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間章‐⑧ ‐ハイボク‐

ネタバレサブタイシリーズ

『ぼくたち軍人が束になっても敵わない『英雄』や『怪物』は世界中にいます。お嬢様を守り抜くということはその全員――文字通り『全世界』を敵に回すこととなりますが。はたして『零能力者』の貴方に、そのすべてを背負う覚悟がありますか?』


 いつか来るはずの正念場だった。

 こんなにも早く来るとは思っていなかったけど。


『相手は本当に強いですよ。世界級能力者――米国の『アーティファクト・ギア』や中華帝国の『金世杰(ジンシージェ)』、イギリス王立騎士団の『騎士団長メイザース』などが相手となると、アタシ達でも太刀打ちが厳しいでしょう。彼らと戦う際は最善の注意を払ってくださいね。下手すれば、一瞬で命が散りますからぁ』


 一瞬でも勝負になればいいところだろう。

 道場の年下の男子にすら敗北する身で、どう挑めというのか。


 それでも。

 言い訳を探している暇さえ存在しない。

 ただシンプルに、少年は決意する。


 最強を越えろ。




   ☆ ☆ ☆




 センス・ビースト。

 世界級能力者、アーティファクト・ギアの持つ異常に優れた第六感は、このような名称をつけられている。


 猛獣のごとく優れた『野性的第六感』はどれだけ離れた位置からの敵意も察知し、三百六十度、どこからの不意打ちでも反応することができる。

 アーティファクトは敵の初撃に必ず反応できるのだ。


 同時に、アーティファクトの戦闘に関する才能は一般常識をはるかに凌駕していた。

 わずかな体運びをも見切る『動体視力』は敵の次の攻撃を先読みし。

 それに反応する『筋肉への電気信号の伝達速度』は平均を凌ぐ超速度を誇り、確実な回避・防御を可能とする。

 日本であれば出力面の評価のみでランクⅩ相当に達する《エアロキネシス》が、無数の戦闘手段を生み出すのだ。


 彼に単純な攻撃は通じない。

 彼に攻撃を喰らわせるには、集団戦の包囲網による時間的・空間的に隙間のない総攻撃か、あるいは彼の反応速度を超える光速の一撃を繰り出すという――限りなく不可能に近い一手に頼るしかない。

 一対一で彼に勝てる人間は、全世界で片手に納まる程度――それこそ、彼同様『世界級』と呼ばれる能力者達しかいないのだ。


 だから、波瑠はたとえ佑真が参戦しても、勝てるなんて一切思ってなくて。

 今目の前で、佑真がアーティファクトとギリギリながら渡り合っている現状を、客観的に異常な光景だと捉えていた――――




   ☆ ☆ ☆




「ガアアアアッ!」


 アーティファクトの拳が(うな)りをあげて貫かれる。

 しかし咄嗟に身を引いた佑真の脇数センチを拳は通り過ぎ、突風が遥か遠くに転がったコンテナを粉々に吹き飛ばした。


 低い姿勢のまま(ふところ)へ潜り込んでいる佑真の拳が突き出される。

 アーティファクトは巨躯に似合わぬ素早い駆動で佑真の拳をかわし、真上より右腕を打ち落とす。

 佑真は地面を腕で弾いて飛び退()き、肘がすり抜けたアーティファクトの足を払いに右脚を大きく()いだ。


 アーティファクトは能力で竜巻を起こして舞い上がり回避し、右腕を突き出す。

 虚空を貫く空気の大砲。

 気体という質量が爆発音を鳴らした。

 十分な距離を取っているはずの波瑠すらよろめいてしまう爆風を――佑真は回避していた。

 まるで『そこに攻撃が放たれるのがわかっていたかのように』、佑真はアーティファクトが右腕を振りぬく前に大きく右へ飛び退いていたのだ。


 下肢に力を()め、突進する佑真。

 アーティファクトは空気の弾丸を地面へ叩きつけた。

 コンクリートがクレーターのような半球体にめり込み、円形に余波が弾け飛ぶ。

 佑真は足を止め、両腕を顔の前でクロスさせた。

 風が止むと同時に、アーティファクトの巨体が佑真を覆う。


「グオアアアアアッ!!」


 丸太のように太い腕が力強く振り下ろされた。


「――――っ!」


 佑真は無意識で、平手をアーティファクトの手首へ打ちつける。

 ほんのわずかに軌道がずれた拳は、佑真の顔面のわずか数センチ真横を通った。


 そのまま巨躯の懐へもぐりこみ、フックからのブローを鳩尾に叩き込む。

 火道達也が相手ならこれで終わるところを、人間の弱点である鳩尾を、長年猛者を相手に渡り合ってきたアーティファクトが警戒していないわけがない。


 彼の能力は風を操る能力。

 風とは空気の移動、すなわち気体の流動を操作する能力だ。


 そして、動かすことだけが流動操作ではない。

 止めることもまた、流動操作。


 アーティファクトは危険を察知し、意識的に自身の身体に厚さ一センチ程度の『硬化させた』大気を纏っていた。

 動くことのない『空気の壁』は、例え弾丸だろうと剣だろうと貫通することのない装甲を全身に纏っている状態と変わりない。


 佑真の拳は、男をほんのわずかに動揺させる程度の威力しか生み出せなかった。

 むしろ、どう見ても手加減しているとはいえ、アーティファクトに能力無しの攻撃のみで、回避でなく防御させたことを褒めるべきだろう。


 零距離を保つ佑真は手数をひたすらに重ねていく――が、もう拳も脚も届かない。

 アーティファクトの洗練された動体視力は佑真の攻撃の軌道を見抜き、鍛え抜かれた身体能力で簡単にあしらっていく。


 弾き、かわし――佑真の攻撃速度が落ちる。

 そして反撃。

 自身の周囲の大気を激しく巻き上げ、佑真を強風で強引に吹き飛ばした。


「ぐあっ!?」


 すでに攻防で崩れ落ちていたコンテナの山に佑真の体が投げ出される。中身が小麦だったことが幸い、クッションとして極力の衝撃は弱められる。

 舞い上がる白い粉末。

 視界が(ふさ)がれてしまうくらいなら、自らコンクリートへ受け身を取っていたほうが戦いやすかっただろう。


(くっそ、あの怪物はどこ――――)


「佑真くんッ!」


 波瑠の悲鳴が聞こえる。そのおかげで、一瞬パニックに(おちい)りかけていた佑真は冷静さを取り戻した。

 見えないならば瞳を閉じる。

 聴覚にすべての意識を委ねる。

 路地裏でケンカしている最中に泥や砂で相手の目潰しを狙うなんて、当たり前の戦い方だったじゃないか。

 そして佑真は、伊達に孤独で一年以上ケンカに明け暮れていたわけじゃない。


 聞こえる、大気の唸る音が。

 コンクリートを踏みにじる音。

 接近してくる殺意。

 回旋する竜巻。

 振りぬかれる、右腕。


「ここだ――――ッ!!」


 佑真の振りぬいた蹴りがアーティファクトの顔面に炸裂し、巨体がコンテナに追突した。

 体を起こしたアーティファクトは、戦意の尽きることない佑真の『眼』を見る。


(…………オレを捉えて離さない『眼』。わずかな一挙一動を見逃さない『集中力』と『動体視力』。そしてオレの殺気を感じ取る『野生的第六感(センス・ビースト)』! ク、カカ。面白い。面白いぞ! よもや貴様、オレと同等の才華を秘めているとでもいうつもりか!)

「天堂佑真とか言ったな。貴様、なぜ超能力を使わない?」


 アーティファクトのその質問に対し、


「はぁ……はぁ……使えない、んだよ」


 佑真は、なんとなく素直に答えていた。


「使えない…………そうか。貴様が噂の『零能力者』か!」

「海外にまで広まってんの……?」

「能力を使えないのにオレに立ち向かうとは、たいした度胸だ。クカカ、尊敬に値する。普通はそこの女のように、たとえ能力が使えようとも(おび)え、恐怖し、引き下がるものなのだがな」


 笑うアーティファクト。

 しかし、彼は決して佑真を挑発しているわけでも、冗談を述べているわけでもなかった。


 心の底から、佑真の姿勢に敬意を払っていたのだ。

 勝率『零』パーセントの敵を前にしても守りたい少女を背に立ち上がる、その姿勢を。




 だからこそ、アーティファクトは手加減を失礼だと認識し。

 佑真へ全力で立ちはだかることを決めた。




 具体的には、佑真との距離二十メートルの位置で、右腕の周囲の大気をふたたび回転させ始めたのだ。それは激しく轟き、周囲に漂うコンテナの中身や残骸を巻き込み、やがて強大な大気の龍を創造する。


「この一撃だ」


 アーティファクトは告げる。


「この一撃を受けた後、貴様がもう一度立ち上がれるとしたら。その場合、今日はテンノウハルを諦めるとしよう。しかし、この一撃を受けて死ぬようならば――言うまでもないな?」


 余裕の笑みを浮かべるアーティファクトに対し、佑真はリアクションを返さない。

 白い猛獣の背後で待機していた米国の者たちは、そのやり取りに焦りを感じた。


「ア、アーティファクト殿!? 何を勝手な判断をしているのですか!?」

「カカカ、まあ許せ」


 許せじゃないでしょう!? と叫ぶ声を無視し、アーティファクトは《エアー・バースト》を構えた。


(身勝手な判断をしてすまない――だが、日本の未来でも我が国の未来でもない。

 この世界全体の動きが変わってしまうかもしれん瞬間に、オレは立ち会っている。オレの『第六感』がそう訴えて仕方がないのだ。この天堂佑真という男を見ていると、ひしひしとそう感じてしまう……クカカ、我ながらおかしなことを)

「行くぞ、天堂佑真!!!」


 耳をつんざくような超高音が響き渡り、波瑠や傍観者は顔をゆがめ、耳をふさぐ者までいる。アーティファクトの竜巻内部に存在する無数の鎌鼬の衝撃波が激しく振動し、音域の高すぎる音波を生み出しているのだ。

 そして、一撃。






《エアー・バースト》

 超振動ですべてを引き裂く鎌鼬を伴う強大な竜巻が、咆哮とともに振りぬかれた。






 音が消える。

 刹那。

 一瞬の『空白』の後――佑真の体が吹き飛んだ。


 直後訪れる、激しい耳鳴りと暴れる鎌鼬の総攻撃。

霧幻焔華(コールドシャンデリア)》で波瑠が介入して尚――その火力(エネルギー)は変換の許容量を凌駕した。


 逃げ場のない竜巻が佑真の身体を呑み込む。

 切り裂き、引きちぎり、傷つける。

 真一文字の直線が無数に描かれ、真っ赤な血飛沫がその度に弾け飛ぶ。


 断末魔は聞こえない。

 鎌鼬の放つ轟音がすべての音を消し去っている。


 呼吸が止まる。

 それは、傍観している米国の者も、波瑠も、そして佑真自身も。


 積まれたコンテナが舞い上がる。

【メガフロート】が波立つ海面に地震のように揺れる。

 激しくなびく黒く染まった髪を無視して、少女は少年の名を叫んで。




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 天堂佑真が偶発的に手に入れた、三秒間触れ続けた相手の能力を消す力。

《零能力》によって、《エアー・バースト》はかき消された。


 しかし、《零能力》には致命的な欠陥が存在する。

 即ち。

 相手の能力を消せるだけであって、ダメージを消すことはできない。


 鈍い音が鳴る。

 佑真の体がコンクリートに墜落した音だった。

 低く汚い音がしっかりと聞こえたのは、波瑠も、米国の者たちも、なによりアーティファクト自身も――唐突に能力がかき消されたという意味不明な現象に驚き、言葉を発することなく静寂を保っていたからだ。

 いち早く正気を取り戻したのは、アーティファクト・ギアだった。


「ク、カカ。クカカカカ! よくわからんが面白い! オレの能力を消し去るとはな、そんな芸当できる者は初めて見たぞ。しかし残念だ。消し去ることに成功しても、もう二度と立ち上がることはできないのだからな」


 その眼は佑真の体を中心として作られる血だまりを見ていた――どこか、残念そうに。

 佑真を一瞥し、怪物は視線を呆然とする波瑠へ向けた。


「《神上の光(ゴッドブレス)》の回収は任せたぞ、我が同胞たち」

「「「は、はいっ!」」」


 アーティファクトの声に従い、目から光を失った波瑠を取り囲む米国の尖兵達。

 まるで死体のように身動き一つとらない波瑠を訝しげに思いながらも、この絶好のチャンスを逃すまい、と接近し――――




「………………待て……」




 ――――ぐしゃ、と何かの動く音が鳴る。

 アーティファクトは振り返り、そして驚愕していた。


 体中を真っ赤に染めた天堂佑真が、上体を起こそうと、必死に抗っていたからだ。


 力が入らないのか、手のひらや腕を使っても、何度もコンクリートへ体を落としている。けれど佑真は立ち上がろうとしていた。必死に手で地面を握り締め、膝で、やがて足で、地面を踏みしめる。立ち上がるかと思ったが、中腰まで上がったところで膝が耐え切れず抜けてしまい、ドサッと血だまりへ身を落とした。


「……待てよ、おい…………」


 それでも、佑真は言葉を紡ぐ。

 力が入っていない。

 死に物狂いでようやく出せた声だというのは、考えるまでもなく理解できた。

 無視して構わないんじゃないか、という部下を制止させ、アーティファクトはわざわざ佑真の言葉に耳を傾けていた。

 なぜなら彼はまだ――肉片の散る、小鹿よりもおぼつかないその両脚で、立ち上がろうとしているのだから。


「……男なら…………一度告げた言葉は、……守って、もらうぞ…………!」


 周囲からどよめきが走る。

 アーティファクトの《エアー・バースト》だ。対個人だったため規模は小さかったが、それでも第三次世界大戦から一人として生き延びた者はいない必殺の一撃である。

 そいつを完全に喰らっておきながら立ち上がるなど、あり得てはならない。

 一人が拳銃を向ける。アーティファクトはそれを禁ずる。

 追撃の動作すべてを、米国の英雄は一つたりとも許さない。

 死に抗う少年を見入りながら――その生き様を、記憶に焼き付けんとして。


 そして。

 佑真は立ち上がった。

 アーティファクトへ向けて、笑いたくなるほど情けない表情をしているんだとわかっていながら、少年は叫ぶ。




「見たか、最強。立ち上がってやったぜ……!」




 アーティファクトは三度倒れこむ佑真の脇をすれ違い、波瑠に背を向けて歩き出す。背後で波瑠が佑真へ駆け寄っているのが、声と雰囲気で伝わってきた。


「アーティファクト殿、それでは《神上の光(ゴッドブレス)》の回収を」

「するな」


 波瑠らを包囲しようと動いた部下を、腕で制するアーティファクト。


「今日のところは撤収だ。ここまで騒いでしまっては、いつ【ウラヌス】の連中が()ぎ付けるかもわからんしな。帰るぞ、アメリカへ」

「な、何を申しているのですか、アーティファクト殿! 我らに与えられた使命は天皇波瑠の確保……まさか、先ほどのお言葉を気にしておられるというのですか?」

「そのまさかだよ、我が同朋」


 アーティファクトはその大きな手で部下の頭を叩く。


「テンノウハルは生きていなかった、人違いだったと報告しておけ。何、安心しろ。貴様らの成績表に『E』をつけるような真似はせんよ――オレの()(まま)だ」

「アーティファクト殿!?」


 困惑する部下だったが、しぶしぶといった様子でアーティファクトの指示に従い撤退を開始する。強者故の寛大な心。それに振り回されることには慣れているのだ。

 しかし困惑を隠せないのは、血まみれの佑真を抱えた波瑠も同じだった。

 アーティファクトは巨大な背を向けたまま、彼らへと語り掛ける。


「貴様の武勇、しかと見届けた。先の言葉に従い、この場は退くとしよう」

「…………あ、の、」




「テンノウハル、彼が目覚めたら伝えておけ。

 ――天堂佑真、貴様の名はこのオレが記憶した。

 その痛みを(かて)()い上がれ。

 貴様の覇道を貫き、我が待ち構える頂まで駆け上がってこい。

 此度の決着はその場でつけると、ここに誓おう」




「……アーティファクト殿。その言葉、必ず伝えます…………見逃していただき、ありがとうございました」

(たわ)け。礼は天堂佑真へ取っておけ。オレはこの男との約束を守っただけにすぎないのだからな。クカカ、しかしいい男と出会えたな、貴様も」

「…………ええ、本当に」


 涙をぬぐい、英雄の背に頭を下げる波瑠。

 米国の英雄は満足そうに白い歯を見せ、その場を立ち去った。

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