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●第百八十九.五話 (回帰、或いは再興する神秘)

時系列は第八章の真裏、ちょうど佑真達が富士の樹海を去った頃です。


補足回です。どこに足しても蛇足になるので、特殊な話数カウントさせていただきました。



黄泉比良坂(よもつひらさか)』という孤島の大監獄は、人工的に作り出した乱海流によって民間の船舶や潜水艦ではたどり着くことができなくなっている。


 侵入は困難であり、脱出も不可能と言われる世界有数の大監獄島。


 ……の、はずなのだが本日、ついに侵入者を許していた。




 前代未聞の事件を起こしたのは、草壁(くさかべ)最理(さいり)という男。


 たった一人の男が、ある囚人を殺害した上で、外部へ持ち出そうとしているのだ。




 無数のロボットや選ばれし警備員たちが対処に当たろうとしていたが、彼らは機械・人間問わず、草壁最理の姿を発見することができずにいた。


 SETも武器も取り上げられたはずの男を、誰一人として見つけられない理由は一つ。


 草壁最理本人が、通常ならざる方法を使った細工をしているのだ。




「自身から認識を逸らす〝魔術〟か。こう言うと、あの『黄泉比良坂』も魔術さえ使ってしまえば単純な方法で攻略できてしまえるんだな」


「草壁さんが使っているのは、正確には〝遁術(とんじゅつ)〟っていう姿をくらます忍術ですけどね」


 そして大監獄島の付近にて、人工的な乱海流をものともせずに突き進む一隻の帆船があった。


 この科学が終着点に達したとまでいわれる二十二世紀で、木造であり帆を張っている船が荒波を踏破している事実に『黄泉比良坂』側も動揺しているらしい。光学兵器による威嚇射撃が何度も船を(かす)めていたが、帆船(はんせん)は動じることなく海流をかき分ける。


 大監獄島の用意している超能力演算を妨害する超音波や光の信号、通称『超能力ジャマー』も、帆船にはほとんど影響していない。


『超能力ジャマー』は、超能力は結局が人間の脳機能である点を突いたシステムだ。モスキート音のように不快感を与えることで能力演算を妨げ、超能力を暴発・不発させる。


 なのであらかじめ仕込んでいた道具や図表が効力を発揮するタイプの――例えば〝どんな荒波もかき分ける帆船〟みたいな〝魔術〟とは相性が悪いらしい。


 そんな帆船を操作する少女、地震滝(ないのたき)かぐらは両手に球体を握りしめていた。


「かくいうあたしも、使っているのは〝鹽乾珠(しおふるだま)〟と〝鹽盈珠(しおみつだま)〟っていう陰陽術です」


「それも東洋由来の魔術なの?」


「陰陽術、です。『黄泉比良坂』周辺の人工的な乱海流を突破するのに必要なのは、海流を乗り越える強い艦船ではなく、海流を抑えつけ穏やかな海を演出する術です。帆船に影響がでないよう、潮に干渉しているワケですよ」


「流石、自然と寄り添い自然を操るのはお手の物なのだね」


「草壁さんの〝魔術〟もやっていること自体はあたしと似ていますよ。人間という異物を『風景』の中になじませることで、気づかせないようにしているだけですから」


「そうすることでセンサー類からも人間の視覚からも逃れる……ね。『人間』を突き放すのではなく『風景』になじむことで身を隠すとは。自然の中で発展した東洋魔術らしいと思うが、よく思いつくものだ」


 ――――おそらく。


 彼らの会話を、その辺にいる老若男女に聞かせても「???」と首を傾げるだけだろう。




 今日の夕飯のメニューを考えるように、非科学(オカルト)を日常に有する者達。


 その夕飯を箸でもって食べるように、非科学(オカルト)を普遍に行使する者達。


 とある時代の転換点(パラダイムシフト)を経て、歴史(かがく)表舞台(せかい)から排除されていた者達。




 地震滝かぐらも、彼女の会話相手である男も、そして『黄泉比良坂』からの脱出を図る草壁最理も――区分するならば科学の超能力者ではなく、非科学(オカルト)の魔術師に属するのだ。


「ところで」


 地震滝かぐらは光学兵器による射撃を器用によけながら、いよいよはっきりと見え始めた『黄泉比良坂』を見上げた。


「魔術や陰陽術ならば確かに『黄泉比良坂』を攻略できる可能性は高いです。けれど何故、わざわざ命の危険を冒してまで金世杰(ジンシージェ)の身柄を確保しなければならないのです?」


「……我らが統領が『金世杰には利用価値がある!』って固執しているから、仕方なくね。脱獄者ゼロの大監獄島に『初の脱獄者』という傷を刻む効果も、一応あるにはあるよ」


「政治的発想と私利私欲ですねー」


「統領の立場からすれば、建前と本音ってところかな」


 二人が気楽に会話しながら『黄泉比良坂』の岸辺に船をつけようとしたタイミングで、ちょうど草壁最理も建物から脱出して、帆船に大きく跳躍した。


 決して広くはない甲板に、わずか一足飛びでダン! と着地する草壁。人間技ではない長距離跳躍も、魔術や陰陽術を当たり前とする彼らには驚きを生み出さない。


 草壁は肩でかついでいた金世杰の遺体を降ろすと、地震滝かぐらではなく、同乗する男の方に目を向けた。


「依頼通り、金世杰は回収したが。なあ神崎(かんざき)、本当に殺してしまってよかったのか?」


「殺さないと『黄泉比良坂』から連れ出すのは面倒でしょ? 相手は《式神契約ノ符(レジェンドキー)》も使える『軍神』様だ、魔術的干渉を跳ねのけないとも限らないし」


「そこはさすがに大監獄だ、抵抗する手段は事前に奪われていたがな」


「そりゃそっか。……じゃなくて質問は『殺してしまって大丈夫か?』だったね。答えはイエス。むしろ殺してくれないと利用しづらい」


 男は木造の甲板に足音を立てながら、にやりとほくそ笑んだ。


 常人であればゾッとするかもしれない笑みを作る顔の片目は、眼帯に覆われているけれど。


 くるりと左腕を回した男の手中には、一本の槍があった。




「僕の魔術は、死体に干渉する〝魔術〟なんでね。まだ完成系ではないけれど、キミ達からしても面白く珍しい魔術だと思うよ」




第九章はクリスマス~年明けにかけて更新します。正確な日にちはまた改めて。

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