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●第二十六話 顕現の儀式


   【顕現の儀式】


 めぐりめくって、迎えた日曜日。


 誠は学生の正装であるブレザーに身を包み、水野家本家を訪れていた。小野寺家に定められている『男子でも髪を伸ばす』という謎規則に従って、誠の髪は肩をゆうに過ぎるポニーテールと驚くほど長い。その髪が、木々を拭きぬけるそよ風になびいていた。

 水野家は、和を基調としている家だ。敷地内に山を所有していて、渓流が流れていたり動物が暮らしていたりお寺があったり、自然と共生する雰囲気は、五百年間変わりない。そして二十二世紀にはめったに見ない平屋建てでもある。

 秋奈が住んでいるため、呼ばれればすぐ足を運んでいるが、十五年間未だ、この水野家本家に慣れたことはない。

 分家ゆえの苦手意識、なのだろうか。

 玄関前で待っていると、しばらくして大きな扉が開かれた。


「………誠、待った?」

「いえ、大丈夫で――――」

「………?」


 こてっと首を傾げる秋奈。誠が言葉を詰まらせたのは秋奈の容姿のせいだ。

 白と赤の巫女装束。胸の大きな秋奈は、しかし通例に反して和服を見事に着こなすことができる。幼い頃から本物の巫女として和服を着る回数が多いため、堂に入っているのだ。ほんのりしている化粧も含め、誠も何回も見ているはずなのに、どきりとしてしまう。

 長年ともに過ごしているとはいえ、日々魅力的になっていく少女に慣れることはできないのかもしれない。


「………誠? どうしたの?」

「……いえ、すいません。お嬢様がまさか巫女装束で出てくるとは思わず、少々驚いてしまいまして……いつも通り、よくお似合いです」

「………そう? ありがと」


 声をかけられ、立場という建前を通じて平静を装う誠。秋奈は少しキョトンとしたが、褒められたことが嬉しいのか、頬をほんのり染めてくるくると一回転。結んでいない紅髪がなびき、甘い香りがほんのり伝わってきた。


「しかし今日も朝から暑いですね」


 誠は動揺を悟られぬよう、すぐ適当な話題を繰り出す。表情に乏しいせいでよくわからないが、一応誤魔化せたらしく、


「………でも、今年の冬は二十年に一度の寒波が襲うってニュースでやってたよ?」

「そうなんですか?」

「………うん。関東平野でも雪が降るかも、だって」

「珍しいこともあるものですね。雪といえば、五年前にも一度、すごく雪が積もりましたよね」

「………佑真と一緒に遊んだ…………あの頃はまだ、誠もタメ口だったけど?」


 即刻無言タイムである。

 じとーっと秋奈に見つめられる時間は幸い、すぐにリムジンがやってきたことで短く済んだ。

 とはいえ、乗用車二台分はある黒い車体を前に、誠には別種の緊張が襲ってきたけれど。

 助手席から、メイド服を着た黒い長髪の女性が出てきた。メイド服といってもいわゆる商業用の衣装(ミニスカフリフリ)ではなく、実務用で機能性重視のデザインだ。


「お嬢様、お待たせいたしました。そちらは小野寺誠様ですね?」

「はい」

「雪奈様が車内でお待ちです。お乗りになってください」


 一歩引き、秋奈と誠が乗れるように誘導してくれるメイドさん。

 慣れているのか、躊躇いなく乗り込む秋奈。誠もやや戸惑いつつ広い車内へ乗り込むと、秋奈に隣へ来るよう誘導された。


 テーブルを挟んだ反対側には(車内にテーブルがあるとは……)、着物を着た美しい女性が着席している。

 紅の長髪。雰囲気や容姿が秋奈と似ており、事実、彼女は秋奈の母親だ。

 水野クリスタル=クロイツェフ・雪奈。

 欧州系とのハーフで、且つ水野家本家の血を継ぐ女性である。


 ちなみに秋奈もクォーターとなり、『水野エメラルド=クロイツェフ・秋奈』というのが本名だ。二人の髪が赤い理由はここにある。


「久しぶりね、秋奈。それに誠も、日ごろよりご苦労様です」

「………お母様、久しぶり」

「恐縮です、雪奈様」


 頭が上がらず緊張しているのは誠のみであり、秋奈は普段どおり何を考えているかよくわからない無表情だが、雪奈は慎ましい微笑みを浮かべている。年齢というよりは、立場上の余裕だろう。

 しかし、誠の頭が上がらないのも仕方のないことだ。

 誠をガーディアンとして契約しているのは、他でもないこの雪奈。誠からすれば雇い主となるのだから。

 発車直後、


「では、早速本日二人にしてもらうことをお伝えしましょう」


 秋奈だけでなく誠にも話の対象がかかっている証拠である敬語で、雪奈は話し始めた。


「本日、秋奈と誠には、水野家伝統の、とある儀式を行なっていただきます」

「………伝統?」「儀式とは、なんでしょうか?」


 秋奈、誠は顔を見合わせる。

 雪奈は、そのあたりはおいおい説明する、と言葉を付け加えて、


「本来は、二人が十五歳になった時に行なうべきですが……秋奈の誕生日は二月の十四日。ちょうど受験の時期ですので、今のうちに済ませておこうということになりました」


 ほんの少し不穏を覚える笑みを浮かべる雪奈。



「お二人には、これより《レジェンドキー》を伝授したいと思います」



「「れじぇんどきー……?」」


 さらに疑問の増える誠。秋奈がどこか嫌そうな顔をしているのは、これより莫大な量の説明が行なわれることを予期しての上だろう。


「………お母様。れじぇんどきーとは、なんでしょうか?」

「この世に存在する《異能の力》の一種です――といえば、わかりますでしょうか?」

「………《超能力》以外に、異能の力が存在するの?」


 可愛らしく首をかしげる秋奈に対し、首肯する雪奈。

 あまりにもあっさりと頷かれたせいで、秋奈だけでなく誠も、一瞬唖然としてしまった。

 そんな彼らを見てふふふと微笑んだ後、雪奈の解説が始まった。


《超能力》

 それは【太陽七家・天皇家】が全人類を一歩先へと導いた、奇跡の科学技術だ。SETと呼ばれる特殊な端末を使用することで人間の脳をフル稼働させ、限界まで引き出された思考が異能の力を生み出す、というものである。


「この《超能力》を『表の異能』とするならば、これより伝授する異能――《儀式能力》は、『裏の異能』と呼ぶべきでしょうね」

「裏の異能……」

「そうかしこまることもありません。《儀式能力》とは、その名のとおり、特定の儀式を通じて手に入れる異能の力。我々は実際には《魔術》と呼んでいる力のことです」

「………なんか、非科学的っぽい?」

「ええ。SETや超能力学とは一切関係のない異能の力ですので、一度頭を空っぽにして話を聞くべきでしょうね」


 話の真剣度が切り替わっただろうことを受け、誠は気を引き締めなおす。


「話ははるか昔まで遡ります。――我が水野家の歴史五〇〇年の中で、私たちの家は、科学躍進の起こる二十世紀を迎える手前まで、神道系の陰陽師として《魔術》を操る家系だったのです。ですが、二人が知らないのも無理はないでしょう。フィクションのごとく、という説明はあまり好きではありませんが……やはりフィクションのごとく『魔術師』を数多く生み出す我が家系は、表社会とは離れた位置に存在していたのです」

「………ん、でもお母様。水野家は、五〇〇年前から日本の名家として栄えてたんじゃないの?」

「正体がバレないよう作った表向きの仮面が、名家【水野家】。魔術師としての姿こそ、本当の意味での【水野家】なのですよ」


 あたかも常識であるかのように答えていく雪奈。


「そもそも、《魔術》というものが表社会より隠されている理由は、漢字から読み解くことができるはずです」

「………………魔の術。『魔』という字が具体的に何を指すかは知りませんが、人間が本来関わってはいけない領域、魔の領域(悪いもの)に干渉する技術。それが《魔術》ということですか」

「流石ですね、誠。おおよそそのとおりです」


 雪奈に微笑みかけられ、少し出しゃばったかな、と顔を伏せる誠。


「この『裏の異能』は、無論我が水野家のみならず、数多くの家や国の中に存在していました。信仰を続け、霊装を使い、あるいは特定の修行や儀式を経ることで、万人は様々な《魔術》を使用してきました」


《超能力》のように、と皮肉のように付け加えられた。


「ですが、天皇家の生み出した《超能力》は、《魔術》を大きく衰退させたのです」


 魔術の使用には、必要な過程や準備する道具、乗り越えなければならない苦行が多すぎる他、使用中に命をすり減らす、なんてこともある。

 それに対し、超能力はよっぽどのことがない限り、ただ使う分には命に危険が及ばない。

 さらに【SET】を身につけ、起動するだけで異能の力を使用可能となるのだ。

 効率の問題で、魔術が衰退するのは歴然としていた。


「私たち水野家は、【太陽七家】に名を連ねるにあたり、《魔術》を七家同志にのみ公開することになりました。その過程において、魔術は《儀式能力》と名を変えられ、現世も『裏の異能』として存在しているのですよ」


 一旦そこで話が途切れ、雪奈は例のメイドさんにお茶を出すよう命じていた。

 誠は頭の中を整理する。


 世界には、《超能力》ではない別の異能の力、《儀式能力》が存在する。

 その《儀式能力》とは、いわゆる《魔術》。苦行や霊装を通じて異能の力を使用する、表社会には隠され続けてきた力。

 よもやこの世界にそんな力があったとは、露ほども知らなかった。


「……あの、雪奈様。質問をしてもよろしいでしょうか?」

「構いません。なんですか、誠」

「そのような力が水野家に伝えられてきたのなら、なぜ僕ら――いえ、本家次期当主である秋奈様にも隠していたのですか?」


 ごもっとも、と隣で秋奈が今気づいたかのように眼を開いていた。

 そんな秋奈に苦笑しながら雪奈は誠たちの身に着けているSETに視線を落とし、


「理由は主に《超能力》の存在、ですかね。秋奈も誠も、二人とも超能力がすでに存在する時代に生まれ、そして親、契約者として誇らしいだけの成績(ランク)を保持してくれました。ですからこそ我々は『このまま魔術の存在はあえて伝えず、超能力者として成長させる』という道も考え、魔術を伝授する時期を見送り続けていました」


 魔術は――陰陽術はそこまで大きな影響はないが――信仰心に重きを置く傾向にある。

 超能力が一般に受け入れられるほどに『科学』が『一大宗教』として成り立っている現代にて、非科学(オカルト)の真髄とでもいえる魔術を教えても大きな成果は出なさそうだ、という見解あっての意見だったそうだ。


「ですが我々がこうして【太陽七家】として台頭できたのは、魔術師の家系であるご先祖様たちの功績あってこそ。その伝統を途絶えさせるのはやはり申し訳が立たない。と、いうわけでキリの良く物わかりもついてくれそうな十五歳を区切りに、とりあえず伝統である《レジェンドキー》の継承だけでも行うことを取り決めました」


 以上です、と雪奈。


「………誠、誠」


 くいくいと袖をひかれる。顔を向ければ、若干疲れの滲む秋奈が眉をひそめていた。


「………話がかろうじてでしか、理解できない」

「安心してください。僕もぶっちゃけよくわかんないです……」


 まあ、実際に儀式能力を見てみれば、また感じることも変わってくるのかもしれない。

 やがて差し出された紅茶を一口含み、雪奈は話を再開させた。


「では、続きといきましょうか。むしろ本題ですかね」

「………《レジェンドキー》?」

「ええ。まずは、儀式の手順と形態から」


 雪奈は一枚の和紙を取り出した。現代ではめったに見なくなったそれは、墨で円形の図が描かれている。


「《レジェンドキー》習得の儀式は割と簡単です。ストーンサークルを作り上げ、松明を六つ囲うように並べ、その中心で儀式を行います」


 さらに出された紙によれば、そのサークルは滝壺に人為的に作られているらしい。

 習得者はサークルの中心にて滝行のように座禅し、自己の雑念を払い意識を『無』へ運ぶ。

 サークルを囲う石に立会人が『魔力』を流すことで、サークル内に特殊な力場が発生し、儀式が開始されるという。

 この辺りもやはり、実際に見たほうが早いだろう。


「では、次に具体的に《レジェンドキー》がどのような能力なのかについて。――《レジェンドキー》とは、自身の精神に反映された《聖獣》を依代を用いて召喚し、試練を経ることで『契約』を結ぶ――という能力です」

「「………………せい、じゅう……」」


 思わず顔を見合わせる誠と秋奈。


「………お母様も、聖獣と契約してるの?」

「していますよ。見せたことはありませんが、私はこの札で《風神》と契約しています」


 袖の中より一枚の短冊を取り出す雪奈。規則的に墨で紋章が描かれていた。

 もっとも、誠も秋奈もその短冊には目もくれていない。


「ふ、風神!? ということは雪奈様、《聖獣》というのは、」

「ええ。ネズミや犬であることもあれ、伝説上に存在するペガサスや牛頭馬頭なんてケースもあります。十人十色、百人百様、千差万別。動物から神話の怪物、果ては神格レベルまで。何が出るかは儀式を経てからのお楽しみです」


 ぱん、と手を折り合わせる雪奈。誠はそこでようやくテンションが上がっていたことを自覚して「すいません」と言いながら腰を下ろし、けれど隣席の秋奈は瞳を輝かせていた。


「………《聖獣》と『契約』するってことはさ、もしかしたら、本物のペガサスとかドラゴンとかと友達になれるってこと?」

「そ、そうなのではないですか?」

「………おそるべし、魔術……じゃなくて、儀式能力」


 静かに興奮するという器用な芸当を見せる秋奈。今まで退屈そうだったのが嘘のようだ。

 しかし、そういったワードで興奮してしまうのは、中学三年生である誠と秋奈だ。まだまだ子供であることは否めない。


「では、最後に、二人に渡しておく物があります。優子さん」


 メイドさんが脇のバッグより、二つのケースを取り出した。高級そうな包みをしており、中身は案の定、高級なものだった。


「ほ、宝石ですか……」

「………エメラルドと、ルビー?」


 秋奈が、二つの輝くネックレスを見る。


「《レジェンドキー》に使う依代です。誠には紅玉(ルビー)を、秋奈には翠玉(エメラルド)を差し上げます」


 恐らく、秋奈の『エメラルド』という名前にちなんだ宝石なのだろう。大きさは大体手のひらに収まる程度だが、これを何カラットと呼んでおいくら万円するのかは、あくまで一般人の誠にはついていけなかった。


「《レジェンドキー》での聖獣の依代は、契約時に定められる一種類のみに限定されます。そしてこれがなければ、聖獣を人間界で形づくり、とどめておくことができません」

「………だから、どこへでも持っていけるネックレス」


 いやいや高すぎるんだけど、値段が! と倒置法を使って内心反論する誠。似合う気がしないし、もしなくしたら、という不安が絶望的にでかい。


「雪奈様、誠様、秋奈様。もうすぐ到着いたします」


 そこで、ガラスで区切られた前方の運転席より男性の声が届いてきた。


「あら、もうですか。意外とあっという間でしたね。お二人になら、覚悟の時間などは必要ないと思いますので、行きましょうか」

「は、はい!」「………ん」


 誠は大きな声で返答、秋奈はコクリと頷き、リムジンはいつの間にか、紅葉に包まれた山奥へと辿りついていた。



   ☆ ☆ ☆



 雪奈の従える一番の側近だというメイドさん、こと優子(十七歳)の先導で山中を歩き進める誠たちは、滝壺へとたどり着いていた。事前に聞いていたとおりだが、滝壺はきれいな円形を描いており、二メートルはあろうかという石柱が等間隔に並べられていた。火の焚かれてない松明もいくつか並んでいる。

 水の落ちる轟音と鳥やセミなどの鳴き声。緑溢れる景色。視覚的にも聴覚的にも、自然と心が落ち着いてきた。


 どちらが先に儀式をするか? と聞かれ、とりあえず誠が先にすることにした。ガーディアンとして、万が一を秋奈に降り注がせるわけにはいかない。


「では、まずは着ている服を全部脱いでください」

「はぁ、わかりま――――わかりかねます!」

「………」


 コクコク、と真っ赤な顔かつ猛スピードで頷いて同意する秋奈。

 いくら誠と秋奈が長い付き合いでも、異性の前で脱げというのは無理無茶不可能だ。


「冗談ですよ。用意している儀式衣装がありますので、そちらを着てください」


 優子は優秀なメイドさんらしく、雪奈が言うなりバッと浴衣のような衣装を渡してくれた。

 誠と秋奈は早速、儀式衣装へ着替える。

 真紅のラインが規則性を持って描かれている、白地で薄手の浴衣、という印象だ。

 ところで。


「………なんか、恥ずかし……」


 珍しく、はっきりと恥ずかしそうな表情で胸元を押さえる秋奈のその姿は、かなり直視しがたいものになっていた。

 身長こそ低いが、彼女は同年代でもめったに見ない双丘をお持ちなのだ。

 胸元ゆったり目であるこの儀式衣装、男子の誠が着る分にはすーすーするだけなのだが、秋奈からすると、隠すべき部位が露出されそうな不安感に襲われてしまうらしい。儀式衣装だといって髪はかんざしを挿し後ろで結われているため、開けたうなじや襟元から露出する白い素肌に目を奪われる。視線を降ろしていくと滑らかな曲線が描かれているのがわかってしまう。

 思春期真っ只中の中学三年生、誠の頬は確実に熱くなり――


「………誠、あんまり見ないでっ」

「う、わ、ごめんっ!」


 真っ赤な顔の秋奈から冷たい視線をぶつけられてしまった。けれども恥ずかしそうに胸元を隠すため、腕でかえってその豊かさを強調しているようで、なんとやら。

 雪奈が笑いをかみ殺しているのは、誠の気のせいでないだろう。


「では誠、ルビーは身につけていますね?」

「はい」


 胸元には真紅に輝くルビー。ついに儀式が始まるのか、と誠は顔つきを強張らせる。


「ふふ、そんなに固くならないで下さい。意外と簡単ですから。まず、あの滝壺の池になっている部分に、一つの台があるのが見えますね?」


 雪奈が指差す丸い滝壺には、岩でできている、恐らく天然の台がある。常に自由落下してくる水を受けたせいで、表面が平坦に削られているようだ。


「あそこで瞳を閉じるだけです」

「…………え? それだけ、ですか?」

「あくまで『すべき動作は』ですがね。あの滝の威力は結構強いですが――滝を使う本来の目的は、滝行でよく聞く『瞑想の効果向上』です。より意識を『無』にしていないと、この儀式は失敗してしまいますからね」


 水野家の者は全員、あの滝で意識を無にしてから儀式の本格に取り組んだらしい。


「この滝壺は、淵が完璧な円を描いており、非科学(オカルト)的に特別な意味を持つ《魔法円》となっているのです。そこに我々水野家が細工を施し、この『契約の儀』に特化した形としました」

「………五〇〇年前から使われてきたってこと?」

「たぶん、ですけどね」


 淵で水をぱしゃぱしゃといじっていた秋奈が呟く。

《魔法円》とは、魔方陣と同様に規則正しく描かれた円を指す。ただし、こちらは儀式などに使うもので、描いて《魔法》が得られるわけではない。


「弧に沿うように六ヶ所で松明を焚き、二人の人間が二箇所ある石碑に波動を流し込みます。そうすることで儀式は開始され、台座に座るものの『無』になった意識空間で、儀式は開始されます」


 石碑に波動を流す役割は、優子と雪奈が果たしてくれるそうだ。


「儀式が開始されると、お二人の意識は一時的に別の空間へと飛ばされます。そこに、あなた方の精神を顕現化した聖獣が待ち構えていますので、彼らより受け渡される試練をクリアし、契約を結んでください。そうすることで、《レジェンドキー》の完成です」


 高い霊格を持つ聖獣と契約できるのは、人間として強い者だけ。

 強力な聖獣と契約する機会を得たならば、それ相応の覚悟を持って挑む必要がある。

 最後に一つだけ警告を、と雪奈が真剣な表情でつけくわえる。


「二人とも、できる限り諦めず、希望を抱き続けてください。そうすれば、聖獣は必ず心を開いてくれます。ただ――――あまりにも危険でしたら、諦めて戻ってください。意識を飲み込まれてからでは遅いですから」

「「………………はい!」」


 いい返事です、と雪奈が微笑み、儀式の準備が開始された。

 儀式衣装に身を包んだ誠と秋奈は、その様子をしばらく見守っていた。

 誠が少なからずプレッシャーを感じていることを察したのだろう、丁寧に脚を折り、秋奈が側にしゃがみ、話しかけてきた。


「………誠、どんな聖獣と契約できると思う?」

「さあ、そればっかりは自分では。お嬢様は、九尾あたりと契約できるんじゃないですか?」

「………九尾? 誠、それはあたしを貶してる?」

「そんなわけないですよ。お嬢様、九尾は確かに『怨念』とか負のイメージがつきものですし、実際伝奇ではそのように伝えられています。ですが、九尾は登場当初、吉兆を伝える存在だったり、あるいは美女に化ける存在として扱われていたりしたんですよ?」

「………………つまり、誠はあたしを、美女だと言いたい、と?」

「どうでしょうかね」


 誤魔化さないで、と怒りつつも頬が緩むのを抑えられない様子の秋奈。

 そんな秋奈を見て、誠の心も落ち着きを取り戻す。


 やがて、準備が終わったと声をかけられ、誠は滝壺の中央の台座まで岩を飛び移る。

 石碑には雪奈と優子が手をついている。すでに火を燈した松明が滝壺を囲い、幻想的な雰囲気が漂い始めていた。

 台座に近づくにつれ、滝の水流が激しく肩を打つ。

 遠くから見ていたとおり、台座は平坦でつるつるとしている。そこが最も滝も強い。誠はその上で座禅を組み、最後に秋奈の姿を見てから瞳を閉じた。


 滝壺へ落ちる水の音。

 静かな山奥に響く鳥のさえずり。夏の残響とも呼べるセミの鳴き声。吹き抜ける風がもたらす木々のざわめき。


「優子さん、始めましょう」


 雪奈がちょうど対岸で石碑に手を添える優子へ声をかける。誠はそのやり取りに一切反応しない。彼の家、小野寺家による修行の賜物というべきか、瞑想は手馴れたものなのだ。

 優子と雪奈が石碑へ『魔力』を流し込む。

 石碑が輝き、その光が周囲に立つ石碑へと伝わり、連鎖するように輝いていく。

 松明の六つの焔が中空で直線を描き、各松明と繋がって炎で六芒星と六角形を描き出す。

 秋奈は、誠を見据えてキュッと小さな手を結んだ。


「………誠、がんばれ」


 主従関係ではない。

 幼なじみとして。そして――それ以上の想いを籠めて。

 秋奈は誠のことを、じっと見守っていた。



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