●第百九十四話 PSI 01
本物語の考察回です。非常にややこしい内容で申し訳ございません……!
|里長《さとおさ》の家に戻ってきた佑真と夢人は、玄関先で波瑠とばったり遭遇した。
「あれ、波瑠さんだ」
「動いて大丈夫なのか?」
「うん、二時間くらい寝たら元気なったよ」
「流石は人生で風邪ひいたことないウーマンですね、驚異的な回復力……!」
「無理だけはすんなよー?」
男二人が靴を脱いでいる間に、先んじて番犬ランタロウがスルスルと上がって『さっき倒れた時は心配したぜ、全くよい!』と波瑠にじゃれついていた。
「二人もちょうどよかった。さっき里長様がお家に戻られてね、大事な話があるから二人にも同席してほしいって」
☆ ☆ ☆
忍の里、伊賀。
現代の忍家業は、探偵のそれに近い。
依頼主から内容を聞き、それを任務という形で里の忍に託し、忍者がそれを遂行する。
里が成功の報酬を受け取り、忍者はその一部を給料としていただく。
「無論、二〇〇〇年代以後は我々の仕事も減少していたのじゃがな。第三次世界大戦によって我ら忍者の持つ特殊技能への需要が急増し、現代までしぶとく残り続けたのじゃ」
そう告げたのは、白髪で髭を長く蓄えた老人だ。
里長様――藤林大士は座椅子に腰掛けていた。傍には服部修次、百地虎徹、藤林東といった忍者達が正座しており、その向かいに客人は通された。
大人だらけの空間に放り込まれた佑真と波瑠は、居心地の悪さを否定できない。
「(こういう状況、何度経験しても慣れねぇな……)」
「(美里さんがいるだけありがたいけど、ちょっとね)」
「お主が天堂佑真じゃな。我が里の忍の命を救ってもらったと聞いている」
ヒソヒソ話していた佑真と波瑠だったが、里長様が口を開くなりピシッと背筋を伸ばした。別に堅苦しい話じゃないのだろうが、つい緊張してしまう。
「……ええと、たまたま毒を消す力があっただけなんすけど」
「小奴らが救われた結果は変わらん。里を代表して、心より感謝を申し上げる」
「…………」
普段の佑真ならヘラヘラ笑いながら「いえいえ」とかテキトーに笑っていただろうが、今の佑真は顔をゆがめているだけだ。里長様はそれでいろいろ察したらしい。
「……さて。その礼ではないが、お主らに知るべきことを知らせておこうと思ってな」
スッと襖を開けて入室した女性が、佑真達の前にお茶を置いてくれる。
緊張を洗い流すためにお茶を口に含むが、熱くて舌を火傷しそうになった。
「先の戦いで、お主らにはいくつか疑問があったはずじゃ。何故夢人が富士の樹海に居合わせたのか。何故『伊賀の忍の里』が【月夜】の本拠地を捜査していたのか。そして、一度は【ウラヌス】によって保護されていた黒羽美里さんが【月夜】に利用されていたのは何故か」
「……」
美里が意味深に口元に手を添えていた。
彼女の過ごしてきた経緯は、波瑠が知っていたはずの経緯とはまったく違ったという。
五年前、鉄先恒貴から桜を守るために戦った美里は、行方不明になっていた。
美里はその五年後――【神山システム】をめぐる『オリハルコン事件』で特殊なパワードスーツに乗せられ、【月夜】側の戦力として火道寛政達の前に立ちはだかったのだ。
寛政達に完敗した美里は【ウラヌス】に保護された、はずだった。
しかし富士の樹海で、彼女は『銀燐機竜』の操縦者として再び【月夜】に利用されていた。
「いつの間にか、わたしの身柄は【ウラヌス】から【月夜】へ移動させられていた。これは明らかにおかしいです」
そう告げるのは美里自身だ。
「まるで【ウラヌス】と【月夜】の間に繋がりがあると言わんばかりなのですが――この繋がりを、わたしより先んじて疑問視している人物がいました」
一拍置いて、美里はその人物の名を口にした。
「『伊賀の忍』に【月夜】の調査を依頼したのは、波瑠様のお母様――天皇真希様です」
「「ええええええええええ!?」」
佑真と波瑠はやむなく、素っ頓狂な声を上げる羽目になった。
☆ ☆ ☆
そもそもの話だ。
「【月夜】は太陽七家・天皇家の始祖である天皇劫一籠の組織であり、一方で【ウラヌス】は太陽七家・天皇家の権力下にある。もし繋がりがあると仮定すれば、鍵となるのが【天皇家】であることは間違いありません」
「じゃあ、ええと、実は【ウラヌス】は国防軍じゃなくて、悪の組織のカムフラージュだったってことか……!?」
「佑真くん、それは違うんじゃない? わざわざお母さんが調査を依頼するんだから……【天皇家】もきっと一枚岩じゃないんだよ。例えばお母さんは【ウラヌス】側にいて、天皇劫一籠や他の誰かが【月夜】側にいる。だからお母さんは【月夜】側の実態を知る為に、外部組織にスパイを依頼した――とか」
「「「……………………」」」
「みょ、妙な沈黙と視線が……正解でした?」
「はっはっは、ご名答じゃな。流石は真希殿の娘じゃ、聡いのう」
高笑いの里長様は、真希のことを知っている口振りだ。
「天皇真希殿は【天皇家】の中でも特殊な立場にある。メサイア・コンプレックス――常に人を助け続ける病では悪事を働くことはおろか、まともに生活できんからな。特に彼女は昨年までずっと国外におったじゃろう?」
佑真が『国外にいたの?』と波瑠に目で問いかけると、波瑠はコクリと頷いた。
「お母さんは去年まで、基本的には海外に遠征してたの。もちろん【ウラヌス】でのお仕事なんだけど――ひょっとして国内の事情から目を逸らさせるため?」
「だと予想されます。真希様はどう捻じ曲げても『善』の側になってしまう病気ですから、超能力や《神上》を生み出した【天皇家】からは厄介な存在だったのでしょう。かといって真希様の力を失えば、国防がまず怪しくなってしまう。
そこで海外に真希様を遠ざけていましたが――波瑠様と桜様が誰かの手によって救われ、そして楓様もいた真希様は帰国を決意したのです」
「お母さんになるために、ですね。えへへ」
実際は残念なことに、新潟近辺での中華帝国とのイザコザをはじめ国内も落ち着かない。真希が母親を全うできる環境は整わないが、真希の活動地点は日本に移った。
「国内に目を向ける機会が生まれたことで、真希殿は【天皇家】の『悪』の側を正確に認識し始めたのじゃ」
「正確に?」
里長様の言い回しが引っかかった佑真が首を傾げると、隣の波瑠が苦笑いした。
「そりゃまあ実の娘が《神上》所有者になる『計画』を容認しているワケですから」
「うわ、波瑠さんがそれ言っちゃうんですか!?」
「私以外には言えないでしょ、むしろ」
夢人の茶々にも苦笑いの波瑠。
「お母さんの『正義』ってね、すごく歪んでいるの。『家族』と『見知らぬ他人』が天秤にかけられた時、お母さんが最終的に選ぶのは『見知らぬ他人』。だから死者を生き返らせる奇跡が誕生することを肯定したんだよ」
「娘がどうなるか分かっていても、そこに生まれる奇跡の優先度が高いからか……」
「でもお母さんは私と桜にちゃんと『辛い思いをさせてごめん』って謝ってくれたから……そっか、あの時にもう、お母さんは変わっていたんですね!」
「うむ。真希殿は天皇劫一籠が《神上の光》や【神山システム】、そして《集結》を用いた『計画』のためになりふり構わず民を傷つけていた実態を知り、一人動き始めた。しかし【ウラヌス】内部で大きく動くことを忌避し、我ら『伊賀の忍』を訪ねてきたのじゃ。
天皇家と【月夜】と【ウラヌス】の関係性、および【月夜】が成し遂げようとしている悪事の実態を探ってほしいとな。
――――とはいえ、もはや関係性を疑う余地はないじゃろう」
里長様の言葉に、その場の全員が賛同の意を示した。
美里は確実に【ウラヌス】から【月夜】へ横流しにされている。
波瑠や真希の知らないところで、天皇家の悪意は確かに存在していた。
「……【ウラヌス】と【月夜】を繋げている『内通者』って誰なんすかね?」
「まだ調査中じゃ。富士の研究施設からめぼしい情報は見つからんかったし、根気よく探るしかあるまい」
「天皇家と言われてパッと思いつくのは天皇涼介様か夕日様ですが……」
「伯父さんも伯母さんも底知れない感じがするからなぁ……っていうか【ウラヌス】には二万人くらい兵隊さんいるし、末端まで考慮すると誰がどう関わっているのやら」
「そういえば、波瑠さんのお父さんって何をしてらっしゃるんですか?」
夢人がそう尋ねると、場の空気がピシッと凍り付いた。
「あれ、言われてみればオレも知らないぞ」
同調する佑真。二人が波瑠に目を向けると、波瑠は俯きながらボソッと呟いた。
「…………げ、」
「「げ?」」
月面調査隊の隊長です。
超能力とか《神上》とかと無縁な場所で生きている、ごく普通の一般人です。
――――一般人ではないだろう、とつっこみたい佑真達だったが波瑠の瞳が『それ以上問うな』と強く主張しているので、言及するのはやめておいた。
☆ ☆ ☆
所変わって長崎県。
十四歳ながら【ウラヌス】第『〇』番大隊の一員として働く軍人、日向雄助という少年は太陽の照り付ける港にやって来ていた。
残念ながら観光ではなく公務。軍艦がそこかしこに泊まっている佐世保鎮守府である。
雄助はなんでも運転できるスキルを買われて来客を迎えに行くことになり、鎮守府から最寄りの駅を目指して車で移動中だ。
移動中、なのだが。
(…………勢いで桜と火道先輩に佑真くん達のこと教えちゃったけど、まずかったかなぁ……まずかったよなぁ……『〇』番大隊全員に伝えられたとはいえあの二人は民間人だしなぁ……)
ドライバー、雄助は落ち込んでいた。
軍の機密事項を衝動的に横流しするという、とんでもないことをやらかしているせいだ。
とはいえ『天堂佑真が鉄先恒貴を殺害』などという情報、桜に隠しておけない。兄と慕う佑真が不安定になっているだろう現状を知るべきなのは、どう考えても雄助や他の兵士より桜なのだ。
(……ま、バレても真希隊長なら許してくれるはず。何故なら隊長は娘に超甘いから!)
その真希が『桜に下手な不安をかけたくない』と気を配って情報統制したことを、雄助は知らない。
ところで。
自動運転が99パーセントを占める現代であっても、運転免許は存在する。ドライブは趣味の一つとして存在しているし、災害や機材トラブルなど万一の際に手動運転を迫られる可能性があるため、保険として免許を取得する者は少なくない。
そんな運転免許を取得するには、筆記試験を乗り越える必要がある。
問題。
気分が優れない時や悩み事がある時は、運転をできるだけ控えること。〇か×か!?
(とにかく横流しがバレた時には、桜に頼み込んで言い訳かデータの隠蔽工作を――――おおォッ!?)
「んがっ!?」
半ば放心状態で車を走らせていた雄助は、突然の急ブレーキにガクゥン!! と上体を揺さぶられた。幸いシートベルトをしていたため体が投げ出されることはなかったが、ハンドルに鼻頭をゴチンと打ちつける。
「痛た……って、クソ、まずい!」
急ブレーキは勿論雄助がやったのではなく、車に搭載されている交通事故防止機能だ。そんなものが作動したということは――! と焦り、慌てて車外に出ようとする雄助だったが。
「あらあら、危険運転をしているからとっちめようと思えば、思いがけず可愛いドライバーじゃない? アタシとアドレス交換しない?」
「具先輩発情しないでください。っつか暑いのは認めますけど胸元しか隠れないキャミソール&ブルマーを想起させる超ホットパンツって露出狂っすか先輩」
「フフフフフ。ぶつからなかったからギリギリ許しますけど、わたしの冬乃ちゃんに傷一つでもつけていたらどうなっていたか分かりますか分かりますよね分かって下さいね……ッ!」
「ぴぴぴ。《神上》っぽい雰囲気を確認。奇遇ね、ふゆのも所有者よ」
何やら、ヤバそうな女子中高生四人組に車を囲まれていた。
一人は胸元しか隠れないキャミソール&ブルマーを想起させる超ホットパンツのエロいお姉さん。一人は野球帽につなぎのファッションダサダサ気だるげツッコミ女子。一人は車のサイドミラーをバキバキッとへし折った闇落ち寸前お姉さん。一人は金糸のように美しい髪を持ち上げおでこの魔法陣を見せつける不思議お姉さん。
誰も彼女もが波瑠に劣らぬ美人なお姉さんだが、四人が四人違う行動を取り始めて対応しあぐねる。
とりあえずカーナビのモニターを見て、日向雄助は驚愕した。
(この四人が、俺が迎えに行く予定だった【FRIEND】の四人だとッ!? この人たちをこの気まずい状況の中、この車に乗せて佐世保鎮守府まで行かなきゃいけない、だとォ!?)
事態は不必要に混迷を極めていくが、どうでもいい情報を一つ挙げておこう。
日向雄助の好きなタイプは、美人のお姉さん(優しいと尚良し)である!!
☆ ☆ ☆
「ところで里長様――『伊賀の忍』とお母さんはどう知り合ったんですか?」
「第三次世界大戦の間、我が里の一部の忍が義勇軍【ウラヌス】に雇われておったのじゃ。真希殿はその時のツテを辿ってきたのじゃよ」
「流石は真希さん、顔が広い」
ちょっとだけ休憩を挟んで、里長様との話は再開した。
「さて。我々は真希殿より依頼を受けて【月夜】の調査を行っていた。富士の樹海に奴らの研究施設があることを突き止めた。――そして今日。奴らが超能力や《神上》を使い、何を為そうとしているのか。その情報の一端を手に入れることに成功した」
「本来なら俺達が取ってくるべきモンだったんだがな……」
「最終的には多くの情報が手に入ったのじゃから、善きとしようではないか」
同席していた服部修次がぼやくも、里長様は寛大に受け止めていた。
「そもそもお主らは【月夜】が何をなそうとしている組織か、どの程度把握しているのか?」
「……十二種類の《神上》を利用して、悪いことをしようとしている?」
「……集結とか桜とか、特別な超能力者を利用して悪いことをしようとしている?」
「お二人とも、そんなにフワフワしていたのですね……」
波瑠と佑真のご回答に、大人組はちょっと呆れ顔だった。
「では質問を変えよう。【月夜】の最終目標は?」
「……『新世界創造』で、いいんすかね?」
そう答えた佑真はしかめっ面だった。
「合っておるぞ。何か引っかかることでもあるのか?」
「いや、その……『世界を創りかえる』ってぶっちゃけ荒唐無稽じゃないっすか。オレは実際に現場に立ち会って、『新世界創造』を本当に成し遂げられそうな《神上の力》と戦ってきたから、疑えないんすけど」
「気持ちは分からんでもないがのう。しかし研究施設から見つけ出した情報に、確かな文字として『世界を創りかえる』という連中の最終目標が確認された。服部、見せてやれ」
「よいのですか?」
「彼らは当事者じゃ。最も知る権利を有しておる」
服部が佑真にタブレットを渡す。波瑠と美里も覗き込んできた画面には、長々と文書が表示されていた。
『第一計画』
十二人の選ばれし子供達に《神上》の魔法陣を焼きつけ、子供達を上位存在へ進化。神の御業の再現と模倣によって、世界を創りかえる。
『第二計画』
電子の申し子たる天皇桜を【神山システム】と接続させ、過去と未来の全てを見渡す〝天の書板〟を科学的に再現することで天皇桜を上位存在へ進化。神の言葉を検索し、世界を創りかえる〝術〟を観測する。次段階は現時点では未定。
『第三計画』
超能力《集結》を利用し、一人の人間に大量の生命力を内包させることで を上位存在へ進化。その状態で が手に入れる能力は未知数であるが、人間では成し得ない〝術〟を発動させる可能性が高い。
『第四計画』――――『第五計画』…………『第六計画』…………と続いていく文書から顔を上げる佑真達。
「天皇劫一籠は、複数の『計画』を同時並行的に進行させることで『新世界創造』への糸口を見出そうとしていたようじゃ。もっとも、そこに記されている『計画』は『第一』を除いてその多くが頓挫しているらしいがのう」
「私達《神上》所有者へアプローチした方が早いから、ですかね?」
「さてな。お主らはそも《神上》とは何であるかを正しく認識すべきである。この科学が限界に至ったといわれる時代で、神話を再現し、一人間を『人工の神様』へ昇華させる《神上》がどれだけ異様な取り組みであるかを。
そして【月夜】が《神上》を生み出すに至った経緯を」
「…………」
実際に存在しているから疑問視してこなかった。
神様の奇跡を再現する、なんて荒唐無稽で途方もない目的を持つに至った理由。
「長く小難しい話になるが、あまり気構えるでない。あくまでこの老人が知恵を働かせた推測にすぎんからの」
☆ ☆ ☆




