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第一章‐㉘ 5th bout VSアリエル・スクエアⅢ

「【天皇家】という家は、わたしやオベロンにとって、逆らうことのできない家なんです」


 アリエルは告げる。


「【ウラヌス】は日本の軍です。ですがわたしやキャリバン――異邦人が所属していることを、疑問に思いませんでしたか?」

「……まあ、多少なりはな」

「わたし達は『第三次(WWⅢ)』で日本に置き去りにされた子供だったんですよ。あなたは知らないかもしれませんが、当時は一部で激しい外国人排斥がまかり通っていて、わたし達は基本的人権すら与えられない過酷な状況で生活していました。挙句の果てに【天皇家】に回収され、実験体、被験体として、倫理観の失われた人間改造を施されました。その末路がこの姿。人の姿をして人で非ざる何かに、望まずしてされてしまったんです」


 アリエルの義腕が音を鳴らす。

 悲痛に満ちた言葉に、佑真は顔を歪める。


「戦力として軍隊にぶち込まれました。使い物にならなければすぐに捨てられる。成果を出さなければ問答無用に殺される。生と死の境である戦場に立たされながら、いつだって命は【天皇家】に掌握された状態です」


 アリエルの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。


「正直、お嬢様の手足の骨を砕いてでも捕えてこい、と言われた時は絶望しましたよ。わたし達だってお嬢様と敵対するのは本望と最も遠いところでしたから! ですが、やらなければならなかった。【天皇家】の命令に背いた瞬間、わたし達は処分されてしまうのですから……」


 ――――――その言葉に、佑真はぶち切れる。


「……ふざ、けんなよお前ら! 波瑠を犠牲にしてでも生き残りたいってのか!? 結局最後に優先するのは自分の命だってのか!? 波瑠は、テメェらのくだらねえ事情のために仲間から攻撃を受けていたってのかよ!?」

「そんなわけあるか!!」


 そんな佑真の激昂をも吹き飛ばすほどの怒号が轟いた。

 マグマを消したアリエルの手が佑真の胸倉をつかみ、


「そうじゃない、本当はわたし達なんかどうなったっていい! 元々自殺だって厭わないクソみたいな環境に生まれたんですから、今さら命令違反で処分されるくらいどうという事はありません! だけど! でも、それでも……あなただってもう理解できるはずです! わたし達が死ぬと、絶対にあの娘は悲しむんですよ! あの娘は自分のせいにするんですよ!!」

「ッ! ……そういう、ことかよ…………」


 悔しそうに顔をそむける佑真を見て、手を離した時、アリエルの顔はもう涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「できれば穏便に終わらせたかった。だけどあの娘は強すぎる。ランクⅩの超能力者ですよ。わたし達とは次元が違うんです。あの娘は本当に、一個中隊を一人で制圧するほどに強いんですよ! あの娘を止めるためには、こちらも超能力をぶつけるしかなかった。あの娘が波動切れになるまで、永遠に攻撃を続けるしか、方法がなかった……!」


 波瑠だけではなかったのだ。

 五年間、精神が崩壊するほどの戦いを続けていたのは。


「……もう、どうすればいいのかわからないんです。選択肢がなさすぎて、全員が笑って終われるような未来が全く想像できないんです」


 ですから、とえらく投げやりに言葉は続けられた。


「たとえその先に何が待ち受けているのかわからなくても、とりあえずの最善を得るために。お嬢様を叩き潰すと、そう、決めたんです!」

「………………」


 彼らはいったい、どんな想いで波瑠と戦っていたんだろう。

 波瑠を取り巻く世界には、いったいいくつの悲劇が存在するのだろう。

 それでも尚。




「だったら、オレがお前たちを助けてやる」




 天堂佑真は、言葉をぶつけた。

 数瞬前まで『敵』だった相手に。


「…………は?」


 間の抜けた声を上げるアリエル。声音を裏切らない緊張感の抜けた表情に、佑真はわずかに口角をつり上げる。


「お前たちがもう戦えないっていうなら、オレが一人で【天皇家】をぶっ潰してやるよ。そうすればお前たちは胸を張って波瑠の隣に立てる。そうだな?」

「……何を、バカバカしいことを言っているんですか?」

「こんなバカバカしいことを口にさせたのはお前らの方だろ」


 佑真はギリ、と左拳を握りしめる。


「相手はあの【天皇家】? 知ったことか、こちとら全世界に宣戦布告したばっかなんだよ! 勝利条件にお前らを救うって条件が含まれんのなら……あの子が笑顔でいられる場所にお前らが必要だってんなら、助けてやるに決まってんじゃねーか」

「……あなたは、あなたは【天皇家】がいかなる存在か知らないからそんな戯言を吐けるんですよ!【太陽七家】が第三次世界大戦を休戦へ持ち込んだことを忘れたのですか!? 身の程を弁えなさい、たかだか『零能力者』に何ができるっていうんですか!?」

「たかだか『零能力者』が出張らなきゃいけねえ状況にした自分を棚に上げるな!」

「ッ!?」

「オレだってわかってんだよ、今の自分がどんだけ無謀な夢を叶えようとしてんのかってことくらいは! でも、だけど、そうじゃねえだろ! 五年もの間〝ひとりぼっち〟で逃げ続けた波瑠に手を差し伸べたのが、オレと十文字直覇のたった二人しかいないってのがそもそもの間違いなんだよ!」


 身の程知らずだというのは、欠けた片腕がよく物語っている。

 それでも譲りたくないものがある。


「本当は『零能力者』が立候補する必要なんてなかったんだ! 本来、今、オレが立っている場所にいるべきだったのはお前達じゃないのかよ!」

「ですが、」

「言い訳すんな!」

「だけど、」

「そいつも禁止だ! 目の前を見ろよ超能力者、今、お前に挑戦状叩きつけてんのは、正真正銘の世界最弱だぞ!」


 それがアリエルの逃げ場を奪う、最後の一撃だった。

 キャリバンの想いを知った。

 ステファノの激情を垣間見た。

 波瑠が【ウラヌス】を想っていたように、【ウラヌス】の奴らも波瑠を想っていた。


 決して一方通行ではないはずなのに、すれ違ってしまった想いがあった。

 もう当人たちには正しようのない間違いを、もしも、修正できる者がいるとすれば――。


「すごく単純な話だったんだよ。『敵』がどれだけ強大かなんて関係ない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「…………」

「手が解かれたのなら電話でもメールでも手紙でもいい、遠くから叫び続けたっていい! 波瑠が振り向いてくれないなら波瑠が振り向いてくれるまで! あいつのことが大好きなんだって、味方でいたいんだって気付いてもらえるまで叫び続けりゃよかったんだ! 少なくともあいつの『敵』になる必要だけはなかったんだ!!」


 叫んだ佑真は右肩の激痛を我慢する為に奥歯を噛みしめると――。

 ザッ、と砂浜を踏みしめ、下肢に力を込めた。


「……本当に、あなたは【天皇家】に歯向かうのですか」

「ああ」

「……本当に、あの子を地獄の底から救い出すのですか」

「この約束だけは踏みにじらせない」

「……本当に、わたし達を救い出してくれるのですか…………?」

「誰もが笑って終われるハッピーエンドってやつを、意地でも掴み取ってやる――」

「……どうして、あなたは…………」




 何故ってそりゃ、天堂佑真は生きる上で自分に一つのルールを課しているのだ。

 目の前に助けを求める人がいたら、たとえ見知らぬ人でも必ず手を差し伸べる。


「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」


 そうして、ちっぽけな少年は思いっきり地面を蹴り飛ばした。




「っ、なら、その覚悟、今ここでわたしを倒し、証明しなさい! 今度こそ、あなたを本気で殺します! 火炎龍ッッッ!!!」


 アリエルが腕を一閃。その動作に呼応して火炎龍の咆哮が轟く。

 皮肉な程に真っ直ぐにマグマが放たれた。

 直系五メートルの炎柱が漆黒の夜に猛威を振るう。

 佑真は雄叫びを上げ、あえて前のめりに飛び込んだ。

 紅のエネルギー流が頭上を貫通する。

 一気に距離は詰められた。

 アリエルは追撃しようと両腕にマグマの鞭をまとわせる。


 両者の距離は三歩。

 天堂佑真が大きく体をひねって迎撃を回避する。


 両者の距離は二歩。

 アリエルの注意が、何かを隠した佑真の左拳に注がれる。


 両者の距離は一歩。

 そして。




 アリエルの眼前に左拳を突き出した天堂佑真は、親指でコインを弾いた。




 宙を舞うのは、何の変哲もないゲーセンのコインだった。

 単価十円未満。殺傷力はおろか、攻撃力すらほぼ皆無。

 しかし。

 一瞬の攻防が運命を分かつ近距離戦闘において――目の前を自身に向けて飛来する小さな投擲物は、アリエルの注意力を引き付けることに十二分の役割を果たしていたのだ。


 人間は、視界内で移動する物体に注意を削ぎやすい。

 その本能を利用した、『零能力者』の持っている一人一回きりの切り札。

 左拳が思い切り、アリエルの顔面を貫いた。


「ごふっ……ぁっ」


 身悶えるアリエルの前に、彼女より身体を傷つけた天堂佑真が立つ。


「…………人の姿をして、人で非ざるものってあんたは言ったけど……あんたは、すごく人間らしいよ……誰かのために、必死になれる……オレなんかより、ずっとずっと、人間やってるよ……あんたたち、は、さ…………」


 ふっ――と力を失った佑真の体が、砂浜へ落ちた。これまでの疲労と、今回の戦闘でついた傷は、とっくのとうに、彼の限界値に達していたのだ。


「……だからさ。あと一歩だけで、いいんだ……! 本当に波瑠のために、なる、ことを……刃を向ける先を……考え……直して…………」


 体が動かない。

 反撃がくる。与えたダメージは所詮、『零能力者』の素の拳だ。

 ボクシングや格闘技を嗜んでいるわけもなく、路地裏で不良共と殴りあう時にしか使わなかった拳だ。しかも右腕がなく、ひどくアンバランスな攻撃だった。

 敵はすぐに立ち上がり、佑真の命を刈り取るだろう。


(動か……ないと。立ち上がらないと、死ぬ……死ぬわけには、いかねえんだよ……波瑠を泣かせるわけには…………いかないんだ………………よ…………)

「――――、もう、ダメですね」


 途切れかけた意識の中、アリエルの言葉を聞いた。


「天堂佑真、あなたは正論を吐きすぎです。正しくて、真っ直ぐで……わたし達は、とっくに気づいていましたよ。お嬢様と戦い続けても――悪役を演じ続けても、正しい道に続いていない事くらい。自分たちでも辞めどころがわからなくなるほどに」


 それは佑真に語りかけているのではなく、独り言だった。


「ですが、あなたの逆らっている【天皇家】は、本当に強大で恐ろしいのです。

 お嬢様を救いたいのなら――明日。赤い月にはくれぐれも用心してください。わたし達も逆らえないあのお方は、赤い月の夜に何かをするつもりのようですから」


 赤い月。

 そこで、佑真の目の前は真っ暗になった。

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