第一章‐㉑ 4th bout VSキャリバン・ハーシェルⅢ
「っ! バカ、やめ」
「――――SET開放!」
〝蒼い少女〟は、SETを起動させた。
放出されるは蒼玉のように美しく輝く波動の粒子。
波動が超能力を創造し、少女の周囲を冷気で包み込む。
時速二〇〇キロの暴風でなびく蒼髪に、氷製・花弁を象る髪飾りが装飾される。
それは翼のように後方へ広がり、水晶のように月明かりを反射した。
佑真が言葉を失うほどに、波瑠は――美しかった。
両足を氷で固定し、波瑠はエアバイクの上に立つ。
迫り来る竜巻に一切の怯みを見せず、すっと手のひらをかざした。
その凛とした表情こそキャリバンの見たかったもの。
誰かを護るために本気を放つ、天皇波瑠の最強の力。
右手には炎を――果て無き紅の炎を。
左手には氷を――無尽蔵の蒼の氷を。
超能力が司る現象は、相反するエネルギーの変動。
其は〝蒼い少女〟にのみ許された、全物理現象を再現し得る唯一無二の超能力!
「《霧幻――」
熱と冷。紅と蒼。
豪炎と絶氷を支配する全力の一撃が、
猛進する風の龍と、真正面から激突した。
「おおおおおオオオオオ―――ッッッ!」
「――焔華》ァァァ――――ッッッ!」
轟音が響く。
激しく大気を震撼させ、竜巻と氷炎が真正面より追突した。
突風が球状に広がりながら高速道路を大破する。目すら開くのも厳しい程の衝撃が暴れ、粉塵や爆煙が止め処なく広がっていく。
互いの全力の激突は、直後の一瞬で終幕した。
灼熱の劫火と絶氷の吹雪が、キャリバンの竜巻を完膚なきまでに霧散させたのだ。
ランクⅩの超能力者、天皇波瑠。
ランクⅨのキャリバンすら圧倒し――ものの一秒で決着まで運ぶ彼女の全力。
しかし、今の波瑠にとって超能力使用がどれほどの苦行かは計り知れない。
波動(=生命力)の限界へ迫る今の波瑠の波動残量から考えると、死の淵へと自ら走る行為になんら変わりないのだから。
それでも。
――――超能力者がいて、パワードスーツがいて。
希望が一筋も見えないのに、『零能力者』の男の子は諦めんなと、そう言い切った。
業火の大剣使いと戦った時、腕をボロボロにしてでも立ち上がった。
風使いの少女に対し、全身を切り刻まれても立ち上がった。
波瑠の逃げ道を作るためだけに、自身の右手に風穴を空けてでも戦い続けた。
超能力を使えなくなって、逃げることすらできなくなった波瑠の物語をここまで伸ばしてくれたのは、間違いなく佑真なんだ。
そんな彼を護る為に。
そして。
「…………流石ですね、波瑠ぅ……!」
「……でしょ、キャリバン。あなたの力じゃ、まだまだ私は殺せないよ……!」
ボロボロに涙を流しながら戦う、旧友を護る為に。
波瑠は一度、大きく息を吸い込んだ。
「……佑真くん、ここからは、私が攻撃を防ぐ!」
「バカお前、もう、波動はないんじゃ――」
「大丈夫だよ」
波瑠はやけにきっぱりした口調で、
「佑真くんが何時間も頑張ってくれたおかげで、だいぶ波動量が戻ってる。だから、この場だけは私も頑張るから。佑真くん、一緒に生き延びて、逃げ切ろうよ。ね?」
振り返った波瑠が優しくふわりと微笑んだ、その時だった。
「おや、まだ捕らえきれていなかったんですか」
どこかから、大人の――女性の声が聞こえた。
「火炎龍、行きなさい!」
壁を突き破り、灼熱の輝きを放つ火炎龍と、若い女性が姿を現した。
「――――っ!?」
ギュイン! とエアバイクを強引に動かし、佑真達を押し潰すように突っ込んできた火炎龍を文字通り間一髪で避ける――なびく波瑠の蒼髪だけがわずかにジュッと音を鳴らした。
オベロン達エアカーは一気に上昇して火炎龍ごと回避したようだが、パワードスーツの進攻は立ちはだかる瓦礫の壁によってあえなく止まる。
佑真達からすれば、その一点のみは好都合だ。
「な、なんだあれ!? なんだあの龍!?」
「あのお姉さんも【ウラヌス】の一人、アリエル・スクエア! 見てのとおり、使用能力はマグマを操る《豪炎地獄》だよ!」
波瑠は簡単に説明し、佑真は全身がマグマでできている火炎龍へ視線をやった。
その頭部に乗る女性が、アリエル・スクエア。
フードは被っていないが修道服に似た衣装に身を包み、長い黒髪をなびかせている。
エアカーが火炎龍へと接近した。オベロンが視線を向け、
「アリエル、貴様は追跡に参加しないのではなかったか?」
「ステファノからの命令です。オベロン達では拉致があかなさそうなので手伝って来いと言われました」
火炎龍の上、アリエルは静かに一呼吸はさみ――腕を薙ぎ払う。
「火炎龍、すべてを焼き払いなさい!」
使役する龍が大きく口を開き、エアカーを巻き込まんばかりの大噴火が炸裂する。
そこへさらにキャリバンが追い風を放った。
高速道路すべてを焼き尽くすほどの攻撃――回避しようがない。
「任せてっ!」
巻き起こる猛烈な暴風雪。
エアバイクを加速させるばかりか、エアカーと火炎龍を呑み込み、高速道路すべての表面からマグマまでもを凍りつかせる。
大噴火は波瑠の能力ですべて氷柱のように凍結。
波瑠が逆の手から突風を起こすと粉々の粒へと砕かれ、ダイヤモンドダストのように宙できらめいた。
《霧幻焔華》
その正体は、異様な応用力を誇る『エネルギー変換能力』である。
例えば、雷に存在する『光エネルギー』や『電気エネルギー』を、『熱エネルギー』へと等式で変換し業火を放出できる――といった具合に。
熱力学的エネルギーという理論の上であれば、ありとあらゆる『エネルギー』を『熱』『光』『電気』『運動』など『別のエネルギー』へと変えることが可能なのだ。
その特性上、発火から凍結・電流操作・流動操作・磁力操作に加えて運動ベクトルを強引に捻じ曲げることさえ可能であるため、核融合をも発生させられる。
世界に存在するほとんどの現象を再現できるほどに広い応用範囲は、他の能力の追随を許さない。百手千術を以て敵を撃滅する――それが『模倣』という幾億の戦術を有した十文字直覇の下で成長した天皇波瑠の戦い方だ。
しかしこれだけ強力な超能力は、一度に消費する波動の量も膨大となってしまう。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、――――っ!?」
「おい波瑠、無理すんなよ!?」
「だい……じょうぶっ!」
それでも波瑠は奥歯を食いしばり、その両足で立ち上がった。
「粘りますねお嬢様。では、趣向性を持った一撃を! 火炎龍!」
火炎龍の口元に集結される熱エネルギーが一気に放たれ、プロミネンスのごとく赤い熱線が高速道路を翔けた。押し出される気圧によってエアバイクはバランスを崩し、すかさず火炎龍の追撃が襲い掛かる。
咆哮とともに、ズドン! と世界がブレた。
マグマが爆裂し、天へと打ち出されたのだ。
重力によって自由落下する幾千の火山弾が流星群のごとく降り注ぐ。着弾と同時に爆破を繰り返すそれに対し、波瑠は自身らに降り注ぐものを紫電の連撃で対応する。
「キャリバン、次でトドメです!」
「はい、アリエルさん!」
視線の定まったアリエルとキャリバンが、次なる大技を放った。
空気が切り裂かれる。
キャリバンが大きな竜巻を両手に作り出し、オベロンの操るエアカーが吹き飛ばされるんじゃないかという威力でエアバイクへとぶっ放した。
「火炎龍!」
その竜巻に合わせるようにアリエルの火炎龍が咆哮。
大噴火が竜巻と混ざり合い、灼熱紅蓮の嵐となって強襲する。
止まらない熱に頬が火照り。
脳がぎしぎしと悲鳴をあげ。
全身にズレのような違和感を覚えながらも、波瑠は右手をかざした。
(やらせない! 絶対にやらせない! 佑真くんは、私が守るんだ――――!!)
文字通り全力を尽くし、絶対零度の吹雪を放つ。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」」
二人の少女の咆哮が轟き、
紅蓮の嵐と純白の豪雪が、真正面より追突する。
閃光が弾けた。
発生するのは、莫大な水蒸気。
肥大化していく気圧が生み出す突風は三百六十度全方位に広がり、周囲の物という物を粉々に破壊して吹き荒れる。
火炎龍を霧散させ――エアカーを吹き飛ばし――エアバイクを殴り飛ばしたその瞬間時速は、五〇〇キロを超える。
車体から放り出された佑真と波瑠は、高速道路の壁を飛び越えていた。
まるでゴムボールのようにものすごい勢いで飛ばされる。
眼前に広がるのは、満月手前の月明かりに照らされた夜の海だった。
重力を失い、体の内側に奇妙な浮力を感じたのはたった一瞬。
二人の体が地上へと落下し始める。
「ぁ――っ、佑真くん!!」
「波瑠!!」
互いに必死に手を伸ばし、触れ合った瞬間に佑真は波瑠を抱き寄せる。
小さくて、柔らかくて、あまり強くすると折れてしまいそうで――それでも、ギュッと、二度と手放さないといわんばかりに強く全身を抱きしめた。
二人の体は自由落下によって、はるか上空より海へと落とされた。




