間章‐⑦ ‐ゲキトツ‐
切りどころが無かったので長めです。戦闘描写を入れると今後もこういう事は多そうです
「っ!? SET開放!」
波瑠はウェイターが伸ばしてくる手を椅子から転がり落ちるようにして躱すと、低い姿勢のままダッと駆け出した。手首のSETを起動させながら、
(《発煙能力》かな……いずれにせよ厄介な能力を! 周囲の人達も混乱しちゃってるし!)
あたりで上がる悲鳴や困惑の声、食器が割れ、テーブルが倒れる音。突然謎の煙に充満されたのだ。人々の脳裏に過るのは第三次世界大戦の記憶、ガス兵器による大量殺人である。
けれどもしこれが波瑠を捕らえる為の能力ならば、催眠ガス辺りが妥当だろう。呼吸を止めながら波瑠はひとまずの対処法を選択する。
――使用するのは日本No.2のエネルギー変換能力、《霧幻焔華》。
――まずは空気中の水蒸気の熱エネルギーを奪い、水へと戻す。
――その際に余った熱エネルギーを運動エネルギーへと変換し。
――生み出した水にエネルギーを乗せて、分厚い装甲をも両断する超高圧水流を放出する!
(えいっ!)
白い煙を払いながら放たれた一撃は『第四展望台』の強化ガラスを突破し、人一人が潜り込めるほどのサイズの切り込みを入れる。波瑠はすぐさまガラスを蹴り飛ばすと、ヘッドスライディングの要領でその穴へと飛び込んだ。
第四展望台から飛び出し、アストラルツリー外壁の空中へと身を投げ出す波瑠。
ついでに運動エネルギー操作で起こす『気流操作』で白い煙をからめとり、アストラルツリーの外部へと放出していく。これでひとまずカフェは大丈夫だろうが……。
(さっきのウェイターさんは明らかに私を狙った動きをしていた。まさか私がまだ生きているとバレた!? それとも鎌をかけてきたのかな……!?)
いずれにせよ予断を許さない状況だ。まずは自分の正体がバレた最悪を踏んだ前提で次の行動を考える。交戦するとなれば人の多くない場所。気流操作で起こした突風で背中を押し、疑似的な飛行をしながら【メガフロート地区】を見下ろす波瑠。
(資源や物資への被害は出てしまうけど、やっぱり選ぶならあそこかな)
海に設計された海上都市ならではのエリア。
コンテナが立ち並ぶ貿易港の倉庫街へ目掛けて、波瑠は飛翔する。
そんな彼女に向かって――人型をした『白い煙』が迫ってくる!?
「もしかして米軍!?」
波瑠は五年間の逃亡劇の中で一度、その超能力を持つ敵と交戦したことがある。
男装の麗人――たしかスピカというコードネームで呼ばれていた尖兵だ。
『白い煙』を生み出し自由自在に操る能力、《ディープ・スモーカー》。
波瑠が空中で身を翻したタイミングで、『白い煙』を纏うスピカもアクションを起こす。
『〝マジックハンド〟』
腕に見立てた『煙』を、さながら腕を伸ばすように射出させてきたのだ。その射程はゆうに50メートルを超える。
波瑠は「せいっ!」と冷静に竜巻を起こして『煙』を霧散させた。
煙を操るスピカと風も操れる波瑠の超能力では致命的に相性が悪い――開けた『海上都市』の空中であれば尚更だ。そのまま数度の攻防を凌いだ波瑠は背中の気流を強めて倉庫街へと急ぐが、
『今だ、放て!』
すでに米軍と思しき歩兵達が先回りしていた。
スーツをデザインのベースとした戦闘服に身を包む男たちが、一斉に超能力を放つ。
蒼炎。雷鳴。風塵。中には瓦礫を高威力で飛ばしてくる能力使いや、構えたライフル銃に超能力を乗せて放ってくる能力者もいた。
だが、それらの能力は届かない。
波瑠が起こした強烈な突風が雲散霧消させ、倉庫街に激風を散らす。敵が仰け反っている間に波瑠は倉庫街に積み上がるコンテナ置き場の裏へ着地した。
「やっぱりそうだ。敵は米軍……!」
呼吸を整えつつ、呟く。
あくまで自分が天皇波瑠だと気づかれるワケにはいかない。超高圧水流は場を凌ぐために使わざるを得なかったが、まだハッキリ見せたのは『気流操作』だけ。このまま逃げ切れればベストだが――、
(だけど……だけどだよ。カフェでは周囲の目もあるのに迷わず仕掛けてきた。すでに私が《神上の光》だという確証も得ずに、そんな行動取るかな? もう相手は私が生きているって確信して、誰よりも早く仕掛けてきたんじゃないのかな……?)
波瑠は携帯端末をちら、と目視する。
佑真や【ウラヌス】のキャリバンに連絡し、助けを求めるべきか。
でもそんなことをしたら、自分が天皇波瑠だと認めているようなものだし。
何より、他の誰かを巻き込みたくない。
他人を巻き込むワケにはいかない――だってこれは《神上の光》を巡る戦いだ。
この戦いの中心にいるのは、他でもない波瑠なのだ。
(……何はともあれ逃げるが先決! 細かいことは後で考えよう!)
と波瑠が動き出そうとした、その刹那だった。
天より旋風が――倉庫街に立ち並ぶコンテナ群を容易に薙ぎ払う竜巻が、吹き荒れる。
竜巻の余波が『メガフロート』を激しく揺らし、周囲の潮が高波を作る。
咄嗟に氷壁を張って吹っ飛ぶコンテナから身を守った波瑠だったが……コンテナ置き場を更地へと変えた竜巻の中から姿を現した『怪物』に、言葉を失った。
「クカカ……久しぶりだな、テンノウハル!! まだ生きていたか!!」
白い軍服に身を包む巨大な男は、身長、体格、超能力――すべてが桁違いで。
オベロンやアリエルすら立ち竦んでしまうだろう強者特有のギラついた存在感を纏いながら。
巨体に似合わぬ、重力を感じさせないふわりとした着地を見せた。
体が本能で震え始め、波瑠は自分を自分でギュッと抱きしめる。
しかし震えは止まらない。
詰んだとまで思わせる最悪の状況が、今、目の前に整ってしまったからだ。
こちらの世界の住人なら誰しもが一瞬で名を理解するであろう、災厄の存在。
「アーティファクト・ギア……っ!?」
――――『世界級能力者』と呼ばれる、世界五指に入る最強の怪物の名を口にする。
その声まで震えていたが、波瑠にはもう自制できなかった。
世界級能力者。
七十年続いた第三次世界大戦において、日本海海戦や南極争奪戦争といった『戦争』を単独で終結させた、名実ともに最強の能力者に与えられる称号である。
人の身でありながら前時代でいう核爆弾に相当する戦闘力を持ち、実際にいわゆる『核の傘』のように戦争抑止力として機能する程度には次元が違う。通説として、彼らに対抗できるのは同じ『世界級能力者』だけだ。
そのうち一人――アメリカが誇る英雄が、今目の前にいるアーティファクト・ギアである。
波瑠もかつて、五年間の逃亡劇の中で一度だけ交戦したことがある。けれどあの時はまだ十文字直覇が生きていたし、日本最強の名をほしいままにしていた直覇でさえ逃げに徹することで何とか『時間切れ』に持ち込んだような相手だ。
(どうしよう)
自分を偽っている余裕なんてない。
《霧幻焔華》の全力を尽くしても、逃げ切れる可能性は一パーセント残っているか。
平穏極まりないはずだったデートの最中に会敵していい敵ではない。
こんな夏休みの観光名所に現れていい強者ではない……!
(どうしよう……っ!?)
蒼白に囚われる波瑠を一瞥したアーティファクトは、自身が登場した際に吹き散らした竜巻で倒れた同胞たちへ目を配っていた。
「す、すみません、アーティファクト殿! 援軍に来てくれたんですね!」
「貴殿が来て下されば百人力で」
「戯け」
アーティファクトは世界級能力者として、同胞たちを一蹴する。
「確証が得られるまで先走るなと命じたはずだ。オレが到着するより先に日本の【ウラヌス】が――もし『世界級能力者』天皇涼介が来ていたらどうするつもりだ? 無関係者へ被害を出しかけた事実も含め、一歩間違えれば多大なる国際問題の引き金を引いていただろう」
最強の援軍に明るくなったはずの米軍兵たちの表情はみるみる暗くなっていく。
「貴様らには命令違反の厳罰が下される。覚悟しておくのだな」
「……」
「クカカ、それはそれとして、だ!」
だが、アーティファクトのそんな一言が米軍兵側の空気を一変させた。
「離れておけ、我が祖国の同胞たちよ! 貴様らにはまだ、捕らえた《神上の光》を回収する、という仕事があるのだからな!」
「はっ!」
米軍兵達はアーティファクトへ敬礼し、素早く下がっていく。
波瑠も撤退できればいいものを、脚が動いてくれない。選択肢を一つでも間違えれば詰むこの局面、下手な身動きが取れないのだ。
すでにSETが起動され、爆発的に放出されている赤紫の波動を纏ったアーティファクトは、そんな波瑠を一瞥して、右拳を左手のひらへ打ちつけた。
乾いた音が、静寂を取り戻しつつある貿易港に響く。
「どうしたテンノウハル。逃げなくていいのか? それとも自ら身を差し出してくれると?」
「…………そんなんじゃ、ないし!」
体の震えに必死に鞭を打ち、気力だけで言い放つ波瑠。アーティファクトはあくまで全日本No.2の超能力者である波瑠との交戦に期待しているのか、不敵な笑みを浮かべ、
「クカカ、貴様とこうして一対一で真正面より向かい合うのは初めてだな!《霧幻焔華》、その能力がどれほどの逸材かこの目に見せてもらおうか!」
ゴキゴキッ、と指を鳴らしたアーティファクトは右腕を構える。
その腕の周囲の大気が唸り、轟き、響き、やがて海面をも揺らす莫大な竜巻が創造される。
波瑠は手段を考えるまでもなく――両腕に、劫火と絶氷を生み出していた。
炎と氷。紅と蒼。
相反する現象を組み合わせた波瑠の最大出力の一撃を。初撃から躊躇なく選択する。
「〝霧幻焔華〟ァァァ――――ッ!!!」
「ガアアアアアアアアア――――ッッッ!!!」
氷で覆われ、豪炎で輝くシャンデリア。
美しく、且つ強大な質量が高速回転を伴って撃ち出される。
対し、アーティファクトも咆哮と共に右腕を突き出した。
虚空を裂き、唸りを上げる竜のごとく吹き荒れる――まさに竜巻。
台風のごとき轟風と氷焔の華が、正面より激突した。
衝撃波の大爆発が起こる。
「――ぁがっ!」「ぬおっ!」
風速数十メートルに達する余波は、体重四十キロに満たない細すぎる波瑠の体を容易に吹き飛ばす。コンテナに鈍い音を立てて背中を打ちつけた。巨躯なアーティファクトでさえも四肢に力を籠め、両腕を顔を守るように交差させ、ようやくこらえている衝撃波だ。
それが吹き止むとすでに、アーティファクトの腕はふたたび竜巻を起こそうと構えられていた。
波瑠はその追撃を阻止するために、軋む体を強引に動かして周囲の二酸化炭素を凍結させていく。その際に生み出された運動エネルギーを乗せ、凍った二酸化炭素を銃弾のように放つ技。
通称『ドライアイス弾』の豪雨が飛び交う。
攻撃に気づいたアーティファクトは右腕を地面へ殴りつけ、自身を中心とした竜巻を発生させた。轟く風が防壁となり、ドライアイス弾を呑み込んでしまった。
しかし、波瑠の最大威力を相殺させるあの攻撃を防げたのだ。
成果は上々。今のうちに逃げなければ――と飛び上がろうとした時、波瑠の頬・右肩・腿部・脇腹・足首の計五箇所を何かが掠めた。直線の切り傷が描かれ、赤い血が舞う。鋭い激痛に顔をゆがめ、力を失った脚に引きずられて体が崩れ落ちてしまう。
波瑠は直撃ギリギリで視界を過ぎったそれに驚きを隠せなかった。
「ドライアイス弾!? それも、私の!?」
「クカカカカカ、そう驚くな。貴様は直接戦ったことがないから、知らんのも無理はないだろう。覚えておくがいい。オレに遠距離攻撃は通じない!」
覆っていた竜巻が晴れ、余裕の笑みを浮かべるアーティファクトが姿を見せる。
(たぶんだけど、あの竜巻は私のドライアイス弾をただ呑み込んだわけじゃない。霧散させることなく気流に乗せて、そっくりそのまま撃ち返したんだ!)
否、そっくりそのまま、というワケでもないかもしれない。アーティファクトの起こす竜巻の回転の威力が更に上乗せされている。敵の遠距離攻撃を更なる高火力にして打ち返す圧倒的防御力。
――逃げ切るビジョンが浮かばない。
そんな防御力を披露した世界級能力者は、今度は超常的攻撃力を誇示するかのように、右腕を天へと突きあげていた。
ギュン…………ギュン……ギュン、ギュンギュンギュンギュンギュン!!! と。
怪物の右腕を中心に、大気が強烈な風切り音を上げる。
戦争を経てカナダ、メキシコなどを呑み込んだ大国、米国の誇る最大戦力――通称『STAR』と呼ばれる四人の世界級能力者。
アーティファクト・ギアは『STAR』のAの由来である猛者。
その必殺の絶技――《エアー・バースト》。
四大元素・風に特化した、次元の違う攻撃力を冠とする『必殺』が彼の右腕で唸りを上げ始めたのだ。強大な竜巻にはソニックブームのように激しく振動する鎌鼬が撒き散らされ、大気という質量と斬撃の効力により、一撃で数千人を殺傷する。
――動けない。
全身に傷を負ってしまった今、強引に逃げようとしたところでこの間合いでは、アーティファクトから逃れることなど不可能だろう。
何より彼の持つ猛獣のような威圧感。
波瑠は現状で、肉体的にも精神的にも追い詰められていた。
(…………エネルギー変換をするしか、ない……!)
それでも、波瑠は生へと執着する。
自分が米軍へ囚われれば、その後に待ち受ける最悪の展開は想像に難くない。
全ての十字架を一人で背負い、一人で逃げ切ると誓ったのは五年前。
白旗を上げて道具となり下がる選択肢は、とうの昔に捨てたのだから!
(一か八か、《エアー・バースト》の威力全てを《霧幻焔華》のエネルギー変換で受け流す。これに賭けるしかない!!!)
「トドメだ、テンノウハル。今後は我が国のために尽くしてもらう」
アーティファクトの右腕が振りぬかれる。
(……佑真くんとこんな形でお別れするなんて、嫌だなぁ……っ)
恐怖に溢れてくる涙に、視界がゆがみ始めた、その時。
アーティファクトは突如能力行使を中断し、純粋に右腕を、自身の右側へ薙いだ。
肉と肉の激突による鈍い音が響く。
赤い半袖のパーカーを着た少年の蹴りを、ギリギリのタイミングで受け止めたのだ。
両者はわずかな均衡の後、バッと弾くように後方へ飛び退いた。
呆然とする波瑠の前に着地する、夜空のように澄んだ黒髪の少年。
背中でわかる。
彼は波瑠を守るために、波瑠の前で立っているのだと。
「クカカ、オレに蹴りこんでくるとはな……面白い。面白いぞ。名を名乗れ、小僧!」
アーティファクトの視線に臆することなく、その少年は戦意を滾らせて咆える。
「天堂佑真だ。覚えとけよクソッタレ!!」
零能力者。
世界最弱と世界最強が、一つの存在をめぐって激突する。




