●第百九十話 Fake 01
お久しぶりです、瀬古透矢です。
お待たせしました、第九章【忍の里の神上編】の開幕です! 本日より十四日間くらい(?)毎日更新です。文量はいつも通りです。新年のお供にどうぞ!
『これでわかったか、テメェの掲げる理想論は所詮理想に過ぎない! 現実味を一切帯びていない幻想だ! 万人を救わなきゃ正義の味方とは呼ばれねェ。一も九もすべて救える力じゃないと、そいつは本物の強さじゃねェ! そしてすべてを救う力を生み出すには、最低でも五百人の犠牲は必要だったんだよ!』
否定した。
『他人の命を奪ってまで、その力を得たというのか』
『民は元より王者たる俺様の手足である』
『朝比奈驚は望んで命を捧げたのか?』
『さあな? だが王につくすのは民の幸福であろう。きっと奴も光栄に思っているに違いない』
否定した。
『如何なる犠牲を払おうとも、使命を全うする。これこそ、我が歩く覇道である』
否定した。
間違っていると思ったから。
誰かを切り捨てるなんて、間違っていると思ったから否定し続けた。
自分が、昔は一度切り捨てられる側の人間だったから。
いつか切り捨てられるかもしれなかった自分が、たくさんの優しい人たちに救われたから。
そういう強さを、手に入れなければいけなかった。
一も九も救えるような、そんな『正義の味方』にならなければいけなかった!
――――なあ、天堂佑真。
幻聴が聞こえる。
目を逸らしても、耳を塞いでも、心の奥底から囁き続ける声がある。
――――初めて人間を殺したな。
黒々とした悪魔が、頭の中でずっと笑っている。
白衣を纏い、脳髄を赤いカプセルに移植した青年の歪んだ笑みがこびりついている。
――――どうだ。一を切り捨てた感想は。
ゆっくりと脅かされていく。
眼球にこびりついた映像は、瞼を開けていようが閉じていようが、何度でも再生される。
――――早く悪まで堕ちてこい、正義の味方。
【これが奇跡の零能力者
第九章 忍の里の神上編】
目を覚ますと、全身をひどい疲労感が襲っていた。
運動のしすぎとか、何日も徹夜したとか、そういう種類の疲労とはまた違う。筋肉も骨も内臓も、自分を構成する細胞の一つ一つが『まだ休ませてくれ』と布団から脱出するのを拒むような重さ、だるさ。
波瑠は、この感覚に覚えがあった。
「…………人の身でありながら、神の力を行使した反動……」
仕組みがよくわかっていないなりに、それっぽく呟いてみる。
そうして肺の中の空気が声と共に吐き出され、今度は澄んだ空気が流れ込む。
少しずつ明確になっていく思考の中で、波瑠は気を失う前の出来事をゆっくりと思い出す。
富士の樹海。
《神上の光》を悪用しようと目論む【月夜】の本拠地で、波瑠は天堂佑真と、夢人と、黒羽美里の三人と共に、長い戦いをしていた。
因縁の相手である鉄先恒貴と対峙し、最終的には暴力的な手段で鉄先を裁こうとした。
……いいや、自分の思考の中でまで取り繕う必要はない。
殺そうとしたのだ。
波瑠はどうしたって許せない悪党を殺す為に、〝神的象徴〟を自分の肉体に堕とした。
〝世界に仇為す黎明の翼〟を使い、我を忘れる暴走のような形ではあったが、鉄先恒貴を殺すあと一歩のところまで追い詰めて。
それで。
そうしたら。
佑真が現れて。
その後は、よく覚えていない。
「…………佑真くん……」
おそらく佑真の《零能力》によって〝神的象徴〟をかき消され、同時に気を失ったのだろう。その後一体どうなったのか。鉄先恒貴は。無機亜澄華は。『銀燐機竜』というパワードスーツに載せられていた多くの人達の安否は。生死は。
そもそも、今、自分が寝かされているのは安全な場所なのか。
体を起こしたい意思はあっても、身体機能の方が言うことを聞いてくれない。無理くりになんとか上体だけでも起こすと、ちょうどふすまが開いた。
ふすまを見て、周囲に目線を運ぶ余裕ができた。畳敷き。敷き布団に掛け布団。何て書いてあるかよくわからない書と、生けた花が飾られている和室だった。
「あ、起きましたか、波瑠様」
「……美里、さん」
開かれたふすまから、見知った顔が現れる。
黒羽美里。彼女は黒い浴衣を着ていた。背が高くすらりと細い彼女の体躯は、和服がよく似合う。色もまた名前に相応しい美麗さがあった。
寝起きのぼやけた心に緊張の糸なんてものはなかったけれど――少し涙が出そうになった。理由はわからない。大切な人の顔を見て安心したのかもしれない。
波瑠は指で目元を拭い、おはよう、と告げる。
「おはようございます。お身体の調子は?」
「疲れがすごいけど、まあ、大丈夫。美里さんは?」
「わたしは幸いながら、すこぶる健康です」
「ん、よかった。それで――――ここはどこ? 私が気を失ってから、どれくらい経った?」
美里は一瞬眉をひそめたが、取り繕うように微笑みながらふすまの外に目を向けた。廊下の先には池付きの中庭が。その更に向こうには、多くの自然が広がっていた。
「ここは夢人君の住んでいる『伊賀の忍の里』だそうです。波瑠様が気を失われたのは十八時間前。現在は5月4日の土曜日、午前11時になろうかという時間です」
「忍の里……っていうことは夢人くん、本当に忍者だったんだ……」
本人にそれを言ったら悲しまれますよ、と美里が笑う。
「とりあえずお着替えを用意しますね。それと起き上がれるようでしたら、すぐにでも声をかけてください…………できれば午後二時までには起きてください」
「……美里さん、時間を指定されちゃうと色々察しちゃうよ」
「すみません。ですが、気遣うよりも直接的な言葉にしてしまう方が良いかと思いまして」
美里は波瑠の蒼髪をなで下ろしながら、けれど決して目は合わせずに、告げた。
「富士の樹海の戦場にて、複数名の遺体が発見されました。【ウラヌス】第『〇』番大隊より天皇波瑠軍医に、2132年5月4日土曜日、午後二時四十五分までに彼らを蘇生させる指令が下されています」
ああ、当然の報いだろう。
後先を何も考えず、冷静さを欠いた末の暴走が招いた悲劇の後始末。
今度こそ、正真正銘自分のせいだ。
生き返らせることができるから問題ない、なんて言えるほど波瑠は柔軟じゃない。
波瑠は重すぎる身体に鞭を打ち、布団から起き上がった。
☆ ☆ ☆
ところで、波瑠が眠っていたのは『伊賀の忍の里』の里長の家らしい。
生憎里長さんは不在だったので、美里から着替えとして何故か水色の浴衣を受け取り、長い髪を後ろでくくってポニーテールにした波瑠は、玄関で夢人との再会を果たした。
包帯や絆創膏が痛々しいが、ひとまず無事で何よりだ。
「よかった、波瑠さん起きたんですね。今、様子を見に行こうと思っていたんですよ」
「心配かけちゃってごめんね。夢人くんは大丈夫?」
「はい、この通り元気ピンピンです! ん? ぴんぴん?」
「おそらく『元気満々』と『ピンピンしています』が混ざったのかと」
ついクスッと笑わせられる。
これから向かう場所がどういう空間なのかを理解しているからこそ、夢人も美里も波瑠に気遣っているのだ。そんな彼らの先導に従って歩いていく。
「夢人くん、本当に『伊賀の忍者』だったんだね。驚いちゃった」
「そうですよー。ぼくは基本的に嘘つきませんからねー」
「疑ってすみません」
「いえいえ、そんなワケでこの里の中にいる間は安全かと思います。ご要望があれば何なりとお申し付けください、大概の物は用意できると思います」
「何かあったらお言葉に甘えるね。……ところでここ、本当に『忍の里』なんだよね?」
「そうですよ」
波瑠は周囲をキョロキョロと見回した。
道路はアスファルトで舗装されているし、建物もごく普通の二階建て一軒家だったりアパートだったり――高いマンションやビルこそないけれど――随分と文明的だ。
何だったら自動車も普通に走っている。畑が広がっていたり森に囲まれていたり、自然と共生している箇所がなければ「ここが『忍の里』だなんて嘘だぁ」と突っぱねていただろう。
「すみません、古き良き日本テイストじゃなくて」
……なんて波瑠の内心は見抜かれていた。夢人が苦笑まじりに、
「忍者ってそもそも、最新技術をどんどん取り入れていく技術者集団みたいな側面があるんですよ。もちろん自然を大切にしますし忍術も継承していきますが、使える技術は何でも使います」
「なるほど。ではわたしと波瑠様が借りている着替えが浴衣なのは?」
「里長一家だけは、『古き良き日本テイストで若者の忍者離れを阻止するんじゃ!』と代々息巻いてきた家系なんです。二十二世紀じゃ逆に目立つんで『遁術』もクソもないんですけどね」
「道理であの家だけ日本家屋……」
美里が変なところで納得していた。
「しかし波瑠さん、よくお似合いです」
「そうかな? ありがとう夢人くん」
決して動揺しない超能力・《脳波制御》の持ち主くんがしれっとした顔で波瑠を褒めて、やがて立ち止まる。続けて波瑠と美里も立ち止まった。小学校のような場所だった。広い校庭に校舎に体育館。とはいっても子供の気配はせず、使われている様子もない。
「夢人くんが卒業して里の子供がいなくなったので、廃校になったそうです」
美里が耳打ちしてくれた。『伊賀の忍の里』にも何か事情がありそうだが、先に夢人が、複雑そうな想いを呑み込んだ真剣な顔で二人に振り返った。
「ここの体育館に、富士から連れてきた方々の遺体があります。念のため肉体を保つよう冷房を効かせていますんで、浴衣じゃ寒いかも」
「……ううん、今日も真夏みたいに暑いから、そうしないとまずかったかも。早く行こっか」
浴衣に運動靴なので風情はあまりないかもしれないが、急いた気持ちに応えるように駆け足で向かうことができる。
波瑠は小走りになりながら、ギュッと心臓を締め付けられるような感覚に襲われていた。
☆ ☆ ☆




