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第一章‐㉚ 零能力者は死力を尽くす

   【第六節 神上の力は災厄を誘う ‐完膚なきまでに完璧な救いを‐】




 海岸のその先に、彼らが――佑真と手を交えてきた【ウラヌス】の強力な超能力者たちが待ち受けていた。

 佑真の背中で波瑠が笑っていたことを受け、キャリバンやアリエルは少し胸を撫で下ろしていた気がした。


「……待ち伏せか」

「ええ」


 ステファノがコクリと頷き、


「アリエルからいろいろ話は聞いたようなのでご存じかと思いますが、本日7月21日が、波瑠お嬢様奪還任務のタイムリミット。四人で一気にしかけて終わらせようと思いましてね。合流に天堂佑真の疲労もかねて、しばし時間を空けさせていただきました」


 そりゃ余計なことをどうも、と返答しつつ波瑠を降ろす。

 まだちょっとふらついているようだが、なんとか自立してくれた。


「波瑠、お前は手を出すなよ」

「で、でも、人数差が……」

「オレは、波瑠が倒れるのを見たくない。これ以上超能力を使ったら波瑠が死んじまうことくらいは『零能力者(オレ)』にだってわかる。お前が死んじゃったら、誰も生き返らせることできないしな」

「……佑真くんも、死んじゃダメだからね? 約束だよ?」


 まるで子供のようなお願いに、頷く代わりに臨戦態勢を取る佑真。

 それを受けて、四人の超能力者は視線も交えず同時に告げた。




「「「SET開放!」」」


 ――――それは、戦闘開始の合図。




 四色それぞれの波動の粒子が撒き散らされ、超能力を生み出し始める。

 初手、佑真に肉薄してきたのは、大剣を片手で振るうオベロンだった。


 すでに大剣は蠢く摂氏二〇〇〇℃の業火を纏っている。

 一閃。

 第一手でいきなり、横薙ぎされたオベロンの大剣が紅蓮業火を放つ。

 焔が襲いかかり、波瑠を背に立つ今、佑真は回避の選択肢を選べなかった。


「クソッタレが!」


 薙ぎ払うように右手を振るい、火傷の激痛に顔を歪ませる。

 焔は周囲の砂浜へと拡散され、地面へぶつかるなり爆散。

 砂浜で起こる爆発が引き起こした現象は、砂による粉塵の幕だった。


 思いがけず視界を奪われ、波瑠の手を左手で握る。

 そのままぐいっと抱きかかえるように引き寄せ、けれど言葉を交わす余裕は無い。

 唐突に、粉塵に開かれる風穴。

 槍のごとく一直線に虚空を引き裂き、鎌鼬が眼前まで迫っていた。


 ――《風力操作(エアロキネシス)》はキャリバンの一撃。

 しかも狙いは佑真の抱きかかえている波瑠だった。


「ひっ」

「やらせるかっ」


 息を詰まらせる波瑠を強引に抱え回転し、背中で鎌鼬を受け止める。

 背中に一文字の切り口が生まれ、真っ赤な液体が噴き出した。


「痛ッ」


 波瑠を抱いたまま体が崩れ落ち、膝が砂と擦れる。

 粉塵も止み、ようやく動きが止まったかと思えば、


「隙だらけですね」


 朦朧な視界の中で、右手に鋭利なナイフを構えたステファノが瞬間移動(テレポート)を行い目の前まで接近していた。

 このままだと突き刺さるのは波瑠の体。

 そこでようやく理解する。


(そういうことかよ……ッ! 波瑠を守ることを第一優先とし、庇いながら戦おうとしているオレに効率的にダメージを与える最善策は、波瑠をあえて庇わせること! だから攻撃の矛先が全部波瑠に集中していやがる!)


 その目的に気づいたところで、佑真にはどうにもできない。

 単なる集団戦ならまだしも、囲まれた上で波瑠を守りながら、しかし佑真にある反撃の手段は体術のみ。

 それでも、諦める理由にはならなかった。

 即座に遠心力を利用して波瑠を抱いたまま立ち上がり、


「くっそおおお」


 咆哮とともになりふり構わず振り上げた右脚が砂浜を撒き上げ、これが思わぬ機転となる。ステファノへの目潰しとして効果を発揮し、ナイフは波瑠の蒼髪をわずかに掠ってすり抜けていった。

 ステファノとの距離わずか五十センチで、相手は視界を奪われている。


 追撃のために佑真は脚を振り上げようとして、

 自分に降り注ぐはずの月明かりが消え、何かに頭上を埋められたことを覚った。


「火炎龍、トドメです」


 アリエル・スクエアの《豪炎地獄(ヘルファイア)》が生み出した擬似生命体――火炎龍が、その口元に灼熱紅蓮の焔を集結させていた。

 高さにして五メートルの火炎龍に乗る余裕すら与えていて、佑真は奥歯を噛み締める。


「きゃっ! ゆ、佑真くんっ!?」


 抱擁をやめ、蒼い少女の体を、キャリバンがいる方へと全力で突き飛ばした。

 波瑠が数メートル離れたところまで砂浜を転がっていくのを見送り、佑真は拳を構える。

 せめて、波瑠は傷つけまい。

 伸ばしてきた波瑠の右手には、手を伸ばさなかった。


「アリエル……結局、それがあんたの結論なのかよ」

「天堂佑真――――ええ。この身に【天皇家】の脅威と恐怖を刻み込まれたわたし達には、あなたのような結論に至ることはできませんでした。この戦いも、あなたへのせめてもの慈悲のつもり(ラストチャンス)でした。……結果は見るまでもないものでしたがね。殺さずに、生かす程度に。火炎龍!」


 まるで昼のように、閃光が広がる。


 瞬間――太陽のごとく輝く大噴火が、咆哮とともに放たれた。

 紅蓮の奔流が海面を暴れ散らす。

 マグマの柱は天堂佑真の真横を、まるで意図したかのように通過。

 その代わり、暴風が彼の体を飲み込んだ。


 キャリバンの放った斬撃を伴う竜巻が、熱量を伴って佑真に直撃。

 その体を波瑠か遠い海へと吹き飛ばした。

 佑真の筋肉が切り刻まれ、抵抗も許されないまま落下する。


 海面に、一つの水飛沫が上がった。


「佑真くん」


 崩れ落ちた少女の悲鳴が、満月の夜空に響いた。

 所詮、天堂佑真は『零能力者』。

 今までがおかしかっただけだ。これまでのように波瑠や寮長の超能力がなければ、修羅場を全く切り抜けることもできず、あっけなく敗北する。


 これこそが、あるべき結果。

『零能力者』と超能力者の関係――弱者は強者に勝てないという世界の理。

 たった三十秒も戦えなくたって、なんら不思議なことはない。


「……波瑠ぅ」

「…………なに、キャリバン。なに!?」


 殺気立っているどころか、超能力さえ使えていればキャリバンたちは全員が命を落としているだろう。それほどまでに、波瑠からは涙が零れ落ちていた。

 友人の見たことない姿に、キャリバンは思わず一歩引いてしまう。


 ――――いいや、一度だけ見たことがあった。

 十文字直覇が太平洋に沈んだ時も、彼女は似たような絶望を纏っていた。


 波瑠はボロボロに泣きながら、すがるようにキャリバンの白い腕を掴んでくる。


「佑真くんが死んじゃうよ! スグの時みたいに取り返しがつかなくなる! 早く、佑真くんを助けて!」


 あくまで、波瑠の第一優先は天堂佑真だった。

 自分が【ウラヌス】へ連れて行かれるという現実を前にして、それでも彼女は『戦う』という選択肢でも『逃げる』という可能性でもなく、『全員が生きている』ことを望んだ。

 ふっ飛ばしたのが天堂佑真だったから、尚更だったのかもしれない。


 キャリバンは口を開く。

 すべての感情をかみ殺し、元・親友へ手を差しのべた。

 そこに友情はない。

 口にするべきは慈悲でも謝罪でもない、簡単な脅迫だ。


「天堂佑真を助けてほしければ、【ウラヌス】に戻ってきてください」




「わかったから! なんでもするから、早く佑真くんを助けて!」




 ――――え? とキャリバンは目を丸くする。


「もう佑真くんと会えなくていい! 会わなくていい! なんでもする! 言うこと聞く! 逃げ出さない! みんな生き返らせる! 働くから、早く佑真くんを助けて! 大切な人をこれ以上奪わないで! キャリバンお願い……佑真くんを殺さないで…………」


 波瑠は砂浜に座ったまま――まだ動けないのだ――キャリバンの衣装の裾を掴み、必死に懇願してきた。アリエルが今にも泣きそうな表情で瞳を伏せ、オベロンやステファノですら、海面へ視線を逸らしていた。

 そうして、キャリバンは――。


(……身体を斬ってでも、波瑠を自分のそばにおいておきたかった)


 アリエル達には他に理由があるらしいが、自分には関係なかった。

 愛おしい笑顔を守るため。全世界の敵から逃げ回る役目を一人で背負わせないために、徹底的に悪役を演じ、波瑠を力づくでも取り戻したかった。


 唯一の友達に刃を向ける覚悟をしたのは、もう五年も前のはずなのに。

 なのに、どうしてここまで心が痛む。

 自分のことなんてどうでもいい。

 大切な人を救うためなら、自分がどうなってもいい。

 そんな波瑠の『優しさ』を利用し、傷つけたことを――今更、後悔しているのか?

 彼女自身が動けなくなるまで追い詰めてしまったことを、後悔してしまうのか?


(………………、アタシは今まで……何を、やってたんですか……ッッッ!)


 いつ歪んだ?

 いつ捻れた!?

 いつ間違えた!?!?!?


 キャリバンの波瑠への想いは、こんな風に波瑠を苦しむ姿が見たくない、というのが第一優先だったはずなのに。

 ただ波瑠を救いたかっただけなのに。

 自分は、友達を泣かせるために頑張ってきたのか?

 本当に――――自分が天堂佑真の位置に立つことは、できなかったのか!?




「ご苦労だったな、諸君」




 透き通るような男声が、唐突に響き渡った。

 同時に、満月が変色を開始する。

 白く黄色く光っていたはずの月が、血で塗りつぶしたような赤い光へ染められていく。

 今宵は皆既月食。

 漆黒の天空を支配する赤い月がおぞましいまでに地上を照らし。




 その男は、音もたてずに姿を現した。

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