第一章‐㉟ ep....../切り替え/prologue
誰にも話していないことが一つだけある。
五日前に、佑真はキャリバンと一度会っていたのだ。
……というか、彼女は佑真の部屋に突然訪れた。しかもベランダからだ。
「おいコラ、なんでベランダから来てんだよ。不法侵入か」
「正面から来ると、波瑠と会いそうだったからですよぉ」
箒をクルクル回しながら、キャリバンはベランダの手すりに腰をかけた。
「先輩たちの命令で、アナタへの伝言役を仰せつかったんですよぉ」
「……ご苦労さん。で? 波瑠関係のことか?」
すでにタメ口で対等な関係のような両者だが、佑真もキャリバンもお互いをそこまでよろしく思っていない。お互い知り合ったばかりで、しかも敵対関係にあったのにおいそれと打ち解けろという方が酷かもしれないが。
ええ、と頷いたキャリバンは若干顔を伏せ、
「前も少し話しましたが、アタシ達【ウラヌス】の方でも、【天皇家】と関係なく波瑠を守るために側に置いておきたい、という意思はありました。そもそも脱走兵ですし。ですが波瑠の願いを尊重し、アタシ達は一つの選択をしましたぁ」
曰く――波瑠は死亡したと記録を改竄し、全世界へ《神上の光》消失の噂を広げる。
「……そりゃまた大胆なことを」
「こうでもしないと時間を作れないですし、所詮は死体のない不確定情報です。波瑠がどこかで生きていることを嗅ぎ付ける輩もそのうち現れるでしょうねぇ」
「それもそうか」
「そして【ウラヌス】の上層部では、仕方なぁぁぁくアナタの寮の先生のところへ居候することを許可したそうです……アタシは納得いきませんがぁ」
そこまで強調せんでも、と思わず苦笑いする佑真。
「そんなに波瑠が好きなら、友達として普通に会いに来ればいいじゃん。そういうのがダメだってわけじゃねぇんだろ?」
「……今更、そんな簡単に関係を戻せるわけじゃないんです! まあ、波瑠も別れ際、アナタと同じこと言ってましたけどねぇっ!!」
叫ぶキャリバンの頬は赤く、年相応の表情に佑真は思わず笑ってしまった。
「なっ、なんで笑うんですかっ!?」
「いや、悪い悪い。なんつーか、お前もオレらと同い年なんだなってやっとわかった気がして、つい……」
「同い年ですよっ! なんなんですか、失礼ですね本当に!」
キャリバンはコホンと咳払いし、
「話を戻します。そういうわけで【ウラヌス】はもう波瑠を追うことはしませんが、世界中の危険分子はまだまだ、《神上の光》という希少な存在を狙って動きます。【ウラヌス】の方でも潰せる範囲で脅威は潰しておきますが――天堂佑真ぁ」
スッと、キャリバンの顔に真剣みが宿る。
「相手は本当に強いですよ。世界級能力者――米国の『アーティファクト・ギア』や中華帝国の『金世杰』、イギリス王立騎士団の『騎士団長メイザース』などが相手となると、アタシ達でも太刀打ちが厳しいでしょう。彼らと戦う際は最善の注意を払ってくださいね。下手すれば、一瞬で命が散りますからぁ」
「……そもそも、オレはどんな相手だって一瞬でゲームオーバーだけどな」
「よく言いますよ。アタシの攻撃何発撃っても立ち上がったくせにぃ」
箒でぺしぺし頭を叩かれる佑真。
「ま、そこまで強力な敵が襲ってきたら戦争勃発しかねないですし。ひとまずは、アタシやオベロン先輩に勝てる程度の強さを身につけてくださいねぇ。そのための死亡偽装という時間稼ぎでもありますからぁ」
「慈悲を与えてくれるのはありがてえんだが、結構ハードル高くねぇ?」
「そうじゃないと波瑠を守り抜くなんてできないんですよっ! しっかりしてくださいよ、もうっ」
ぷいっと顔を背けるキャリバン。
言われなくとも、それ以上に強くなるつもりだ。
それが佑真と波瑠の結んだ約束なのだから。
その後、いろいろ【ウラヌス】のことや波瑠の昔話をしてくれたキャリバンは、ステファノからかかった招集連絡で、ベランダを去ることになった。
「じゃあな、キャリバン。今度は波瑠に友達として、会いに来てやってくれ」
「はいはい。……それじゃあ、アタシからも一つぅ」
箒にまたがってSETを起動させたキャリバンは、ふわりと飛び上がるとともに、佑真に笑顔で振り返った。
「波瑠のこと、幸せにしてあげてください。あの娘の親友からの――お願いですっ」
――りょーかい、と佑真は苦笑い混じりに頷いた。
【ep....../切り替え/prologue】
天皇劫一籠。
その人外は、巨大な水槽に入っていた。
天堂佑真の〝純白の雷撃〟によって破損した肉体を修復するために、錬金術師の用意した特殊な溶液に浸かっているのだ。呼吸や栄養補給などといった、人間に必要なものはすべて機械による代用で賄っているので、全身液体に包まれていようが支障ない。
そして。
水槽の前には、一人の少女が立っていた。
長い黒髪には紫のバンダナが巻かれ、そこから二房の髪が目元に重なるように垂れ下がっている。身長はそれほど高くなく、けれど凹凸のはっきりした体つきは紺色のセーラー服に包まれていた。どこか子供らしさは残るが、お姉さんのように優しげな顔立ち。
十文字直覇。
五年前に少女を庇って死に、尚動き続ける人外が。
●年前に絶望の淵へと沈み、尚生き続ける人外と向き合っていた。
「やっほー。この前はなかなか面白いもんを見せてもらったぜ」
『…………』
「キミが見たかった世界はあんなものかい? あれじゃあ単なる《堕天使》だ。人間界に『第五架空元素』を堆積させ、地球上のバランスにわずかな『ズレ』を生じさせるので精一杯だったろう。新世界創造なんて到底できないと思うぜ」
『…………』
「あと十一種類も別個に存在するのに、《神上の光》にばかり意識を持っていたキミの敗戦は目に見えていた。この世界を破壊し、新世界を創造したいというキミの強い意志は理解できたが、それだけじゃ『零能力者』――――天堂佑真には敵わない。いつまで経っても、キミはそこにい続けることになる」
『――そう杞憂するな。天堂佑真に対する我の敗北は、我に新たな「計画」を導かせた』
「……ほほう。そいつは是非とも知りたいね。このボクにも教えてくれよ。かつて波瑠にゃんを巡り死闘を繰り広げた仲だろう?」
『――残る十一種の《神上》も含み、すべての所有者は我が日本に存在している。そのすべての力を我の支配下に置き、「 」を引き起こす』
思わず、十文字直覇は口を閉ざす。
だがしばらくして、にやりと口角を上げた。
「…………そいつは面白いけど、そう簡単に計画通りになると思うかい?」
『どういう意味だ?』
「あの少年の名前さ。『天堂に座す真の佑い』と書いて、天堂佑真。記憶喪失前の名前こそクソみたいなもんだったが、記憶喪失後に彼が自らつけたこの名前は素晴らしい意味を宿していると思わないかい?」
十文字直覇の視線が、鋭く人外へ突き刺さった。
「そして宿っている《零能力》。キミの求める《神上の力》において、もっとも危険な存在となると思うけどな」
『ほう?』
「真っ直ぐな意志を貫き、すべての者に手を差しのべる主人公――それが天堂佑真だぜ? 彼はきっと、人外たるキミの計画を中央から殺していくけれど、それでも彼を放置するつもりかい?」
『あのような子供一人に幾度も計画を潰されるほど、我が愚かだと思うか?』
生命の樹
世界の構造と、創造者である神の力が世界に降りていく流れ、または人間が神に近づく流れを示している図のことだ。
この図には『神』が描かれていない。
『人間が神になることはできない』ということを、暗に示しているためだ。
だが、彼ら二人は。
そして十二種類の《神上》と呼ばれる魔法は、その理を超越した領域――『高位相』へと踏み込んでいる。
人外同士、数秒間、氷点下の視線をぶつけ合う。
はぁ、と十文字直覇は肩をすくめ、人外へと背を向けた。
「やれやれ、人外同士、近すぎるせいで同属嫌悪を起こしそうだ。……だけど、これ以上波瑠にゃんへちょっかい出そうっていうのなら、ボクはジッとしていられないぜ?」
『今回もしつこく「零能力者」へ関わっていたようだが、貴様の天皇波瑠への感情も執拗だな。せいぜい大人しく見ているがいい。世界を救う力を有していながら少女一人も救えなかった、出来損ないの英雄』
「……キミにだけは言われたくないな、その言葉。世界は救えても愛する友は誰一人として救えなかった、悲劇の英雄」
そして、十文字直覇は右手を掲げる。
「人外たるボクの気まぐれで、今回はそろそろお開きにしてやるぜ。天堂佑真と天皇波瑠、二人の結末を、これ以上ボクらが汚すわけにはいかないからね」
ぱちん、と。
指を鳴らし、一人の人外は姿を消した。
そして。
十二の神上をめぐる物語が、今ここに幕を開ける。
【第一章 奇跡の少女編 完】




