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●第二十五話 少女の編入

佑真の視点は最初のみで、しばらくは誠視点で話が進みます。


本作品、なんと群像劇らしいです。


   【少女の編入】


 そして迎えた9月3日――二学期開幕の日。

 宿題? 終わりませんでしたよ。

 それでも学校をサボるわけにはいかない佑真は、しぶしぶ夏服を着て登校し、重い足取りのまま教室の戸を開いた。日焼けした運動部の連中や再会を大げさに喜ぶ女子たち、夏休み何してた? という月並みながら必ず盛り上がる話題を早速話しているクラスメートたちと挨拶を交わしながら、自席にたどり着く。佑真がエナメルを置いたところで、普段つるんでいるクラスメートたちが気づいて近寄ってきた。


「よう天堂。宿題やったか?」

「うーす、鈴木も岩沢も日焼けしたなー。で、やるわけないだろ?」


 同じ寮生であり超能力ランクは『Ⅰ』と、言葉を選ばずに言えば、落ちこぼれ仲間であるが故に仲良くなった(ついでに佑真と同程度にバカ)、鈴木と岩沢だ。

 よかった、とほっと息をつく二名の友人を前に、佑真もほっと息をつく。

 どの宿題が終わっているのか、を示し合わせて『写すローテーション』を確認しあったところで、坊主野球部の岩沢が机をバン! と派手に叩いた。


「ところで天堂、お前、彼女できたって話は本当か!?」

「ぶふっ!? ど、どっからそんな噂!? 彼女なんていねえよ!」

「とか言って、お前が寮長先生の部屋に居候してる女の子となにやら親密になってるってネタは、すでに上がってるんだぜ?」


 は? と佑真は硬直する。

 鈴木が突き出したスマホの画面には、佑真と蒼髪の女の子(、、、、、、)が手を繋いで学生寮を出て行く後ろ姿の写真が、でかでかと表示されていた。


「ふっふっふ、知ってるか天堂。今のお前の状況を、『火のないところに煙は立たぬ』って言うんだぜ!」

「どういう意味?」

「き、聞き返す、だと……っ!?」戦慄する岩沢。視線を泳がせ、「何かが起こるのには必ず原因がある、みたいな意味だったカナ?」

「岩沢、自分の知らない日本語を無理に使おうとするなよ……ま、コイツのバカはどうでもいい。天堂、お前は気づいてないみたいだが、俺たち寮生の間じゃすでにお前とあの可憐な美少女の関係性については注目の的になってんだよ。どうなんだよ? 付き合ってるのか? ん?」

「そもそもあの娘、誰なんだ? 夏休みに寮がぶっ壊れたあの事故と関係あるのか?」

「一気にいろいろ聞くな! つかその辺は説明したくてもできないというか――」


 嫉妬心からか好奇心からか、ぐいっと詰め寄ってくる男子たちに圧倒され、どう誤魔化せばいいかと珍しく頭を使う佑真を――ホームルーム始業を伝えるチャイムが救ってくれた。

 さっさと戻れ、と鈴木と岩沢を追い返し、佑真は席へだらしなく腰を下ろす。


(そりゃそうだよな……オレ以外の人からすりゃ、あいつは突然学生寮に現れた美少女でしかないんだもんな……)


「ねぇねぇ今気づいたけどさ、席一つ多くない?」

「あ、ホントじゃん! 席増えてる!」


 ――全員が座ったことでようやく、クラスメートたちは本日の教室にある『普段と違う点』に気づいたようだ。夏休み明けでテンションが高かったせいかは知らないが、机と椅子がワンセット増えていることに全員が着席するまで気づかないこのクラスは、やっぱりバカばっかだな、と佑真は改めて思う。

 ……もっとも、佑真も事前情報がなかったら、気づかなかったかもしれないけれど。


 ざわめきが広がっていき、やがて喧騒に変わるか、というタイミングで自動扉が開き、「静かにせい!」と一喝を入れた担任教師、相変わらず小学生にしか見えない合法ロリババァこと『寮長』が入ってきた。

 そして、クラスメートたちは、水を打ったかのように一瞬で口を閉ざす。

 決して寮長の一喝に恐れたからではない。騒いで怒られるなど、彼らにとっては日常茶飯事。


 寮長の後ろに従うように、蒼いロングヘアをなびかせ、新品のセーラー服に身を包んだ、とんでもない美少女が入室したからだ。

 男女問わず一瞬見惚れてしまうほどに、その少女は可愛らしかった。


 教壇に登り、さらに専用の台に上った寮長は一回咳払いを挟み、全員の注目を集めた。


「うむ、たまにはおんしらも静かにできるんじゃな。では、すでに察しの通りじゃが、本日より皆の級友が増える。編入生の――天皇波瑠じゃ」

「「「て、天皇ッ!?【太陽七家】のッ!?」」」


 クラス一丸となっての絶叫に、そわそわしていた波瑠はびくっと体を震わせ、寮長はわざとらしく顔をしかめた。寮生たちは「あれって例の女の子じゃね!?」「ああ、天堂のコレの」と小指を立てていたりする。古臭いハンドサイン、流行っているのだろうか。

 しかし、彼女の持つ苗字よりも佑真との関係性を気にするあたり、この中学は《超能力》や現代社会に興味を抱かない『劣等生』が多いという証拠かもしれない。


「……たまに息ぴったりになるのう、おんしらは。波瑠。自己紹介頼めるかの?」

「あ、はい!」


 ふわっと見せる陽だまりのような微笑みに息を呑む男子たち。女子たちからも第一印象は好印象なようだ。

 これなら馴染むのは余裕だよな、と佑真は安心の笑みを浮かべていた。編入を申し出たのは佑真なので、もしかしたら、が起こらないか多少なり不安だったのだ。

 寮長に頷いた波瑠は、くるりと蒼髪をなびかせ、クラスメートたちへ微笑みかけた。作り笑顔でない自然な笑顔をすぐに振りまけるのは、波瑠の天性だ。


「えっと、紹介どおり、天皇波瑠です。事情があって、この中学に編入させていただくことになりました。苗字で呼ばれるのはあんまり好きじゃないんで、男の子も遠慮しないで、名前で呼んでください。あと半年くらいですけど、よろしくお願いします!」


 あどけない笑顔でぺこりと頭を下げる波瑠。

「よろしくー!」とか「付き合ってください!」とか「こちらこそー!」とか、好き勝手な声が激しく飛び交う。とりあえず付き合ってくださいと叫んだ男子はあとで制裁するとして、佑真は視線が合った波瑠に、軽く手を振ってみせる。


 ――その瞬間、波瑠の笑みに更なる付与が追加された。

 女子すらも赤面させる、『花のような』という言葉が最も似合うであろう、天性の微笑み。

 ほわっと、教室内の空気が柔らかくなった。


「ふっ、まずいわ……同性愛(そっち)に進みそうよ……」

「しっかりしろまーちゃん! 波瑠ちゃんはたぶんノーマルだから!」

「あー、波瑠ちゃんって呼び方なんか可愛い! あたしもそう呼んじゃお~」

「くそっ、女子は気軽に呼べて羨ましい……公認とはいえ名前呼びって緊張するよな……」

「それはお前がDTだからだ。むしろ合法的に名前を呼べるこの状況を祝福すべきだ」

「そのセリフのほうがDT臭溢れてるぞ?」

「ええいおんしら、波瑠が戸惑うから静かにせんか!」


 寮長が叫ぶも、教室内の喧騒は一向に冷める様子がない。波瑠はといえば、やや戸惑いながらも先頭の女子に話しかけられ、おだやかに会話を進めている様子。

 そんな中で――なぜか主人公席に座る岩沢が、すっと立ち上がった。


「ど、どうしたんじゃ岩沢……?」

「ふっ、寮長先生、一つ波瑠さんに質問させてもらいますよ。ずばり! あなたと天堂佑真は、どんな関係なんですかッ!?」


 おぉーっ! と寮生の間で歓声があがり、それに生じて「え? なにそれ? そんな噂あるの!?」と恋バナ大好き女子たちにまで話が飛び火する。黙らせようと佑真が立ち上がろうとした――その時。



「え、えっと、私が告白して、佑真くんの返事を待っているみたいな関係……で、いいのかな?」



 こてっと、可愛らしく首をかしげ――佑真に視線を向ける美少女、波瑠。


(そうだったね……そうだったね、波瑠。あんたは、異常に素直でいい子ちゃんだったね……)


 佑真は悟った。血の雨が降ると。

 静まること五秒。

 怒号が一斉に轟く。


「どういうことだ天堂!」「付き合ってないということか!」「こんな美少女に告白されてオーケーしないとか贅沢者め!」「天堂の分際で女子選ぶな!」「天堂君最低!」「波瑠ちゃん可愛いんだから付き合っちゃいなよ!」「今ここで告白しちゃえー!」「おんしら一々騒ぐでない!」「名前で呼んでたねー! 仲いいのかなー?」「ラブコメの波動を感じる……!」「待てよ、つまり波瑠さんは今一応フリー!?」「一応すぎるけどな!」「じゃ、俺が告白しちゃおっかなー?」


 誰かが冗談で放っただろう最後の言葉を――佑真は反射的に、本気で捉えてしまった。


「テメェら絶対波瑠に手ェ出すなよ! 波瑠はオレのモンだからな!!」

「「「それ言うならさっさと返事しろよ!!」」」


 ごもっともすぎるツッコミが炸裂し、さらに喧騒は盛り上がっていく。

 波瑠の編入初日は、そんな感じに騒々しく――そして、あっさりとクラスに馴染む形で、無事に(?)スタートしたのだった。



   ☆ ☆ ☆



 そんなバカ学校が存在するこの街にはもう一つ、新学期を向かえた中学校が存在する。


 私立神無月中学校。

 この名を知らない関東の学生は少ないだろう。


 都内唯一の『超能力者育成』を主体とした授業形態の中学であり、入学時点で超能力ランクが『Ⅵ』を超えているエリートのみしか入学できない特別形態を取っている。そのため優秀な進学率も誇っており、超能力者としての未来を開きたい者はこぞって入学を希望する。そこに存在する受験倍率の高さもまた、知名度を押し上げている要因のひとつだ。


 そんな神無月中学では現在、始業式後恒例である『能力測定』が行なわれていた。

 各々の能力に応じて測定法が用意され、その中でいかに好成績を収めるか、によってランク付けが決定される。例えば加速能力者ならば、『①動かせる物体の質量・大きさ』『②物体の初速・加速度』など、数多くの項目を測定(スキャン)し、総合的に評価するのだ。


 校庭や体育館などに分かれて測定を行なっている生徒達の中で、無事に測定を終えた三年生、小野寺誠は木陰で友人と休憩しながら、三年女子の測定をぼんやりと眺めていた。


「よー、小野寺。ランク何だった?」

「ん? 前回と変わらず『Ⅸ』。って言っても僕はたぶん、これ以上は上がらないけどね」

「だろうな。ランクⅩ――【使徒】は、日本にも現在十人しかいない。生まれながら持ってるモンが違う化物しかいないからな」

「そうそう。超能力計測形態が明確化された15年前から、ランクⅩにナンバリングされた人は、たったの三十人にも満たないからね。僕の成績向上はもう見込めそうにないよ」

「ランクⅨだって十分な成績だろ。俺なんかランクⅦのままでよー」


 愚痴を零す友人に相槌を打ってこそいるが、誠は内心、居心地の悪さを感じていた。


 超能力ランクを、彼はあまり好ましく思っていない。

 ランクで計れるのは超能力そのものの強さであり、実戦時にモノを言うのは『どう使うか』だ、というのが誠のポリシーだ。

 とか言いつつ上から二番目(ランクⅨ)なので、誠は体裁上これを一度も口にしたことはない。優秀者ゆえの思考だ、と思われるのが面倒だからだ――と考えている時点で、誠は自分を優秀な能力者だと評価していることになるのだが、客観的事実でもあるのでそこには目を瞑っている。


 ふとざわめきが起こり、グラウンドにいる者たちの視線がそこへ集中される。誠も例外なくそちらへ顔を向けると、男女問わずの人の壁の奥で、一人の少女がSETを構えていた。


「お? お前んトコの秋奈お嬢様が測定を開始するみたいだぞ?」

「そうみたいだね」

「……見に行かなくていいのか?」

「あの人だかりの中に行ってまで見に行くのはちょっと、ね。それに、どうせ結果はわかっているようなものだし」

「それもそうだな」


 それに、その少女が測定を行なうたび人だかりができるのは、毎回恒例のこと。誠と友人は木陰から遠目でその測定を眺めることにした。

 もっとも、その少女が使う能力は大規模なものなので測定会場も広く敷地が取られており、本人ではなく能力を見る分には、ほとんど不自由しないのだけど。


 染髪を批判する年代がなくなった(、、、、、)現代でも珍しい紅色の髪。地毛であるそれをサイドテールに結っている小さな三年生は、神無月中学入学時からこの三年間、学内で一番の有名人だ。

 少女の名は、水野秋奈(みずのあきな)

【太陽七家・水野家】のご令嬢である。


 彼女は大勢の観客に一切気後れした様子もなく、むしろ眠そうな瞳で教師から測定の説明を受けていた。コクリと頷くと、ハーフパンツのポケットより昔のスマートフォンのような形状の超能力発動端末【SET】を取り出して、ラインで引かれたサークル内に静かに立つ。静かなのは彼女のみで、周りは鬱陶しいほど賑やかだ。

 秋奈は一瞬、誠のいる方へ視線を向け――


 測定開始のブザーが鳴らされる。


「………SET、開放」


 秋奈の指がSETのパネルを滑り、微弱な電磁波が彼女の脳を刺激する。今まで活動していなかった『領域』が活性化され、波動が可視化。眩しいルビーのような紅の波動が少女の小柄を包み込む。

 そんな秋奈に対し、いくつかの砲口が向けられていた。

 もちろん弾は攻撃性のないペイント弾。しかし、砲口の数の多さに観衆たちはどよめく。


 その数、三十六。

 しかも三百六十度、死角無しだ。


 秋奈はすぐにしゃがみこんだ。

 地面に手のひらを当て、少女の波動が手のひらへ集合される。


「………液状化」


 短く呟かれ、秋奈の手元――グラウンドが変質する。

 秋奈を囲うサークル内を除いた周辺の土がすべて『液体化』され(泥になったわけではない)、生きているかのように激しく蠢き始めた。彼女の能力を初めて見るらしい一年生が歓声を上げるが、他の生徒達は『まだまだ序の口』と言った様子で見守っている。

 ペイント弾がすべての砲口より、一斉に発射された。その大きさは実際の砲弾程度。害はないにしても、喰らえば全身ピンク色に染まり恥をかくことは確実だろう。


 水野秋奈は冷静に能力を行使していた。

 液体化した土が津波のようにせり上がり、すぐさま『硬化』。それは少女を囲う防壁と化し、すべてのペイント弾を防いでいく。


 射撃が一時中断されると同時に、秋奈はさらに能力を使用する。

 彼女を守っていた防壁がふたたび液体へ戻り、今度は蛇のように細く長く形状を変質させ、三十六の砲口へと放たれた。少女の姿はまるで、土から伸びる蛇を操る魔女のよう。しかし彼女は魔女ではなく超能力者。蛇を模した土は砲口を塞ぐとふたたび『硬化』され、ペイント弾の追撃を完全に封じていた。


『そこまでです水野さん』という制止のアナウンスが響き、秋奈は硬化させた土をすべて元に戻してから、SETに触れて能力使用を停止させた。


「おーすご。小野寺、今回のお嬢様、ランク何だと思う?」

「さあねえ。ランクⅩ、と言いたいところだけど、うちの学校の測定法じゃあランクⅨ止まりだろうね」

「ほう、なかなか厳しい評価で。やっぱ身内だからか?」

「身内じゃないよ。主従だよ」


 またまたー、とどついてくる友人に対し誤魔化しの苦笑いを浮かべていると、専用の端末と向かい合っていた教師が顔を上げた。


『水野さん、今回もランクⅨでした。お疲れ様でした』


 こくり、と紅髪の少女は頷き、測定会場からそっと下がっていった。

 後輩たちは「相変わらずすげー」といったリアクションを見せているが、三年の二学期に入ってもランクⅨのままだったので、同級生の間では「がっかり」という身勝手なリアクションが多く見られていた。

 ――逆説的には、入学時から変わらずランクⅨである、という恐ろしい成績を収めているのだが。

 同級生の友人には応対しても、話しかけてくる後輩はマイペースに無視。そんな自由な水野秋奈は、キョロキョロと周囲を見回していた。そんな彼女を無意識に目で追っていた誠は、視線がかみ合った瞬間、しまったと思った。


「あ、お嬢様こっち来るじゃん。じゃ、俺はあっち行ってるから」


 そしてすぐさま腰を上げる友人。


「なんでいつも二人きりにしようとするの!? 行かないでよ!」

「いや、だってお前らの会話見てるの気まずいから。小野寺が普段のイメージと全然違う喋り方してんのとか、吐き気する」


 そう言われると言い返す言葉も出ない。

 お嬢様によろしくなー、と言って笑顔で退散されてしまった。


 逃げようかな、なんて考えたのは一瞬。

 逃げる間もなく、秋奈が目の前までやってきていた。

 紅の美しい髪をサイドテールに結うのは彼女のスタイル。ジャージの胸元には、百四十五センチにも満たない小さな体に似つかわしくない豊かなふくらみが存在している。前述したが、やはり眠そうな瞳が特徴的な――否定できない美少女である。雰囲気が大人しめであるせいで、この少女がランクⅨの超能力者だとは、一目ではわからないだろう。

 誠はすぐさま立ち上がり――



「お疲れ様でした、秋奈お嬢様。今回もランクⅨの好成績、おめでとうございます」



 丁寧に会釈をして、出迎えた。


「………………うん」


 一瞬、ほんの一瞬だけ顔をしかめた秋奈だったが、すぐに何を考えているかよくわからない無表情に戻り、誠の差し出したタオルとドリンクを受け取った。


 小野寺誠と水野秋奈の間には、単純に言うと主従関係があった。

 正確に言えば、『水野家』と『小野寺家』には、主従関係が存在している。


【太陽七家・水野家】は、七家の間で最も歴史の長い、超能力誕生のはるか昔、五百年前から続く家であった。史実に残る功績がない程度の土地や財力を昔から多数所有している他、水野家には、本家の血筋(秋奈の血筋)の他に、同じ血筋から分かれた『以下五家』と呼ばれる分家がある。

 小野寺・生波・清水・月島・互滝


 各家には、水野家に対する役割が存在する。

 小野寺家の役割は、水野家本家の者の護衛。


 誠は現在、中学生でありながら、本家の令嬢・水野秋奈の守護者(ガーディアン)を務めていた。

 そのため、口調は崩せないのだ。


「………誠は、どうだった? 変わらず?」

「はい。ランクⅨのままでした」

「………よかったね」

「お嬢様と比べればまだまだですよ」

「………そんな謙遜はしなくていい。誠は、強いから」

「お褒めの言葉はありがたいのですが……お嬢様を守るためには、今のままではまだまだ実力不足です。なにせ、お嬢様のほうが強いですからね」

「………超能力は、ランクじゃない。使い方が強さなんだよ。いつも言ってるのに」


 むう、と不満を無表情に一割ほど乗せる秋奈。誠は苦笑いしつつ、つき返されたドリンクを受け取った。

 誠のポリシーである『ランクで計れるのは超能力そのものの強さであり、実戦時にモノを言うのは「どう使うか」だ』というのは、このとおり、秋奈からの受けおりだったりする。


「………それよりも、誠」秋奈があからさまな不満を抱いて顔を上げ、「敬語。家の人がいない時は、敬語を使わなくていい。これも、いつも言ってることなんだけど」


 むうっと頬を膨らませる秋奈だが、こんなでも長年続く大財閥のご令嬢である。誠にしか向けない無表情系美少女の豊かな表情に対し、誠は頬をかきながら視線を逸らした。


「あー…………いえ。そんな恐れ多いこと、できませんよ」

「………あたしは誠に対して恐れ敬われること、した覚えがない。昔みたいに(、、、、、)友達で(、、、)いてくれればいいのに」

「……そう言われましても、ね……」


 こればっかりはお願いされても、おいそれと頷くことはできない。困り笑いを浮かべる誠を一瞥して、秋奈もしぶしぶと言った様子で食い下がった。

 誠と秋奈の関係は、複雑入り組みすぎていて、説明も面倒くさいくらいだ。

 だが、現在の関係性のみを説明することは容易い。


 水野家当主直々の命により、誠は秋奈のガーディアンとして、命に懸けても彼女を護衛しなければならない。

 現状は護衛のみならず雑用もいろいろやらされている誠だが、『護衛(ボディーガード)』ではなく『守護(ガーディアン)』な理由は、誠が雇われて秋奈の側にいるのではないからだ。

『ガーディアン』とは、いわば使命。

 秋奈を守るためだけに生きることを許されている、といっても過言ではない。


 だから、秋奈がどれだけ許そうと、水野家当主からの許しが降りない限り、誠は秋奈へ敬語を使い続けるし、へりくだり続ける。本人の意志が介入しない、決定事項なのだ。

 秋奈本人も、それはわかっているはずだ。

 しかし秋奈からすれば、突然変わってしまった誠との関係を、受け入れることを拒みたいのだろう。誠もすべてを知った最初は戸惑ったから、気持ちがわからないわけでもない。

 それでも。

 この関係は、誠の感情だけで変えてはいけないものだった。


「………誠、今週末、暇?」


 木陰に座って足を折りたたんだ秋奈が、誠を見上げてきた。丁寧な女の子座りをするだけでかなり可愛らしい。

 唐突な話題提供だったが、この無表情少女が唐突に話題を変えることはよくあることである。


「暇ですけど、何かあるんですか?」

「………お母様が、誠を呼べって言ってた。あたしと誠に、何かやってほしいことがあるんだって」

「……雪奈様が、ですか。なんでしょうか?」


 わかんない、と首を横に振る秋奈。


「………とにかく、来れる?」

「はい。大丈夫です、とお伝え下さい」


 誠は軽く頭を下げる。

 正直なところ、本家に行くのは気まずいというか、体裁上気が進まないのだが、秋奈の母親――本家の人間からの直接の命となれば、行かないわけにはいかない。


(うーん、週末に気落ちするイベントが入ったのはちょっと嫌だけど、)


 でも、と誠は秋奈へ視線を送る。秋奈はすでに誠ではなくグラウンドへ興味を注いでいた。

 横顔を見て、思う。

 秋奈と一緒に過ごせるなら、なんでもいいかな――と。


 ――グラウンドでボン! と何かの能力が爆音を鳴らし、誠ははっと正気に戻る。

 誠だけでなく、秋奈も何かに気づいた様子で顔を上げていた。


「………そうだ、誠。もう一つ思い出した。【生徒会】のことで、話がある」

「【生徒会】ですか? それなら、支部に行ってからでもよろしいのでは?」

「………………できるだけ、二人きりで……」


 ほんの少しむっとする秋奈に、首を傾げる誠。


 ところで【生徒会】とは、『超能力を使える学生が街中で起こるトラブルを解決するための組織』の俗称である。出兵などで超能力関連の事件を抑えられる大人が減っている、という状況を打破するために戦時中に作られたのだ。

【生徒会】は警察とほぼ同様の権限を有しており、ランクの高い能力者は警察から依頼を受けて刑事事件に出動することもある。とはいえ、仕事は学生らしく地域の清掃や些細なトラブル解決に当たることも多いのだ。


 秋奈が誘われてそこへ所属したことで、ガーディアンである誠も参加することになった。

 昨日も暴走族の一団討伐に関わったばかり。誠はランクⅨの能力者であり、さらに能力の系統が戦闘に傾いているため、危険な仕事に借り出されることも多かったりする。


「………今、話すの」


 少し怒ったような口調で誠を真っ直ぐに見上げる秋奈。挙動の理由がさっぱりわからず、誠はひたすらに首を傾げる――一応記述しておくと、実際に傾げているわけではない。


「………最近、都内で爆破事件が起こってるのは、知ってる?」

「はい。テレビでもネットでも話題となっていますよね。新宿で起こったコンビニ爆発を発端に、秋葉原のメイド喫茶、吉祥寺の洋服店などすでに八箇所に及んでいて、警察が捜査中だと聞いております」


 それら一連の事件では、幸い死者はいないが負傷者は多く、警察のみならず【生徒会】内でも、警戒を訴える連絡は回されている。証拠的に超能力による犯行の可能性が高いほか、同一犯とも断言しかねる範囲の広さに警察やメディアも振り回されているのだ。


「………それが、この前その吉祥寺で被害出たでしょ? 次に起こるのはこの辺かもしれないから、今日はその一件に関して、【生徒会】に顔出ししてほしいって連絡が来たんだけど……行ける?」

「わかりました。では、一緒に向かいましょうか」

「………うん」


 少しだけ嬉しそうに頷く秋奈。その笑顔に、誠も思わず釣られて頬が緩む。

 外側から見ればとても絵になっていることに気づかないまま、二人は能力測定が終わるまで二人きりで会話し続けるのだった。



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