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第一章‐㉒ 蒼い少女は感謝を伝える

(流石です、波瑠。アタシの全力をもろともしない――どころか完膚なきまでに討ち破るその力。まだまだ、アナタには届きませんねぇ……)


 キャリバンは《風力操作(エアロキネシス)》を用い、波瑠との真っ向の激突で吹き飛ばされた自分、そして【ウラヌス】の先輩にあたるオベロンとアリエルの体を風で掴み、荒廃した高速道路へと降ろしていた。


「やれやれ、波瑠お嬢様も容赦がないな。二〇〇キロで走っているのだから、少しは加減をしてほしいものだ」

「ですがこれで今度こそ、お嬢様の波動を『零』にできたでしょう。超能力使用は不可能となったはずです」


 アリエルはオベロンの呟きを拾うと、視線をキャリバンへ運んだ。


「……キャリバンはもう精神的に限界でしょう。わたしが行きます。あの少年に聞きたいこともありますしね」

「なっ、なんでですか!? アタシはまだ行けますよぉ」

「無理ですよキャリバン。あなたはすでにお嬢様への感情をぶちまけてしまった。……友達であるあなたが、ここまでよく耐えましたよ」


 ぽんぽんと金髪をアリエルに撫でられ、キャリバンは不承不承といった感じでありながら、コクンと子供のように頷いた。


「とりあえずは、ステファノと連絡を取るか」


 そして【ウラヌス】の三人は月夜の下に、各々移動を開始する。




   【第四節 蒼い少女は過去を伝える ‐史上最悪の英雄譚‐】





「はぁ……はぁ……げほっごほっ…………死ぬかと、思った……」


 街灯も何もない、満月手前の月明かりのみが頼りの真っ暗な海岸。

 日本であることは間違いないだろうが、いささか自然に溢れすぎているそこ。

 半ば波に流されつつ、佑真は砂浜に這いあがった。


 へばりつく夜空の髪を押しのけて確認すると、先ほど大爆発を起こし災害後のごとく崩壊した高速道路が彼方に見えた。ヤード単位で吹き飛ばされたようだ。五体満足無事である今が恐ろしい。……痛みは勘定に入れていない。


「お、泳いだの、久しぶりだよ……」


 隣には蒼髪どころか全身海水でずぶ濡れの波瑠もいる。泳いだ、というがほとんど佑真が引っ張ってきたようなものだ。

 佑真と視線が合い、かすかに微笑んだ瞬間だった。


「ッ!? う……ごほっ、けほっけほっ……!」

「お、おい波瑠っ!?」


 喀血する波瑠。

 佑真のパーカーにかかったが、そんなことはどうでもいい。


「大丈夫、じゃないよな……どうしたんだ!?」

「ごめん……たぶん、波動を使いすぎちゃったの、かな……」

「…………波動の使いすぎ?」


 寝転がっていた上半身を起こし――少女の顔を見るなり、佑真は顔をゆがめた。

 波瑠の頬は真っ赤に染まっていた。呼吸が浅く肩が上下している。声が小さい上に震えていて、自力で体を起こすことすらできないようだ。まるでそれは病人のよう……。

 と、そこまで考えて佑真は気づく。


「お前……『波動量が戻ってる』ってあの言葉、嘘……だったのか!?」


 ん、と首を少しだけ縦に動かす波瑠。


 ――『波動が空になる』と『生命力が尽きる』は等式で結ばれる。

 波動量が限界寸前だった波瑠は、限りなく死に近い状態で強引に超能力を行使した。

 その結果、生命力は底を尽きるギリギリまで削り取られ、身体機能が大幅に低下し、病弱したかのような症状に襲われているようだ。


「っ……ふざっけんな! 自分を死の危険に晒してまで何やってんだよ!? なんで嘘ついてまで超能力使ってんだ! 自己犠牲すんなっつったばっかだろうが!」

「……うん……わかってるよ……私が、どうしようもないあほだってことは……」


 けどね、と言葉を紡ぐ波瑠。


「ああしなきゃ、私も……佑真……くんも、二人とも…………が、死んじゃってたかも、しれないんだよ……?」

「そんな無茶するくらいならオレを見捨てろよ! お前ひとりが逃げ延びるくらいできただろ……お前が死んじまったら、何もかもが……」

「そう、だね……私が死んじゃったら、《神上の光(ゴッドブレス)》で生き返ることもできないしね……」

「っ、冗談言ってんじゃねえ! ふざけんなよ、死んだら全部終わっちまうんだぞ! お前が必死に逃げ続けた五年間の全部が!」

「……本当はね、佑真くん」


 波瑠の手がゆっくりと持ち上がり、佑真の頬に触れた。

 氷のように……あるいは死人のように冷たい手が。


「私の、物語はね……今日の夕方に、終わっちゃうはず……だったんだよ?」


 今日の夕方――――佑真と波瑠が出会ったあの時に。


「オベロンのエアカーに追われていた、途中でね……突然、超能力が切れちゃったんだ。

 ぷつりって。ビルとビルの間を飛び越えようと宙に身を投げ出した、まさにその時に……だから『私はこんなところで死んじゃうんだ』って……諦めて。

 そうしたら、佑真くんが受け止めてくれた」


 一言一言が、ゆっくりと紡がれる。

 完全に体を起こした佑真は、海水に浸からないように、波瑠の体を抱き上げた。


「本当だったらね……あの時に死んで、私の物語は終わるはずだったの。だけど……佑真くんが救ってくれた。……その後も、佑真くんは優しいから…………私のために、何回も何回も無茶して、頑張ってくれたよね。だからその恩返し……」

「……たったそれだけの理由で、自分が死ぬリスクを背負ってまで、超能力を使ったのか……なんでだよ。オレは『零能力者』だぞ? その辺の石ころ程度の価値しかないのに。なんでオレなんかを助けるために」

「『オレなんか』なんて言わないで……佑真くん。私に言ったことだよ?」


 佑真の肩に寄りかかっている波瑠の顔は、たったの十センチも離れていない。

 その距離で、波瑠と視線が重なり合った。


「…………女の子からすればね……最後まで諦めずに、何度も何度も、自分のために立ち上がってくれる男の子の背中ってね……とっても、とっても格好よく映るんだよ。だから私は、そんな男の子と、一緒にいたいなって思ったの…………それじゃ、ダメかな……?」


 心が、ぎゅっと締め付けられる。


「私が今、ここで、こうして生きているのは……佑真くんのおかげなの。佑真くんが、助けてくれなかったら……もっと早くに、私の物語は終わっていた。だから」


 すぅ、と波瑠が少しだけ深く息を吸う。




「ありがとう、佑真くん」




 しどろもどろで、一言一言を紡ぐことすら辛そうだったのに。

 その台詞だけはスムーズに、はっきりと言われた。

 それも、弱弱しい癖にとても暖かい微笑みで。


「…………佑真、くん?」


 佑真は、そんな波瑠を抱きしめていた。

 こみ上げる愛しさが、失いたくないという切なさが、波瑠を抱く力を勝手に強める。


「……波瑠、お前はとんでもないバカだ。世界一のバカだ」

「ん……」

「こっちこそ、ありがとう。こんなになるまで頑張って、あいつらの攻撃からオレを護ってくれて。オレのために頑張ってくれてありがとう」

「えへへ……これで、おあいこだ」


 波瑠が緩く微笑み――佑真はしばらくの間、その小さな体を抱きしめ続けた。

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