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●第百九十一話 Fake 02


 夢人が言っていた通り、体育館の扉を開くと一気に冷気が流れ込んできた。


 死体をただ安置するのではなく、冷気によってできる限りの腐敗を防ぐのは、身元特定などの他に波瑠の精神衛生を保つためでもある。


 波瑠は死者を生き返らせる唯一無二の奇跡、《神上の光(ゴッドブレス)》をその身に宿している。


 しかし――だからこそあまりにも多くの『死』を目撃してきた。


 その経験がトラウマとなり、波瑠は死体や多量出血などを目の当たりにするとパニック状態になる可能性があるのだ。


「……、」


 体育館の冷房という大雑把な方法を取った理由は、遺体の数があまりにも多かったからだろう。波瑠は非常時用だと思しき毛布やマットの上に並ぶ遺体の多さに、何も言えなかった。


 パッと見て、五十人は超えているだろう。


 あの富士の樹海の激闘で、波瑠と鉄先恒貴の激突の余波が生み出した死者の総数だ。


「波瑠さん、その」


「大丈夫だよ夢人くん。悪い意味でだけど、私はこういうのには慣れているから」


「あ、そっか……すみません……」


 気遣う夢人にフォローしたつもりだったが、逆効果だったようだ。


 けれど『慣れている』というのは事実だった。


 波瑠が五年前に【ウラヌス】に所属していた頃は、死体となって運ばれてくる仲間を蘇らせるのが仕事だったのだ。直視したくない現実と向き合うのには慣れている。


「こちらの方々は、【ウラヌス】と『伊賀の忍』が総出となって捜索した被害者です。主にはあの『銀燐機竜(シルバードラゴン)』と試作に搭乗していた方々ですね。地下の研究施設も調べはしたのですが、残念ながらもぬけの殻となっていました」


 それでも入り口から動けずにいる波瑠の背中に、美里が事務的な口調で説明する。


「……全員回収できたの?」


「そもそもの総数が不明ですので……今も捜索は続けておりますが、富士周辺の捜索はほぼ完了しております」


 ところでであるが、二〇〇〇年代も二一〇〇年代も災害大国日本は自然災害と戦い続けていた。特に二〇二〇年頃に予想されていた大地震は、そのいずれもが発生して多くの犠牲者を生んでいる。


 そういった災害の被害を極小に食い止めるべく、日本は数多くの努力をしてきた。


 防災は勿論のこと、生き埋めや孤立など救えるかもしれない被害者をできるだけ多く救い出すための技術とノウハウは、世界でも随一に発展してきた。


 超能力も登場した現在、日本は災害に対して約二四時間で対応するノウハウを確立させ、世界中に情報を提供している。


 今回のケースは人災だが、前例から考えれば、富士の樹海での生体探査は完了している可能性の方が高いのだ。


「ごめん美里さん。いじわるな質問しちゃったね」


 波瑠の謝罪はもっともなのだが、いいえ、と美里は首を横に振った。


 蒼い少女の責任ではない。


 あの空間で起こった出来事は、あまりにも悪意に満ちていた。同じ樹海に立ち会っていた美里だからこそ、波瑠の痛みを共有できる。


「それじゃあ急ごう。二十四時間の制約を過ぎちゃったら元も子もないからね」


 波瑠は入り口付近に立ったまま、スッと軽く右手を前に伸ばした。




 手のひらから光の粒子が放出される。


神上の光(ゴッドブレス)》――死を生へと覆す、この世に二つとない神の奇跡。


 ゆっくりと歩いて回る波瑠から注がれる光の粒は、蛍火のように仄かな輝きで。淡雪のような儚さを含んでいて。けれど太陽の日射しのような暖かさが感じられる。


 そして。


「……。っと」


「え、ええと……わたし、どうしてここに……?」


「……ここは一体……随分と、寒いが……」


 この体育館に連れてこられた全ての遺体が。


 心臓が止まり、脳が働かなくなり、自ら動くことの叶わない死者となっていた者達が。


 一斉に息を吹き返していた――――。




 体育館をぐるりと一周してきた波瑠は、目覚めない例外が一人もいないことに大きな安堵の息をついていた。この出来事を体育館の見張りについていた『伊賀』の忍者たちが覗き見していたので、彼らに声をかけて後の対応をお願いする。


 一方で、圧倒されている者達もいた。


(……これが《神上の光(ゴッドブレス)》の真価なのか。ぼくら他の神上所有者だってそれ相応の奇跡を起こせるけど、やっぱり目に見えて格が違うなぁ……)


(……世界中が手に入れようとするのも、【ウラヌス】がかつて間違った利用法に走ってしまったのも頷けます……そして、それを守ろうと奮起する佑真君が、どれだけ無茶な道を歩もうとしているのかも)


「夢人くん。この後ってどうすればいい?」


 あまり動じていない様子の波瑠に声をかけられて、夢人は咄嗟に返答できなかった。


 波瑠は今、感情をこれでもかと押し殺しているのだろう。左手は浴衣の裾をギュッと握りしめて大きなしわを作り出していたし、顔色も決して良くはない。


 それでも普段通りに振舞おうと努めている。そこをつつくほど、夢人は阿呆じゃなかった。


「ええと、とりあえずぼくは里長に報告してきます。お二人はひとまず佑真さんに会ってきては? 波瑠さんのことをすごく気に掛けていましたし」


「佑真くん……そういえば佑真くんは今、どこに?」


「たぶん服部さんの家にいます。美里さんに案内してもらってください」


「服部……ってちょっと待って、もしかして服部半蔵の!?」


「それは会ってからのお楽しみです」


「では夢人君、わたし達も後ほど里長さんの家に戻りますので、諸々のお話はその時に」


 了解しました、と夢人は駆け足で体育館を後にした。


 美里が小さな背中を見送りながら、


「波瑠様。今回の件には夢人君も責任を感じているらしく、忙しなくあちらこちらへ飛び回っています。適当なタイミングで労ってあげてください」


「うん、次に会ったら頭なでなでだね」


「思春期の男の子にそれはどうでしょう……」


 波瑠と美里もまた、体育館を一旦後にする。


 体育館の中から聞こえる「ありがとう」こそが、少女の心に突き刺さっていた。




   ☆ ☆ ☆




 アメリカのニューヨークシティ。


 市長の誕生パーティに招待されていたアメリカの英雄、アーティファクト・ギアはとても賑やかで和やかな――平和を象徴するような部屋を抜け出して、国際電話に応じていた。




『よぉアーティファクト。今ヒマか?』


 その相手とは。


 日本国軍のトップに位置する『総大将』、天皇(てんのう)涼介(りょうすけ)だ。




 現在それぞれの国の軍事の最前線にいる『世界級能力者』の二人は、かつて第三次世界大戦を休戦に持ち込んだ義勇軍【ウラヌス】にて、何度も共闘してきた戦友、旧友である。


 プライベートでは仲が良いのだ。


「クカカ、涼介(リョウスケ)殿からの電話はどのような用よりも優先される。それもメイザースまで同席しているとあってはな」


『久しい面子ですね。ここにアイツもいれば、さながら同窓会でしたのに』


 そして英国の誇る『騎士団長』レイリー・A・メイザースも通話に参加していた。彼もまた義勇軍【ウラヌス】の一員であり、『世界級能力者』に名を連ねる英雄だ。


 メイザースの放った何気ない一言に、映像内で涼介の表情がわずかに強張っていた。


「……金世杰(ジンシージェ)のヤツめ、一人で焦りおって。【ウラヌス】に敗北し、日本の監獄に入れられてしまったのだったな」


『非常に残念な話です。《神上の光(ゴッドブレス)》を戦乱の元凶だと判断し、彼女を殺害することで戦争と犠牲者の数を減らす……考えていることは我々にも理解できますが、かつて「軍神」と謳われた彼にしては随分と乱暴な手段をとったものです』


「テンノウハル嬢一人を殺害するならば、戦乱ではなく暗殺等の手段を用いる方が賢いだろうにな……む? オレ達がこう思うだけで『軍神』のヤツには何か考えや策略があったのではないか?」


『何もねぇよ。残念ながらな』


 涼介が苦笑気味に否定し、カメラから目線を外した。


『アイツは天堂佑真を試したかったらしい』


小さな勇者(リトルヒーロー)を、か?」


『アーティファクト、メイザース。お前らが天堂佑真と真正面からぶつかり合ったせいで金も試してみたいと思ったらしいぜ、天堂佑真を――たった一人で波瑠ちゃんを地獄の底から救い出そうともがく「正義の味方」をな』


『我々のせいですか……』


「責任転嫁、というヤツではないか?」


『ま、金の考えていることはよくわかんねぇよ。昔も今も』


 それもそうだった、とアーティファクトは納得した。義勇軍【ウラヌス】にいた頃、アーティファクトは金世杰を心の奥深い部分では信頼し合っていたものの、感情を全然表に出さないので『よくわからん苦手なヤツ』とみなしていた。


(にしても、オレも動画で見たが小さな勇者(リトルヒーロー)――天堂佑真。順調に貴様の進むべき覇道を見つけ、突き進んでいるようだな)


 そんな金世杰を打ち破ったのは、かつて『猛獣』アーティファクト・ギアが完膚なきまでに完全な勝利を収めた少年、天堂佑真だ。


 彼の不屈の闘志を買ったアーティファクトは、天堂佑真と約束を結んでいる。


 彼が強くなったその時に自分と再戦し、真の決着をつけよう、と。


(無論【ウラヌス】の力が大きいとはいえ、金世杰(ジンシージェ)に勝つとは見事なものだ。再戦の時はオレが思っているより近いのかもしれん)


『……して涼介殿。このような雑談をするために我々と連絡をとったワケでは、ないですよね?』


『おお、そうだった。しんみりしている場合じゃないぜ――「世界級能力者」として、お前達にだけ伝えておきたいことがある』


 なんてアーティファクト・ギアが思い出に浸っている間に、騎士団長メイザースが話を戻していた。涼介の表情が一瞬で真剣なそれに変わる。




『その金世杰が、つい昨日に「黄泉比良坂(よもつひらさか)」から持ち出された』




 しかし涼介が放った言葉を、アーティファクトは理解するのに苦しむ羽目になった。


「……リョウスケ殿、日本のジョークは過激すぎる」


『冗談じゃねぇよ。あの大監獄島から初の脱獄者だ。幸い、他の大犯罪者共はノータッチだったが――「世界級能力者」が野放しになっている。この状況の意味がわかるな?』


『いつ、どこで戦乱が起きるかわからない。私とアーティファクトにも警戒しておけ、ということですね?』


 涼介が映像内で小さく頷く。肯定のジェスチャーだ。


『しかし涼介殿、金世杰が意味のない戦闘を起こすとは思えませんが……』


『メイザース、俺はヤツが「持ち出された」って言っただろ。金はな、殺された上で監獄の外に連れ去られたんだよ』


「『っ!?』」


『まあ、武器を何一つ持っていない状態だったとはいえアイツが殺されるとはな……』


 涼介が画面内でため息をつくが、アーティファクトは画面内のもう一人、メイザースと共に困惑していた。


「待ってくれ、リョウスケ殿。貴殿の発言にはおかしな点が多すぎる!」


『悪いなアーティファクト。俺は事実しか述べていない』


『ですが涼介殿。外部から道具を持ち込めない「黄泉比良坂」内で金世杰を殺害し、その上で脱走するなど不可能であるはずだ!』


『お前達、声の大きさには気をつけろよ?』


 涼介が口元に人差し指を立てた。これは静かにしろのジェスチャーだ。


 ボディランゲージは意外と国や文化によって差異が大きいのだが、アーティファクトたちは涼介が多用するせいで日本のボディランゲージを覚えざるを得なかった。


『ああ、俺も普通のやり方じゃ不可能だと思う。科学や超能力を用いるんじゃあな。しかし違う方法だったらどうだ? 魔術大国(ブリテン)の騎士であるお前なら心当たりがあるんじゃないか、メイザース』


『…………〝魔術(、、)による(、、、)犯行ですか(、、、、、)?』


 魔術。


 白き猛獣はその存在を、知っている。


 金世杰の〝式神契約ノ符(レジェンドキー)〟。


 騎士団長メイザースの〝聖剣(エクスカリバー)〟。


 日本が生み出した十二の《神上》。


 天堂佑真の〝特殊体質〟も、もしかすれば。


 そして――ある古い日に天皇涼介から聞かされた、魔術と超能力にまつわる歴史。


「だがリョウスケ殿、メイザース。〝魔術〟を用いれば『黄泉比良坂』を攻略できてしまえるのか?」


『……可能だと思う』


 答えたのは騎士団長メイザースだった。


 今もなお〝害為す光焔(レーヴァティン)〟という魔術を行使する彼は、重苦しい表情で告げる。


『ブリテンには未だに魔術を専門とする者達がいるが、彼らは人間を遠ざける術や闇に潜む術を使うことがある。その気になれば「黄泉比良坂」を攻略できるのかもしれない』


『つうか、実際に攻略されちまったしな。その際にSETを用いた形跡はない――もっとも、金世杰との面会室にたどり着くまでは誤魔化せなかったみたいだがな。映像が残っていた』


「どんな映像だったのだ?」


『驚きだぜ。面会状を片手に「黄泉比良坂」へ客人として入り、堂々と面会室へ入室。席に着き、金世杰と二言三言話すや否や、カメラからその男は映らなくなった。カメレオンが風景に擬態するアレの超高性能版って感じにな』


 涼介曰く、ふたたび男がカメラに映ったのは、監獄島から木造の帆船に飛び移る瞬間だったらしい。おそらく激しい移動で擬態が乱れたのだろう。


 その映像を解析した結果、金世杰が連れ去られたことが判明したそうだ。


 アーティファクトは一連の話を受けて、


「オレには、わざわざ映像を残したように思えるな」


『ほう? その心は?』


「それだけの手練れであれば、密かに『黄泉比良坂』へ潜り込み、金世杰を連れ出すことが可能であったはずだ。けれど客人として招かれ、擬態する映像が残るのを覚悟の上で〝魔術〟を行使した――わざと痕跡を残したような印象を受ける」


『言われてみれば確かに。いえ、スケールの低い事例と並べて考えればますます不自然です。泥棒がわざと監視カメラに映るような真似をするでしょうか?』


『つまり犯人には、カメラに映る理由が必要だった……〝魔術〟を映す必要があった……? そうか、なるほど、そういうことか! お前達にこのことを話して正解だったな。犯人たちはこう宣言したかったワケだ!』


 涼介は空虚な笑いを断ち切ると、即座に告げた。




『科学に胡坐をかく者達よ。〝魔術〟は着実に再興しているぞ――ってな』




 大袈裟に聞こえるかもしれない。


 けれどアーティファクトとメイザースは、それを否定することができなかった。


 魔術と超能力にまつわる歴史を、涼介に教わっていたから。


「……ではなぜ、金世杰のヤツを殺してから連れ出したのだ?」


『それはわからん』


「クカカ、リョウスケ殿は相変わらずだ」


『私も魔術に詳しいわけではありませんが、確か死者を操る死霊術師(ネクロマンサー)というものが存在していたはずです。禁書目録(リーゼロッテ)に調査を依頼しましょうか?』


『メイザース。協力の意思はありがたいが、個人の範疇を超えた行動は注意してくれ』


『というと?』


『アーティファクトは自由気ままだからまだしも、英国「騎士団長」のお前が好き勝手動くのはまずいだろ』


 そうでした、とメイザースは頭を抱えた。ちなみにアーティファクトは、有事以外であればいかなる自由行動でも認められる特権を持っている。


『では私達は、ここまで情報を与えられておきながら指をくわえて見ていろと?』


『いやいや、流石に「黄泉比良坂」は世界的な極悪犯罪者を寄せ集めた監獄島だからな。後々に日本の「政府」から各国へ正式な通達が送られるだろう。だがうちの国の「政府」ってのは隠蔽に走るのを好んでいてな。昨日事件があったのに、今日の午前中にまだ通達が送られていないのがいい証拠だろう?』


「クカカ、相変わらずリョウスケ殿は国家権力が嫌いだな」


『「政府」にも都合があるのでしょう――というのはさておき』


「故に、注意しろ。有事であれば『世界級能力者』として対応し、金世杰を打倒せよ。という連絡であるな?」


 涼介はふたたび頷いた。今度は深く。


『何かあってからじゃ遅いし、金世杰を抑えるには強大な戦力が必要だ。だからお前達には先んじて伝えておく』


 いざという時に単独でも金世杰を抑えられる戦力。


 世界中には、他にも多くの義勇軍【ウラヌス】時代の戦友がいる。しかし涼介がアーティファクトとメイザースという『英雄』を選んだのは、そういう意図だろう。


『了解しました。しかし魔術方面での捜索はできる限り、助力いたします』


「了解だリョウスケ殿。民に被害が及ぶようであれば、我が特権を行使して即座に向かおう」


『………………。』


 間違うことなき日本の失態なのに悪いな、と。


 涼介は頭の後ろをかいた。


 アーティファクトは、聞かされた内容を改めて脳内で整理して、その上で拳を握りしめた。


非科学(オカルト)……〝魔術〟による犯行か。金世杰よ。貴様は大きな世界での『流れ』の渦中にいるらしいが、今どこで、何をしているのだ?)


 何か、大きな流れが生まれようとしている。


 そんな情勢でアーティファクト・ギアが英雄としてやらねばならないことは、ただ一つ。


 市民たちに被害が及ばないよう、平和を守るために悪をくじく象徴であり続ける。


 それだけだ。




   ☆ ☆ ☆







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