第一章‐㉝ Final bout VS『英雄』天皇劫一籠
全世界最先端の科学技術《超能力》を開発した天皇家。
だが、《超能力》を開発する動機は、非科学への着目がきっかけだった。
『人間が神へ近づくには、どうすればよいだろうか?』
宗教じみた思考を、天皇劫一籠は本気で疑問に考えた。
考えなければいけない理由があった。
神に頼ってでも叶えたい願いがあった。
故に彼は、一切の躊躇なく魔術の領域へと足を踏み入れた。
超能力を発動する際、人間はSETを用いることで、ブラックボックスと呼ばれる脳を百パーセントに限りなく近い状態まで活性化させる。
言い換えればそれは、人間の思考の限界までたどり着くということだ。
しかしその方法では、人間は既存の理を超越することができず、神の領域には一切手が届かなかった。
所詮、人間は下位の存在。
世界の理に甘んじて生きる下等生物。
彼は早々に人間を切り捨て、魔術の奥深くへ沈んでいく。
執念深く研究を続け――たどり着いたのは、十二種類の《神上》だった。
生命の樹を主軸に多宗教・複数の神話を混成し、独自の法則を確立させた魔法陣。
天体をスクリーンとして応用する、前時代的発想の再構築。
『第五架空元素』を筆頭とする、魔の術に用いるエネルギーの制御。
『科学』という宗教に汚染された現代人は、彼の行為を嘲笑うだろう。
しかしここに《神上の力》として顕れた今、彼を止められる者は地球上にもういない。
天皇劫一籠は、描いた理想を基に神への道を突き進む。
科学の頂点を生み出した男の描く、非科学の限界点。
すべての条件が揃った二一三一年七月二一日。
天上天下唯我独尊。
人知を凌駕した理不尽の力が今、炸裂す――――!!
☆ ☆ ☆
バキバキバキ、と《神上の力》の眼前の虚空に漆黒のひびが入る。
すべてを消し去る純白の閃光が、光線上に日本大陸へと放たれた。
莫大なテレズマのエネルギーが地球上の理屈を破壊し、大地が割れ――――
「ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオ!!!!!!」
一つの咆哮が響き渡る。
光線の軌道上に割り込んだ人影は、純白の雷撃を纏った右腕を光線へ突き出した。
激突――力の衝突が生み出す衝撃波が拡散する。
刹那。
ぱちん、と。
まるでシャボン玉が割られたかのように、《神上の力》の放った光線が消え去っていた。
「………………なん……だと……《神上の力》の光線を、かき消した……?」
人外――天皇劫一籠が、目を見開く。
その先にあったのは、嵐のように吹き荒れる〝純白の雷撃〟。
神々しく輝く雷光の中央には、夜空のように澄んだ黒髪の少年が立っていた。
「今すぐ波瑠を返してもらうぞ、クソ野郎が!」
「天堂佑真……!」
『零能力者』たる佑真が〝雷撃〟を纏っていること――オベロン達はその事実を真っ先に疑問に覚えたが、当事者たちは言葉を交えることなく激突した。
佑真が地面を蹴り、〝雷撃〟を伴った状態で直進したのだ。
「完膚なきまでに叩き潰せ」
命令に従い、《神上の力》の照準が佑真へと定められる。
四つの白い球体が浮かび上がり、乱雑に眩い光線を射出。
佑真は右腕に〝雷撃〟を集結させ、引き裂くように薙いだ。
〝雷撃〟が光線と激突し、すべてを相殺させた――否、相殺ではない! 佑真の〝雷撃〟が光線を喰らいつぶし、一瞬にして無きモノとしたのだ!
(まただ……また《神上の力》の光線をかき消した! 天堂佑真、その力は……!?)
参謀として――【ウラヌス】の頭脳として動いていたステファノにも、一切わからない現象がそこにあった。
超能力の素となる波動を吸収することで間接的に能力を消す超能力なら知っているが、相手は全く異なる法則で働く《神上》だ。
『零能力者』と呼ばれた天堂佑真がなぜ、この期に及んでそんな力を宿したのか。
その答えが判明する前に、ステファノの思考を断つ衝撃波が吹き付けた。
「がっ……らああああああああああ!!」
佑真が右腕を横薙ぎし、《神上の力》の破壊光線を両断。
ぱちん、という感覚と共に、またも〝雷撃〟が一瞬にして光線をかき消していた。
「抗うか人間――《神上の力》、奴を消せ」
人外の痩せ細った腕が横薙ぎされ、《神上の力》の眼前の虚空に窓ガラスが割れたような黒いヒビが入る――高位相のエネルギーを強制的に引き出した反動で下界に生まれた断層だ。
そのヒビより展開されるのは、ビビッドカラーに輝く魔法陣。
《神上の力》と化した波瑠の口が、聞き取れない何かを呟き――刹那。
展開された魔法陣より紫電の百雷が放たれた。
視界が真っ白に途切れ、炸裂音が聴覚に滅茶苦茶に轟く。
一秒数千弾の雷鳴が止むと、砂浜が溶断ブレードで裂かれたように熔けた表面を露わとした。
しかし、その空間には円形で一切の傷を受けていない場所があった。
百雷の炸裂したほぼ中央で〝純白の雷撃〟を纏った右腕を突き上げた、天堂佑真の周囲だ。紫電の百雷もまた、佑真の〝雷撃〟がかき消していた。
「くっ……そ、痛みは感じるのかよ……」
百雷の質量ほとんどを喰らった右腕がギシギシと悲鳴を上げている佑真に対し、《神上の力》は攻撃を躊躇わない。
展開された魔法陣が変色し、黒く禍々しい焔が放出される。
レーザーのように一線に凝縮され、佑真の心臓を貫くように虚空を直進。
右腕に〝雷撃〟を集めた佑真は、遠心力を利用してぐらつく右腕を突き出した。
ドッ、と衝撃が全身に走る。
拳のみで抑えきれない質量に、自然を熔かしつくす焔が後方へ流れ。
ぱちん、というあの感覚と共に、すべての焔が〝雷撃〟に喰らい尽くされた。
消えたと同時に右腕がゴムのように後方へと弾かれる。
ビキッと痛みが走り、反射的に左手で右肩を押さえていた。幸い脱臼はしていないが、額に脂汗がにじむ。
――それら肉体的疲労を無視したくなるほどに、精神力の減りようが恐ろしかった。
《神上の力》の持つ莫大な『何か』が佑真の心を圧迫し、緊張を限りなく悪化させたような重圧が心を押し潰していた。さっさと降参しろ、どうせ人間には敵わない――神に刃向う愚か者に向け、そう告げているかのようなプレッシャーだ。
そんなプレッシャーをも上回って佑真の心を押しつぶすのは、《神上の力》を宿した波瑠の向ける、無機質なほどの無表情だった。
人間としての波瑠を失いそうで――恐怖が思考を占領する。
だが、しかし、だからこそ、佑真は降参しない。
全身を包み込む〝純白の雷撃〟――昔からずっと望んでいた『戦う力』が、この土壇場で自らの内側より止め処なく放出されている。
佑真の戦意に応えるように、無限に力を貸してくれる。
……佑真は記憶喪失だ。
この力の正体はわからないし、効力もよくわからないし、発動条件もわからない。
ただ、使い方だけはわかる。
波瑠を救うために使う。
この場面で目覚めた力は、そう使う以外の選択肢を持たないはずだ。
拳を握る佑真に対し、天皇劫一籠が、ゴミでも見るような視線を送ってきた。
「その力――なるほどな。我が《神上の力》の光線を消す力の正体は『還元』か。〝雷撃〟で攻撃の素となる『第五架空元素』を強制的に分解し、還元、攻撃力を無きモノとしているらしい。だが――所詮は人間の力であろう? こちらは神の領域。人間ごときに起こせる反乱はここまでだ」
天皇劫一籠の両腕が振りかざされ、《黄金の槍》が佑真の真上より降り注いだ。
「……っ!?」
しかし、《黄金の槍》は佑真へ直撃しない。
あえて佑真の周囲へ弾幕を張って突き刺し、自由に動ける空間を失わせたのだ。
佑真の〝純白の雷撃〟は、直接触れなければ能力をかき消すことはできない――佑真自身が曖昧にしか把握していない効力をすでに推測し、その上で対抗策を編み出してきた。
佑真が《黄金の槍》を消すために腕を薙ごうとして――閃光が走る。
《神上の力》の四つの球体が、まとめて佑真へ照準を定め、万物貫通の光線を放ってきたのだ。
しかも狙いは佑真で変わりないが、膝・腿部・腹部・心臓の四ヶ所へそれぞれが向けられ――今までと違い、腕一本で防ぎきれない指向性を持っている。
呼吸を止めてとにかく右腕を突き出す佑真。
音が途切れ――心臓へ向けられた一撃以外の三発が、佑真へと炸裂した。
後から吹き付けた衝撃波が、佑真の体を弾丸のように吹き飛ばした。後方二十メートルのあたりで地面に打たれ、何十回転としたところでようやく動きが止まる。
風穴よりトシャッと真っ赤な液体があふれ出す。
しかしすぐ後――〝雷撃〟が佑真の傷口へと集結する。
〝純白の雷撃〟は風穴を包み込むと、やがて佑真の意思に関係なく肉体を再生――というよりは、創造した。
さすがの天皇劫一籠も、その現象を無視することはできなかった。
「還元のみならず、肉体の『創造』も行うか。いうなれば始祖と終焉……相反する現象双方を操るとは貴様、通常の人間ではないようだな」
「みてえだな……!」
「だが、その力を以てしても我には届かぬようだな。神に対し、この数分でも生き延びたことは健闘に値する。故に消え失せろ」
《神上の力》の翼が、歪な音を響かせ孔雀のように開かれる。
表面にヒビが走り、瞬間、水晶の鏃が虚空を裂いて佑真へと射出された。
その量五千発。
弾幕と表すのが可愛らしく思えるほど、隙間と容赦のない弾丸の豪雨が地上を穿つ。
佑真は雄叫びを上げ、右腕を思い切り振りぬいた。雷鳴が轟き、佑真の正面に注ぐ第一陣だけを霧散させていく――直後、後から射出された無数の羽が佑真の体を抉った。
水晶の流星群が止む。
次に露わとなったのは、全身にブレードで裂かれた傷の走った佑真が前のめりに倒れこむ光景だった。搾りかす程度の〝雷撃〟がまるで佑真の残りの生命力を表しているようで――
ザッ、と。
佑真の足が砂浜を踏み抜いた。
弾けるザクロのように、真っ赤な液体が舞う。
それでも両拳を握り締め、歯を喰いしばり、破裂寸前の全身で重力へと抗ったのだ。
天皇劫一籠は、わずかに眉をひそめた。
「なぜだ……なぜ、貴様は勝ち目が無いのに立ち上がる? この圧倒的力量差。《神上の力》を相手にして、貴様の勝ち目は『零』に等しいというのに」
「……オレは、諦めが悪ィのだけが長所なんでね」
「愚かとしか言えんな、その姿」
天皇劫一籠の言葉と同時に《神上の力》が破壊光線を撃つ。
佑真の強引に振りかぶった右腕が真正面より光線を受け止めた。
光線の力がより一層強まるのは天皇劫一籠の意志なのか、波瑠の意志なのか――肩関節が外れ、鳴ってはいけない音を鳴らした。
――愚行? ああそうだろう。誰がどこからどう見ても愚行だ。
――それでも成し遂げたいことがある。
光線が襲う。拳を振るう。〝雷撃〟が食らいつくす。百雷が襲う。拳を貫く。すべてをかき消す。紫炎が迫る。拳を向ける。すべてを霧散させる。氷の刃が降り注ぐ。拳を突き出す。完膚なきまでに食い潰す。
そのたびに右腕はボロボロとなる。
けれど、天堂佑真の瞳に絶望は訪れない。
どれだけ骨が折れようと、どれだけ腕が傷つこうと構わない。
神に抗ってでも救いたい少女がそこにいる。
自分が今、どうすればいいのかという明確な答えが右腕にある。
一縷の希望さえ繋がっていれば、そこを真っ直ぐに突き進むことができる。
約束を守るために。
己の意志を貫くために。
一人の少女の世界を守るために――――
その時、天堂佑真の感情が爆発した。
呼応するように、赤い月が神々しく輝く。
ドクンと心臓が拍動する。
湧き上がる力に呼応し、全身の血液が熱く激しく循環する。
佑真の右の瞳が、皆既月食の如く紅蓮に染まり、
眼球に、十二星座の紋章を刻んだ黄金の魔法陣が刻まれた。
(……そういうこと、なのですか)
ステファノはその眼に浮かぶ魔法陣を凝視しながら、一つの仮説へと至る。
(元々天堂佑真の素性は、調べれば調べるほど違和感を覚える部分がありました)
例えば、彼が山奥で発見されたのは2131年の7月2日。
――『プロジェクト=セフィロト』が行われたのは同年の7月1日。
例えば、彼は記憶喪失で発見された。発見以前の身辺情報もろくに掴めなかった。
――《神上》所有者である十二人の子供の記憶と記録は、一部が何者かに消されている。
例えば、彼は超能力を使えない『零能力者』である。
――他に何か、絶大な力をその身に宿している弊害という可能性。
例えば、彼が〝雷撃〟を発現させたのは《神上の力》が堕ちた条件下だった。
――波瑠が持つ《神上の光》が全出力を発揮したのと同じタイミングだった。
並び立つ偶然は偶然かもしれない。
けれど今、確かに神へと抗うそれは……。
(キミは『零能力者』ではなかった……いや、『零能力者』ではあるのかもしれない。超能力は使えないのかもしれない! けれどもし! 我々や天皇劫一籠様さえも行方を知らない十二人の子供たちのうち一人なのだとすれば――――!)
あらゆる暴力の嵐を〝雷撃〟で無き物とする少年の横顔に、ステファノは一つの『奇跡』を思い浮かべる。
有無を司る奇跡――《神上の闇》
――――数十回目の激突を凌ぎきった佑真に対し、天皇劫一籠が視線を向けた。
その視線は正真正銘、得体の知れない化物を見るように怯えていた。
「貴様の原動力はなんだ。なぜ屈しない。なぜ諦めない。なぜ絶望しない。何が貴様をそこまで動かす!? なぜ貴様は愚かにも神へ抗い続ける!?」
「目の前で波瑠が苦しんでるからだ!!」
《神上の力》の白い球体がまたも光線を撃ち出した。
ふたたび放出され始めた〝純白の雷撃〟に包まれた拳は、光線を完璧に消し去っていく。
佑真の強い意志を発現しているかのように、『還元』の速度が加速を辿る。
「彼女の為に頑張ることの何が悪い! 彼女を取り戻したいと思うことの何が悪い!! 彼女と一緒にいたいと思う、ただそれだけの願いをどうして愚かだと言い切れるんだよ!? 神だか魔神だか知らねえがオレは全てを乗り越えるぞ、英雄! あいつを地獄の底から救い出すためなら、たとえ次元の違う神様だろうと敵に回してみせる!!」
「――戦争すら知らない若造が戯れ言を! 元来十二の《神上》は我が新世界創造の贄となるために編み出した『道具』にすぎんのだ! 貴様たち旧世界に生きる者に――この不完全な世界に甘んじて生きる貴様に、我が計画の意義は理解できまい! まして貴様個人の感情ごときで妨害しようなど大罪に値する! 死して尚、完膚なきまでに叩き潰せ、《神上の力》ッッッ!!!」
《神上の力》の白い球体が、何度目かわからない光線を撃ち出した。
〝純白の雷撃〟に包まれた拳は、何度だって光線を完璧に消し去っていく。
波瑠の背中――漆黒の魔法陣が禍々しい妖気を放つ。
「現実を見ろ! この力を前に、貴様は命を落とすのだからな!」
「テメェこそ、その眼球見開いとけ! 見せてやるよ――奇跡ってのがテメェの専売特許じゃねえってことを!」
〝純白の雷撃〟を、佑真は左手へと集約。開かれた手のひらにエネルギーの球体が生み出され――直後、純白に輝く光波が球状に広がった。
ただしそれは攻撃性を持たない。
人外にも、《神上の力》にも、海や山の自然にも全く影響を及ぼさない。
――ただ一点。向けられていたのはアリエル・スクエア。
正確に言うならば、彼女の腕の中にいる少女へと、その『奇跡』は向けられていた。
「…………ん……ぁ?」
キャリバン・ハーシェルが、息を取り戻す。
全身に開かれた風穴に雷撃が走り――佑真の時と同様に肉体が『創造』され。
ほんの数秒で、傷一つないものへと回復した。
「……こ……こは……あれ……アタシ…………っ!? 波瑠ッ!?」
眼をこするキャリバンだったが、すぐさま息を呑んだ。真正面にいる波瑠――《神上の力》を見据えた瞬間の地獄を覗いたような表情に、想いは察することができる。
そして――――現状を一番驚いていたのは天皇劫一籠だった。
「貴様、一体何をした!? 死者が生き返るなど《神上の光》以外にできるはずがない!」
「オレの雷撃は還元すことと創造ることができる――テメェが説明したことだ。だったら、キャリバンの『死』を『生』へ還元し、壊れた肉体を創造ってやればいい。つってもオレ自身、成功してんのに驚きだけど――」
「SET、開放ッ!!!」
「――《神上》って、そもそも理論じゃ説明つかない理不尽じゃなかったっけ?」
一人の少女の咆哮が、赤い月夜に響き渡る。
黄色い波動の粒子が、荒れ果てた海岸線でこれでもかと輝く。
「『零能力者』……いえ、天堂佑真! 波瑠を救います、協力してください! あんな状態……あんな苦しそうな波瑠をアタシは放っておけません!」
「むしろこっちから頼むわ。オレ一人じゃ手に負えねえし、よ!」
佑真とキャリバンは一瞬視線を交えると、ほぼ同時のタイミングで飛び出した。
天皇劫一籠は《黄金の槍》をキャリバンへ向けて放つ。
しかし二度も喰らうほどキャリバンは弱くなく――積んできた努力は甘くない。
駆けながら箒を一閃、砂塵を巻き上げる莫大な気流で《黄金の槍》の軌道を捻じ曲げた。
《神上の力》の破壊光線が砂塵を貫いてキャリバンへ肉薄――その間に佑真の〝雷撃〟を伴う右腕が突き出された。横薙ぎして光線を弾き飛ばし、攻撃を防ぎきる。
「天堂佑真、アナタ、その力はぁ……」
「悪い、説明は後。つーかオレにもよくわかってねえ」
隣り合い、攻撃から互いを庇いながら進む二人は、時折言葉を交えていた。
信頼しあったわけではないが――波瑠を救う、その意志が相手も同じだとわかっていれば、協力しあうには十二分の信頼となる。
「けど、オレのこの〝雷撃〟には相手の異能力を消す能力がある。今の波瑠が放つ光線だって消せてるんだ。だからきっと」
キャリバンの前に飛び出した佑真は、ゴッと拳を突き出す。
放たれた光線を真正面より穿ち、〝雷撃〟を放射。
完膚なきまでに光線を消し飛ばした。
「アナタが波瑠に触れ、その〝雷撃〟で波瑠を包む『あれ』を消せば、波瑠を取り戻せるかもしれない、ということですねぇ……!」
キャリバンの瞳にようやく光が宿す。
だが佑真が肯定する前に――背後より、言葉を投げかけられた。
「待って下さい、二人とも!」
ステファノの大声が轟音の隙間、耳に届いた。
「天堂佑真、あなたが《神上の力》を消去できるのは、現象による推測として間違っていませんが……《神上》がこうなってしまった以上、撤退するべきです」
「はぁ!? 今更何言ってんだ!」
「今だから言えることなのです。《堕天使》の猛威についてはお教えしたはずでしょう? だからこそ、冷静に判断してください。地球をも破壊し続ける理不尽に対し、波瑠お嬢様がいない現在、一度死んだら生き返れないのですよ! その状況でこれ以上の無茶、なんの意味も成しませ」
「無茶してやれよ!」
佑真は即座に叫んだ。
「逆に聞くぞ超能力者、ここ以外で無茶すべき場面がどこにある!? このままじゃ世界どころか波瑠までも失っちまうぞ! 二度と波瑠を取り戻せなくなるかもしんねえのに、まだ波瑠の『敵』でいるつもりか!?」
キャリバンが「おおおおお!」と気合いを籠め、箒を思い切りスイング。
暴風が砂塵を巻き上げ天皇劫一籠へ散弾のごとく突き刺さる――はずが《神上の力》の水晶の翼が彼の前に下ろされ、防壁の役割を果たした。今後もきっと、遠距離攻撃は通じないだろう。
それでもなお諦める気配を見せない少女の背中を見て、何も思わないわけがない。
全身を血に染めた『零能力者』が戦っていて、何も思わないわけがない……!
「鍛えた力は何のためだ! 築いた信頼は何のためだ!? そんなところで突っ立ってんじゃねえよ、いい加減最弱風情に最前線を任せてんじゃねえよ! 波瑠の前でこれ以上格好悪い姿を晒してんじゃねえよ!! さっさとここまで来やがれ、『正義の味方』ォォォ――――ッッッ!!!」
《神上の力》の翼が弾け飛ぶ。
ふたたび幾千の刃が射出され――
――――佑真の目の前を、紅蓮に輝く超高熱の質量が通過した。
「火炎龍、行きなさい!」
空気を震わす咆哮が海面を刺激した。
《神上の力》の翼を噛み千切り、十メートルの巨大な火炎龍がアリエルを乗せ、灼熱のマグマを放ちながら、赤い月夜を翔ける。
アリエルの口角は、わずかに上がっていた。
(……ええ、そうですよ。波瑠お嬢様に救われて、わたしは人間になれたんです。その恩返しもできないまま終わらせていいはずがない!)
「天堂佑真、約束しなさい! お嬢様を完膚なきまでに救い出すと! その場合のみ、わたしはこの場で全力を尽くします!!」
「約束する!」
佑真は火炎龍をくぐるように、波瑠へ向けて駆け出した。
「させるか」
天皇劫一籠の冷たい言葉が聴覚に刷り込まれた。
人外が腕を振り下ろす。
瞬間、ガイイイン! と金属音が鳴り響いた。
「――――譲れないのは、こちらも同じだ!」
《黄金の槍》と煉獄業火を纏った大剣が、真正面よりぶつかり合った音だった。
佑真に降り注いでくるはずの黄金の槍を、その男――オベロンは、大剣のみで防ぎきっている。右、左、後方、上部、下段。彼の剣戟が止まることはない。
緊張に満ちた剣戟の最中でありながら、彼は不敵な笑みを浮かべていた。
(『零能力者』が戯言を。世界最弱の貴様が立ち、キャリバンまで戦っているというのに、この期に及んでこの俺が戦わない? 笑わせるなよオベロン・ガリタ!)
「天堂佑真! 俺では役不足だからな、今回だけはお前にお嬢様を救う役を譲ってやる! その代わり余所見をするな! すべての攻撃を防ぐ代わりに、真っ直ぐに進め!」
「おォおお!」
あと五メートルまで近づいたところで、眼前の虚空に黒いヒビが走った。
《神上の力》の猛攻が迫る。十二星座が漆黒の光を放ち、展開された無数の魔法陣から雷撃・豪炎・吹雪・水流・葉嵐・鋼砲が炸裂した。
咄嗟に腕を突き出した佑真の背後より、無数の鎌鼬が吹き荒れた。
《神上の力》の猛撃と真正面より激突。
爆風が広がり、キャリバンの黒い三角帽が吹き飛ぶ。
その瞳から絶望は消え失せ、勝気すら表れていた。
(アタシはまだ、波瑠にありがとうを言えてない! 謝らなきゃいけないこともたくさんあるんだ! 何としてでも天堂佑真を届けてみせる――波瑠を救い出してみせるッ!)
「天堂佑真! 防御は全部任せて、あの娘のところへ行ってくださいッ!」
「頼んだぞ、キャリバン!」
《神上の力》とアリエル、キャリバンが。
天皇劫一籠とオベロンがぶつかり合う。
もちろんその力量差は歴然としていた。
アリエルの火炎龍の再生速度よりも《神上の力》の連撃のほうが圧倒的に速く、キャリバンの激風はすでに押し戻されている。人一人を弾き飛ばすオベロンの大剣が簡単にいなされるほど、人外の猛攻は凄まじかった。
それでも、三人の超能力者は全身全霊を籠めた連撃を振るっていた。
波瑠を救い出したいという、己が正義のためだけに。
「――――おそらく、核となっているのは背中部分の水晶です!」
そして、佑真にステファノの言葉が聞こえてきた。
思考を強引に冷静に落とし、おそらくこの戦況を最も客観的に観察する男の声が。
(戦闘系能力じゃないぼくにはできることが限りなく少ない。歯痒すぎることですが――これまで、何のために非科学の知識をためてきたんですか!? お嬢様の力となるために、わざわざ踏み込んだんじゃなかったんですか!!)
「背中の魔法陣――『第五架空元素』を引き出す媒介付近に現れ、今も尚『第五架空元素』を蓄積し続ける水晶こそが、お嬢様をあの状態に至らせている『核』だと推測できます! あそこを破壊すればお嬢様は解放される。あなたのその雷撃だけがお嬢様を救う鍵です! お嬢様の背中、十二星座の中心へその雷撃を!」
「わかった――――」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」
強大な力を前に、執念の咆哮が響き渡る。
想いは一つ。
波瑠を、こんな形で失いたくない。
あの笑顔を、彼女の世界を、こんな悲劇で終わらせたくない。
それだけだ。
そして、今の佑真には悲劇を食い止める――求め続けた力がある。
起こってしまった悲劇を消し去って、みんな笑顔で終わる結末を導くだけの力が。
オベロンの大剣が中央より破壊された。
暗黒物質の立ち込める地帯へ侵入する。佑真の両脚に刃が突き刺さったかの激痛が走る。
キャリバンの悲鳴が響き渡った。
還元の〝雷撃〟を真下へ叩きつけ、波瑠への直線を強引に切り開く。
アリエルの火炎龍が中央より爆散した。
右腕に〝純白の雷撃〟を集約させ――――
「させん――――!!!」
しかし、天皇劫一籠が動いた。
彼にとっても、数十年に及ぶ幻想だ。
《神上の力》を手に入れ、一つの奇跡を起こす瞬間だ。
こんな所で終わらせるわけにはいかない意地があった。
新世界創造――世界の理を書き換え、願いを叶えるために。
この忌々しい世界を――愚かなる人間界をリセットし、新世界を創り出すために。
彼のかつて愛した者達を取り戻し――幸福に溢れた世界を創造するために。
「諦めてなるものか! 我が悲願を実現するのに、これ以上の邪魔立ては許さん!」
人外は《黄金の槍》を作り出す。すべてを貫通する無敵の槍を。
紅の月夜に、一筋の神々しい直線が翔けた。
その鏃は、佑真の背中を捕捉する。
(畜生……ここでも、ここでもオレは、届かずに死ぬのか……? 最後まで、波瑠を助けられずに――――)
その時、佑真の脳裏に浮かんだのは。
言うまでもなく、波瑠の笑顔だった。
(――――――立ち止まるな)
届かせる。
あと一歩を大きく踏み出す。
《黄金の槍》が来ようが、佑真はそれを防ごうなんて思ってもいなかった。
波瑠の背中へ向けて、真っ直ぐに右手を突き出した。
「「「届けェえええええ―――――!!」」」
「ォォォぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オッッッ!!!」
《神上の光》の魔法陣の中央――極光を包む水晶体を全力で殴りつける。
龍の如き勢いで水晶を喰らう〝雷撃〟。
ぴき、と水晶にひびが入った。
その瞬間、漏れ出た莫大な『第五架空元素』が還元の〝雷撃〟の処理速度を凌駕し、天堂佑真の右腕を完膚なきまでに破壊する。
それでも尚、天堂佑真は咆哮を放った。
呼応した還元の〝雷撃〟が止め処なく『第五架空元素』を引きちぎる。
――水晶体が音を立てて崩れ去った。
直後、『白』が視界を埋め尽くす。
衝撃が拡散された。
白い粒子が還元の〝雷撃〟に完全に消し飛ばされ、波瑠の体が崩れ落ちる。
佑真は彼女を、左腕で優しく抱きとめた。
「……ゆう、ま、くん…………佑真くん、だ……」
「波瑠、大丈夫か?」
「…………うん」
ふわっと、陽だまりのように微笑んだ波瑠――の、目の前で。
ザクッと小気味いい音を立て、《黄金の槍》が天堂佑真の心臓を貫いた。
「…………ま、さか……!?」
――――だが、人外は眼を大きく見開く羽目となる。
突き刺さっているはずの《黄金の槍》が、佑真の還元の〝雷撃〟に消し去られ。
その風穴もまた、一秒と経たずに創造の〝雷撃〟で塞がれていたからだ。
ああ、それは確かに十二種の《神上》のいずれかなのかもしれない。
けれど彼には、もっと相応しい呼び名がある。
零から物質・現象を創り出す左の雷光、創造神の波動。
すべての異能力を零へと誘う右の稲妻、神殺しの雷撃。
零からの創造と零への還元――世界の理を超越したふたつの力。
さしずめ、名づけるならば《零能力》。
「後は、テメェだな」
掠れるような声が、しかしはっきりと響く。
夜空の少年はそうっと波瑠を降ろした。
「…………ゆうまくん……」
「大丈夫だ。終わらせてくるから、もうちょっとだけ、待っててくれ」
不安そうな波瑠の頭を撫でて、笑いかけてから立ち上がる。
左の拳が握り締められ、〝純白の雷撃〟が爆裂する。
一歩、一歩、また一歩――進む。それだけで身体が悲鳴を上げていた。
筋肉が破裂し骨が砕け血が溢れ、足は正常に地面を踏まない。心臓が焼けるように痛む。感覚が切断されたように朦朧とした視界。思考はとっくに正常に回っていない。
限界を通り越した体でも尚、佑真は歩みを止めなかった。
佑真の意志は揺るぎなく、折れることなく貫かれる。
零能力者の〝雷撃〟を纏った全身全霊の一撃が、天皇劫一籠に炸裂した。
すべての稲妻が人外の断末魔をかき消し、圧倒的破壊力で吹き飛ばす。
紅蓮の月夜を、純白の光が翔ける。
「……、っ」
零能力者は一瞬だけ口元を綻ばせると、意識を失った。
☆ ☆ ☆
皆既月食が終わり、白く明るい月が、地上を優しく照らす。
最後の最後に奇跡を起こした少年が、荒れ果てた海岸線に身を落とした。
その少年を、蒼髪を海風になびかせた少女が優しく抱き上げる。
生きていることを確認し、ほっと息をついた少女は――
愛おしそうに少年の名前を呟き、両手をかざした。
暖かな純白の波動が放出される。
すべての傷を癒しながら、世界を包み込んだ。




