●第二十八話 日常の動転
佑真と波瑠が物語に合流し、ようやくバトルスタートです。
この二人いると安心感が違うなぁ。作者的な意味で
そんな同日の、とある建物内にある、とあるファミリーレストラン。
「いやさ、日曜日に一緒にでかけて昼食がファミレス、なんてシチュエーションは今まで何度もありましたよ。そのたび佑真さんはドリンクバーを頼み続けてきたわけですが」
夜空の髪を持つ少年は、ドリンクバーのコップを割れんがばかりにギュッと握り、
「コーラがない店なんて、ファミレスって言わねえんだよおおおおおッ!!!」
「佑真くん、周りの視線が痛いからちょっと静かにできるかなー?」
蒼く長い髪をなびかせた少女に、簡単にいなされていた。
ともかく、適当な炭酸を注いで席へ戻った天堂佑真は、ハンバーグとライスの到着の間繋ぎとして頼んだ山盛りポテトに食らいついていた。
対面に座った蒼髪の少女、波瑠も一本を拝借。
「佑真くんっていっつも炭酸飲んでるよね。部屋にもコーラが買い置きしてあった気がする」
「炭酸こそ至高。他のモンより美味いじゃん」
「気持ちはわからなくもないけど、カロリーがね……」
「波瑠痩せてるほうだと思うし、気にしないでささ、一杯」
「お酒じゃないんだから」
数本を同時に咥える佑真に対し、波瑠は一本一本をゆっくり食べていく。育ちの差が顕著に表れている男女である。
佑真はそんなことは気にしてないけれど、波瑠と共に様々なレストランに来るたび、ここに連れてきたのは間違いだったかな、と困り笑いをする羽目となっていた。
『なあ、あの窓際の席の女の子。かなり可愛くないか?』
『ほう、あたしとのデート中に他の女の子を見定めるか。でも、確かに……』
波瑠には多数の箇所より羨望の眼差しが突き刺さっている。こんな月並みな現象が起こっていいんでしょうか、と呆れるも、波瑠に見惚れてしまう気持ちは佑真が一番理解している。
ちなみにこれまた月並みに、佑真にも『テメェじゃ釣りあってねんだよそこ代われあるいは○ね』的視線が幾千本も突き刺さっていた。
「お待たせしました、七種のチーズピザとハンバーグステーキになります」
「わぁ、来た来た」
ふわっと花を咲かせる波瑠へ、周囲の男性――のみならず、女性までもが硬直する。可愛い制服に身を包んだ店員さんまで頬を赤く染めたのだから、この少女の笑顔は魔性ってやつだ。
「しっかしお前、いろいろ危険だよなぁ」
「危険? なにが?」
「いや……なんか、お前を見失ったら、他の男んトコ行っちゃいそうで怖い。モテるから」
「ふえっ!? い、行かないよ!? 私は佑真くんと……ていうか、モテないし!」
「また自分を卑下しよって。そんな波瑠ちんには罰として、ピザを一切れ奪わせていただきます」
「あっ! むう、私のピザ返せ……ってポテトもほとんど無くなってる! 割り勘なのに……」
「ふっふっふ、これが成長期男女の差というものよ。カロリーなんか意識するからだ!」
「じゃあカロリー気にしないから、ハンバーグ一口頂戴!」
ぷくーっと頬を膨らませる。はいはい、と適当にいなしながらも、なんだかんだ佑真はナイフで一口サイズに切り、
「はい波瑠、あーん」
――と、動揺した様子もなく、フォークに突き刺しハンバーグを差し出した佑真。
まぢですか。そんな言葉が波瑠の頭の中を過ぎったそうな。
「どうした波瑠? 欲しいんじゃなかったのか? ん? んん?」
「うぐ、絶対楽しんでるなこの状況……ええい、だったらされるがままってことで!」
ドキドキ音を高鳴らせる心臓を気合でなだめ、はむっと一口。間接キスを忘れるほど広がる肉汁に波瑠は頬を綻ばせる。直後、テーブルに屈していた。
「くっ、おいしい……そもそもピザ頼んでる時点で、カロリーがどうとか言える立場じゃなかったよね、私……」
「そうそう。うまいもん食ってすくすく成長するのが成長期というものですよ」
「で、でも太りたくないし……うぅ、葛藤なんだよ……」
表情をコロコロと変える波瑠をいじる佑真、という図がそこにあるのだが、その光景は外側から見ればただいちゃついているようにしか見えなかった。
最後に一応言っておこう。
ここまでしていて、この二人はまだ付き合っていない!!!
――――『あのカップル、昼間からいちゃこらやってんなー』という感想を抱く少年少女が、ここにも一組。
「あのバカップルの片方、佑真ですねー」
「………そうだね」
小野寺誠と水野秋奈。
二人は、佑真と波瑠が来店するほんの五分だけ前に山奥から下山し、来店なすっていた。
来店直後は『何か見覚えのある少年だなぁ』くらいにしか思わなかったのだが、ドリンクバーのくだりで確信。しかし美少女とともに昼食を食べているのが佑真だとも信じられず確証を持てなかったのだが……今ここに、二人の間で決定された。
あのバカは天堂佑真で間違いない、と。
「………でも、佑真に一緒にどこかへ行く女の子なんているの?」
「一応社交性はあるほうかと……でも、あそこまでの美少女となると」
「………騙されて、貢がされている線も」
「考えましょうか」
誠の中では、この前聞いた『波瑠』という名前の少女があの娘なんじゃないか、という推測が立っているのだが……しかしやはり、あんな美少女が自身の悪友の彼女だというのは、認めたくない。意地でも。
かといって、知り合いだからこそ、佑真が幸せそうにしている姿を邪魔することもできない。
はぁ、となんともいえない溜め息をついた誠の顔を、秋奈が覗きこんできた。ほんのりとだけ頬が赤く、場違いに生真面目な表情だ。
「………ところで、さ。今は二人きりだし……その、言葉遣い。元に戻せない……?」
「残念ですが、これは家の決まりでして――」
「………さっき、あたしの胸を見た罰」
反射的に扇情的なあの姿を思い出してしまい、バッと顔を背ける誠。ポニーテールが乱暴になびく。秋奈のじとっとした視線が突き刺さっているのは見なくてもわかる。
「………ね、誠。あのことさ、なかったことにしてあげるから。だから、たまには普通に話そうよ?」
じぃーっと。外れることはないだろう視線が突き刺さること、大体十秒。
誠は観念して、大きく溜め息をついた。
「………………これは、あくまで今だけだよ、秋奈。佑真がいるし、聞かれて変に思われたくないからタメ口を利くだけだからね?」
「………ツンデレ?」
「違うよ。自分に言い訳してるだけだよ。秋奈と普通に会話するのが久々すぎて、ちょっとだけ気後れしてるの」
口調を変えたことで態度も自然と軟化したのか、誠は今までびしっとさせていた背筋を丸めて背もたれへ寄りかからせた。表情も幾分か、作り物でない自然さを取り戻す。
そんな誠を見て、秋奈の表情も劇的に柔らかなものへ変化した。
「………普段から構わないって、あたしは許可してるんだから。雇い主はお母様だけど、主はあたしだよ?」
「雇い主には『秋奈が勝手に許可しても、決して口調を変えてはいけません』って言われてるんだけどね。――秋奈は『幼なじみ』としての僕らの関係を維持しようとする。だけど『七家当主とガーディアン』の関係に変わるんだから、今のうちにその意識を改善しないといけないって」
誠の言葉を受けて、少しだけ顔色を曇らせる秋奈。
水野家令嬢の秋奈が家を継ぐことも、誠が彼女のガーディアンであることも、誠と秋奈には変えられない決定事項。逆に捉えれば、秋奈からすれば、自分の感情が介入していない決定事項である――という証明だったりする。
秋奈は、『大人の事情』を知らない幼少期に、誠と一緒に幼なじみとして過ごした『記憶』を持っている。
それゆえ、誠がガーディアンでいることを嫌い、敬語を嫌っている。
――――いつまでも友達でいたい。対等な関係でいたい。あわゆくば……。
誠にしょっちゅう「タメ口で」と頼むのは、そんな気持ちからくるものだった。
「………どうしても、仕方ないこと?」
「うん。僕と秋奈が生まれた瞬間から決まっている、理みたいなものだからね」
「………二人きりの時くらい、いいと思うんだけどな……」
ぷうっと頬を膨らませる秋奈。可愛らしい表情に、素直に誠は頬を緩ませる。
残っていた唐揚げを口に放り込んだ秋奈は、そういえば、と誠のルビーへ視線を落とした。
「………誠、儀式は失敗って言ってたけど、どんな聖獣との儀式だったの?」
「それがね、聖獣の姿はよく見えなかったんだ。大きな鳥っぽかったけど」
「………きちんと、友達になれるといいね」
誠は思わぬ言葉の選び方に、きょとんと目を丸くする。
契約、異能――そういった言葉ばかり聞いたせいで決して思い至らなかった発想だ。思い出してみれば、秋奈はだいぶ前から聖獣を『友達』と呼んでいた。《レジェンドキー》を、聖獣と一緒に戦うための絆の証と呼んでいるようで――その発想にすぐさま至れる秋奈の見方に、誠は素直に尊敬した。
「友達……か。その考え方は思いつかなかったよ。うん、友達になりたい」
誠はルビーのネックレスを握り締める。
その誠の手を、秋奈の小さな両手が包み込んだ。
驚いた誠は、秋奈の顔を見つめる。
手の甲に伝わる温かなぬくもりに。誠の姿だけを映す秋奈の瞳に。
「………なれるよ。誠なら、なれる」
少女の微笑みに――――誠は、心臓が高鳴るのを感じていた。
「………だって、誠はすごいもん。あたしよりもずっとずっと頭も良くて、運動もできて、能力も強い。だから誠は大丈夫。絶対できる」
「ちょっと褒めすぎだけど……ありがと秋奈。頑張るよ」
――恥じらいもなく、自分の気持ちを素直に伝えられることが、秋奈の一番の美点だ。誠を元気付けたいと、真っ直ぐな瞳が物語っている。
この純粋な性格が、誠は好きだ。
もっとも、純粋で自分の気持ちに素直すぎるがゆえに、誠を未だガーディアンとして受け入れてくれていないのだけれど……そこには、この場では目を瞑っておこう。
久々に主従関係を忘れてのなごやかな時間が訪れた――かに見えたが、そんな日常は、突然訪れる非日常にて引き裂かれる。
具体的には、
「波瑠、能力使えッ!」
不意に叫んだ天堂佑真のその声が、日常を非日常へと誘った。
轟音と地鳴りが響き、爆発が起こったのは直後のことだった。




