第一章‐④ 零能力者は機転を巡らす
――――――そうして、パワードスーツから逃げ回る『今』に至るのだ。
勢い百パーセントで出会ったせいか、佑真が波瑠について知っているのは現状名前のみ。
逃げ回るのに精一杯で雑談をする余裕もないが、それでも命が懸かっている佑真と波瑠は妙に息の合ったコンビネーションを発揮し、かれこれ三十分近くパワードスーツとの追いかけっこを継続していた。
「また来るかも!」
背後より波瑠の声が響き、エアバイクの通過した路上に弾頭が突き刺さる。
爆発によってエアバイクの車体後方がぐあっと持ち上がった。
「きゃっ!」
と悲鳴を上げた波瑠の全身が佑真にのしかかり、むにゅと柔らかな感触が背中に伝わってくる。着ているパーカーがだぼだぼすぎて最初は気づかなかったが、彼女、意外と年下とは思えない体つきをしているらしい……!
「あれ? つうか背が低いから決めつけてたけど、波瑠って年下なんだっけ?」
「この状況で年齢の話するの!? ちなみに佑真くんは!?」
「免許取り立て十五歳だぜ!」
返答しつつ、交差点を左へ曲がる。パワードスーツはしなやかに体を傾け、無駄一つないカーブを描いて佑真達を追跡してきた。
「ふふっ、じゃあ佑真くんとは同い年だね。実は私ね、今日が十五歳の誕生日なんだよ! ……こんな日だけど誕生日なんだよぉ…………」
「自分で言って自分で落ち込むなよ! 意地でも逃げ切ってハッピーバースデーを歌ってやるぜ!」
景気づけに叫んだはいいものの、エアバイクはとっくに交通法違反の時速五〇キロを超えて街中を駆け巡っている。波瑠の指示のおかげで精神的余裕も生まれてきたが、攻撃を避け続けるだけでは意味がない。
「何とかパワードスーツを撒く方法を考えないとな……そういや波瑠、オレとお前が会ってから何分くらい逃げ回ってるか分かるか?」
「どうしてそんな事を?」
「エアバイクも無限に走れるワケじゃないからな、残りの電力量と照らし合わせてもしもに備えないと。突然電池切れでゲームオーバーだけは避けたいだろ?」
「うぅ、巻き込んじゃった上にそこまで考えてくれてありがとう……えっと、会ったのが確か午後四時ごろで、今は四時二十七分だよ」
「二十七分……待てよ。一つだけあるかもしれないな、打開策!」
にやりと口角を上げる佑真。
そこから佑真の走行が今までの闇雲走行から、明確な指針を持った走行へと変化する。
「どこかに行くの?」
「一つだけ試したい場所がある。波瑠、四時三十分になるまでカウントしてくれないか?」
「う、うんっ」
それから一分ほど経って、佑真達はようやく目的地を視界に捉えた。
「自然公園……?」
意外な目的地だったのだろう。波瑠が『思わず』といった風に呟く。
たどり着いたのは、東京都が管理している大きな自然公園だ。
この辺りに住む人々には馴染み深く、映画の撮影などでも使われるほど大きな公園だが……一見、『パワードスーツを撒く』という目的にはそぐわない。
スロープを使わず階段を強引に登り、エアバイクは公園へ突入した。
背後につくパワードスーツに恐怖してか――はたまた佑真が鳴らしまくっているクラクションのおかげか。公園内にいる人たちは避けるように道を開いてくれる。
佑真は車体を傾けて、舗装されていない林へ突っ込んだ。
落ち葉が反重力モーターで舞い上がる。
パワードスーツは、木々をへし折るという強引な形で追跡を続けてきた。
「佑真くん、大丈夫なの!?」
「大丈夫、狙いはそっちじゃない!」
波瑠は不安そうだが、佑真は迷わない。舗装されていない林を選んだのはパワードスーツを撒くためではなく、ひとえに最短距離を進むためだ。
「あ、あと十秒!」
波瑠がコールすると、佑真がさらにアクセルを踏み込んだ。
木陰が途切れ、傾き始めた太陽が真正面より光を放つ。
エアバイクが飛び出したのは、公園内を流れる人工河川沿いに位置する円形の広場だ。広さは大したことない。同心円状にいくつもの溝が刻まれている。
佑真がほどこす微調整によってエアバイク、パワードスーツの両者ともが、同心円の中央へと向かっていく。
「あと五秒! 四、三、二、一――――零!」
エアバイクが円を通過し、パワードスーツが円の中央に達した瞬間。
午後四時三十分ジャストに溝から噴き上がった多量の水流が、パワードスーツの機体を殴りつけた。
戦闘用パワードスーツには、いかなるケースでの戦闘にでも対応できるよう防水機能がついているはずだ。
しかし噴き上がった水流で視界を乱されたのか、はたまた突然の水流噴出に戸惑ったのか。原因は定かでないが、パワードスーツはバランスを崩して転倒しスライド、柵を破壊して河川へと沈んでいった。
その人工河川の水上を、もいいいん、と反重力モーターの稼働音を響かせながら走行するエアバイク。
「都営自然公園名物、毎時〇分と三十分に起こる噴水タイムだ」
波瑠が問いかけようとする前に、佑真が口を開いた。
「パワードスーツってのは形や目的はどうあれ『スーツ』。つまり人間が装着してるんだろ? 逃亡のチャンスを作るなら頑丈な外側じゃなくて、中にいる人間に対応したほうがいいと思ったんだ」
「なるほど……視界を塞ぎ、更に下方から突然水圧を与える噴水。あのパワードスーツが知る由もない出来事で驚かせて、逃げる隙を作ったんだね」
……とはいえ佑真が狙ったのは『視界を塞ぐ』という段階までだ。
エアバイクは『反重力モーターが出す粒子を反射する表面』さえあれば、どこでも浮上・走行が可能。ようはパワードスーツと違って水上でも走行できるのだ(道交法違反だけど)。
それを利用し、この自然公園に流れる人工河川を経路に組み込むことを思いついた。
噴水という目くらましを利用し隙を生み出して、パワードスーツが追跡不能な河川で距離を取ろうという算段だったのだ。
噴水がもたらした効果は、実際には佑真の予想を遥かに超えていた。
「ま、結果オーライか」
ほっと溜め息をつく佑真。
と同時に、背後よりお腹の鳴る音が聞こえてきた。
あまりに平和ボケした可愛らしい音に、佑真の頬が自然と緩む。
「あはは……安心したらお腹すいちゃった」
誤魔化すように笑う波瑠。比喩なしに超可愛い。
「腹減ってんの?」
「う、うん。実は、一昨日からろくなもの食べてないんだよね……えへへ」
えへへじゃないだろう、と佑真は全力でつっこみたかった。
一昨日からろくに食べていない。
パワードスーツに追われている。
空から落ちてきた。
(……一体、この娘は何者だ?)
佑真はようやく、最初に問うべき疑問へ戻ってこれたようだ。
「あー、とりあえずうち――学生寮に来るか? 事情を話せば寮長なら入れてくれると思うし、飯も食っていけよ」
「そこまですると申し訳なさすぎるような……」
「命がけでパワードスーツと鬼ごっこしたんだぜ。他人行儀は手遅れだよ」
……ありがと、と背中で波瑠が呟いた。
エアバイクは青白い粒子で軌跡を描き、オレンジ色に染まる河川を走っていく。