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●第百九十七話 Oath 01



 佑真が目を覚ます頃には全身の傷も癒えていたが、波瑠には何と二時間もの間ずっと《神上の光(ゴッドブレス)》を使わせてしまったらしい。しかも、気づかぬ間に膝枕になっている。


 後頭部に太ももの柔らかさを感じながら謝罪すると、「これくらい気にしないで」と微笑まれた。佑真が触れるのを躊躇っていた分、寝ている隙に好き放題されてしまったようだ。


 ……まあ、波瑠も波瑠で心労が少なくない。まだ触れられるのには抵抗があるが、彼女の状態こそが最優先だ。




 しばらくして夕食をごちそうになり、旅館の温泉を借りてようやく汗を流し――佑真は丸二日入浴していなかったのだと今更のように気づいた――また部屋に戻っていた。


 気づけば、夜になっていた。


 先に戻っていた波瑠はベランダで涼んでいた。長い蒼髪が風に揺れる。いつの間にか夜空に昇った月が、白い肌を照らしている。透き通る瞳が遠くを見つめている。


「……、」


 いつもの笑顔満開の波瑠も可愛いけれど、静かな表情の彼女はすごく絵になる。


 この女の子をどうしようもなく好きなんだと、再認識させられる。


 ……今の自分が手を握る資格さえないと分かっていても、強烈に。


 しばらく見惚れていると、佑真に気づいた波瑠が『来て来て』と手招きした。


「佑真くん。私の携帯端末が変わりました」


「失くしたって言ってたな」


「今度のはSETと一緒になってるんだ。リストバンド型だから落とす心配はないって」


 そう言って手首を見せびらかす波瑠。白く細い腕に巻かれた黒のリストバンドは、浴衣姿の今の格好だと少し浮いてみえた。


「それと美里さんから『携帯端末とSETは二つずつ身に着けるように!』って怒られちゃったよ」


「ん? オレもか?」


「佑真くんの場合は携帯端末だけだね。イヤリングとか指輪とかチョーカーとか、そういう簡易的な連絡機能だけを備えたものでもいいからーって」


 予備のSETは太ももにバンドを巻くつもりらしい。説明する時に浴衣の裾がはだけて、結構な面積の肌色が露出していた。


「イヤリングか指輪か……」


 何気なく左手薬指に目線が向く。


 佑真も波瑠も、シンプルな銀色の指輪をすでにつけている。婚約指輪ではなく、緊急時に居場所を特定の人物へ一方的に伝えるための物だ。


「……そういえばさっき、師匠と桜からメッセージがあったよ。波瑠にも行ってるんじゃないか?」


 波瑠が手首の端末をポチポチいじると、メッセージと着信履歴が大量に表示された。そもそも富士の樹海で端末を失くし、その後も風邪で寝込んだり佑真を治していたりと、携帯端末を放置しっぱなしだったのだ。


 その最新の一件は、桜からだった。


「…………えっ?『伊賀へ向かいます。詳細な場所を教えてください』って桜から……」


 困惑した表情の波瑠。


「オレもびっくりしたよ。桜、なぜか師匠と一緒に伊賀に向かってるらしいぜ」


「で、でもなんで……?」


「たぶんその五個前くらいのメッセージに書いてあるけど、雄助からオレ達の事情を聴いて、居ても立ってもいられなくなったんだって。それで師匠と相談して、とりあえず直接会って話を聞きたいんだと」


「……桜」


 波瑠の目線が沈む。


「……桜にだけは、心配かけたくなかったんだけどな」


 彼女の手が、ベランダの柵を握りしめる。


 瞳は悲痛に揺れていた。波瑠にとって桜は最愛の家族だ。一度生き別れているからこそ、ふたたび出会えた今、同じ家族でも真希や楓とは別格の存在として心の大部分を()めている。そんなの傍から見ていればすぐに分かる。


 妹に心配をかけるなんて、お姉ちゃん失格だね。


 そんな言葉が出て来そうな表情の彼女を、今、佑真は抱きしめることもできない。


 彼女にこんな顔をさせているのは、佑真の無力が原因だ。


 自分にもっと力があれば。一も九も救う力があればそもそも、こんな事態に至らなかった。


 一体どんな面をして彼女の前に立っているのか。


 彼女を笑顔にするために戦ってきたけれど、いい加減、並べる御託(ごたく)は出尽くしたんじゃないか。


「…………ごめんな、波瑠」


 ぽつりと、呟くように告げる佑真。


「な、なんで佑真くんが謝るの?」


「いや、だって……桜に心配かけてんのはオレのせいだろ」


「佑真くんのせいじゃないよ。私のせいだよ」


「お前は悪くねぇよ。お前を地獄の底から救い出すって約束してもう十ヶ月も経ってんのに、未だにそんな顔させててさ……もう傍にいる資格だって」


「っ、佑真くん!」


 彼女にしては珍しい鋭い声に、佑真はハッとさせられる。


「……あ、と、ええと……」


 今、越えてはいけない一線を越えそうになっていた気がする。


 例えばそう――彼女に別れを告げるような。


 波瑠自身も、口から出た言葉に困惑している様子だった。


「……ご、ごめんね。今のはズルい……じゃなくて、えっと、違うの」


 あたふたした波瑠の両手は、浴衣の裾を握りしめた。


「今、私が佑真くんに背負わせたものが佑真くんを苦しめているんだよね」


 くしゃりとしわが寄る。


「背負わせた、もの……?」


「一も九も助ける『正義の味方(ヒーロー)』になる。私の、誰も死なずにみんな笑顔になれる世界っていう夢物語が、佑真くんの首を絞めているんだよ」


 違う。波瑠は悪くない。


 そう言いたかった。けれど――言い切る自信がなかった。


 集結(アグリゲイト)長門(ながと)(うれい)と戦う中で、自然とそう思うようになったけれど。


 確かに始まりは波瑠と出会い、彼女を地獄の底から救い出すと約束した瞬間だ。


 彼女が笑顔になれる世界を守りたかった。


 そのためには、守るべきものがあまりにも多かった。


「本当はさ、佑真くんは今、めちゃくちゃ褒められているはずなんだよ。悪の組織の研究施設からたくさんの人を助け出して、一人の悪人を倒して、しかも敵の研究資料まで奪っちゃってさ。『正義の味方(ヒーロー)』だって褒められなきゃおかしいんだよ」


 気づけば、少女の蒼い瞳は涙で揺れていた。


 今にも溢れそうな雫を、月明かりが照らしている。


「なのに私が傍にいるだけで、佑真くんは苦しまなきゃいけない。夢人くんも美里さんも、私でさえも殺すべきだと思った極悪人を本当に殺して、それを『殺してしまった』と後悔して苦しんでいる。私が完璧すぎる願いを、佑真くん一人に押し付けてしまったせいで!」


「……」


「私のせいで苦しんでいるのに……分かってるのに……ずっとずっと無茶させてきたって分かってるのに、私は佑真くんと別れたくない」


 頬を伝う涙を、拭うべき少年はただ茫然と立っていた。


 たった一度の失敗が取り返しのつかないものだったと、今一度認識させられて。


「一緒にいたいよ。手を繋ぎたい。抱きしめてほしい。デートだってしたい。だけど私は普通の女の子じゃなかったから――――だからね、佑真くん」


 波瑠は自分の袖で涙を拭うと、佑真の瞳を真っ直ぐに見すえて、告げた。


 


「もし私の傍にいるのが辛いなら、ここでお別れにしよう」




 久しぶりに見る彼女の『作り笑顔』の意味が、すぐには理解できなかった。


 頭の中が混乱しすぎている。まず何を言えばいいのか。何と声を掛ければ彼女を繋ぎ止めていられるのか。彼女の正論を崩すことができるのか。


 うだうだ考えている時点できっと、自分らしい言葉は出てこない。


 抱きしめればすべて解決する。唇を奪うんでも、手を繋ぐんでもきっと充分だ。とにかく離れたくない意志を示さないと、本当にこの女の子はいなくなる。


 波瑠は、誰よりも他人想いな優しい女の子だから。


 そんな彼女が見せたエゴに応えてやらないと、これまで隣にい続けた意味が。


 ひとりぼっちにしない、という約束が。


 これまで積み重ねてきた日々の全てが、失われてしまう。


 だけど。


 なのに。


 それでも、たった三十センチも詰めることができなくて。




 そして――――ぱちん、と。


 三秒間が経過して、一つの異能が『零』に還された。




   ☆ ☆ ☆




 佑真が解除した異能の力は、姿を(、、)消すもの(、、、、)だった。


 即ち。


 人の気配を悟って佑真が旅館の屋根に目を運ぶ頃には、異能を消された能力者が大きく跳躍していた。


 バレた以上隠すつもりはない、と言わんばかりに一直線に、佑真達の下へと飛び込んでくる!


「ッ!? 波瑠、逃げ――」


 咄嗟に波瑠を押し倒そうとした佑真の視界に、幻像が立ちはだかる。




 ――――人殺しのくせに、他人を助けようとするのか?




 白衣を纏った青年の悪魔のような笑みが、伸ばしかけた右手を止める。


(クソッタレ、こんな時にまでッ!)


「間に合えええッ!!」


 すると隣のベランダから飛び出した夢人が、中空で謎の能力者と激突した。


 ドス、と重い肉弾の音が響く。


 夢人と能力者は互いに弾かれ、能力者はそのまま屋根の上に、夢人は佑真達の傍に着地した。


「助かった夢人」


「いいってことです! それより何事ですか!? なんかシリアスな話の真っ最中じゃなかったんですか!?」


 不用意な発言で波瑠が「ゆ、夢人くん聞いてたの!?」と動揺しているが、佑真と夢人は屋根の上を睨み付けたままだ。


 屋根の上には複数の人影が見える。先ほど夢人と交差したのはスーツ姿の男性だ。


「オレ達もよく分かっていない。ただ連中は〝姿を消す能力〟を《零能力》に消されている」


「おそらく侵入者なんでしょうけど、里の警報システムが機能してないのか……!?」


 そう言いながら、夢人は佑真と波瑠に部屋に入るよう指示を出した。屋根の上にいる敵にとっては死角だが……。


「夢人お前、」


「大丈夫です。時期に服部先輩達も駆けつけるでしょうから、その時間稼ぎをするだけですよ!」


 佑真達が止める前に、夢人はベランダの柵を蹴ると屋上へ跳んでいった。


「とりあえず外に出て状況把握だ! 建物ん中にいると危険かもしれない!」


「う、うん。でも」


「話の続きは後でちゃんとするから、行くぞ!」


 そう言うと、佑真は一応警戒しながら廊下へ駆けていく。


 後に続く波瑠は、SETを起動させながら佑真の背中を見つめていた。


(話なんてどうでもいいの。私を庇う時の不自然な挙動。普段なら私の手を引いて走るだろうに、目の前の状況に対応するので精一杯になっていること! 今の佑真くんを戦わせたらまずいかもしれない……!!)




   ☆ ☆ ☆




 屋根の上に夢人が飛び出す頃には、カラカラカラカラ、と木の打つ音が響き始めた。忍の里に設置された侵入者に対する警報システムだ。


 忍の里は『忍者』という職業柄、多数の情報を収集する上に多数の組織と関係を持つ。時には同時に敵対する二組織から依頼を受けることもある。


 そういった際に『忍者』が被害を受けないよう、また情報が漏洩しないよう、里への不法侵入に対しては警報が作動するのだ。


 夢人の眼前に、敵は三人。




「うわ、何ですかこの音。あたし達が侵入したのバレた音?」


 一人はそう顔をしかめる少女だった。波瑠と年齢はそう変わらないだろうが、衣装は気味の悪いことに、白い死に装束を(まと)っている。




「であるな。《零能力》によって俺の〝遁術(とんじゅつ)〟が乱れ、俺達の気配を捕捉されてしまったらしい」


 一人は黒いスーツを纏った男性だ。夢人が一撃を交わした男。徒手空拳でありながら鉄の拳のように重い一撃は、一九〇センチを超えるだろう体躯から放たれた。




「一見ただの街なのに、厄介だねぇ『NINJA』は」


 そして一人は同性の夢人から見ても格好いい顔立ちの青年だった。しかし片目を眼帯で覆い、この暑い中、革のコートを着込んでいる。右手には彼の身長ほどの長さの槍を持っていた。




 ――――が、夢人は更にその後方に控える者を見て、言葉を失っていた。


「おい夢人、何事……だ?」


「な、なんであの男がここにいる……ッ!?」


 続々と到着した服部修次や百地虎徹も、もっぱら目線は『彼』に奪われていた。


 そんな忍者たちのリアクションを受けて、槍を持つ青年がニヤリと得意げに口角を上げる。


「ハハハッ、やっぱり驚くよねぇ!」


 青年は槍を天へと掲げながら、最もおぞましい宣告を放った。




 そう、謎の侵入者三人の背後に、あの男が立っていたのだ。


 敗北知らずの最強の『軍神』。


 第三次世界大戦を終わらせた『英雄』。


 黄金と白虎を自由自在に操り、一人で戦争に完勝する『世界級能力者』。


「本来であれば【ウラヌス】に敗北を喫し、大監獄島『黄泉比良坂(よもつひらさか)』にいるはずの男!『軍神』金世杰(ジンシージェ)が強襲を仕掛けてきたとなれば、冷静さが売りのNINJAも動揺を隠せないよねぇ!!!」




 夢人はすぐさま行動に出た。


 躊躇いこそが命取りだと判断し、暗器術さながらに苦無(くない)を両手に八本取り出す。


 そして、それらを一閃。


 手首のスナップによって繰り出される八の鋼鉄。


 夜空を引き裂き、闇に溶け込む黒い刃の直進は――防がれることなく侵入者たちの脇を通り過ぎ、金世杰(ジンシージェ)の肉体へと突き刺さった。


 黄金の鎧をまとっていない今の彼は無防備だ。


 深く突き刺さる苦無の刃。刀身の半分まで食い込んだ傷口から血がトシャッとあふれ出すが……金世杰は無反応だった。


 その証明に、面を上げた金世杰の瞳は虚ろを映していた。


 芦ノ湖で見せた戦意も、強者の風格も存在しない。目を開けて眠っているような金世杰は腹部に刺さった苦無をつかみ、乱雑に引き抜いた。


 傷口から更に血があふれ出すが、彼の英雄は気にした様子もない。


 強者の余裕、ではない。


 苦悶(くもん)(こら)えている、わけでもない。


 唯々『突き刺さった』という事実を認識する機能を失っているのだと、夢人たちは直感で理解した。理解すると同時に全身に鳥肌が立った。


 それは生者の挙動ではない。人間らしさが微塵も感じられない!


「お前達、金世杰(ジンシージェ)に何をした!?」


「その問いに答えると思う?」


「捕らえて聞き出すまでだ!」


「させないよ。行け、『軍神』。その力を眼下に示せ!!」


 青年が槍を一振りした。


 その瞬間、金世杰の後方から大量の黄金がせり上がり――津波の如き勢いで旅館を押し潰していった。




   ☆ ☆ ☆





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