間章‐⑥ ‐フクザツ‐
『ストレイヤ』と別れた佑真と波瑠は、ようやくアストラルツリー第四展望台にたどり着いていた。カフェにあった限定メニューのパフェを頼み、窓際の席で目下に広がる景色を一望中である。
ちなみに、アストラルツリーは宇宙が一望できる『第一展望台=宇宙展望台』から、高度を下げて『第二』『第三』『第四』『第五』と複数の展望台が続いていく。
第四展望台でも、相当な高さに位置しているのだ。
「おぉ、富士山まで見えるとかすげえ!」
「ホントだー! すごいきれい!」
窓に張り付く佑真と波瑠は、そこから広がる景色に心を奪われていた。
余談になるが、富士山は二十一世紀中に幾度も噴火を繰り返し、その形をかなり凸凹で険しい山へと変貌させている。今では容易に登山するのも難しい名山となったが、青と白が生む情緒溢れた美しさは健在だ。
しばらく東京の街並みを眺めたり地元を探したりして騒いでいると、やがて店員が限定パフェとアイスティーを持ってきたので、そちらに専念することにした。
「んん~、甘くておいしい! 流石、この高さまで登ってきた甲斐があったよ!」
「エレベーターでほんの数分だったけどな」
「言いっこなしだよ。エレベーターに乗るまでしばらく並んでたしね」
「アストラルツリーは完成してから五年以上経つのに、エレベーターに乗るには未だに並ぶ必要があるんだよな。お盆だからか?」
「今でも人気があるってことじゃない? 宇宙が見られる『第一展望台』は三ヶ月先までチケットが予約されているみたいだよ」
スプーンで果物と生クリームをすくい、一口。
幸せそうに目を細める波瑠から視線を逸らしつつ、佑真もコーヒーを少し飲む。ほっと息を吐いて――思い切って話を振ってみることにした。
「……波瑠は、宇宙を見たことがあんだっけ?」
「…………いちおう、ね。展望台に行ったわけじゃあないんだよ」
「……あー、ごめんな。やっぱり話したくないならやめておくか」
「あう……」
パフェをすくうスプーンを止める波瑠は、例の『作り笑顔』になっていて。
佑真は心の中だけで大きく溜め息をつき、ふたたびカップに口をつけた。
隠し事をされるのは嫌だ。
《神上の光》をめぐる一連の戦いの中で、波瑠が『誰かに迷惑をかけること』を隠して自らのうちに抱えようとする傾向にあるのは明白となっている。
誰にだって隠したい過去や知られたくない思い出はあるだろう。だが波瑠がする隠し事は少し意味合いが違う。
(……とはいえ、か)
せっかく二人きりで出かけているのだ――深入りして空気を悪くするのもよくないだろう。
いつかは知りたいけど、今はきっとその時じゃない。
佑真は話題を変えようとして、ふとそれを思いついた。
「そうだ、波瑠。いつか一緒に『第一展望台』に行ってみないか?」
「……ふえ?」
「波瑠が構わないなら一緒に行きたい。……つか、羨ましいんだよ。オレは宇宙見たことないから」
「私はいいよ、佑真くんと一緒ならどこへでも。じゃあ、約束だね」
えへへ、と嬉しそうに小指を立てる波瑠。
子供っぽいなぁと思いながら、佑真も小指を立てて波瑠の指と絡めた。
「「指きりげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った!」」
「って久々にやったぞ、指切りなんて」
「ふふ、私もだよ」
くすくすと肩を揺らす波瑠を見て。
コイツが笑うならもうなんでもいいや、と開き直る佑真だった。
佑真がトイレへ行くと言って退席して――波瑠は、ようやく淑女らしからぬ大きな溜め息をつくことができた。
もちろん、呆れや苦しみからくる溜め息ではない。
「はぁ……やばい、心臓ばっくんばっくんしてる……」
好きな人と二人きりででかけていて、変なところを見せないように、ヘマしないように、と気遣い続けていたせいで、辛くない精神的疲労が異常に溜まっていたのだ。
大きな溜め息の後、波瑠は両手を自身の胸元に当てていた。
日常では当たり前となり意識しない心拍が、この数時間はものすごく速い。
どくん、どくんと存在を主張し、波瑠の手や声音を震わせてくる――もちろん、そんな緊張を佑真に悟られないよう気を遣っているが。
――大丈夫かな、おかしくないかな。佑真くんに、変だと思われてないかな。
佑真に嫌われることを、自覚ある上で『過剰に』恐れている。心労が増える原因は自分が気負いすぎているからだ。
いつもどおりでいれば大丈夫。
寮長に、そう背中を押されたはずなのに。
(緊張しちゃうよぉ……普段どおりなんて無茶だよ、寮長さん……!)
悔しいくらいに佑真を意識してしまう。
なまじ佑真が平常運転だからこそ――あくまでそれは『波瑠から見れば』なのだけど――意識しているのが自分だけのような気がして、それもまた悔しい。もっともっと佑真の心を揺さ振りたくて……佑真にも、自分を好きになってほしくて。
恋すれば相手と両想いになりたいと考えるのは、普通。
だけど、波瑠は普通の女の子じゃなかった。
佑真へずっと一緒にいてください、とお願いしておきながら。
まだ、佑真を自分の生きる地獄に巻き込んだことを、後悔しているのだ。
「………………」
自分の考えていることに嫌気が差して、波瑠は窓の外へ視線をやる。
佑真が自分をこうしてデートに誘ってくれるのは、『普通の女の子』として扱ってくれているから。佑真はいくら拒絶したって波瑠の手を離さないだろうし、離してくれないだろう。
彼はそういう男の子であり、だからこそ波瑠は好意を抱いた。
それでも客観的に見れば、佑真の人生を『普通』から狂わせたことに違いはないのだ。
たとえ佑真が嫌がらなくても、波瑠の中にある罪悪感は恋心と同等か、それ以上に大きなものになっている。この相反する想いを客観的に考えてしまえば――。
(本当に佑真くんの事を想うなら、今からでもまだ、遅くはないんだ。波動の量はもう元に戻ってるし、身体だって健康そのもの。もし私の好きな人の幸せを願うなら、私が本当にするべきは………………ん?)
その時。
波瑠の背筋に嫌な予感が走った。
五年もの間一人逃げ回っていた波瑠は、他の人間と比べて周囲の不穏な空気や敵意を察知することに長けていた。正確には周囲の人物や風景からなんとなく違和感を覚えているので、能力というよりは技術に近いものだ。
そんな波瑠の第六感が、危険を訴えていた。
そして背後からは、手ぶらのウェイターが歩いてくる。彼の左手が右手首に添えられた――瞬間だった。
「――|SET開放《Activate SET》」
ボシュッ!! と。
ウェイターを中心に、白い煙が『第四展望台』のカフェを埋め尽くした。
☆ ☆ ☆
『おいローズ、オレが直接ターゲットが本物か確認するから下手な動きを取るな、と伝えていたはずだが!?』
『現場担当の独断専行ですよ! あーもう一般人への誤射だったら国際大問題になっちゃうから本人確証が取れるまで下手な動きはするなって言ったのに! これだから太平洋をまたいでの超遠隔オペレートは嫌なんですよ!』
『アメリカから太平洋をまたいで《テレパシー》を繋げられる優秀さも、考えものであるなァ』
『……っと、愚痴を言っている場合ではありませんね』
『ここからは即興で対応するとしよう。【ウラヌス】の連中が気付く前に事を片付けねばな』




