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間章‐⑤ ‐チンピラ‐

「可愛いです~っ! お持ち帰り決定ぇ!!」

「ひゃうぅっ!?」

「お肌すべすべ! 腕細い! 脚きれい! 年齢にしては胸大きい! なんですかこれ!? 何なんですかこれ!? わたしへのプレゼントですか!?」

「く、苦しい……」


 ――建物の隙間を縫って、広め、且つ人目の寄らない薄暗い路地裏空間にたどり着いた瞬間抱きしめられ、波瑠は思わず奇声を上げていた。

 抱きついてきた高校生くらいの少女のとんでもサイズな胸部に圧死させられそうだ。

 一拍の間をおいてから、佑真と一ノ瀬は同時に溜め息をついた。


「落ち着いて百合花(ゆりか)。いくら可愛いとはいっても初対面の女の子に抱きつくな」

「つーか波瑠が死にそうだから離せ。呼吸できてないわ」


 佑真が引っぺがしてくれたおかげでようやく彼女から解放された波瑠は、すぐに佑真の背後へ姿を隠す。

 そんな波瑠を見て、ふわふわのロングヘアーをなびかせた巨乳な彼女は、ふふっと(やわ)らげに微笑んだ。


「そんなに恐がらないでください。今のは八割冗談ですから~」

「二割はガチじゃねえか」

「天堂君は黙っていてください。わたしは空野(そらの)百合花です~。天堂君と同い年ですか? 二つ年上の十七歳ですよ~!」


 髪型よろしく雰囲気もどこかふわふわしている人だ。波瑠は程なくして警戒心を解き、


「えっと、ハルです。失礼な態度とって、すいません」

「ううん、大丈夫ですよ。よろしくねハルちゃん」


 百合花の笑みに釣られて頬を緩めた波瑠を見て『苗字を伏せたのは正解だろうな』と苦笑いする佑真だったが、いつの間にか左右に回り込んだ男二人(染髪・刺青・ピアスに独特な髪型と『いかにも』な不良スタイル)に肩を組まれていた。


「うえっ!? 何だなんだ!?」

「よぉ天堂。久しぶりに顔見たと思ったら、まさかの彼女連れとはなァ!」

「自慢か? 順風満帆ライフを自慢しに来たのかゴルァ!?」

「なんでお前らはいつもケンカ腰なんだよ、せっかく人が久々に顔出してやったのに!」


 払おうと思っても払えない腕力に抗いつつ、不満を叫ぶ佑真。

 その他十名程の不良たちの氷点下の視線が佑真に突き刺さっているのを理解し、一ノ瀬は場を沈めるために手を数回叩いた。


「ほらほらお前ら、『普段どおり』でいるとせっかく来てくれたハルさんが恐がっちゃうぞ! ただでさえお前らは社会に見離されてんだから、女の子の前くらい紳士でいろよー!」

「一ノ瀬、テメェが一番社会に見離されてるくせによく言うぜ!」

「バカで能力弱くて背が低くて顔も三枚目……救いようのない可哀想な一ノ瀬クンだ。同情してやる! ハッハーザマア見ろー!」

「同情の意味辞書で引いて来いよ低脳共……! 能力弱いのはお前らも同等だろ!」


 うるせー! と標的が一ノ瀬に変わった隙に抜け出した佑真は、百合花と波瑠の下へ逃げ込んだ。一ノ瀬達がその間にも取っ組み合いを始めている。


「悪い波瑠。ここはお前を連れてくるべき場所じゃなかった」

「あはは……」

「ごめんなさいね~ハルちゃん。みんな、普段からこんな感じに短気でバカで運動神経だけが取り柄の低能力者ですから~……」


 いつの間にか波瑠を抱きかかえた体勢の百合花が、溜め息でもつきそうな様子で告げる。

 その体勢のおかげか、波瑠が若干首をかしげた仕草に気づくことができた。


「どうしましたか、ハルちゃん」

「あの、低能力者しかいないんですか? ここにいる方々はみんな――ランクⅣ以下、ってことなんですか? ついでに離していただきたいです」

「おおむね正解です~。わたし達は全員が低能力者かつ不良。救いようのない同類が集まった集団、俗に言うところの『ストレイヤ』です。あと離しません」


 低能力者集団『ストレイヤ』の名前なら、波瑠も聞いたことがあった。

 超能力登場後、社会の基準のひとつとして扱われるようになったのが『超能力ランク』だ。

 戦中戦後は特に『より強い戦力』を欲したため、超能力ランクの高い者は社会的優遇を受けやすくなり――逆にランクの低い『低能力者』たちは、不利な位置へ自然と追い込まれていった。

 佑真が『零能力者』として迫害されていたのは典型例だろう。


 そしてこれまた佑真と同様に、社会のゴミ扱いを受けた低能力者たちが不良となり徒党を組んだ姿を、世間は総称して『はぐれ者(ストレイヤ)』と呼んでいるのだ。

 無法地帯と化した路地裏で法に触れるようなことも辞さずに行なっていることが多いが、日本全国共通して、『ストレイヤ』には一つの行動パターンがあった。


 即ち、超能力者狩りである。


 自分たちをバカにした超能力者たちを許さない――またも佑真が一時期抱いていたのと同じ感情に基づき、彼らは『才能の壁』を『人数』『戦力』そして『科学の力』で補って、超能力者を病院送りにし続けている。

 日本全国で起こっている、超能力社会特有の社会問題ともいえるだろう。


 そんな彼らの中でも、一ノ瀬や百合花がいる一派は非常に大きな影響力を有している。

 なぜなら、『ストレイヤ』第一波の起爆剤となった『最強の低能力者』がリーダーなのだ。

 しかし――


「そういや今日はリーダーいないんだな」


 キョロキョロと見回してみても、佑真はそのリーダーの姿を見つけることができずにいた。周囲にいるのはケンカから派生してなぜかベーゴマに興じている男共のみである。


「リーダーは今日、用事があるとか言ってましたよ。またどこかで低能力者の助っ人でもしているんじゃないですかね」

「助っ人?」


 波瑠が首をかしげ、黒髪を撫でつつ百合花が答える。


「ふふん、ハルちゃんには特別になんでも教えてあげましょう。

 うちの一派は単に『わたし達をバカにする超能力者(エリート)』が嫌いなだけでして、一般人(カタギさん)や女子供――総じて『弱者』には手を出さないという暗黙のルールがあるんです。そのルールの由来が、わたし達のリーダーの優しさなんですよ」

「リーダーは『強者の敵』じゃなくて『弱者の味方』だからね。困っている人には手を貸すし、超能力者に恐喝されている低能力者に頼まれて戦いに行くこともあるんだよ」


 百合花の説明を引き継ぐように、現れた一ノ瀬が付け加えた。ボロボロで埃まみれだが、波瑠は佑真からの目配せを受け、あえて指摘しないでおく。


「じゃあ、佑真くんと仲がいいのも『弱者の味方』だから?」

「その通りです。わたし達は弱者の味方ですから」

「肯定されると複雑だな……」


 複雑そうな表情の佑真は、思い出すように眉間に指を当てる。


「確か初対面は――オレが超能力者にタコ殴りされていた時、ここのリーダーの筑摩(ちくま)さんに助けてもらったんだよ。『超能力者は俺に任せて、お前は早く安全なところへ逃げろ』とか言われて。それ以来『ストレイヤ』とは、顔を合わせては殴り殴られ時に助け合う、親しい関係になったんだ」

「それは親しい関係なの!?」


 ごもっともな波瑠のツッコミに軽く笑い声をあげる一同。


「あの頃の天堂君は狼みたいにギラギラしてましたね」

「野獣だったよ。俺たちにもすぐ食いついてきそうなオーラ(まと)ってた」


 百合花と一ノ瀬に茶々を入れられ、事実なので佑真も返す言葉がない。

 一ノ瀬にふと優しげな視線を向けられたことに気づき、波瑠はそちらへ顔を向けた。


「そう考えると『零能力者』のコイツが女の子と一緒にいるっていうのは、信じられないんだよね。いくら『俺達「ストレイヤ」として一緒にバカして過ごさないか?』って誘っても、コイツは見向きもせずに一匹狼を貫いてたんだ。

 それが今は、ちゃんと中学に通って、しかも女と昼間からデートしているんだ。全く、人間どう変わるかわかったもんじゃないよ」

「そう、だったんですね……」


 一ノ瀬が本心から佑真の更生っぷりに驚いていることを、口調から察する波瑠。

 波瑠がまだ知らない――超能力を憎み、社会を憎み、世界を憎んでいた頃の佑真。

 興味はあるけれど……目の前にその一部を知っている人がいるけれど、今日のところは聞くのを我慢しようと決意する波瑠。

 聞くとしたら、きっと佑真本人の口から聞くべきだから。


 一ノ瀬は恥ずかしそうにしている佑真の黒髪に手を乗せ、強引に頭を下げさせた。


「ハルさん、コイツのことをどうかよろしくお願いします。幸せにでもしてやってくれ」

「はい!」

((――――即答ッ!))


 ふわっと花が咲いたような笑みを浮かべる波瑠。

 笑顔を向けられ思わず息を呑んだ一ノ瀬は、理不尽なことに佑真に蹴り飛ばされた。


 波瑠が「佑真くんの友達ならちゃんと自己紹介しておきたいかも」と言ったので、ボディーガードとして百合花の付き添いの下、男共のところへ向かって行く。

 佑真と一ノ瀬は適当なところへ腰を下ろした。


「うわ、波瑠囲まれちゃったよ」

「ハルさんモノホンの美少女だからね。俺もお近づきに気持ちはよくわかるよ。しかしあの光景はシュールだな。一輪の花に群がる害虫みたいだ」


 スカーン! と耳ざとく言葉を聞きつけた誰かの投げつけた空き缶が一ノ瀬の額に直撃した。


「でも、ハルさんは天堂、お前の女なんだろ?」

「………………」

「返事しろよ……天堂さ、お前、もうこっちの道には戻るなよ」

「え? こっちの道って――ケンカとかってことか?」


 思いがけない言葉に目を丸くする佑真。

 思ったより真剣な表情の一ノ瀬に、話の真剣みも変わったことを理解する。


「そんなに驚くことじゃないさ。天堂はこの前やっと普通に中学に通うようになったんだ。その時点で俺たちとはすでに違う道を歩んでいる。そして守る女ができた。そうしたら、お前がやるべきことは一つに決まってんだろ?」

「……波瑠を守る。そのために、全力で頑張る」


 ギュッと右手を握り締める佑真。

 言われるまでもない。

 波瑠を守る。そのために強くなるのだ。


「ああ、そうだよ。いい顔できんじゃねえか。羨ましいなあ、クソッ」


 バシッと佑真の背中を強めに叩く一ノ瀬。少し寂しそうだけれど――どこか、嬉しそうだった。


「俺たちはもう取り返しがつかない場所にいるが、天堂はキチンと『正しい道』へ戻ることができたんだ。ハルさんを幸せにしてやれ。そのためにも、もう二度と俺らみたいに腐るなよ。こっちの道を歩んでるような男は、仕事も見つからないし高校も出れない社会のゴミ扱いになる――『女を幸せにしてやる』だなんて嫌でも言えなくなるって」

「……言われるまでもねぇよ。オレは高校にだってちゃんと進学するし、波瑠とずっと一緒にいるためならどんな努力だってするよ。お前らと違ってな」

「うわっ、腐ってること否定してくれないのか?」

「するわけねえよ! テメェらは性根腐ってるからな!」


 決意を改めて噛み締めつつ、強気に笑って見せる佑真。

 一連の会話が聞こえてしまっていた波瑠は、百合花に茶化され頬を真っ赤に染める羽目となったのだった。


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