第一章‐② 零能力者は補習を受ける
時は少々遡り――2131年7月20日、午前十時を過ぎた頃。
天堂佑真は夏休み初日を教室の机、しかも最前列でスタートさせていた。
出席日数不足&赤点による補習を受けるために、学ランを着てわざわざ中学校へ登校したのだ。一学期の延長戦に突入したのは学年どころか学校全体で佑真だけ。窓の外を少し見れば、野球部が炎天下の中を元気に走り回っている。
「さて、今年もこの季節がやってきたのう『零能力者』。記念すべき三年目の夏休み・補習授業一日目の開講じゃ」
どこか小馬鹿にしたような声にため息をつき、佑真は意識を教室へ戻した。
教壇に立ってニマニマ笑うのは担任の先生だ。
身長百三十センチ・体重二十五キロの超小学生級体型。花の二十代。加えて口調はババァ言葉。どこぞのラーメン屋みたいに属性マシマシ特徴マシマシな彼女は、更に佑真の暮らす学生寮の『寮長』も勤めていたりする。
生徒達からはその方が印象強いせいか、『寮長』と呼ばれ親しまれていた。
「……なあ寮長。毎年思うけど、理不尽なんすよこの補習は」
他の先生と比べて年齢が近いせいか、寮長に気軽に接する生徒は多い。佑真もその大勢のうちの一人だ。
「理不尽とな? そりゃ補習を好む生徒はおらんじゃろうが、どんな点が不満かの?」
「そんなの言うまでもないだろ」
びっと佑真は人差し指を立て、
「オレはこの二年間、ありとあらゆる方法を試しても超能力を使えなかったんだぞ。そんなオレが『超能力実技』なんて科目を受けても、百パーセントで赤点だ。
なのに『義務教育だから』の一声で強制的にテストを受けさせて、しかも『数値が悪いので補習で超能力の使用訓練をしてくださーい』ってツッコミ待ちかこれは!? 魚に『地上で歩け。できなければ貴様は刺身にしてくれるわ!』って包丁突きつけているようなモンじゃねえか!」
「例え話が分かりづらい上にクドいのう……」
それに、と寮長は続けた。
「お前の赤点は『超能力実技』だけじゃなかろうに。今日の補習の科目名を言うてみい」
「社会科」
「しれっと言うな、しれっと。お前は今年受験生だという自覚あるんじゃろうな……?」
寮長は短くため息をつき、
「雑談はこの辺にして、そんな社会科のスタートじゃ。まずは現代を象徴する『この言葉』からいこうかの」
寮長は教卓に備え付けのパネルを操作し、二十一世紀前半で言うところの黒板に代わるスクリーンに電子教科書のページを表示させた。
第三次世界大戦。
「――別の名を『第一次世界能力大戦』とも言う。地球全土に戦場を広げた、つい十五年前までやっていた戦争じゃな」
この戦争は勉強全般を不得手とする佑真でも、馴染みの深い出来事だ。
佑真はギリギリ戦後世代だが、現代を生きる者で、これまでの『第一次』や『第二次』とは比べ物にならない長期かつ膨大な被害を記録した戦争を知らない者はいない。
「我が日本の被害の筆頭は、北陸に撃ち込まれた計三発の核爆弾じゃろうな。他諸国でもナノウイルスや大陸間ミサイルで見境無く人間は死んだ。……無論、被害は一般市民にまで容赦なく及んだ。人類総人口を八十億から一気に五十億まで減らした、途方もない数字が何よりの証拠じゃ」
少し遠い目をする寮長。
寮長は見た目こそ幼女だが、年齢は二十五歳。
戦争経験世代――それこそ当時は幼子だったはずだ。
佑真には理解できない実体験の恐怖がよぎるのか、戦争が絡む話をする時の寮長は顔色があまりよろしくない。
「じゃが『休戦』へ持ち込まれた現在、戦争で用いられた数多の科学技術はわしらの日常生活を豊かにしてくれておるぞ。この辺は歴史や科学の授業で取り上げてきたが」
「技術を発達させる上で最も手っ取り早い方法は、戦争を行うこと……だっけか」
「うむ。皮肉なものじゃが、戦争は世の中の発展に一役買ってしまうんじゃよ。雇用枠が増加することで経済が活性化されたりとかのう。
本題である技術面で例を挙げれば、インターネットや人工衛星が代表的じゃろう。二〇〇〇年代前後に一般市民へ浸透していったこれらも、元を辿れば軍事目的で作られたものじゃ」
とはいえ、と寮長は説明を続けた。
「社会に変革を齎したこの二つだって百年以上も過去の遺産。『第三次』で起こった変革は第一次や第二次のそれとは比にならぬ。エアカーを筆頭とする『反重力モーター』、青い猫型ロボットを再現した『人工知能』など様々あるが――おんしが悩みに悩む『あの技術』が筆頭じゃろうな」
せっかくの補習なので少し遠回りしよう、と寮長。
ふたたびパネルが操作され、黒板スクリーンに別の文字列が表示される。
「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない……?」
「音読ご苦労。この一節はあるSF作家が残したものじゃな。解釈するなら『発達しすぎた科学技術はもはや、魔法と大差ない現象を引き起こす』ということかのう」
「《超能力》のこと?」
呟くように回答すると、ご名答、と首肯を返された。
「書籍や言語によって呼び方は様々あるが、この一文は二十二世紀入りした現代、我が国が開発した超最先端技術――《超能力》の解釈に使われるようになったんじゃよ」
超能力。
それは日本が投下したことで明らかとなった、科学の頂点を司る『技術』だ。
現代社会でこの三文字はもはや、小説内の産物という意味を持たない。
体系化された現代科学の最高峰として、人類の新たな力として社会に浸透している。
寮長は自身の手首を佑真へとかざして見せた。
そこには、銀色のブレスレットが装着されている。
「超能力の体系化にあたって開発されたのが、この全人類を等しく超能力者へ昇華させ……おっと。今は全世界でただ一人、超能力を使えない輩がいるんじゃったのう」
にやりと意地の悪い笑みを向けてくる寮長。
「改めて――『天堂佑真を除いた全人類を超能力者へ昇華させる端末』がこれ。【Skill-Extending-Tablet】――通称【SET】というわけじゃな」
真実に意義を唱えても虚しいだけだと知っている佑真は、大きなため息をつくのだった。