間章‐① ‐ヒトトキ‐
というわけで、ここから【間章:豪傑強襲編】のスタートです。
間章、の名の通りちょっと短めなお話になります。今回は一章のその後の佑真と波瑠のお話です。
よろしくお願いします~
夏休みも半ばを過ぎた頃。
補習祭りも無事終わり――夏休み頭にいろいろありすぎて七月中に終わる予定だった補習が先延ばしになってしまったのだ――『零能力者』こと天堂佑真は、ようやく夏休みらしい夏休みを得ていた。
……もっとも、夏休みの宿題とかいう何かは机の上に積んであるのだけれど。
佑真はただいま中学三年生。
本来ならば受験勉強に勤しむべきなのだが、今いる場所は勉強とは縁遠いところだった。
具体的には――――近接格闘術の道場である。
佑真は胴着に身を包み、自身より一回り小さな少年と組み手を繰り広げていた。
「はあっ!」
組み手と言っても縛られているルールはわずかに二つ。
一つ! 首絞め、顔面への攻撃、目潰しの三種以外はすべて有効打。
二つ! 決められた範囲から出てはいけない。
そんな極端な組手はもはや喧嘩といえるかもしれないが、実は二十世紀にブラジルで人気を博した『バーリトゥード』というスポーツを基にしているのだ。
ポルトガル語で『なんでもあり』を意味する、噛み付きや目潰し以外は名前通りになんでもありという壮絶なスポーツ。佑真と少年は幾度も苦痛に悶えながら、拳と脚をぶつけ合っていた。
「――うりゃ!」
パァン! と道場に響く乾いた音。
少年の突き出した拳を平手で弾き、佑真は一気に懐へともぐりこむ。
けれど少年は接近を決して許さず、すぐさまバックステップで距離を取り、佑真のラッシュを的確に弾き防御した。
連撃が通じないと判断して大きく飛び退く佑真――攻防がふたたび入れ替わる。
姿勢を低く保った少年の鋭い手刀が宙を裂き、佑真へと肉薄。ギリギリのところで上体を逸らした佑真は膝を振り上げて追撃を狙うが、
(やっべ、顔面当たる!?)
――低い姿勢の少年の顔に、膝が直撃する軌道を描いていた。
顔面への攻撃はルール違反だし、年下の少年(しかもイケメン君)の顔面に膝を叩き込むワケにはいかない! 一瞬の判断で強引に軌道を逸らすがバランスを崩してしまう佑真。
その隙を逃さないと言わんばかりに、少年はグッと踏み込んだ右脚を軸に体を回転させ、裏拳を叩き込んできた。
「こんにゃろ!」
佑真はあえて崩れたバランスのまま床へ転がり、一回転。少年の腕は佑真の上に生まれた虚空を薙いだ。
飛び上がることなく、佑真は逆立ちの要領で足技を繰り出す。
下肢に力を籠めた少年は腕を折りたたんで防御を繰り返し、しかし佑真の重い蹴りに徐々に後退していく。このまま押し切ってやろうとした佑真だが、逆立ち&回旋の負荷が鼻の奥に不快感をもたらした。
最後の一撃として、少年へヒュッと踵を叩き込む。
少年は冷静にウィービングで回避。
そして姿勢の悪い佑真の腰元へ、タックルの要領でもぐりこんでくる!
「――――っ!」
ニッと強気に微笑んだ少年はそこから一発、二発と鋭く拳を佑真の鳩尾へ突き上げるように叩き込んだ。咄嗟に息を止めて腹筋に力を籠めた佑真だが、ズドッ、と重い一発に空っぽの息が漏れた。
しかし三発目。
佑真は両腕で少年の左腕を蛇のように巻き取ると自身の懐へと引き寄せる。
「終わりだぜ、達也」
「なっ、まさか――――ッ!?!?」
そして。
佑真が全身全霊を籠めて振り上げた脚が少年の右脚と左脚の間に突き刺さり、悶えるように地に屈した少年が降参の白旗を揚げた。
☆ ☆ ☆
「ずるいですよ佑真さん。いつも途中まで俺優勢なのに、最後の最後に余裕で逆転の一撃を叩き込んできて……しかも今回は急所だし……」
「どうしたって男には鍛えられない場所だからな、股間。狙わずにはいられないぜ!」
「大人気ねぇな佑真さん! ドヤ顔で言う事かよ!」
道場の中で小学生たちが「せいっ!」と声を揃えて空手の型の修行を行なっているのを目の前に、一戦を終えた佑真と少年は休憩を入れていた。
佑真が今いるのは、あの【天皇家】と肩を並べる【太陽七家・火道家】の経営する近接格闘技の道場だ。
お前を地獄の底から救い出すためなら、たとえ全世界の最強共でも敵に回してみせる。
〝蒼い少女〟とそんな夢物語のような約束を結んだ佑真は、知り合いの伝手をたどって、最低限でも素手で戦う力を得るために近接戦闘の修業を行なっているのだ。
(ま、オレが習得すべき最終ラインは『対超能力者における戦闘能力』だ。この近接格闘技は中間地点にすぎないけどな……)
誰のどういう伝手かはさておいて――佑真が先ほどまで手を交えていたのは、火道家の次男であるまだ十三歳の少年・火道達也だ。
染めたという茶色の短髪をワックスで立たせ、第二次性徴を迎えたばかりで顔つきも体つきもまだ子供らしさが残るものの――同級生には憧れの的の地位を、年上からは可愛がられる地位を確立しているという、万人受けのイケメン君である。
しかも運動神経や反射神経、動体視力まで抜群で、素手の近接戦闘では一週間前まで佑真も瞬殺されるレベルだったときた。
……もっとも達也からすれば『こっちはガキの頃からずっと修行してきたのに、たった二週間程度で均衡できるレベルまで成長する佑真さんの方がおかしい』のかもしれないが。
「くっそー悔しいなぁ。これで佑真さんに五十勝・四十七敗まで迫られちったよ」
達也はまだまだ子供らしさの溢れる性格。最初こそ【太陽七家】の子息というネームに扱いを戸惑っていた佑真だが、今では気兼ねなく接するよき好敵手だ。
「一応オレは不良時代に野良戦闘なら嫌というほどやってたし…………それ除いても、達也のほうが年下なんだからオレに身体能力で劣るのは当然だろ。もし同い年だったら大敗してると思うぜ」
それに《超能力》は使っていないしな、と笑って付け加える佑真。
「今の世の中じゃ、『超能力を使った上での戦闘力が一〇〇パーセント』だろ? そう考えれば、元から能力を使えないオレはすでに一〇〇パーセントの全力で戦ってるけど、今の達也が出してる力は全力の五〇パーセントにも満たないんだよ」
「そうかもしんないけど、それでも悔しいんですよ! 俺、この道場で兄貴の次に強かったのに!」
十三歳相応の嘆きを叫ぶ達也。
佑真はその頭をぽんぽん叩く。
「十二分に強いっつの。……ありがとな、オレのわがままにつき合わせて、お前の修行時間割いて相手取ってくれて」
「別にいいですよ。俺も刺激になってますし、それに佑真さんは大切な女の子を守るために強くなりたいんでしょ? そういう理由、格好いいと思うからさ。俺はいくらだって付き合ってあげますよ」
「言葉と実力が釣り合わなきゃ何も意味ないけどな」
「(……そうやってストイックに努力してる姿が格好いいんじゃないっすか)」
顔を背け、小声で呟く達也。
「何か言ったか?」
「なんでもないですよ」
タオルであしらった達也はニッと笑みを浮かべ、
「ところで佑真さん、その彼女さんの写真、まだ見せてくれないんですか? 一枚くらい撮ってあるでしょ? ねぇねぇ!」
……ニヤニヤという笑み、が適切だった。
「断る。つうか彼女じゃないんだってば」
「なんでだよ! 別に惚れたり奪ったり寝取ったりなんかしませんよ!?」
「お前のイケメン面に言われると『奪う寝取る』は不安要素しかねえんだけど!?」
「佑真さんだって十分かっこいいと思いますよ、容姿も」
嘘でぇ、と佑真はわざとらしく顔をしかめて再びペットボトルに口をつけた。
佑真は決して自分の容姿を魅力に思ったことは無い――が、実のところ言い分としては達也のほうが正解だったりする。
夜空のように澄んだ長い黒髪。柄が悪いとも言えるが鋭い瞳が特徴的な顔立ち。身長はすでに百六十五センチを超え、順調に行けば高校入学時には百七十に達するだろう成長期の真っ最中だ。
中学三年間の半分を不良とのケンカに使っただけあって、体つきも及第点。
運動神経も決して悪くなく、オマケに守ってやると約束した女の子のために、自ら戦闘の術を学んでいると来た。
(佑真さんはまだその『彼女』さんと付き合ってないとか主張してるけど、こんな人から大切に思われて惚れない女はそういないでしょ……)
【太陽七家・火道家】の子息として扱われてきた達也は、その圧倒的な超能力の才能や飛びぬけた容姿から持て囃されて生きてきたこともあり、他の人を認めたり尊敬したりすることが少ない。
言葉を選ばずに言えば、常に上から目線で生きてきた。子供らしい生意気さ故だ。
そんな達也でも佑真の背中には敬意を抱ける。
(……ま、絶対に口にはしないけどね!)
ひねくれ思春期真っ最中なので態度には微塵も出さず、達也は追撃を再開することにした。コホンとわざとらしく咳払いを挟み、
「そんな佑真さんは確か、今日はこの後、件の『彼女』さんとデートでしたっけ?」
ブフッと思わず吹き出した佑真――幸い水は喉を通った後だったが、数秒ずれていれば大惨事だった。
「ん? なんですかそのリアクション? もしかして恥ずかしがってるんですか?」
「うっせえなガキ! ニヤニヤすんな!」
げしっと佑真の蹴りが入るが、達也のニヤニヤは収まらない。
「佑真さんその辺はやたらと奥手ですよね。一回告白されたのに、返事を躊躇ったままデートするっていう罪作りな行為もしてますけど」
「クソッ、悪いかよ! 第一デートじゃなくて、ただ一緒に出かけるだけで」
「告白された相手に『一緒に出かけよう』って誘う時点でOK同然だよ」
「今まで付き合った人数二桁の年増イケメン中学生が言うと、説得力違うな……」
「まあね。俺は佑真さんと違ってモテモテだから」
その中に、佑真さんほど真剣に想う相手はいなかったけどね、と口内で毒づく達也。
それに気づかなかった佑真は、後輩にからかわれているのもいい気はしないので、逃げるために手早く荷物をまとめてスクッと立ち上がった。
「んじゃ、そろそろデートとやらに挑戦してくるよ。シャワー借りてく、師匠によろしく」
「はーい。いつか俺にも彼女さん見せてねー」
「お前一応年下なんだからデスマス敬語くらい使え!」
楽しそうに顔をしかめるという器用な芸当を見せてから、佑真は稽古場を後にした。
若干どころか、ものすごい心臓の高鳴りを覚えながら。




