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●第二百三話 Brave

第九章エピローグです。


今回もお付き合いいただき、誠にありがとうございました!


 翌朝――5月5日、日曜日。


 佑真と波瑠は起床後しばらくして、里長様の家に呼び出されていた。寛政、キャリバン、桜、そして美里も同席している。


此度(こたび)は我が里の者達が世話になった。特に《神上の光(ゴッドブレス)》がなければ多くの者が死に絶え、壊滅状態に陥っていたじゃろう。心より感謝する」


「ええっと……元凶は私なので、感謝されるの間違ってるっていうか……」


「そもそもお主らを里に招いたのはわしらじゃ。お主らの助けになれんかったことへの謝罪もまだじゃしの」


「でもっ」


「波瑠様、大人が頭を下げているのです。素直に受け取るのが礼儀ですよ」


「うぅ……はいっ」


 美里が小声でささやき、波瑠はしぶしぶ引き下がった。


「ところでじゃが、容態は昨夜から変わらんのか?」


 里長様は佑真と波瑠の手に目線を落とす。二人は「はい」と苦笑いを返した。


 ――――佑真の右手と波瑠の左手は、ギュッと繋いだ状態を固定するために上から紐でグルグル巻きにされていた。




 戦いの最後に、スーツの男に何かしらの〝魔術〟を植え付けられた波瑠。


『ほんの数秒間放っておくだけで〝人間を食べようとする屍鬼(グール)〟に変化してしまう呪いじゃろうな』


 と、里長様は分析した。




 暫定名称〝屍食鬼呪(カニバリズム)




 この呪いは佑真の《零能力》で打ち消せる。


 けれど、しばらく放置していると呪いは再発する。漆黒の炎が波瑠を包み込み、やがて〝人間を食べようとする屍鬼〟へと変貌させてしまうのだ。


 桜曰く、


『お姉ちゃんの《神上の光(ゴッドブレス)》の魔法陣に、変な記号が上書きされている。この記号がうまいこと「天使の力(テレズマ)」を引き出してエネルギー源にしているんじゃないかな』


 けれど佑真達には、変な記号を消すことができなかった。


 元々ある魔法陣を《零能力》や《神上の光(ゴッドブレス)》が消せないように、この記号は何かトクベツな存在なのだろう。




「今は『佑真くんと常時触れ合っている』っていう乱暴な形で対応しているんですけど……」


 波瑠はちょっと(……否、だいぶ)頬を赤らめながら重なった手を見やる。


 昨日の晩はドタバタしていて意識する余裕もなかったが、今朝起きてから――どころか佑真と波瑠は寝る瞬間からずっと離れていない。トイレやお風呂は四苦八苦したものの、こう常に密着するのは流石の波瑠もドキドキが止まらない。


「根本的な解決にはなってないんすよね、これ」


 一方の佑真はトイレやお風呂を経て『心を無にしていないとやってられない』ことを知ったので、必死にローテンションを維持していた。


「なんとか波瑠に刻まれた呪印? を取っ払いたいんすけど……」


「ふむ。力になりたいところじゃが、わしらの知恵ではどうにものう」


 魔術について多くを語ってくれた里長様も、こればっかりはお手上げのようだ。理不尽(ゴッドブレス)理論外(ゼロのうりょく)が通用しないせいで、桜や寛政といった頭脳派面子も唸っている。


 ……そもそも〝魔術〟は佑真達にとって未知の領域だ。試行錯誤の『試行』にさえたどり着けないのも、当然と言えば当然なのだ。


「となれば、専門家に頼る他ないかもしれんな」


 顎を触っていた里長様は、ふとそんなことを言った。


「専門家?」


「超能力には超能力の、体術には体術のエキスパートがおる。無論〝魔術〟とて例外ではない――お主らなら心当たりがあると思うが?」


「「「水野家?」」」


 波瑠、桜、そして寛政がポツリと呟いた。




 日本を代表する【太陽七家】のうち一つ、水野家は〝陰陽術〟の使い手だ。


 表舞台ではほとんど語られることのない単なる大財閥だが、直系の娘・秋奈と分家の誠は〝陰陽術〟を少しだけ使える。




「んじゃ東京に戻るのか?」


 佑真が早速携帯端末を取り出そうとするも、


「でも今、アキナ達って京都にいるんじゃないでしたっけぇ?」


 キャリバンがそう言葉を挟む。


「そうだった。あいつらは〝陰陽術〟を勉強するために、京都の安倍晴明(あべのせいめい)神社(じんじゃ)とやらへ修学旅行中……ん? 安倍晴明ってゲームか何かで聞き覚えあるな」


「安倍晴明って平安時代の陰陽術師だよね。貴族御用達のすごい陰陽師だったーって歴史の資料集に載ってたよー」


 現役中学生の桜が学びたてと思しき知識を披露すると、子供組の表情が好奇心的な輝きを増していく。


「わざわざ誠たちが勉強しに行ったってことは、東京の【水野家】より頼りになる可能性が高いってことだよな」


「何て言ったって京都だもんね。安倍晴明の本拠地、元平安京だもんね」


「それにここからなら、京都の方が距離的にも近いしな。波瑠に負担を多くかけさせるワケにもいかないし」


「波瑠ちゃんも佑真クンも、本音が透けて見えるぞ。京都に行きたいだけだろう?」


 寛政が苦笑する。彼らが冗談を言える程度に復調していることは喜ばしいが、その掛け合い自体は大根役者もいいところだった。


「つまるところ、次の目的地は東海道のゴールだな」


「あはは、結局全部回ることになっちゃったね。巡り合わせだぁ」


「一応誠クンと秋奈ちゃんと世話になる先方に連絡しなよ? 事情が事情なんだからサプライズは失礼だ」


「「はーい」」


 サクサクと話を進める佑真と波瑠に、寛政達は呆れ顔だ。この逃亡生活は彼らにとって辛いことが多すぎたが、妙な旅慣れという経験値も積んだらしい。


「何か持っていく物や必要な物があれば気がねなく声をかけてくれ。お主らはそもそも里の忍共を猛毒から救ってくれた恩人じゃ――この恩義、我らは決して忘れぬ。困りごとがあれば何時でも声をかけてくれ」


 里長様が柔らかな笑みでそう告げる。


 佑真達こそ、散々お世話になっておきながら返せるものも無く、迷惑を多数かけてしまった。


 それでも寛大に受け止めてくれる好意に、佑真と波瑠は改めて「「ありがとうございました」」と頭を下げた。




   ☆ ☆ ☆




 旅館が潰れてしまったので、佑真や寛政達は里長様の家を間借りしている。


 各々が出発の準備を進める中、佑真は波瑠に手を引かれて美里の借りる部屋を訪れていた。繋ぎっぱなしでいなければならない以上、片方に用事があれば片方も必然的に同行する。


「わたしはとりあえず、真希様に会いに行きます」


 美里は荷物をまとめる手を止めて――といっても借り物の衣装を畳んでいただけだが――波瑠に正座で向き合った。


「その後の身の振り方は分かりません。また【ウラヌス】に戻るのか、あるいは『忍の里』に残って【月夜(カグヤ)】の調査を手伝うのか……ですが五年ぶりに桜様と波瑠様にお会いし、また日常に戻れる。これほど黒羽に嬉しいことはありません」


「……美里さん…………っ」


「あ、抱きつきたいの?」


 波瑠にグイグイと手を引かれた佑真は、気遣って顔を背けつつ美里に近づいた。


 片手しか使えない少女を、美里の方が抱きしめる。


「救われることを諦めていたわたしを、奇しくも波瑠様と佑真君が救い出してくれた。この御恩は一生涯忘れません」


「……ごめんね……ずっとずっと苦しい思いをさせて…………あの日からずっと……ただ会えないだけだとカン違いしてて……私達にとって美里さんは……ううん、美里は二人目のお母さんだったのに!!」


「ふふっ、呼び捨てにされるのは十年ぶりでしょうか……構いませんとも。黒羽にとっては波瑠様と桜様の笑顔こそが幸せの象徴。お二人が無事に再会できたのなら――――もう構わないのです」


「うわっ!?」


 美里は不意に小悪魔じみた笑みを浮かべると、佑真まで腕の中に抱きしめた。


「ちょ、ちょっと美里さん!?」


「ありがとう、佑真君。わたしを助けてくださって」


 狼狽(ろうばい)する佑真の耳元に口を寄せた美里は、波瑠に聞こえないような小声で、


「そして波瑠様と桜様を助けてくれてありがとう。波瑠様の恋人になってくれたのが貴方で、本当に良かった。どうか必ず幸せにしてあげてください」


「そりゃもちろん…………それとオレの方こそ、お礼言ってなかったっすよ」


 大人の女性にめっぽう弱い佑真は頬を若干赤らめながら(ついさっきまで泣きそうだった波瑠に『んん?』と察知されながら)、


「美里さんとした話のおかげで『正義の味方(ヒーロー)』ってやつがわかった気がするから。オレが今ここでこうしていられるのは、美里さんのおかげでもあるんすよ。だから、ありがとうございます」


「――フフッ、それほどでも」


 間近で微笑まれて、佑真はますます顔を赤くする。


 一緒に抱きしめられているのに蚊帳の外で面白くない波瑠は、頬を膨らませた。


「ねぇ二人で何こそこそ話してるの!? はっ、まさかついに美里さんに恋バナが!? 相手はよりにの佑真くん!?」


「波瑠様、わたしは波瑠様の笑顔を見るのが幸せなのです。流石にそれは致しませんが――あれ、もしかして波瑠様の花嫁姿を見る方が先になる? それは心境が複雑すぎません???」


「あの、もうそろそろ離してもらっていいすか!? ぶっちゃけ美里さんと波瑠の香りとか感触とかで思春期男子にはアレなんすけど!?」




   ☆ ☆ ☆




 夢人は自分の部屋にいた。


 里長様も『藤林』だが、夢人を引き取った藤林幸子と共にあまり広くないアパートで二人暮らしをしている。そんな中でも貰えた自分の部屋は、ろくに物が置いていない簡素な部屋だ。


 まるで、自分の空虚さが形に(あらわ)れたような部屋。


 苛立ちを抑えきれない夢人は、完治した体にものを言わせて壁に枕を投げつける。


 ボスン、と小さな音。


 一度――おそらく死に絶えた体も魂も、波瑠に生き返らせてもらった。


 夢人は……金世杰(ジンシージェ)に全く歯が立たなかった己への苛立ちに奥歯を噛みしめる。


(――――――ぼくは、何もできなかった)


 その時、ぴんぽーん、と呼び鈴が鳴る。


 今、同居している幸子は留守にしている。カメラを確認するのも(わずら)わしいが『里』の事態を考えると無視することもできず、夢人は直接玄関へ向かった。


「はい、誰です……か……」


「悪い、突然押しかけて。今、少し話してもいいか?」


 佑真と波瑠だった。事情があって手を離せない二人は、行動を共にしなければならない。それ以前に付き合っている二人が一緒にいても不思議な話じゃあない。


 だが、今一番会いたくない人物は誰か、と聞かれればこの二人だ。


 扉を閉じようか一瞬迷ったけれど、冷静に考えた夢人は話を聞くことにした。


 波瑠が〝屍食鬼呪(カニバリズム)〟という呪いをかけられたのだ、自分如きに余計な時間を使わせてはいけない。


 部屋に上がるか問うも、佑真は「玄関でいい」と首を横に振り。


 そして。


 頭を下げた。




「ありがとう。それとごめんな、夢人」




 何故、お礼を言われたのか。


 どうして謝られたのか。


 困惑する夢人に苦笑いしながら、佑真は話した。


「オレが戦えない間、お前が必死に戦う姿を見ていたよ。最後の最後まで諦めないお前はすごく格好良かった。オレなんかよりずっと、ずっとだ」


「……、え?」


「それと、正直『弟子』とか言われてもピンと来なかったけどさ――ちょっとだけ嬉しかったんだ。オレのしてきたことが間違ってなかったんだなって認められたみたいで……ありがとな。これでもお前から、結構元気もらってたんだよ。

 それなのに不甲斐ない姿ばっかり見せちゃって……金世杰(ジンシージェ)の相手はオレだったのに、オレに代わりに無茶苦茶なことを任せちまって……だから、こっちはごめんな」


 佑真がもう一度頭を下げる。




「やめてください!」




 対して夢人の口から飛び出た言葉は、自分のものとは思えない鋭さを秘めていた。


 一度発露してしまえば、抑えつけた感情が流れ出ていく。


「……ぼくは金世杰(ジンシージェ)に対して何もできなかった……佑真さんの代わりに戦うって大見得切った癖に、傷一つ与えることも、できなかったのに……ぼくが勝手に憧れただけなのに!! 自分から代役を名乗り出たのに!! 何の責任もない佑真さんが謝らないでくさだいよ!! でないとぼくのこの気持ちは、どこへぶつけりゃいいんですかぁ!!!」


 それは、当たり前の話なのだけれど。


 レベル1の勇者がレベル100の魔王に勝てるはずないのだけれど。


 今すぐ首をかっ切りたいほどの悔しさが、夢人の胸の奥から激情を湧き上がらせる。


 こんな感覚は初めてだった。


脳波制御(プレッシャーオーダー)》とかいう『原典(スキルホルダー)』のおかげで、常に冷静でいた。


 そんな『原典』が機能していて尚、目の前の恐怖に耐えられなかった。


 忍の里の仲間達が傷つき、倒れていくのに――手を差し伸べることさえできず。


 涙があふれる。拭っても拭っても溢れ出る。


 佑真と波瑠にみっともない姿を晒したくないのに。


 やるせない感情が爆発し続ける。


「何なんだよ!! なんで佑真さんも波瑠さんもあんな怪物に立ち向かえるんだよ!? 勝てるワケないじゃんか! そもそも地力が違う! 経験が違う! 年齢だって違う! ぼくなんかに敵いっこないのに――――それでも」


 自分が負けたことは、本当はどうでもいい。


「勝ちたかった…………勝って、佑真さんや波瑠さんに胸張って報告したかった…………ッ!!」


 一瞬でも――『もし自分があの場面で百点満点の成果を出せていたら?』なんて妄想をしたせいで、理想と現実の乖離がドッと夢人に襲いかかった。


 大好きな人達が傷ついていくのに、守れない己の無力が。


 先を行く佑真との距離があまりにも遠い、その純然たる事実が。


 戦う資格さえ得られなかった自分の不甲斐なさが、とにかく憎い!


「ぼくは強くなりたい!!」


 そうして少年は、願いを叫んだ。




「大切な人を守るための力が欲しい!! 必要な時に誰かの助けになれるような力が欲しい!! もう、何もできない、こんなにも弱い自分でいたくない!!!」




 ――――いくらだって慰めの言葉は思いつく。


 相手が悪い。まだ十四歳の男の子が、英雄の中の英雄に勝てるわけがない。


 だからそんな後悔しなくていい……なんて反吐が出るような台詞を、佑真は自分の喉元で押し留める。


 今後、もう二度と夢人が金世杰(ジンシージェ)と戦う機会はないだろう。


 そもそも、命の危険が及ぶような戦場に立つ可能性だって低い。


 けれどこの涙を。


 多くの想いを孕んだ決意を踏みにじる行為は、自分にだけは許されない。




 大切な人を守るための力が欲しい。


 誰だって心のどこかに抱いているそんな願いを、少年は今、明確に口にした。




 ならば佑真は、ほんのわずかに先を歩く者として。


 共に行こうと差し伸べた手を、夢人は力強く握り返した。




   ☆ ☆ ☆




『忍の里』で起こった一連の出来事は、伊賀の街で発生した謎の宗教団体によるテロ行為として、(おおやけ)に報じられた。


 それに付随し、英雄・金世杰(ジンシージェ)訃報(ふほう)もまた2132年5月5日中に、全世界へと正式に報道された。




 彼の死を(しの)ぶ者。


 彼との思い出に浸る者。


 遺体を葬ってやることもできず、憤慨する者。


 国力が弱まることを危惧する者。或いは(よろこ)ぶ者。


 受け止め方は様々だったが――――彼の想いは、確かに継承された。




 英雄とは、常に先陣を切り開く勇者である。


 英雄とは、常に皆の期待を背負う戦士である。


 そして英雄とは、常に正しく()ることを求められる。


 故に英雄の魂は傷つき、心は折れる。


 歩んできた過去に疑問を抱き、たった一度の敗北に未来を見失うだろう。




 それでも尚胸を張り続ける者を、人々は真に英雄と呼ぶ。


 どれほど過酷であっても進み続ける者の傷跡を讃え、『正義の味方(ヒーロー)』と呼ぶのである。




 故に前を向け。


 天を見よ。


 そして息を吸い、誰よりも大きく胸を張れ。




 ――――少年は進み続ける。


 かの英雄を乗り越えた先に広がる覇道(みち)を、真っ直ぐに。






【第九章 忍の里の神上編 完】







次回は恒例の自分語り、もとい後書きです。

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