●第百八十八話 一位:集結-②
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『第一計画』
十二人の選ばれし子供達に《神上》の魔法陣を焼きつけ、子供達を上位存在へ進化。神の御業の再現と模倣によって、世界を創りかえる。
『第二計画』
電子の申し子たる天皇桜を【神山システム】と接続させ、過去と未来の全てを見渡す〝天の書板〟を科学的に再現することで天皇桜を上位存在へ進化。神の言葉を検索し、世界を創りかえる〝術〟を観測する。次段階は現時点では未定。
『第三計画』
超能力《集結》を利用し、一人の人間に大量の生命力を内包させることで を上位存在へ進化。その状態で が手に入れる能力は未知数であるが、人間では成し得ない〝術〟を発動させる可能性が高い。
『第四計画』――――『第五計画』…………『第六計画』………………。
天皇劫一籠のお気に入りは『第一計画』だった。
実際に《神上》という奇跡を完成させて、一度は新世界創造を成し遂げかけたのだから、あれを『第一』とみなした判断は適切だったのだろう。
では。
どうすれば、天皇劫一籠の関心を引き戻せるのか。
天皇劫一籠に尽くし、天皇劫一籠の望む〝新世界創造〟を成し遂げようと誓った鉄先恒貴であったが、彼の心の奥底には常にそんな欲が潜んでいた。
役に立ちたいと思えば思う程。
零能力者の妨害を受ければ受ける程。
失敗を積み重ねた分だけ、鉄先恒貴の欲は無自覚な状態で成長し続けた。
自分の脳を提供し、自分の肉体を使って《集結》を再現しようと考えた時点で、すでに欲は表層に浮かび上がっていた。
もし鉄先恒貴が『第三計画』を完遂し、《神上》を凌駕した時。
自分こそが、『第二』でも『第三』でもなく『第一』に据えられるはずだ。
結局。
鉄先恒貴とは、独占欲の強い子供なのだ。
自分に興味を持ってほしい――他の誰かを見ないでほしい。
自分を褒めてほしい――他の誰かを褒めないでほしい。
人間であれば誰しもが持っていたっておかしくない感情が、ただ、狂気的だと思えるほどに膨れ上がってしまっただけで。
無機亜澄華という少女と出会わなければ、やはり彼は。
こんな悪党にならずに済んだのかもしれない。
[Main-06]
東京都内。
街中を走り回っていた天皇桜は、右肩を突かれたような感覚に顔を上げた。
「……今の痛み、もしかして《神上の聖》から?」
盟星学園高校で授業を受けていた戸井千花は、胸にズキズキとした痛みを感じた。
(……変なアザ……じゃなくて《神上の現》の魔法陣が、うずいています?)
同教室内で授業を受けている九十九颯は、胸を押さえる千花を横目で確認した。
(俺だけじゃないらしいな、魔法陣のこれ。《神上の宇》が共鳴してんのか?)
九州の高校の屋上で日向ぼっこをしていた土宮冬乃は、額に手を添えた。
「《神上の成》が受信中。じじじ」
どこかにいる集結は、首の後ろをしきりに気にするクライという少女を見ていた。
「あー、なんか《神上の勝》がイガイガしマスヨ!? 何デスかこれ!?」
(……俺の《神上の敗》の魔法陣も反応していやがる。何事だ?)
日本海上で船に乗っていた日向雄助は、左肩を抑えながら本州を睨み付けていた。
「…………《神上の魔》に呼ばれたような気がしたんだけど、気のせいかな」
そして。
地面が割れた。
かと思えば、純白の天使と漆黒を撒き散らす『銀燐機竜』が、富士の樹海が形成されている大地を突き破るように飛び出してきた。
波瑠達の元に急いでいた天堂佑真・夢人のコンビは、目の前に広がった光景に驚きたいのもやまやまだったが、そんな悠長なことをしている場合ではなかった。
《神上の力》と《集結》。
オカルトと科学の頂点に立つ異能力の衝突の余波が、地上を走り回る人間達に猛威を振るう。
「クソッタレ、ただでさえ動物型のパワードスーツに追い回されてんのに今度は波瑠があの状態かよ!?」
「佑真さん叫んでないで伏せてください! 死にますよ!?」
二人であれば走り回れたかもしれないが、今は『銀燐機竜』の操縦者と月影空という保護対象者がいる。大型台風の中に飛び込んだような暴風の中、佑真と夢人は必死に大地にへばりついた。
小石や木の枝程度が掠めるなら可愛いものだが、時に大樹が頭上を通過し、時に岩石が耳の真横でバウンドする。意図した攻撃ではなく無作為に発生する余波だからこそ、佑真の『先読み』が使えなければ夢人の忍者での経験則も役に立たない。
破壊の風が止むのを、待つことしかできなかった。
「……第一波は終わったか」
「みたいですね。行きましょう!」
静寂が訪れるとすぐに、二人は立ち上がって黒羽美里の下へと急ぐ。
「佑真さん、上の方にいる白い天使は波瑠さんなんですか!?」
「ああ、そうだよ。テメェら《神上》所有者がある条件下で突入できる……『人工の神様』とかいう状態だ」
オレも詳しくは知らないが、と佑真は注を挟んで、
「これまで何回かあの『人工の神様』を見たことがある。あんな風に全身を真っ白な何かに覆われてしまったヤツは、必ずオレ達の敵だった。もし今の波瑠もそうなんだとしたら、神様と戦う羽目になるぞ」
「……でも今の波瑠さんは『銀燐機竜』を攻撃しているように思えます。ぼく達なんて眼中になさそうですが…………っと!?」
二人は何となく上を見ていたが、そこでギョッとした。
漆黒の波動を撒き散らす……おそらく《集結》を再現した『銀燐機竜』が大地に向かって急下降し、後を追うように波瑠も迫ってきたのだ。
問題は速度と面積。
五メートル級の機体と、六対十二の翼を大きく広げた少女は空気を押し出しながら直進している。密閉空間でもない限りは横に押しのけられるはずの空気が、人間離れした速度で落下してくるため、押しのけられる前に異様な圧力で叩きつけられているのだ。
自然現象であるため、《零能力》は通じない。
「逃げろォおおおおお!!」
佑真と夢人はとにかく全力で、前に向かって跳躍した。
二人の背中を突風が殴りつけた。
土煙が追い抜いていく。木々やパワードスーツも巻き込んだ突風の中で、佑真の動体視力と周辺視野は漆黒の波動を捉えていた。
何十本にも枝分かれして蛇のように伸びていく漆黒の波動が、パワードスーツを次々と串刺しにしていく。
(ッ、くそ! 漆黒の波動って時点で嫌な予感はしていたが、まさか!)
けれど佑真は視るだけで、身動きを取る余裕がない。
やがて勢いが弱まり、倒れるように着地する。何とか『銀燐機竜』の操縦者を背負ったままでいられたが、着地が不安定になりすぎて足首や膝に嫌な痛みが走った。
「夢人は!?」
「こ、ここにいます!」
夢人が薙ぎ倒された木々の間からひょっこり顔を覗かせる。「私も無事だね、うひょひょ☆」と白衣の爺さんの声もしたが、そっちよりも気に掛けるべき問題が視界の端で発生していた。
今も尚、地上付近を飛び回っている第一位の『銀燐機竜』。波瑠から逃げ回っている――ように見えるが、背中から伸びる漆黒の波動が次々とパワードスーツを串刺しにしていく。
「やっぱり《集結》を使って、パワードスーツに乗る操縦者の波動を《集結》しているのか!?」
「うひょひょ☆ 急げよ『正義の味方』、死者が増えるぞぉ?」
「うるせえ!」
佑真は〝雷撃〟を全身に纏い、『銀燐機竜』を睨み付けた。
敵は自在に天を飛び回る。波瑠はおそらく協力できるような状態じゃない。
そもそも自分の身を守ることで精一杯のこの状況で。
天堂佑真が真に助けなければいけないモノは、何か。
☆ ☆ ☆
日本第一位の《集結》は、波動を操る超能力である。
かつてその能力の特性を利用した『計画』があった。《集結》は他者の波動を吸収して自分のものにすればするほど、使える波動が増え、結果自己強化に繋がっていく。
対超能力戦闘、対生物戦闘における圧倒的優位。
故の頂点。
故の最強。
地上を走るパワードスーツから波動を奪い去っていったことで、『銀燐機竜』の放出する闇の総量が増加した。もはや模造品とは呼べない。そこにある脅威はオリジナルの《集結》に匹敵している。
「ハハハハハ! 何て怖ろしい超能力だ《集結》は! こんなにも容易く力を得られるなんて、そりゃ狂気に堕ちるのも当然だなァ!」
「――――、」
純白の『天使の力』に呑み込まれた波瑠が短く告げる。
六対十二の翼から無数の光弾が射られた。
逃げ場なき一斉掃射を、波動を束ねて叩き潰しながら一気に再浮上する『銀燐機竜』。
大地が爆発した。
舞い上がる粉塵を引き裂いて、波瑠が一瞬で『銀燐機竜』に追いつく。
翼を羽ばたいた。
わずか一つの動作が、大気を砲弾に変えた。
五メートル級の機体が音速で吹っ飛んでいく。背中から伸ばした波動を地面に突き刺しスピードを緩めて、緩めて、緩めてギリギリで不時着を防ぐ。
が、しかし。
『銀燐機竜』の眼前に、すでに波瑠がいた。
スッと右手をかざした、たったそれだけの仕草が『銀燐機竜』を薙ぎ払う。正確には目に見えない程の速度で翼から飛んだ羽根が機体に触れたのだが――。
「――――、ぐ、ぼへぁ、!」
パワードスーツの内部で、鉄先恒貴は血反吐を吐いていた。脳を外部摘出した彼の全身は月影空よろしく機械に置換して強化した部分が多いが、それでも異常な慣性に耐えきれない。内臓が正しい場所についている自信がない。
理論ではない、故の理不尽。
理屈ではない、故の奇跡。
所詮《集結》は科学の頂点。非科学の終着点である《神上》には通用しない――そう説き伏せる程の一方的な虐殺。
「ク、ハ。ハハハハハ! そォこなくっちゃ意味がねェ! 俺が超えなきゃいけないのは手前なんだからなァ!!」
肉体への負担など無視した。
鉄先恒貴は『銀燐機竜』の外装を漆黒の波動で覆っていく。大量に放ったパワードスーツの生命力によって補強し、ジェット噴出させて何度でも天空へ舞い上がる。
「ところで問うぞ、天皇波瑠」
悪魔の羽をようやく携えた天才科学者は、光の塊に囁く。
「このまま雑な戦闘を続けていたら余波だけでパワードスーツの中身や天堂佑真を殺しちまうかもしれねェが、それでも続けるのか?」
返答は動作に現れていた。
動きを止めた《神上の力》が、急に方向転換して低空飛行しながら純白の光の雨を注ぎ始めたのだ。恐らく《神上の光》だろう。傷ついた人、傷つけてしまった人を癒すために奇跡を行使している。
まさに救いの光を差し伸べる天使を、漆黒の波動が追従していた。
何十本、何百本と枝分かれして地上を席巻する黒い波動は、死をもたらす津波に等しかった。動物も植物も人間もパワードスーツも、一切の区分なく貫き、破壊し、波動を奪う。
「ハハハハハ、流石に理性を欠きすぎだ怪物! 手前が不用意に生き返らせたヤツの分まで波動の徴税、完了しちまったぞ!!」
闇が爆発した。
更に総量を増やした《集結》が、波瑠を大地に叩き潰す。
グチャ、と肉体が潰れる感触があった。
六対十二の翼ごと、天皇波瑠の肉体を地面にめり込ませる。八メートルを超える長さの翼が押し潰されたことで、大地に再び亀裂が走っていく。叛逆を象徴する翼がピクリと動いたが『銀燐機竜』にダメージは来ない。
先ほどの言葉が効いている。
たとえ神の御業を手に入れようと、そこにいるのは天皇波瑠なのだ。
他者の命を救う奇跡を携え、死を徹底的に忌避する善者の性根が抗っている。
彼女はわざわざ、消えかけの理性を振り絞って暴れる翼を抑え込んでいる。
けれど砂漠の中に落とした宝石のように小さな理性では、百手千術を使いこなす彼女本来のクレバーさが残っていない。翼の機能を強引に抑えつけた反動でも及んでいるのか、華奢な肉体部分からは赤い液体が弾け飛んでさえいる。
「愚かだ。愚かすぎンぞ。俺の敵はそんなモンだったのか!?」
ズン!! と更なる漆黒の波動が鞭となって少女ごと大地を穿った。
巻き込まれたパワードスーツが爆発していた。所々で鮮血が弾けていた。余波が薙ぎ倒すだけの木々はもうなかった。ただ吹き抜ける衝撃が空を震動させていた。
叩く。
叩き潰す。
叩き潰し砕き引き裂いて、破壊して、殺戮し続ける。
「ハ……ハハハハハハハハハハハ!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハははははハハハハハハハハハハハハははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハははハハハハハハハハハハハハハハハハは!!!」
神の御業と謳われた十二の翼を制圧している。
科学を以て、人間の力を以てして《神上》を上回っている。
悪魔の翼を携えた天才科学者は確信した。
鉄先恒貴の『計画』は今ここに、完膚なきまでの勝利を手に入れる!
「終わりだよ。人のまま死ね、出来損ないの神様風情が!!」
超圧縮された波動が、一直線に天地を貫いていく。
勝利までコンマ一秒というタイミングで――突如、視界がブレた。
十二の翼がはためき、『銀燐機竜』ごと漆黒の波動を薙ぎ払っていく。
もはやそれは、台風や嵐といった自然災害で喩えられる程生半可なものではなかった。主神の槍。湖の聖剣。神話に出てくるような荘厳な光の乱舞が、『銀燐機竜』を天空へと突き飛ばした。
鉄先恒貴の意識が吹っ飛ぶ。
人間が意識を取り戻すよりも早く、神の裁きが炸裂する。
大地に堕ちた。
見えない手が引っ張るように、問答無用で今度は『銀燐機竜』が叩き潰される。
機体がひしゃげた。中に乗る鉄先恒貴が意識を取り戻した時、自分がかろうじて生き延びているのが奇跡に等しいことを、生物的に実感していた。
動け、動けと命じても『銀燐機竜』は応えない。《集結》も機能しない。外部から何かが自分を抑え込んでいる。指一本動かない。瞬き一つできやしない。心臓と脳がかろうじて動いているが、他の何もかもが自由を奪われている。
何をされているのか。
解答は、無事に残っていた外部を見るためのモニターが鮮明に表示していた。
『銀燐機竜』は、六対十二の翼を従えた天皇波瑠に押し潰され。
そして六対十二の翼ごと、天皇波瑠の周囲が氷で覆われていた。
科学を信仰する人間として、鉄先恒貴は感覚から理解する。
この氷は《霧幻焔華》によるものではない。人間が生きる世界の理からズレている。
周囲一面に広がる氷こそが、自分の機能を制限する力を有している。
(…………そォか。そォいうことなのか!? ルシファーはダンテの『神曲』では地獄の最下層、氷結地獄の主として描かれている。その場合のルシファーは、イスカリオテのユダをはじめとした神への叛逆者ごと己を凍り付かせる怪物じゃねェか! つまりこの氷の正体は――ッッッ!?)
天皇波瑠は自らを凍り付かせ、けれど確実に鉄先恒貴を仕留めるつもりらしい。
(ふざけるな)
迫りくる死を前にして、
悪魔の翼を失った人間は、恐怖に呑み込まれる。
(ふざけ
)
視覚する機能が失われた。
呼吸する機能が失われた。
拷問で爪を一枚一枚剥いでいくのとはワケが違う。人間が生きるのに必要な機能が一つずつ、丁寧に切り取られていく。生命としての存在を否定されていく。死への恐怖を魂に刻み込まれていく。
自分が無機亜澄華に対して行ったそれとは、きっと比べ物にならない。
そうして鉄先恒貴は恐怖を得るのに必要な、思考する機能をも奪われる。
寸前だった。
ぱちん、と。
ありとあらゆる異能を消す異能が、全ての超常現象を『零』に還した。
周囲を覆い尽くしていた氷が、刹那で消える。
鉄先恒貴の様々な機能が戻ってくる間に、純白のレーザービームが『銀燐機竜』を貫いていた。ドラゴンを模した機械が分解され、体が外気に晒される。
そうして、寝起きのように薄朧げな視界の中央で。
零能力者が、立っていた。
彼の背中の後ろで、『天使の力』をかき消された波瑠が黒羽美里に抱き止められている。
「……波瑠様……」
すでに彼女は気を失っているらしい。傍らにいた夢人が天堂佑真とアイコンタクトを交わし、波瑠を背負った美里と共にとすぐに離れていった。
一対一で、鉄先恒貴と天堂佑真が向かい合う。
交差し続けながらも直接対峙することのなかった両者が、初めて互いを真正面に据える。
「………………ク、は」
鉄先恒貴は言語を発する機能が戻っているのを確認し、そして笑った。
「ハハハハハ! ハハハハハハハハハハ!」
それは、こみ上げてくる衝動を堪えきれない、といった風だった。
あまりにも絶大的な恐怖に呑み込まれていた反動だ。ピンと張られたゴムの片側を切ると反対側へ勢いよく飛ぶように、恐怖が弾け飛んだことで別の感情が前面に引きずり出されている。
「待っていたぞ『正義の味方』! 流石は金世杰をも殺さない善性の塊だ! この俺まで救っちまうとは恐れ入ったが、手前一人で俺を止めるつもりか!?」
「……、」
「クハッ、無理だ無理! 手前は二回《集結》に勝利したとカン違いしてやがるが、その実二回とも《神上の光》が無ければ即死する程の重傷を負っている! ちゃんと戦えば《集結》に絶対的な優位があることの証明だクソッタレ!!」
「……、」
「『銀燐機竜』なんざ必要ねェよ。手前の人生もここで終わりだ。今ちょうど世界最悪の拷問を経験してきたトコだからよ、いの一番に試してや」
「もういいよ、お前」
佑真はバッサリと、鉄先恒貴の言葉を断ち切った。
「確かに『正義の味方』を目指してきた。波瑠と会って、集結とぶつかって、オレなりに一つの道を見つけたつもりだったんだよ」
独り言のように並べられていく言葉を、鉄先恒貴は止めることができなかった。
……いいや。
もしかしたらこの独白は、止めるべきではないのかもしれない。
「一も九も救い出して、皆が笑って生きていられる世界を目指す。その為に頑張ってきた。所詮は零能力者だし、子供だし、完璧にとは言えなかったけど、それでも精一杯やってきた」
自分の命を天秤にかける価値が、きっとある。
ここが大きな分岐点になる。
鉄先恒貴はなぜか、勘のように曖昧なモノに確信を得ていた。
「だけどお前がいる限り、波瑠が笑顔になれない」
そして。
その確信は、どうやら正しかったらしい。
「お前がこの世界に生き続けている限り、波瑠が心の底から笑える日はきっと来ない。オレにはお前を救わなきゃいけない理由が、どうしても思いつかなかった」
天堂佑真が右の手のひらをかざしながら、告げた。
「だからオレはお前を殺すよ、鉄先恒貴」
「殺せ。そして悪まで堕ちてこい、零能力者」
〝雷撃〟が視界いっぱいに広がっていく。
肉体がバラバラに分解されていく中で、鉄先恒貴は笑った。
笑って、笑って、笑い尽くして。
決して満足とはいえない人生に、幕を下ろした。




