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●第百九十三話 Hope (?)


 ――――富士の樹海での戦いがどのような結末を迎えたのかを、波瑠は一言目で察した。


 直前までの光景は、ギリギリ記憶に残っている。


 黎明の翼を使って鉄先恒貴を追い詰め、殺害しようとして。


 だけど波瑠の記憶は、絶命させる直前までしか残っていない。


 佑真が波瑠の代わりに殺していたのだ――鉄先恒貴を。


「人を殺すのってさ、なんか、自分が想像していたよりも遥かに簡単だったんだ」


 彼は結局おにぎりを食べるのを諦め、半端にラッピングを解いた状態で畳に置いた。


 決して波瑠の方には目を向けず、顔は足元に向いていた。


「あの時のことは、正直にいえば、もうよく覚えていないんだけど。

 何故か不思議と、殺す瞬間だけは鮮明に覚えてるんだ」


 そうして。


 十五歳の男の子は、一つ一つの言葉をかみしめるように、話し始めた。




「アイツは最初から最後まで笑っていて、オレは最初から最後まで怒っていて、こんな悪党を生かしておく理由はないとか、今殺さなきゃダメだとか、変な……義務感? みたいなものに押し潰されそうになっていた。

 だって鉄先恒貴は……アイツは無機亜澄華を殺した。多くの人の命を踏みにじるようなことを、何度も何度も繰り返した。アイツのせいで多くの人が泣かされてきた。桜だって、戸井ちゃんだって、美里さんだってそうだ。アイツは悪夢を何度も現実に持ち込んできやがった。


 人間が人間を利用しちゃいけない。人間が人間を踏みにじっちゃいけない。

 あんなヤツ、裁かれて当然だって今でも思うよ。


 でも。

 だけどさ。

 あんなクソ野郎でも、人間でさ。

 オレはアイツを、この手で殺しちまった。

 誰かを助けるために、誰かを殺した。九を救うために一を切り捨てた。


 ああ、そうだよ。これまでずっと否定し続けてきたことを、オレは、自分の手で、自分の意志でやったんだよ。笑えるだろ、本当に。

 ……笑ってくれよ。でないとやりきれないよ。


 確かに、これまでだって何もかもが上手くいっていたワケじゃない。無機亜澄華さんは救えなかった。もう誰一人として犠牲を出したくないって思っても、盟星学園では何も関係ない皆をひどい目に合わせちまったし、その後、長門憂に殺された朝比奈驚や結城文字は、結局オレ達には間に合わなかった。誠や秋奈には何度も迷惑をかけた。桜や寮長には何度も心配をかけた。金世杰との戦いだって、オレがふがいないばっかりに【ウラヌス】の皆が危うく死んでしまうところだった。まだまだ自分が未熟なガキだってのは百も二百も承知だよ。

 だけど。

 だけどさ。

 これまでは、自分の無力さを悔めばそれで終わりだったんだよ。

 もっと力があれば。もっと強くなれば。そう言って後悔を刻み込んで、失敗を単なる過去にしないようにって頑張って、頑張って、頑張ってきた。自分で言うのもなんだけどさ、波瑠と出会ったころと比べればかなり強くなった自覚はあるんだよ。まだまだ騎士団長や金世杰(ジンシージェ)には遠く及ばないけど、いつかあの人達のように『正義の味方(ヒーロー)』になれるんじゃないかって、本格的に兆しが見え始めていた矢先にだ。


 結局、この始末だよ。

 相手が悪党だからってだけで、簡単に切り捨てちまった。

 怒りに任せて、対話もせずに、一方的に殺してしまった。

 自分の意思でやったことに、言い訳はできなかった。


 ……なあ、なんでオレは今、警察に捕まっていないんだ? 人を殺したんだぞ? 殺人罪を犯したんだぞ? 犯罪者だぞ? 人間としてやっちゃいけないことをやっちまったんだぞ?

 相手が大犯罪者だからか? 正当防衛や情状酌量の余地がある、みたいな扱いなのか? それとも怪獣を倒した特撮ヒーローとでも思われているのか?『正義の味方(ヒーロー)』ってそういうモンなのか!? 悪党を殺してでも裁けば、皆に拍手で迎えられるのか!? じゃあどうして集結(アグリゲイト)はあんなに苦しい思いをしなきゃいけなかったんだ!? 一も九も救えるようなヤツにならねえと、それは本物の『正義の味方(ヒーロー)』とは呼べないんじゃないか!? 理想論だってのは分かってんだよ。それでもオレが走ってきたのは、その理想論を現実にするための道なんだよ! そいつを全力で踏み外して、それなのに今ものうのうと生きている自分を今すぐにブチ殺してえ!! お前が今まで拳を向けてきた連中に対して、一体どんな面して生きていくつもりなんだよって!! 殴れるもんなら全力で殴りてえよ!!


 …………頭ん中がゴチャゴチャで、もう、どうしていいかわからないよ。

 なんでオレは許されているんだ。

 牢獄にぶちこめよ。手錠しろよ。拘束しろよ。

 人殺しを野放しにしてんじゃねえよ…………」




 最後に佑真は、ごめん、と小さな声で謝った。


 謝らなくてもいいのに、と思いながらも口には出せなかった。


 だって、彼にここまで背負わせたのは波瑠なのだ。


 誰かが死んじゃうところを見たくない。地獄の底から救い出してほしい。


 そんな我が儘を押し付けて、彼に、いつも一緒にいる、とまで約束させて。


 最初はただ、困っている人の力になりたいとだけ願っていた彼にここまで背負わせた。


 今にも死んでしまいそうな彼を前にして、軽薄な言葉はかけられない。


 彼の背中を見ていると、時々忘れてしまいそうになるけれど。


 天堂佑真はたった十五歳の、同い年の男の子なのだ。


「………………佑真くん」


 呼びかけると、彼はゆっくりと顔を挙げた。


 瞳が震えている。波瑠と目を合わせることに怯えている。


 曖昧な表情とか、触れるために伸ばした手を途中で止めるとか、不自然な行為が多かったのは――波瑠からの拒絶を恐れているのかもしれない。


 だから波瑠は、笑顔を作った。


 相手を安心させるための作り笑顔には、幸い慣れている。


「これから私は、自分のすべてを棚に上げて話すね」


「……、」


「途中で『何言ってんだコイツ』って思うかもしれないけど、でも、聞いてほしい」


 佑真が頷く。


 波瑠は少しだけのどを潤してから、言った。




「佑真くん。あなたがたくさんの人達を救い出した事実からは、決して目を逸らさないで」




 それは。


 彼に最初に救われた者として、どうしても言わなければいけない言葉だった。


「さっき体育館に行ったよ。五十人近い遺体があってビックリした。きっと、重軽傷者の方を含めるともっとたくさんの人がいたはずだよね。佑真くんは、あの人達を地獄の底から救い出したんだよ」


「っ、」


「……確かに、殺人は絶対悪かもしれない。一を切り捨てて九を救うのは、間違ったことなのかもしれない。だけど佑真くん、この世界にはあなたが救った人もいる。あなたに救われた人もたくさんいるの」


 そうっと手を伸ばす。


 咄嗟に飛びのこうとした彼よりも早く手を伸ばして、左手を掴んだ。


「離せ」


「離さないよ」


「やめろ波瑠、だって、この手は、この左手は!」


「いつも誰かのために差し伸べられてきた、『正義の味方(ヒーロー)』の手だよ」


 佑真が重傷なのが幸いだった――風邪を引いている波瑠より力を籠められない、というのは放置できないのだけれど。


 抵抗力のない彼の手を、祈るように包み込む。


 胸元まで運んで、愛おしさに逆らわずに握りしめる。


「私は佑真くんが悪い人じゃないって知っている。もし佑真くんが自分を悪人だと糾弾するなら、その度に私が否定する」


「……否定されたって、オレが人を殺した事実は変わらない」


「私があなたに救われた過去も変わらない」


「…………オレが悪いことをしたって事実は変わらないんだよ」


「あなたが昔不良だったのに、更生して『正義の味方』を目指している事実も変わらない!」


「っ!」


 佑真の手のひらから、抵抗する意思が抜ける。


 少年はそれでも尚、波瑠を直視することを恐れている様子だったが。


 波瑠が抱き寄せると、無抵抗に腕の中に収まった。


「罪悪感を覚えるのも自分を責めるのも、当然だよ。だけど悪いことを悪いことと自覚できている佑真くんを――その上で自分自身を糾弾できる佑真くんを、これ以上責める他人は誰もいない」


「……、」


「そして、もし悪いことをしても人はもう一度立ち上がることができるって、佑真くん自身が証明しているの。それだけは、見失わないでね」


 自分たちが対峙したのは、絶対的な悪だった。


 百人いれば百人が『今すぐ殺してしまえ』と告げるだろう極悪人だった。


 実際に佑真は糾弾されるどころか、多くの人を救った少年とみられているだろう。


 それでも自身の行為を悔やむのは、佑真らしいな、と波瑠は思う。


 不器用な生き方だ。


 そして彼は珍しく、波瑠に心中のすべてを教えてくれた。


 一人で抱えきれなくなったそれを、波瑠に押し付けるように分けてくれたのだ。


(――――たとえ私自身の中で矛盾を起こしているとしても、私は佑真くんを肯定する。あなたがやったことは正しいんだって言い続けるよ)


 佑真は何一つ悪いことをしていない。


 責められるべきなのは波瑠だし、根本的に悪だったのは鉄先恒貴ら元凶なのだから。




   ☆ ☆ ☆




 彼女が気を失っている間は、せめて彼女の前だけでは気丈に振る舞おうと思っていた。


 いざ波瑠と顔を合わせると、佑真の心はひどく動揺した。


 波瑠が死を()み嫌っているなんて、誰よりも知っている。そんな彼女が笑顔で暮らしていけるような日常を手に入れたくて、何度も拳を握りしめてきたのだから。


 波瑠が今の自分を見つめるだけで、手が震えた。


 決して触れてはいけない。最低限の会話は避けられないけれど、もう、人を殺した(きたな)い手で波瑠に触れてはいけないと思った。


 なのに彼女は、佑真に触れるのを躊躇(ためら)わなかった。


 微笑(ほほえ)みかけてくれた。肯定された。決して佑真を責めようとはしなかった。


 今、一番辛いのは彼女のはずなのに――気遣わせた自分が、ひどくみっともなかった。




 波瑠が眠るのを見届けた佑真は、美里が待っている部屋に顔を覗かせる。彼女は律義に正座をしながらタブレットを操作していた。


 富士の樹海から救出された黒羽美里は、【ウラヌス】の一隊員として第『〇』番大隊に復帰するらしい。現在も早いことに、新潟付近にいる真希や日向(ひなた)克哉(かつや)と『伊賀の忍の里』の中継役みたいなポジションを担っている。


「美里さん、話終わりました」


 佑真が声をかけると、わざわざ美里は体全体を佑真に向きなおした。


「波瑠様は?」


「眠っています。風邪はしんどくなさそうでした」


「まあ、疲労から来た風邪でしょうしね。しばらく休めば元気になるでしょう」


 座っては? と隣の座布団を示される。富士の樹海にいる間は気にしていなかったが、佑真は年上の女性が苦手なので、今更のように美里との距離感を図りあぐねている。


 が、意味もなく躊躇するのも失礼なので腰を下ろした。美里につられて正座だ。


「佑真君は?」


「へ? ああ、体の傷は波瑠の体調が戻ってから治してもらうことに――」


「心の方は?」


 えらく真っ直ぐな問いかけに、息が詰まる。


 美里が画面を消したタブレットに手を乗せながら、


「わたしはお二人のすべてを知っているワケではありません。ですから、感情論や過去などを基にして佑真君と波瑠様を元気づけることはできません」


「……、」


「知っていますか、佑真君。第三次世界大戦を終わらせるために、義勇軍の【ウラヌス】がどのような行動をしていたのかを」


「えっと、確か……武器を持つ兵士を超能力で皆殺しにすることで、力づくで第三次世界大戦の休戦条約を結ばせた……」


 ご存知でしたか、と苦笑する美里。


「第三次世界大戦は、開幕時80億人いた総人口を50億人にまで減らした史上最悪の戦争です。それを休戦させた【ウラヌス】は世界中で『正義の味方』として讃えられました。多くの命を摘み取ってきたにもかかわらず、です」


「……でもそれは、」


 仕方のないことだったのかもしれない、と佑真は思っている。


 以前日向克哉から同じ話を聞かされた時、克哉は誰にともなく「ごめん」と呟きをもらしていた。第三次世界大戦がどれだけ悲惨な戦争だったかを察するに余りある姿に、佑真は無数の殺害を否定できなくなってしまった。


 間違ったことだと理解した上で、義勇軍【ウラヌス】は殺害を繰り返したのだ。


 それでも彼らは、正義として認められた。


「そんな【ウラヌス】の総大将、天皇涼介様の宣言は今でも語り草となっています」


「涼介さんの宣言?」


「はい。涼介様は義勇軍【ウラヌス】を結成するにあたって、真っ先にこのような宣言をしたのです。

 ――――我々は『正義』ではなく『悪』である、と」


 これは初耳だった。


 驚いたけれど、不思議とその方が自然に思えた。


「義勇軍【ウラヌス】は『悪』を自称しました。しかし涼介様や、アーティファクト・ギアや騎士団長メイザースや、何よりわたし達の隊長である真希様は『正義の味方(ヒーロー)』として讃えられ、現在も戦場に立ち続けています。本人たちは一度も自称しなかったのに」


「……」


「『正義』の在り処なんて、こんなものだったのね――真希様はよく、そんなことを呟きながら悲しそうに笑っていました」


「…………だから、何だって言うんですか。今のオレに【ウラヌス】は関係ない。第三次世界大戦と昨日の戦いは全く違う! 賭かっていたものが違いすぎる!」


「戦いに大小などありません」


「でも!」


「佑真君」


 厳しい声だった。タブレットの上に置かれた美里の手が、ぎゅっと握りしめられる。


「気づいていないのかもしれませんが、わたしも第三次世界大戦の頃は【ウラヌス】の一員として戦っていたのですよ」


「……っ!」


「……あれから十数年経った今でもわたしはわたしを『悪』だと思っていますが、世間は『正義の味方』と呼んできました」


 当たり前だ。義勇軍【ウラヌス】の奮闘によって、20億人が死んだ戦争に仮初の終止符が打たれた。ようやく人が人らしく平和に生きることを許されたのだ。


 そんな時代をもたらした彼らは、『正義』と呼ばれて然るべきだ。


「佑真君は、わたしが『正義』と『悪』のどちらに属すると思いますか?」


 だが、それを今の天堂佑真が認めれば――。


「……なんて、意地悪な話をしてしまいましたね。けれど知っていてください、佑真君。貴方が今ぶつかっている壁を共有する者達がいる。苦しんでいるのは貴方だけではないことを。その壁を乗り越えて、戦場の最前線に立ち続ける英雄達がこの世界にいることを」


 そして、と。


 美里はタブレットに置いていた手を降ろすと、ふわりと微笑んだ。


「貴方のことを『正義の味方(ヒーロー)』と呼ぶ人が、目の前に一人いることを」




   ☆ ☆ ☆




 里長の家――というかお屋敷というか――を後にした佑真は、早々にランタロウを連れている夢人と遭遇した。


「あっ、佑真さん。波瑠さんとの話は終わったんですか?」


「終わったよ。ついでに美里さんとも話してきた」


「そうですか」


 ワフッ、とランタロウが佑真の足元にじゃれついてくる。


「次はランタロウが話したいのか?」


「あはは。佑真さん、今ランタロウの散歩中なんで、よければ一緒に行きませんか?」


「夢人が散歩させてんの?」


「修次さんに『時間が空いたらやっといてくれ』と頼まれました」


 お犬様がワフワフと興奮気味なので、拒否権はなさそうだった。


 ところで佑真がランタロウという番犬になつかれたのは、ちょっとした経緯がある。


「佑真さん、先輩達の毒を治してくれて、ありがとうございました」


「今更なんだよ」


「いや、お礼を言いそびれていたなーと思いまして」


 えへへ、と照れくさそうに笑う夢人。この少年と出会ったのは、富士の樹海だ。




座標転送(ポイントテレポート)》で強引に連れてこられた佑真達と違い、夢人は自らの目的があって富士の樹海に潜入していた。


月夜(カグヤ)】の施設を調査していた『伊賀の忍の里』の先輩達が猛毒に侵されて里に帰ってきたので、夢人は解毒方法を調べるために富士の樹海に来ていたのだ。


 月影(つきかげ)(うつほ)という翁との交戦の末に、この翁と《物質創造(クリエイトマテリアル)》の超能力によって生み出された毒だと判明したのは僥倖だった。


『忍の里』に来た佑真が《零能力》を使って先輩達――先ほど里長の家に現れた服部修次、藤林東、百地虎徹――の毒を消し去ることに成功。ランタロウは服部修次が飼っている忍犬(しのびいぬ)だったので、ご主人様を救った佑真になついたのだった。




 ちなみに、服部達を助けたのは波瑠が目覚める十時間前の話だったりする。


「これでぼくは、佑真さんへの借りが一つ増えてしまいました」


 散歩が久々のランタロウが『早くしたまえ!』とリードをグイグイ引っ張るので、少し早足で移動する夢人と佑真。


「貸すつもりはねえよ。オレ達の方が夢人や伊賀の人達にに散々助けられてんだから」


「くっ、堂々と貸しにしちゃってくださいよ! そうすれば『借りを返すために弟子入りしなきゃなーあー困ったなー』ってできるのに!」


「その話まだ続いてたのか」


「終わらせませんよ、暫定師匠」


「ってもなぁ……オレ自身、まだ弟子なんだけど」


「そうなんです?」


火道(ひのみち)寛政(かんせい)ってお前なら知ってんだろ、体術のエキスパート。オレはあの人の弟子なんだ。お前も弟子入りはあの人にしておけ、オレなんかよりよっぽど勉強になる」


「なるほどー。ん? あれ? さりげなく一門に勧誘された? ぼくは暫定弟弟子にジョブチェンジ!?」


「ポジティブなんだか自己完結なんだか……。お前はそもそも、オレのどこに惹かれて弟子入りを望んでんだ?」


「最初に言ったじゃないですか。芦ノ湖で佑真さんが『これがオレの道だ!!』って叫ぶ姿に憧れたんですよ!」


 少し先行していた夢人が、くるりと振り返った。


「あの動画に憧れる要素なくね?」


「ありますよ。あの金世杰(ジンシージェ)を前にして『この場にいる誰一人として殺させねぇ』なんて啖呵を切れるのは、この世で佑真さんだけだと思います」


「お前一言一句正確に記憶しすぎでは!?」


「テープが擦り切れる程見ましたので――ってこの慣用句通じますかね?」


「ニュアンスはわかる」


 神上所有者で忍者で年下で『原典(スキルホルダー)』で、と属性てんこ盛りな夢人はニコニコだった。立ち止まったせいでリードの伸び切ったランタロウが「ワフワフ」とせっついている。


 二人は歩きながら会話を続けることにした。


「佑真さん、実はぼくって記憶喪失なんです」


「き、記憶喪失って……突然ぶち込むの本当に好きだなお前」


「ふふふ、会話術の一つですよ。――『夢人』はここ五年間の記憶しかありません」


 夢人はあまり気にした様子もなく、話し始めた。


 記憶喪失属性は佑真も持っている。何の偶然かは知らないが、ちょうど最新五年間の記憶しかない共通点のオマケ付き――




「でも佑真さんは何となく察しているはずです。《神上》を所有する子供達は全員、『五年前』という区切りで大きな失陥を抱えるようになったことを」




 ――では、ないのだろう。


 波瑠・桜姉妹が生き別れたのが、五年前。


 戸井(とい)千花(せんか)の人生が不幸になり始めたのも、五年前。


 クライという少女がある教会に保護されたのも、五年前だという。


 そして天堂佑真が発見されたのも、五年前。


「詳しいことは後で里長様が話すと思いますが、とにかく、ぼくは記憶喪失の状態で『伊賀の忍の里』で保護されました。名前も知らず、家族も友達もおらず、天涯孤独の身として伊賀周辺をさまよっていた少年が『ぼく』でした」


「……、」


「幸い、『ぼく』を拾ったのは優しい人達でした。一人でも生きていくための術を教えてくれました。忍という役割も与えられました。九歳のガキが、無事に十四歳の忍になりました。忍の里にはとても感謝をしています。

 だけど何のために生まれて、何をして生きるのか、それが分からなかった。

 夢を抱く人、なんて素敵な名前を貰った『ぼく』は、皮肉なことに空っぽだったんです」


 同じ記憶喪失だけれど、佑真と同じようでいて、違う。


 超能力が使えない問題に激突して荒れていた佑真とは、全然違う。夢人の周囲の環境は整っていた。だからこそ夢人は、自分を見つめて悩み苦しんだ。


「元の自分が何者だったのか。今の自分は何者なのか。《脳波制御(プレッシャーオーダー)》のせいであまりに冷静すぎたのもよくなくて、時々、ふとした瞬間に『実は自分は、誰かに作られた人形かロボットだから記憶がないんじゃ?』と疑っては自傷行為に走りました。

 トンネルに閉じ込められた夢を見ました。いくら歩いても出口にたどり着かなくて、やがて諦めて座り込んでしまう夢を、何度も何度も。

 ――――ぼくは同じ場所で、ずっと立ち止まっていました。

 進むべき道がわからなくて、でも生きることにこそ不便はしていなかったから、座り込んだまま長い時間を過ごしていて。

 そして四日前、ぼくは佑真さんの動画と出会いました」


「……たったの四日前か」


「はい、四日前なんです。ぼくがトンネルの中で動き始めたのは」


 十四歳の少年は、真っ青な空を見上げた。


 今日もよく晴れていた。五月にもかかわらず、真夏のような暑さと明るさの空。


「ぼくとあまり歳の変わらない男の子が、どう考えても勝ち目のない『世界級能力者』に立ち向かっていた。何度刺されても、何度殴られても立ち上がり続けた。そんな男の子に鼓舞されてプロの兵士達も再起して、最終的には勝利を掴み取った。佑真さんの姿を見て、ぼくは熱い何かを貰いました」


 佑真は何もしていない。勝てたのは【ウラヌス】のおかげだ。皆を死なせずに済んだのは波瑠のおかげだ。


 自分では、そう思っているけれど。


「うまく言葉にできません。でも頑張って言葉にしてみるなら、勇気を貰いました。困難に立ち向かう姿が格好良かった。何度倒されても前を向き続ける姿に憧れた。佑真さんが進んできた道の後ろを追いかけたいと――この人みたいになりたいと思った。富士の樹海で本人と出会って、そう思った自分は正しかったのだと知ることができました」


 誰かを護るために拳を握ってきた。


 誰かを助けるために戦い続けていた。


 それが思いがけないところで、縁を結んでいた。


「………………。なんか悪いな、身の上話をさせるつもりはなかったんだが」


「勝手に話したんで気にしなくていいですよ!」


 夢人はもう一回り大きく笑った。


 どちらの方が強かなんだか。


 このタイミングで自分の話をしてくれた夢人の頭をグリグリしたいところだったが、あいにく両腕も傷だらけなので足元のランタロウを撫でることにした。


「ところで夢人。結局、『弟子になりたい』だけは因果関係が分からんのだが?」


「熱い衝動ですよ! フィーリングです!」




   ☆ ☆ ☆




 正義の示し方。


 正義の在り処。


 正義の行き先。


 ――――正義の味方に縛られているのだと、言われている気がした。


 だけど、今更、生き方を変える自信はない。


 三人には申し訳ないけれど、諦めが悪いとは、融通が利かないとも言える。


 そいつを心の支えにしてきたのに、ポッキリと折れてしまった。


 一度折れた柱は、簡単には治らない。


 連鎖するように、亀裂の入った心は次から次へと壊れていく。




 言い訳を並べても過ちは変わらない。


 空はこんなに青いのに、瞼を開けていても蘇る景色がある。


 死を与えた感触を味わえ、と白衣を着た青年が笑う。


 悩め。悩め。苦しみもがけ。


 そのまま沈んで落ちてしまえ、と高笑いする声が聞こえる。









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