●第百八十七話 一位:集結-①
「事の始まりは去年の十二月二十一日。うひょひょ、『オリハルコン事件』にて動いていた二つの『計画』まで遡る」
佑真と夢人はすでに移動を開始していた。
木の幹に括りつけられていたはずの月影空は、その紐を使ってズリズリと夢人に引きずられながら移動していた。『敵をも見捨てないヒーロー性』を感じる一方で、いくら全身サイボーグとはいえこの扱いはセーフなの? とか思うジジイである。
「一つは天皇桜……もとい神山桜と【神山システム】を利用した〝天の書板〟の再現。もう一つは集結の493人の良質な波動徴収による『絶対の力』取得だね」
「それが今回の鉄先恒貴の……暴走に繋がると?」
月影空は「うむ☆」と首肯しながら、
「この両『計画』は、人間が神へ至るための『第二・第三計画』だね。無論第一はキミ達に関わりの深い《神上》であるワケだが――鉄先恒貴はそのうち『第二計画』の主任だった。うひょひょ」
「両方とも未遂に終わったはずだが」
「他でもないキミが終わらせたんだ、零能力者☆ そうして失敗した鉄先恒貴君は、どうなったと思う?」
別に聞きたくもない話を勝手にされているだけなので、佑真と夢人は顔を見合わせて、スルーで、と意思を合わせた。月影空は気にせず続ける。
「『計画』の失敗こそが、鉄先恒貴君の原動力となったのさ。
天皇波瑠と天堂佑真への復讐と、もう一度人外に自分を見てもらう……二つの目標を掲げてね☆ 彼は《神上》ではない別の方法で〝人間が神へ至る術〟を探り、最終的には彼が最も得意とする分野、科学で問題を解決しようとした」
「「……、」」
「実は興味津々なんだからさぁ、うひょひょ☆ 相槌くらい打ったらどうだい?」
「佑真さんやっぱりこの人捨てません!?」
「そりゃダメだ。コイツ足をパージしたせいでパワードスーツから逃げられないって言うんだもん。放っといたら死んじまう」
もしやここまで作戦の内なのか!? と戦慄する佑真と夢人だったが、月影空は独り言のような話を再開させた。
「鉄先恒貴君のメインテーマは超能力の解析だ。『銀燐機竜』さえ彼にとっては途中の段階。人間の脳では超能力は一個だけだが、機械なら複数個を搭載できるからねぇ。ありとあらゆる超能力を解析し、組み合わせていけば〝人間には至れない領域〟へ到達できるだろう――と☆」
けれど、と老人。
「人間が人間の発想に基づいて創る機械じゃあ、〝人間には至れない領域〟へたどり着けるワケがない。鉄先恒貴君の努力はすべて徒労に終わるのさ……あの人外が人外と呼ばれているのはそういう理由だっていうのにねぇ」
「…………その人外って、天皇劫一籠か?」
「あえてお茶を濁す☆」
ブチッと佑真の中で何かが切れる音がしたが、夢人が「どうどう」と必死に抑えてくれる。
「とにもかくにも鉄先恒貴君は現在進行形で、科学を用いて〝領域〟を目指していた……しかし度重なる失敗が、彼から冷静さを失わせていった。
例えば『東京大混乱』を起こして超能力のデータを採集し、同時に天堂佑真を殺すつもりだったが――《神上の聖》と《神上の魔》の活躍によって結果は不良。
例えば『高尾山事件』を起こして天皇波瑠と天堂佑真を殺しにかかったが、当の《零能力》と九十九颯君……《神上の宇》の介入によってやや失敗。
うひょひょ、マイルドに纏めてみれば、何度殺そうとしても生き延びる天堂佑真と天皇波瑠にイライラして、不完全な『銀燐機竜』を動員してでもキミ達に直接手を下そうとした」
これが今回の事の顛末だ、と月影空は締めくくった。
舞台裏を聞かされたところで、佑真達に今更できることはない。
「……まるでオレが悪いみたいな言い草だけど、『東京大混乱』も『高尾山事件』も見逃していい事件じゃなかった。悲劇を食い止めるために沢山の人が頑張ったのに、オレと波瑠が生き延びたのに腹が立ちました、だからまた事件を起こします、だと? 冗談じゃねえ」
「言い方はアレですけど、鉄先恒貴って想像以上にヤバいですね。佑真さんか波瑠さんが生きている限り、この世界に私情で悲劇を起こし続ける……」
心の中に黒々しい感情が渦巻いていく。
怒りが湧き上がり、その矛先が明確な誰かの脳髄を指し示していく。
本当に死ぬべきはどっちだ、と。
この男には、銃口を眉間に突き立てても問題ないとさえ思えてくる。
「……、」
佑真は短く息を吐き、
「とにかく波瑠のところへ急ごう。残っている『銀燐機竜』はあの《集結》だ、オレ以外の全員がまともに戦闘できないだろうしな」
☆ ☆ ☆
月影一歩と月影百歩の案内は、波瑠が一瞬確認した見取り図での目的地へ一直線だった。
第二研究実験施設。
そのモニタールームへ、波瑠は通される。
「よォ。久々だな、天皇波瑠」
鉄先恒貴は変わっていた。
目が血走っているし、髪は掻きむしり過ぎたせいか一部が薄くなっていた。それでも白衣を羽織る研究者の風貌は保ち、見ようによっては好青年に見えるのかもしれない面影が残っていた。
椅子に座る彼は波瑠を見るなりニタァと口角をつり上げるが、波瑠はまず部屋を観察する。
《精神支配》を通じて見せられた映像と同様に、ガラス越しの部屋には十字架にはり付けられた無機亜澄華がいた。
四ヶ月ぶりに見る彼女は、違和感を覚える程に綺麗な体だった。
傷一つない素肌。整えられたプロポーション。不健康なボサボサ髪も今は整えられて、ツヤが感じられる。無機は地が美人だが、名前の通りロボットのような無機質さを感じさせる性格で、身だしなみを気にしていなかった。
やはり、作り物なのだろうか。
「今声をかけてんのは俺だ。そォ焦るなよ」
獅子も怯むような怒声が、波瑠の意識を引き戻す。
「そこの女は……まあ死んでいる。そりゃ殺すさ。俺の人生を最初から最後まで滅茶苦茶にしやがったんだからな、丁寧に殺してやったよ」
脳がチカチカする。
「圧殺、刺殺、銃殺なんて基本どころは大方試した。腕や足を引きちぎって別の部分にくっつける実験はなかなか面白かったぜ……あァ、比喩だよ比喩。本当に殺していたら一回で終わっちまうからなァ。実際はギリギリのラインを維持させ、使い物にならなくなった肉体はサイボーグに置き換えてでも生かした。徹底的に苦しめるために」
「……、」
「ま、つっても。一昨日殺したよ、マジで」
落ち着け、と波瑠は自分に必死に言い聞かせる。
たった三メートルもない間合い。《霧幻焔華》を使えば確実に仕留められる距離。
今の優位を、理性を失う、なんて形で崩してはいけない。
「そう、一昨日だ一昨日。四十八時間前に殺した。クハッ、やっぱ堪えられねェよクソッタレ!ああ、笑っちまうよなァ! 手前が『姉みたいだ』と愛情を向けた無機亜澄華は! この俺の手で! わざわざ四十八時間前に殺しちまったよォ!」
「………………、」
「いやァ見せたかったぜ! 鮮血が飛び散る様を! あの無機亜澄華が、天才科学者がいとも容易く命を刈り取られるザマを! 四ヶ月も俺のサンドバックやってたからすでに精神は止みまくっていてリアクションが薄いのだけが残念だったけどなァ!」
もう我慢できなかった。
いや、そもそも我慢する必要なんてなかったはずだ。
自分には《神上の光》がある。
二十四時間以内であれば、この男だろうと生き返らせることができる。
だからとりあえず、黙らせよう。
パキ、と水蒸気が凍る音が鉄先恒貴の口元で発生した。
一瞬のうちに氷塊は広がり、鉄先恒貴どころかこのモニタールームを埋め尽くすほど膨大な凍結が行われた。氷柱が伸びる。鉄先恒貴の肉体が決して脱出できないよう、完全に、完膚なきまでに凍り付かせる。
絶対零度。
波瑠が何もかもを凍結させて、部屋に静寂が訪れた。
けれど。
ゴバッッッ!!! と。
漆黒の波動が氷塊を粉々に砕き、破壊し、呑み込んでいく。
翼のような形状へ変化していく漆黒の波動の噴出点は、波瑠が最も念入りに凍結させた場所だった。
即ち。
鉄先恒貴の肉体、そのものから。
(……まさか、この漆黒の波動は……!?)
「クハッ……ハハハハハ! 言っただろうが天皇波瑠! 第一位の機体も今に動き出すと!」
鉄先恒貴の背後のガラスが砕けるほどの衝撃が走った。
ベリベリベリ、と鉄先の衣装が漆黒の波動に耐えきれずに破けていく。そうして露出した腹部に不気味な赤い球体が結び付けられていた。
その球体の中に浮かぶ物体は、脳と呼ばれている部位に見えた。
(まさか、まさかまさかまさかッ!!)
「最後の『銀燐機竜』は、まさか……!」
「この世で最も超能力を再現するのに優れたコンピュータは何か? 決まってんだろ、人間の脳みそだよ!」
後方の部屋の壁を突き破り、最後の『銀燐機竜』が姿を現す。
だが、五メートル級のドラゴンはあくまで外殻だ。
操縦者として、鉄先恒貴は漆黒の波動を、破壊の象徴を周囲に振りかざしながらコックピットへ乗り込んでいく。
「第一位の超能力を完璧に己のモノにするために、俺は俺の脳みそを提供した。【神山システム】に用いた理論を応用し、あらかじめ《集結》の能力演算パターンを書き込んだ機械に脳を接続させて演算能力を補わせることで、《集結》を再現したってワケだ」
波瑠は逃げようとするが、もう遅い。
「肉体への影響が大きすぎるんでこォして脳を分離したワケだが、結局俺の思考パターンはヤツに浸食され、口調もご覧のザマだ。結局これだけじゃ超能力をまともに制御できず、更に外側から『銀燐機竜』で補強してようやく安定するんだがなァ」
人間の生命力を刈り取る波動が、幾重にも連なって少女に迫る。
破壊と殺戮を象徴する闇が、無数の棘と化して逃げ場を奪っていく。
「すげェ影響力だぜ、《集結》は。かつてこの強大な力を複製し軍事利用しようというプロジェクトがあったらしいが――その被験者は全員が正気を失い、能力に呑み込まれていった。結果、生島つぐみやカルムといったごく少数の劣化版《集結》を残すのみに終わった。人間の脳だけでは劣化させるしかなかった超能力を、俺様は、今! ここで!! 科学を用いて完膚なきまでに再現しちまったのさァ!!! これがどういう意味を持つかわかるか、天皇波瑠!!!」
機械仕掛けのドラゴンに乗り込みながら、鉄先恒貴は笑った。
背を向けて全力で逃げようとする波瑠は、不自然にも自分の真横を通り過ぎる波動があることに気づいた。単に制御できていないのかと思ったが、違う。
通り過ぎた二本の波動は、的確に狙った箇所を貫いていた。
「「……うそ、でしょ……こーき……?」」
月影一歩と月影百歩。
波瑠をこの部屋へ連れてきた二人の子供の腹部を射抜き、波動を操る超能力が、波動を根こそぎ奪い取っていく。
超能力の源となる波動は、人間の生命力を単に言い換えたものだ。
即ち、波動を抜き取られた双子の体が崩れ落ちていくのは、両者が死亡したことを意味していた。
「お前は……お前はァあああああ!!」
人間の死を受け入れられないトラウマを持つ波瑠は、崩れ落ちる双子を受け止めながら激昂する。
「そうキレるなよ聖職者、《集結》は元々こォいう力だろうが! あァ、即ち! 493人分の波動の集結!! あの忌々しい零能力者によって頓挫されちまった、人間が神へ至る『第三計画』の再開だ! まずは景気づけに手前の波動を奪い取るところから幕開けと行こうかァ!! クハッ、ハハハハハハハハハハハハ!!!」
耳をつんざく程の高笑いが、波瑠の心を抉り取る。
生きとし生ける全ての命に終止符を打つ悪魔の一撃が、波瑠の心臓を貫いていく。
――――ダメだ。
波瑠は自分の体に突き刺さった闇の波動を見下ろしながら、スローモーションのようにゆっくりになった体感の中で思った。
目の前に対峙する男は、まごうことなき悪党だ。
何もかもを犠牲にしてでも、自分の目的のためなら手段を選ばない畜生だ。
赤の他人だろうと身内だろうと己の肉体だろうと、しっちゃかめっちゃかに破壊する悪魔だ。
こんなヤツを、野放しにできない。
こんな人間を、生かしておく理由がない。
この悪意の塊を、もうこれ以上生かしておく理由がない。
世界中の人々を鉄先恒貴の毒牙から救うには。
鉄先恒貴を殺すしか、ない。
自分を縛り付けていた手錠や足枷といったものが、粉々に砕け散ったような気がした。
この感覚を受け入れるのは、不気味な爽快感があって。
ドクンドクンと鼓動を速める心臓の奥底は、空虚な痛みを訴えていて。
極限にまで高められた恐怖と怒りが、《神上の光》を『負』方向に呼び起こす。
「来て――〝世界に仇為す黎明の翼〟」
ズバッッッ!! と。
蒼い少女の背中から広がった六対十二枚の翼が、漆黒の波動を一斉に跳ね返した。
☆ ☆ ☆
大地が割れた。
地下空間に広がっていた研究施設だったが、波瑠の背中から飛び出した六対十二の翼と鉄先恒貴の広げた《集結》の威力に耐えきれず、天井部分だった地面が、メリメリメリ、と引き裂かれていく。
まるで大地震で地層のズレが発生し、大きな亀裂となるように。
その亀裂からおよそ人間には不可能な速度で、二つの影が飛び出した。
『銀燐機竜』に乗ることで《集結》を安定させた鉄先恒貴と、黎明の翼を背中に携えた真っ白な少女だ。両者は螺旋を描くように衝突を繰り返しながら樹海を飛翔し、突風を周囲へ撒き散らしていく。
「ハッ、序盤くらいは《霧幻焔華》を体験できると思っていたが、いきなり〝神的象徴〟で来るとはなァ!」
「――――!!」
真っ白な少女――もとい『天使の力』に全身を覆われ、人間としての意識を手放しつつある波瑠は鼓膜をつんざく叫声を上げ、十二の翼を広げた。
無数のレーザービームが、音を置いていく速度で吹き抜ける。
純白の攻撃を、漆黒の波動が塗りつぶしていく。
球状に乱舞する風の唸りが、周辺の木々にあった青葉をあらかた引きはがしていく。激突の余波はそれに収まらず、地上では土煙が高波のように広がっていた。
けれど、空中を主戦場とする両者は地上などお構いなしに、もう一度衝突した。
白い十二枚の翼と、漆黒の無数の波動が絡み合う。
掠めるだけで衝撃波が炸裂し、真正面からぶつかり合えば轟!! と爆音が起こる。
「六対十二の翼を持ちながらも悪魔を従えて神に叛逆した『聖書』の魔王、ルシファー。手前の《神上の光》が人間界に堕とす〝神的象徴〟の正体はそれだ」
鉄先恒貴は《集結》がそれと均衡している手応えを元に、漆黒の波動を翼のように伸ばしていく。
「象徴は叛逆。その十二枚の翼は、相手が行う攻撃に対して必ず『最適解』となるクソチートの神造兵器だ。クハッ、まァテメェ自身は微塵も理解せず、ただ本能の赴くままに翼を振るっているんだろォがな」
目的が天皇波瑠を殺害することである以上、鉄先恒貴は彼女の素性について調べられるだけ調べてきた。家族構成や生い立ちから、超能力を用いた戦闘方法、そして極限状態で覚醒させる《神上の力》という奇跡まで余すところなく。
本来オカルトは鉄先恒貴の分野ではないが、解析し続けることで一つの仮説が立った。
そもそも《神上の力》とは、神上シリーズの真価である。
普段使われる『生死を覆す奇跡』や『希望を司る奇跡』ではなく、神々が実際に手にしていたとされる具体的な〝神的象徴〟をその身に宿すことで、逆説的に人間を神の領域まで引っ張り上げる。
現代社会に生きる人間には全くピンと来ない、非科学的な異能力だろう。
波瑠……もとい《神上の光》が宿す〝神的象徴〟は〝世界に仇為す黎明の翼〟。
効力はまさしく鉄先恒貴の解析通り、必ず反撃を成功させる能力だ。
《神上の力》状態の波瑠が同状態の神山桜・戸井千花の〝神的象徴〟を圧倒できたのは、叛逆に特化した十二枚の翼があってこそだったのだ。
故に。
「その翼を抑え込んじまえば、手前の優位性は消える」
『銀燐機竜』の広げた漆黒の波動が、十二枚の翼を蛇が巻き付くように締め上げる。
拘束を引きはがそうともがく一瞬の隙をつき、漆黒の波動は更に伸びて波瑠の腹部を連続して突き刺していった。
「その瞬間に波動を全て奪い取る! これで終わりだ、天皇波瑠!!」
鉄先恒貴が高笑いしながら勝利を確信した、その瞬間に。
ズ……ずずずずず、と氷塊が伸びていく。
『天使の力』に呑み込まれたはずだった波瑠の超能力、《霧幻焔華》が生きている。
彼女を縛る枷が失われたことで、致死の威力に達した氷の矢が『銀燐機竜』へ襲い掛かる。
「馬鹿が。超能力は《集結》に通じねェぞ」
氷の矢は、『銀燐機竜』がわずかに薙ぎ払った漆黒の波動によって一瞬で砕かれた。
だが、波瑠の狙いはそこではない。『銀燐機竜』の波動の操作がほんのわずかにでも逸れた隙をついて、腹部を貫いた漆黒の波動を抜くことだった。
風穴が空いたはずの腹部は一瞬で修復された。今の状態であれば、《神上の光》を自分に対しても『生き血を使って魔法陣を描く』という手間をかけずに使えるようだ。
「チッ、やはり向こうの方が戦闘慣れしてやがるか。集結のデータを下手に入力した分、ヤツの弱点である単調な戦闘スタイルまで俺様の思考パターンにこびりついちまったらしいな」
空中で、ふたたび大天使と『銀燐機竜』が対峙する。
「急いても仕方ねェ。手前をこちらのレベルにまで落としてやる」
しかし『銀燐機竜』は漆黒の翼を折りたたみ、樹海に向かって急落下を始めた。
悪魔の目指す先には、大量のパワードスーツと操縦者たちが蠢いている。
☆ ☆ ☆




