間章‐④ ‐ライホウ‐
尺の都合でちょっとだけ短めです。
同じく【メガフロート】地区でありながら、佑真達がいるエリアと軌道エレベーターを挟んだ反対側。
第三次世界大戦終了後、二十一世紀前半と比べて(日本のみならず世界的に)明らかに減った海外観光だが、【メガフロート】地区、それもアストラルツリー内部や外周は例外だ。
ツアー客をはじめ多くの外国人が楽しんでいるし、観光客向けの土産屋や食事処は多国語に対応しているのが当たり前。道を聞かれて翻訳アプリを起動させる、相変わらず英語ができない日本人の情けなさも健在しているのはご愛嬌の範疇と言えるだろう。
日本国内で珍しく、日本人より海外観光客のほうが多いこの場所で。
――――その男は非常に目立っていた。
屈強なことが一目で分かる上背。肩幅も一般的な成人男性の二人分あるだろう。
逆立てた髪型がただでさえ高い身長に威圧感を倍増させ、太い腕や丸太のような大腿部が白を基調とした衣装の下でこれでもかと主張し――強面が意図せず周囲を恐怖させる。
まるで猛獣のような雰囲気を纏ったその男は、嫌というほど目立っていた。
「フム。この抹茶アイスというのもなかなかうまいな」
……なにせ男の中の漢が、海を眺めて抹茶アイスを食べているのだから。
ここまで酷いギャップが存在しただろうか。
あまりにもシュールな絵面に、そっと一歩引く者やカメラを連射させる勇者がじょじょに喧騒を広げていく。
しかし当人であるその男は周囲の騒がしさに気づくことなく、《テレパシー》の超能力で繋がっている仲間との対話に意識を向けていた。
『何が抹茶アイスですかアーティファクトさん。あなたに似合わないものベスト2はお菓子とぬいぐるみなんですから自重してください。きっと周囲から注目を集めていますよ?』
『つい興味を抱いてな。リョースケがよく日本の茶は美味いと言っていたが、アイスにもなっているとは思わなんだ』
ちなみに言語はお互い英語である。
『まったく、敵対諸国の人間と未だに仲良くしているわ任務無視して抹茶アイス食べるわ……いくら「STAR」に自由行動の特権が与えられているからといって、「世界級能力者」であるアーティファクトさんが日本国内であまり目立った行動していると問題になりますよ?』
『オレは第三次世界大戦中に幾度も日本に観光に来ていたのだがなァ……』
『戦争中に敵国に観光ってもう意味わからないんですけど!? ええい、とにかくもう大人――それも軍人なのですから、好き勝手行動しないでください!』
『了解了解。ローズはいつも真面目だなァ』
『アーティファクトさんが自由すぎるんです! ったく――――――!!!』
念話の対岸でオペレーターの不満が爆発し、ギャーギャー並べられるお叱りの言葉に顔を歪める男。ぷんぷんすかすかぎゃーぎゃーすかすか。しばらく無心になって抹茶アイスを吟味していると、ようやくオペレーターも落ち着きを取り戻した。
『はぁ、はぁ…………あーはい。取り乱してすいませんでしたぁ』
『気にするな。「世界級能力者」を相手に愚痴が言えるキミは、必ず将来出世できるだろう。では無駄話はここまでとして――用件を聞こうか』
『アーティファクト・ギア。《神上の光》を覚えていますか?』
思いがけないワードに、ピク、と一瞬だけ体を硬直させる男。
『テンノウハルか?』
『ええ。貴殿には、彼女を生け捕りにする任務が課せられました』
『生け捕り?』
男……アーティファクト・ギアは顎に手を添え、
『待て。テンノウハルは〝七月二十一日〟の事件で死亡したのではないのか?』
『だと思われていたのですがね……つい先刻です。《神上の光》と思しき人影が、貴殿のいる【メガフロート】地区で確認されました』
『ほう?』
『我が国の調査員の報告ですが、まだ本人だという確証は取れていません。後をつけさせているのですが、如何せん髪色も違いますし、他人の空似という可能性の方が高いです。ごく普通にデートしているようですしね』
『若人の青春を妨害するのは気が引けるなァ。行きたくない』
『……とはいえ、ですよ』
オペレーターは声を潜め、
『もし《神上の光》であれば、仕掛けるチャンスとしてはこの上ないです。手に入れれば他国を出し抜き、我らアメリカを優位に立たせることができる』
『それはそうなのだがな……少し様子を窺うのは構わないが、オレが出ていいのか? オレが出るとリョースケや【ウラヌス】の連中が現れかねんぞ』
『そのリスクは背負いましょう。それに貴殿なら、「世界級能力者」天皇涼介が相手でも逃げ切れるでしょう?』
オペレーターの物言いに、アーティファクトはフッと口元を緩める。
『やれ、重い期待を背負わされてしまったものだ』
『口角上がってんの分かってますからね? 期待してます、アーティファクトさん』
『そもテンノウハル本物がいるという確証も得られていないのだがな――さて』
男は一旦黙り込み、情報を整理する。
たっぷり三十秒間考えた後、男は抹茶アイスの食事を再開した。
『って何がしたいんですか!? 本当に真面目にやってくださいよ!』
『わかっているわかっている』
『は、はぁ……では、食べながら移動を開始してください。現在の居場所は――――現在地より東、数百メートルといったところでしょうか。援護を数名送りますので、目安としてはあと三十分以内に、ことを終わらせてください』
『承知承知。現場へ向かうが』
アーティファクトは、振り返ってようやく認知する。
いつの間にか、自分の周りになぜか、人の垣根ができていたことに。
食べ終えたアイスの包装紙をクシャリと握り締め、冷静に告げる。
『もう少し、時間が必要そうだな』
『騒ぎにしてどーすんですか! そんだけ目立ったら国防軍の連中来ちゃいますよ!?』
今更ながら、波瑠の苗字の『天皇』は『現人神としての役割を果たす為』に波瑠のひい爺さんがつけた苗字です。
実際の天皇陛下制度も本作では二十一世紀半ばに無くなっているため、苗字として機能できているようです。作中で説明する機会が来ないので…。




