し、美しく輝いていた。肌はキメ細やかで白く、おそらく化粧は最低限しかしていないのに、魅力と思えない部位がない。
『美しい』ではなく『可愛い』なところがせめてもの救いなのかなぁ、と秋奈は声をかけておきながら、ぼうっと見惚れていた。
「あ、あの、えっと……ですね! 私、天堂佑真くんの友達で、波瑠と言いまして! 治癒能力が使えるんで、少しでもお役に立てればいいかなぁ、って」
そんな秋奈の様子に気づかず、蒼髪の美少女――波瑠は勝手に事情を説明していく。とはいえ佑真と一緒に昼食を取っていたところは見ていたので、彼女……ではなく友達だ(あんなにイチャイチャしてたのに!?)、ということは知っている。
秋奈はこの時も、のんきに『狼狽する姿もまた可愛いなぁ』と感じていた。
さすがにずっとスルーは失礼だと思ったので、秋奈は気を引き締めなおす。
「………こちらこそ、ご協力ありがとうございました。すごい治癒能力だったけど、このお店に、もう怪我人はいない?」
「たぶん大丈夫ですよ」
「………骨折も切り傷も治せるなんて、すごい能力だね。何て名前の超能力なの?」
「ええっと……ひ、秘密ですっ」
ギクッと体を震わせて顔を勢いよく逸らすという、絵に描いたような動揺を見せてくれる波瑠はものすごく微笑ましい。秋奈も気づけば、釣られて笑みを浮かべていた。
「………そんなにかしこまらないで。佑真の友達なんでしょ? あたしは水野秋奈。あたしも佑真の友達だから、タメ口でいいよ?」
「あぅ、えと……水野ってことは、もしかして、七家の【水野家】?」
こくりと首を縦に振る。
「そっか。じゃあ、秋奈ちゃん、でいいのかな。改めて、はじめまして、私は――天皇波瑠です。佑真くんにはいつも助けてもらってて――今日も一緒にいたんだけど、さっき外に飛び出していっちゃった」
「………天皇というと、【天皇家】の?」
くりり、と目を丸くする秋奈。天皇家といえば、【太陽七家】でも格が一つ違う家だ。その娘は確か、《神上の光》という特別な力を持っている、という噂を聞いたことがあるが――――
「そ、それはそうなんだけど、名前で呼んでね。あんまり苗字、好きじゃないから。秋奈ちゃん、よろしくね」
「………ん、りょうかい。じゃあ波瑠ちゃんで」
差し出された手に手を重ねつつ、秋奈は今はとりあえず言及しないでおこう、と好奇心を見送ったのだった。
☆ ☆ ☆
「こん……のっ、ありえねぇ!」
零能力者は必死の形相で、ファミレスを収容している建物を走り回っていた。いわゆる駅ビルのような構造で1フロアが横に長いことが幸いか、上下移動こそないけれど――
「なんだよあれ! カラスが能力使ってくるとか聞いてねえぞ!」
佑真はすでに、爆破の犯人と思しき相手と接触、戦闘を開始していた。
戦闘、とは言っても佑真が逃げて、相手がそれを追う、という鬼ごっこ体制なのだけど。
その『相手』は、黒い塊――翼を広げた巨大な鴉のような黒鳥の上に乗り、中空から佑真を追跡し続けている。新手の飛行能力かは知らないが、奪われた制空権は、佑真が追跡を撒くことや反撃をすることといった機会を完膚なきまでに奪っていた。
佑真は零能力者――遠距離攻撃の手段は何一つとして持ち合わせていない。手が届かない空にいられると、攻撃もくそもないのだった。
「羽ばたけ!」
カラスの上に乗る男が指示を出し、カラスの黒い翼が大きく開かれる。羽ばたかれた翼が生み出したのは――烈風を伴った鎌鼬。コンクリートや窓ガラスを粉々に引き裂き、佑真へ襲い来る。
佑真は咄嗟に右手を突き出していた。
皮膚が引き裂け、鮮血が飛ぶ。
しかし――ぴったり三秒後。
まるでシャボン玉が割られたかのようにあっけなく、烈風と鎌鼬はかき消されていた。
天堂佑真が偶発的に手にいれた、すべての異能を消す《零能力》によって。
「痛ぇ……次からはやらねえぞっ」
ズタズタに引き裂かれた右手を擦りつつ、佑真はふたたび駆け出す。向かっている場所はないが、とにかく《神上の光》から敵を遠ざけることを目的としていた。
もしかしたら、波瑠を狙っての爆撃かもしれない。
だったら、矢面に出るべきは佑真自身だ。
――と、冷静に状況はつかめているのだが、打開策だけは一切思いつかない。
斬撃性の攻撃とは、キャリバン・ハーシェルやアーティファクト・ギアといった風を操る能力者たちとの戦いで性能をある程度は掴んでいるが、だからといって突破口は知らない。キャリバンの時は波瑠が防ぎ、アーティファクトの時に至ってはただ敗戦したのみだから。
男がふたたび指示を出し、巨大なカラスより鎌鼬が吹き荒れる。
佑真は柱を利用して方向転換を図り、間一髪で烈風を回避。鎌鼬の直撃した柱はきれいな直線を描いてへし折れた。
「ひゅ~……あれ喰らったら即死じゃねぇか。いや、一発喰らってるけどさ」
ズドン、と重い音を立てて地に落ちる柱。さすがに嫌な汗がにじむ。
腹をくくってやるしかないか――と、回転しようとした、その時。
「あれー? ここどこ?」
獣耳のついたフードを被った幼い女の子が、キョロキョロ周囲を見回しながら、目の前に歩いてきた。
爆発で建物からの避難が、他のフロアでも行なわれていたはずだ。そうでなくとも、爆発の起こった建物内にいたがる人間など普通はいない。
事情を知らない子供を除いては。
佑真は、さらに耳を疑うことと鳴る。
聞こえてきたのは背後。巨大なカラスの背に乗った男の、低音ボイス。
「見つけたぞ――《一角獣》!」
(『見つけたぞ』!? ってことはこの娘、コイツに――――!?)
疑問を覚えた佑真の思考を切り取るように、男の声が轟く。
「《八咫烏》、あの少女を切り刻め!」
カラスが嫌に耳につく咆哮を放ち、翼を大きくはためかせた。狙いは佑真ではない。先ほど目の前に現れた女の子だ。
一瞬の迷いもなかった。
「間に合えッ!」
佑真はその女の子を抱きかかえ、思い切り跳躍する。
背中に鎌鼬が突き刺さった。引き裂かれる激痛に空っぽの息がもれる。幼女を抱く腕の力も嫌でも上がってしまった。背中に嫌な生暖かい液体の感覚が流れる。
一回深く息を吸い、佑真はすべての痛みを無視して駆け出した。
「おい幼女。名前は?」
「んっとね、ユイ。おにいちゃん、痛そうだけど大丈夫?」
「はっはー、幼女に心配されるほどひどくはないよ。とりあえず、ここは危険だからオレと一緒に逃げてくれ。いいな?」
「うん!」
状況を本当につかめていないのか、元気のいい返答。変に怖がられるよりは、元気でいられるほうが百倍いい。
「待て、一角獣! 追え八咫烏!」
駆け出した佑真に対し、男の怒号が響く。
八咫烏と呼ばれた黒い鳥の翼が、激しい烈風を吹き起こす。
幼女を胸に抱きかかえてふたたび跳躍した佑真と、一つの人影がすれ違った。
長いポニーテールが名前のとおり、尾のようになびく。
少女と見間違うような容姿の少年は、片手剣を両手にそれぞれ握っていた。
そして。
「SET開放!」
少年の音声入力に従って、彼の手首に巻かれたSETが自動で起動される。
――――一閃。
はじき出された二枚の衝撃波が、八咫烏の放った烈風を相殺した。
「小野寺流剣術、二刀流《熱情》って言ってね! 僕の能力で《振動》させた大気を射出して衝撃波を生み出す技なんだけど――」
「知ってるしおせーよ誠。来るならもっと早く来いや」
ドヤ顔で振り返る誠に対し、佑真も不敵に笑って見せる。もっとも、強引に笑みを作っているのみなことは否めない。
佑真の腕や背中にある切り傷を見た後、誠は腕の中にいる幼女の姿を見つけた。
「ふうん……この状況を利用して幼女誘拐か」
「なんてこと言うんだ誠。人助けだよ。この娘を庇って怪我までしてる男に言うことか!」
「冗談だよ。……その女の子を安全なところまで、連れてってあげられるかな?」
「いいとも」
その返答を待っていた、といわんばかりに誠は八咫烏へ飛び出した。逆方向へ、佑真もすぐに幼女を連れて駆け出していく。
☆ ☆ ☆
小野寺家。
水野家以下五家であるその家は、他にも『剣の名家』として世間的に知名度がある。
その家に伝統として伝えられるのが、《小野寺流剣術》だ。
一刀流、二刀流、長刀流など数多くの『型』が存在し、時代と共に常に進化し続けている。
超能力が登場した際に、《小野寺流剣術》は、他の流派よりも圧倒的速度で進化を遂げた。
今までにも存在していた『型』に加え、超能力を掛け合わせることで、更なる威力強化や遠距離攻撃を可能にしたのだ。
超能力は各人によって違うので、『型』はその分個人による独立化が行なわれている。
誠が適応したのは、二刀流。
剣道の『型』とはかけ離れた、戦闘に特化した剣術である。
爆破事件の犯人かどうかは定かでないが、佑真を傷つけ、幼い女の子を傷つけた。その二つの事象がある時点で、あの男を攻撃の対象とみなすには十分だ。
それに、もう一つ気になる点がある。
男の乗っている巨大な鴉。
その脚は――三股だ。
(三本脚の鴉っていうと、僕の記憶が間違いじゃなけりゃ天照大御神の使い、《八咫烏》。神話上の生き物だ。早速出会っちゃったってことかな、《レジェンドキー》の所有者に!)
《レジェンドキー》の特異性は、清水優子より簡単にだが教わっている。
誠は先制攻撃をしかけるために、二本の剣を上段に、平行に並べて構えた。
超能力によって、剣の周囲の大気が《振動》される。激しく振動した範囲の大気を、誠は剣を鋭く振りぬいて撃ち出した。
弧を描く衝撃波が八咫烏を襲う。
しかし、八咫烏の放った鎌鼬によって相殺されてしまった。
愚痴を叩くこともなく、誠は二剣を引き戻す。誠の超能力によって、今度は剣の刀身そのものが振動を開始。耳を裂くような高い音が剣より鳴り響く。
細かく激しく震える《超振動ブレード》へと姿を変え、斬撃性が付与されたのだ(ちなみに誠が普段街中で使う剣は『犯人を捕らえるためのもの』であるため、『両峰の剣』となっている)。
降下した八咫烏が、低空飛行で誠へと翼を打ち付ける。
誠は交差させた二刀の《超振動ブレード》でその翼を受け止めた。
一瞬の均衡。
両者は弾くように後退。誠は靴の裏を滑らせて体勢を立て直し、八咫烏は天井ギリギリまで舞い上がった。
翼を引き裂くことはできなかった。どういう理由かはわからないが、八咫烏本体を傷つけることは難しいのかもしれない。
だとすれば、契約者である男を直接攻撃すればいい。
理屈では簡単だ。しかし、理屈と現実はそう簡単にかみ合わない。何度も何度も攻撃パターンを変えては剣を振るうが、衝撃波は八咫烏に弾き返され、双剣はあと一歩のところで届かない。中空にいる敵を前に、剣術を扱う誠では劣勢だ。
懸念すべき点はまだ残されている。
優子の説明であったが、《レジェンドキー》とは独立して行動できるという。つまり、男は超能力を使って加勢できるはずなのに、すべての攻撃を八咫烏に任せているのだ。誠を下位だと見くびり、余裕を見せているのだろう。
(……くそ。その余裕を後悔させてやりたいとこだけど……!)
誠は双剣を、それぞれ左右の腰元へ引き戻した。ふたたび起こる《超振動ブレード》。一撃で男へと接近する剣術を放――とうと、して。
「このままでは、一角獣を見失ってしまうな。仕方ない。八咫烏、殺してもいいから道を切り開け」
黒い大鳥はコクリと頷くように首を動かし、鮮血色の眼光を誠へ見下ろした。明確な殺意が備わっているせいか、誠の背筋を寒気が走る。
接近を躊躇した誠は、能力のパターンを変えて、上段より剣を振りぬいた。
「二刀流、《熱情》!」
大気を衝撃波として撃ち出す、超能力ありきの剣術《熱情》。
虚空を引き裂く二枚の衝撃波は、八咫烏の烈風によってやはり相殺されてしまう。
誠が体勢を立て直す間もなく、八咫烏が急降下。開かれた大きな翼が、誠の脇腹へと迫る。
反射のみで、誠は二本の剣を引き戻して間へ挟みこんだ。けれど勢いを止めることは到底叶わず、黒い翼が内臓を圧迫する。
息がもれた。
腹部を押さえる誠の前に、八咫烏から下りた男が立っていた。その視線はまるで、愚者を見下すような重圧を宿している。
銀色の拳銃の銃口が向けられ、誠は剣を降ろして投降の姿勢を取った。
「俺にたてつくからどんなヤツかと思えば、なんだ。ただの中学生か」
「……どうも。ただの中学生です。ここまで健闘したんだし、死ぬ前に最後の質問コーナーとか、ないですかね?」
「笑わせてくれる――と、言いたいところだが、増援の気配もないしな。言うだけ言ってみろ」
「あなたが従えているその黒い鴉は、儀式能力の《レジェンドキー》ですか?」
「知っているのか。ただの中学生、とは言い難かったな。ご名答。そして死ね」
引き金が引かれた。
銃声が一つ鳴り響く。
けれど、血しぶきは上がらなかった。
「――――っ!」
男は驚愕に眼を大きく見開き――懐にもぐりこんでいる誠の姿を、凝視していた。
「うらっ!」
双剣を平行に並べて回旋するように振りぬく。剣身が男の脇腹にめり込み、そして、全体重を籠めた一撃が男の体を吹き飛ばした。
コンクリートの壁に背を打ちつけ、男の体は静止する。
その首元へ突きつけられる、一本の剣先。
形勢逆転。体に《加速》をかけた状態で即接近した誠が、男を追い詰めた形となった。
(この中学生、銃弾を《加速》して回避し、その速度を保ったまま俺へ近づいたのか。――――待て。この中学生は加速能力者だったか? いや、コイツは《振動》を使っていたはず……だけではない。衝撃波を打ち出した力もまた超能力のはずだ!)
「教えろ。お前の超能力は一体なんだ?」
「念動力の親戚みたいなものですよ。それよりも、だ」
誠は片手剣へ《振動》を付与させ、《超振動ブレード》状態にする。男がわずかにでも顔を動かせば切れ、死んでしまうだろう。
誠は普通の中学生ではない。太陽七家の令嬢を命がけで守るための手段として、殺し合いの術などを普通に学んできた。
少女と見間違う顔にはとても似つかない表情を作れるのも、そのせいだ。
「先刻の爆破事件、犯人はあなたですかね?」
「黙秘する、と言ったら?」
「ご存知のとおり、僕ら【生徒会】は学生といえど、超能力者の有志によって組織されています。読心能力者の力を使って、強引にでも吐かせますよ」
「それは恐ろしい。だが、俺はまだ、敗戦していないんだがな」
「ん? 何を言って……!」
誠はハッとそのことに気づき、咄嗟に大きく横へ跳躍する。
八咫烏の黒い翼が、つい先ほどまで誠の立っていた虚空を引き裂いた。男の寄りかかる壁を打ち砕き、莫大な粉塵を巻き起こす。
「《レジェンドキー・T‐REX》、契約執行!」
粉塵の中で、何かが光を放つ。
光が収まると、何かとてつもなく大きな影が粉塵の中に存在していた。
ズゥン!! と建物全体が激しく揺れる。
その大きな影は、長い尾を大きく一振りし、粉塵を薙ぎ払った。
「……ティラノサウルス、かな?」
そして現れる巨体。長い尾。鋭い歯が幾本も並んだ大口を開いて、思わず退いてしまうほど大きな咆哮が炸裂する。前足の短さと長い尾、巨体で人気の超有名肉食恐竜が、壁を破壊して三階であるこのフロアに君臨していた。
「な~にやってんすか久遠さん、この程度の子供一人をあしらえないなんて」
八咫烏を従える男とは違う、どこか緊張感の無い男声が響く。
瞬間、T‐REXの長い尾が横薙ぎされた。
「――――っ!?」
息を止め、思い切り飛び上がる誠。超能力《跳躍》の付与によって五メートルを一気に飛び上がった誠はなんとか尾を回避できたが、しかし、T‐REXの尾は壁という壁を叩き割り、柱をへし折りショーケースを粉々に砕く。周囲は一撃で惨状と化した。
「んにゃろっ!」
双剣を中空で構えなおした誠は、天井を蹴り飛ばして頭上からT‐REXへと切りかかる。
その瞬間、八咫烏に乗った男の「SET開放」という重い言葉が聞こえてきた。
視線をその男へ向ける。男は手を誠の進行方向へかざしていた。
陽炎のように空間が歪む。甲高い耳鳴りが響く。誠は呼吸がうまくできないことを感じ、冷静に、あえて呼吸を止めた。
刹那。
爆音が誠の目の前で炸裂。
烈風が誠の小柄な体を吹き飛ばす。柱一本を叩き割ったのちに壁に衝突して、ようやく誠の体は静止した。
「が、はっ」
空っぽの息が漏れる。吐血が伴われ、誠のシャツが赤色に染まった。
襲う内臓破裂のような感覚の痛みに体を折り曲げる。誠に影が差した――T‐REXが、誠の頭上まで歩み寄ってきたようだ。かろうじて顔を上げれば、その側には八咫烏を従えた男の姿もある。
男の手が、ふたたび誠へとかざされた。
「答えろ中学生。一角獣をどこへやった?」
「……いっ、かく……じゅう?」
なんだそれ、と首をかしげる誠。心当たりがあるとすれば先ほど佑真が連れていた幼女だが――あんな小さな娘をこんなおおがかりな仕掛けで追い回す、というのも疑問だ。
「久遠さん、そいつ、一角獣について、何も知らないんじゃないの?」T‐REXの上に乗るラフな格好の青年が告げる。「揉め事が起こって、そこそこ強いから首を突っ込んじゃっただけなヤツ。例の幼女は今まで人との繋がりなんて持ってなかったわけだし、無関係者だろ」
「それもそうだな。なら、口封じとして殺しておくか」
あっさりした口調で結論付けた男は、誠をその辺の石ころでも見るような目で見据えてきた。
内臓破裂はないにしても、少なくとも肋骨や背骨に支障をきたしているだろう誠は、立ち上がることも逃げることもできずに、歯を喰いしばっていた。
(くそ……どうする。万事休すってヤツかな、これ!?)
せめてもの足掻きとして、床に落としていた片手剣へ手を伸ばそうとした、その時。
吹雪が吹き荒れる。
八咫烏やT‐REXをも包み込む莫大な冷気の質量が、男たちを凍りつかせた。
一瞬で創造された『万事』を『休止』している氷の世界に、
「これで間に合った――の、かな?」
「………ん、たぶん。ていうか、波瑠ちゃん強すぎ」
超能力ランクⅩ【使徒】No.2の天才、《霧幻焔華》、天皇波瑠が、秋奈を抱きかかえて誠の前に舞い降りた。まるで天使が舞い降りたかのような美しい光景に、ぽかんとマヌケな表情をしていることを、誠は自覚する。
秋奈と少し言葉を交わした後、男たちの動きを完全に封じたことを確認してから、波瑠はボロボロの誠へと駆け寄った。
「えっと、とりあえず私は佑真くんの友達だから、信頼して大丈夫だよ、誠くん」
波瑠は呆然としている誠への説明をすべて後回しにして、ボロボロの体へ手をかざした。
《神上の光》
生と死すら逆転させる純白の波動が、誠の体を包み込む。
心が安らぐような暖かさを感じた頃にはすでに、受けていた怪我はすべて、なかったことにされたかのように癒されていた。
誠の顔色がよくなった頃合を見て、放出していた白い粒子は波瑠の中へ戻っていく。
「うん、たぶんこれでもう大丈夫。立ち上がってみて」
言われるがままに立ち上がった誠は、あまりに自然と動作する自分の体を気持ち悪いと思ってしまった。
「うわっ!? え、痛みが全然ない!? ていうか、僕の怪我は……!?」
「小難しい説明は全部後でちゃんとするから、今はとりあえず、ついてきてくれないかな? 佑真くんに、誠くんと秋奈ちゃんを連れてくるよう頼まれたんだ」
急ぎ気味の口調でまくしたてる蒼髪の美少女に対し、よくわからないがコクコクと頷く誠。
凍結した男たちの場所を連絡してから、三人は即座に移動を開始した。




