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間章‐⑨ ‐イタダキ‐

『ふざけてんですかふざけてんですかふざけてんですか!?』

『ええい(やかま)しい! 念話(テレパシー)(わめ)くなッ』

『な・に・が喚くなですかァァァ! アンタが今日本日トゥデイに何をしたのかわかってんのかこのクソッタレのドアホ戦闘狂(バーサーカー)ッ!』


 ――――そして説教される世界最強クラスの男アーティファクト・ギア

 無視をしようにも脳内に直接怒号は響く。

 さすがの大らかな男も、顔をしかめずにはいられなかった。


『天皇波瑠ですよテ・ン・ノ・ウ・ハ・ル! アンタが連れ帰ってたら今頃どれだけ米国(ウチ)が優位に立ったと――――っ! あなたはその場の口約束と主君からの言葉、どちらのほうが()()()()ますか!?』

『お、ジャパニーズオヤジギャグか!?』

『興奮するな偶然だこの腐れ親日家! アンタのいつもやるその態度、寛大じゃねえどう考えても油断だ傲慢だ! アンタが強いからって慢心してんじゃねえよコラ!』

『別に慢心しているつもりは』

(はた)から見ればそうとしか見えねえんだよォォォォォ』


 キャラ崩壊しつつギャーギャー騒ぎまくること数分――《テレパシー》を繋いでいたローズは誰かに呼ばれたらしく、ようやく脳内に直接響く怒号は静まりかえった。


「全くやれやれ……ローズの奴は生真面目にも程がある。武士道(ブシドー)騎士道(Chivalry)……男と男の真剣勝負というやつが、どうにも理解されんなぁ」


 妙な頭痛に後頭部を()くアーティファクト。

 しかし率直に感想を――国を最優先とした正論を述べてくるローズ・カノープスのことは、ただ逆らうこともせず自分の指示に従う同朋よりは気に入っている。


 強者故に、己と違う生き様を貫く人間が好きなのだ。

 それはまた、アーティファクトが抱いた天堂佑真に対する評価にも通ずるのだろう。


「オレが米国に忠義を誓う英雄と呼ばれるならば、貴様はさしずめ、姫に命を捧げた勇者といったところか。カカカ、オレは命令無視ばかり行っているがな」


 観光目的の来日での思わぬ収穫に、笑みを殺すことができずにいた。

 アーティファクトは大きな拳を握りしめる。

 小さな勇者と交えた拳を。

 彼に感じた――まだ曖昧な期待を思い出す。


(天堂佑真。今日のところは、約束どおり立ち上がった貴様の魂に免じて見逃してやる。

 だが次に会う時は容赦せんぞ。血を吐いて尚努力しろ。敗北して尚強くなれ。世界に名を轟かせた貴様との再戦を、オレはいつまでも待っている!)


 その笑みには、まるで強者と出会ったような好奇が含まれていた。

 彼が天堂佑真へ向ける期待は、果たして過度なものなのか。

 それとも彼が考えるとおり、天堂佑真にはそれほどの才が眠っているのか。

 少なくとも今日この時を以て、世界最強の怪物に、一人の少年の名が記憶されたのだ。


(クカカ、また会おう。日本(ジャパン)小さな勇者(リトル・ヒーロー)よ!)




   ☆ ☆ ☆




 佑真が目覚めたのは、病室のベッドの上だった。

 窓際の壁に黒い衣装に身を包んだキャリバン・ハーシェルが寄りかかっており、ベッドの脇には佑真の手をギュッと握り締めた波瑠が座っていた。


「佑真くん!」


 瞳を開くなり波瑠が叫び、佑真は目を白黒させる。


「え、えっと!?」

「よかった……ずっと目覚めないから心配で……」


 困惑する佑真は波瑠の頭を撫でつつ、キャリバンへ『助けて』の視線を送る。


「……説明、しなきゃダメですかぁ?」

「してくれよ……確か、あのアーティファクト・ギアと戦ってて、ボッコボコにされて、それで……」


 負けたんだっけ、と佑真は口の中で呟く。

 佑真が顔を伏せ、波瑠は察して体を椅子へ戻す。

 二人が黙り込んでしまったので、溜め息をついたキャリバンが口を開いた。


「……とりあえず、ここは【ウラヌス】の有する軍用施設内の病室の一つです。

【メガフロート地区】の倉庫街で異様な乱闘があった、との通報を受け念のため向かってみたところ、アナタ達が倒れていたらしいので、特別に手を回して警察や救急隊からアナタ達の身を預かって、ここまで輸送してきましたぁ」

「それであいつは? あの怪物は!?」

「アーティファクト・ギアはアタシ達が駆けつけた時には――いえ。警察が駆けつけた時にはすでに、姿がなかったそうです。どういう気まぐれかは知りませんが、ハルをスルーしてくれたことは不幸中の幸いと言えるでしょうね……。ホント、ハルがいなくならなくてよかったです。下手したら戦争勃発ですからねぇ」


 ふへっと笑顔を見せるキャリバンのおかげで、若干空気が和らぐ。

 佑真は斜めらせた背もたれによりかかり、天井に視線を向けた。


「……オレ、よく生きてたよな」

「とはいっても、ハルの《神上の光(ゴッドブレス)》があってこそですけどねぇ。人づてですので見てませんが、ユウマ、死ぬほど出血してたそうですよぉ?」

「だろうな。ぶっちゃけ死ぬかと思ったもん。強いな、世界は」

「えぇ。ハルを取り囲む世界の最高峰は『あれ』です。今回は見逃されましたが、次は絶対にないでしょう。アタシ達もですが、ユウマ。アナタはあれに勝てるようにならないと、ハルを守り抜くことはできませんからねぇ?」

「………………さすがにハードルが高すぎて嫌になりそうだ」

「むしろ、あれを見た上で生還できたことを幸運に思うべきでしょう。あれに勝てるようになれれば、ユウマはほぼすべての能力者と戦えますからぁ」


 さすがに弱音を吐く佑真。仕方ないですよね、とキャリバンもフォローを入れる。




「…………ごめん」




 震えた波瑠の言葉に、佑真とキャリバンの視線が集まった。

 顔を伏せた波瑠の顔色は長い前髪に隠れてよく見えないけれど、彼女の手の甲に零れ落ちる雫で、震える肩で、大体わかっていた。


「私の、せいだ。私が一人で『敵』と戦おうとして、負けて、そのせいで、佑真くんを傷つけることになっちゃったんだよね……」

「……そうかもしれないな」

「ユウマッ!?」


 ここは(なぐさ)めるとこじゃないのか!? と言外に主張するキャリバンを目で制し、佑真は波瑠の頭を撫でた。


「今回は、オレもお前も悪かった。そもそも敵襲があったのは予想外だったけどさ。波瑠は一人で無理せずに、オレや、なんならキャリバン達へ連絡することが第一だったよな。……一人で無茶する必要はないんだよ」

「……うん。重々反省してます……」

「よしおっけい。んじゃ、オレの方の反省は簡単だな」


 弱くてごめん。

 優しい声音で告げられる、嫌というほど悔しいと思っている佑真の心が表れた簡単な言葉。

 波瑠の手は、スカートにくしゃりとしわを作った。


「……佑真くん…………」

「……ま、二人で頑張ろうぜ」


 蒼髪を優しく撫で下ろす佑真の瞳を見て、キャリバンはほっと息をつく。

 アーティファクトという怪物と戦い、その実力差を目の当たりにしておきながら、彼の意志が折れていないことに安心していた。


(ホント、どこまで凄いんですかアナタは。普通はあの怪物を前にしたら、トラウマを植えつけられて戦線離脱してもおかしくないはずなのに……強い心を持っているんですねぇ)

「ところで天堂佑真、アナタはどうやってハルの下へたどり着いたんですかぁ?」

「ああ、それはちょっとした伝手だよ。オレも人脈くらいあるってこと」


 説明はカットで、と頼む佑真。キャリバンはしばらくジトっとした視線を向けていたが、まあいいでしょう、としぶしぶ見逃してくれた。




 波瑠の姿が見えなくなった直後、佑真は『ストレイヤ』に『どこかで超能力者が戦闘していないか』という情報を求めていた。

『ストレイヤ』、それも一ノ瀬輝のいる一派は、空野百合花の開発した『SETレーダー』を所持している。小型センサーを飛ばした範囲内において、超能力者の超活性化された波動を感知することができるのだ。

 それが複数のSET起動を倉庫街にて探知したので、佑真はそこへ向かってみた、という次第である。


 佑真がキャリバンに打ち明けないのは、『SETレーダー』が『ストレイヤ』における対超能力者戦で重要な役割を発揮するため、所有していることを軍の方々に教えるわけにはいかないからだ。元不良として、恩義はきちんと返す佑真である。

 何はともあれ、今回もまた人脈に助かったわけだ。




「それじゃあハル、聞きたいことや伝えるべきことは一段落したことですし、一旦来てもらっていいですか? 一応事情を伺っておきたいそうでぇ」

「あ、ちょっと待って」


 波瑠は目元をぬぐい、佑真に真剣な眼差しを向ける。


「あの、ね。アーティファクト・ギア殿から天堂佑真くんに、伝言を預かっています」


 いつになく丁寧な口調で――公的な事のように振る舞う波瑠。

 きっちり伝言を果たした後、キャリバンと会話をしながら彼女は病室を後にした。




   ☆ ☆ ☆




 誰もいなくなった病室で、鈍い音が響く。

 佑真が拳を壁へ殴りつけていた。


「クソッ、なんだよ、アーティファクトって……!」


 決して波瑠には見せられない憤り。自分の弱さへの怒り、苛立ち。敗戦を見逃してもらったという悔しさ。何より、敵に見逃して欲しいと頼んでしまった自分の限りない弱さ。

 その上で突きつけられた、圧倒的に上から目線のメッセージ。


「なんであんなに強いんだよ……あんなの、人間じゃねぇよ……どんだけガンバりゃ、オレはあれに勝てるようになるんだよ……っ」


 誰にも、自分の弱音を吐く姿は見せたくなかった。

 才能の差。努力の量。戦闘経験の壁。

 いろいろ御託を並べようとしても、佑真は納得できない。


「『強さ』だ……理由なんてないんだよ。『強さ』が、単純な『強さ』が足りないんだよ」


 今の佑真じゃ、まだまだアーティファクトのいる域には届かない。手を伸ばすどころではない、背中を見ることすらできない。彼との約束を果たすなんて、夢のまた夢だ。

 その上で問おう、天堂佑真。

 お前はまだ、波瑠の側にいたいと思っているのか?

 そのためなら、血を吐くような努力もできるのか?


「――――できるよな」


 佑真は拳を握り、自分の胸元にかざす。

 大丈夫だ。

 あの娘と過ごした時は着実に増えた。

 その分だけ、あの娘への想いも大きくなっている。

 あの娘を地獄の底から救い出したいという誓いともまた違う『何か』が、きちんと芽生えて、育っている。


 だから、まだまだ頑張れる。

 一分一秒も無駄にできない。

 この魂を懸けて、大切なものすべてを守り抜く『強さ』を手に入れるために。


「『貴様の覇道を貫き、我が待ち構える頂まで駆け上がってこい。此度の決着はその場でつけると、ここに誓おう』――か。上等だ!」


 ニッと口角を上げ、ベッドから跳ね起きる。

 衣装を着替え、ボロボロに引き裂かれたパーカーを握りしめ、靴紐を結び立ち上がる。


「波瑠、もう少しだけ告白の返事、待ってもらっていいかな。オレが胸を張ってお前の前に立てる日が来たら、その時にちゃんと伝えるからさ」


 佑真は決意を新たに、病室を飛び出した。




【間章 豪傑強襲編 完】

ここまでお読みいただきありがとうございました!


第一章はなんだかんだ戦えた佑真が、頂きはまだまだ遠いぜ、と再認識するお話が間章でした。今時主人公が一勝五敗している作品なんてあるんだろうか……佑真も波瑠も手も足も出ませんでしたが、あの怪物に勝てるよう頑張れ佑真、というのが本作の大筋なのでした。頑張れ佑真。


次回はちょっと息抜き【天堂佑真SS:幽体離脱編】の予定です。天堂佑真SSと言いつつ、メモを見る限り主題は「波瑠の恋心について」になりそうです。紐解かれてしまう吊り橋効果。引き続きお楽しみいただければ幸いです

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