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●第百八十六話 四位:物質創造‐②

 ランクⅩを模した『銀燐機竜(シルバードラゴン)』ではなく、それを製造するためにとりあえず作られた試作機。


 外見も超能力もバラバラな駆動鎧の大群が、黒羽美里に猛威を振るっていた。


 劫、と大気が燃える。


 カマキリ型のパワードスーツが業火をまとった状態で鎌を振り抜いていく。


「くっ!」


 美里はギリギリ後方へ飛び去りながら鎌を回避するが、背後にはオオカミ型の駆動鎧が閃光を構えていた。


 カッ、と光線が弾け飛ぶ。


 正確には雷の放射だ。咄嗟に回避できないことを悟った美里は、あらかじめ右手に用意していた黒曜石をわざと落とした。


 自身の超能力、《黒曜霧散(ブラックプロージョン)》を使い黒曜石を爆発させる。


 美里の背中を殴りつける爆風が、間一髪、体を雷撃の軌道上から逃がすことに成功した。


「がはっ……!」


 無論ノーダメージとはいかない強引な回避だ。呻きながらもなんとか着地する美里の傍に、蝶型のパワードスーツが飛来する。


 地面に落ちていた青葉を片っ端から浮かび上がらせていく。数え切れない程大量の青葉は小魚が集まって大きな体を演出するように一塊に集まり、一斉に撃ち出された。


 美里は知る由もないが、これは《群衆制御(クラウドマリオネット)》という同時に複数の物体を操る超能力だ。


 ガバッと飛び込んで無数の葉のカッターを回避するも、樹海をゴロゴロと転がっていく。


 その先にも、パワードスーツ。


 海生龍型をしておきながら、そのパワードスーツの生み出すものは灼熱紅蓮のマグマだった。大量の熱が降り注ぐより早く、美里は黒曜石を放り投げる。


 地面を爆発させて土砂の壁を作り、マグマの流れる方向をズラしたのだ。


 英雄、天皇真希の右腕として第三次世界大戦を渡り抜いた美里は元々戦闘経験を多く積んでいる。現状は黒曜石の残数やサイボーグ化に伴う運動能力の低下が気になるが、それでも彼女は一定時間、無数のパワードスーツを一人で相手取っていた。


 ザザザッと足を滑らせる美里は、肩越しに『出入口』の方を確認する。


(あそこに入ろうとするパワードスーツはいないようですね)


 肩越しに見た、つまり美里は自分達のゴール地点である研究施設の『出入口』を背にしながら戦っているのだ。


 共にいた波瑠は、すでに別の場所へと向かっていた。


 鉄先恒貴の描く『計画(シナリオ)』のおそらく裏をかくであろう、大きなアドリブを成し遂げるために。




   ☆ ☆ ☆




物質創造(クリエイトマテリアル)》製の『不可視、されど猛毒の光を発する翼』によって夢人が倒された。


 同じ『猛毒の光』を浴びているにもかかわらず佑真が動けているのは、全身に纏った〝雷撃〟が超能力をかき消していたからだ。


(……この爺さんも言っていたが、オレの〝雷撃〟は《物質創造(クリエイトマテリアル)》がどんな物質を創ろうとも問答無用でかき消せるらしい)


 佑真は頭の中で、確認するように条件を並べていく。


(一方でオレに攻撃手段はない。《臨界突破(リミッターアウト)》の操縦者を置いていくワケにもいかない)


「さて、それでは《零能力》の攻略を始めるかな☆」


 しかし佑真が考え抜く前に、両腕を失った月影(つきかげ)(うつほ)が告げる。




「入力。『窒素を一定方向に誘導する毒ガス』を」




 視覚的な変化は、一切起こらなかった。


 ただし、何かが佑真の両脇を吹き抜けていく。月影空の言葉をその通りに受け止めれば、吹き抜けていったのは毒ガスだ。それも窒素のみを誘導する質の悪いもの。


「クソッ!」


 佑真は全身に〝雷撃〟を纏わせるが、何かを消す感覚は生まれない。焦りによってほんのわずかに呼吸のペースが速くなった佑真の肺を、激痛が襲った。


 長距離走の後の酸欠に近い症状だ。空気を吸い込んでいるつもりなのに何も満たされず、ただ違和感が胸の奥に生じていた。


「ッ!? が、ぁ、ッ……!」


 生理的な気持ち悪さと酸素を求める肺の過剰な呼吸が、毛細血管や肺胞に痛みを生じさせる。


 簡単に地面に崩れ落ちる佑真。


(なんでだ……なんで『毒ガス』が消されないんだ!?)


「うーむ、これでは予想通りで面白くないねぇ、うひょひょ……」


 どこかガッカリした様子の月影空は倒れっぱなしの夢人をゲシゲシと蹴りながら、


「《零能力》はあくまで超能力――この場合は『毒ガス』を消すのであって、誘導された高濃度の窒素をかき消せるワケではない。攻略法としては単純なモノだが、私以外の誰かが実践していてもおかしくない手段なんだよねぇ」


《零能力》は、消されるための異能が存在して初めて効果を発揮する。月影空は『毒ガス』を〝雷撃〟に触れないよう迂回させ、あくまで大雑把に窒素の流れを誘導したのだ。


 今佑真が伏せている場所は決して酸素が0ではないだろう。


 が、普段人間が吸っている空気は意外な程繊細なバランスで成り立っている。


「窒素を移動させた分だけ周囲にいる私も酸素他の濃度が高くなるから、リスクが高い攻略法なんだけど☆」


 わずか一手で勝敗は決した。


「……、」


 ここから零能力者に打つ手はない――――なんていうほど簡単に決着をつけられれば、これまで集結(アグリゲイト)金世杰(ジンシージェ)も天堂佑真に敗北していない。


「……うひょひょ?」


 月影空が細い双眸を見開いた。


 無理くりに呼吸を止めて背中の男性を降ろした佑真の左腕に、莫大な量の〝雷撃〟が集合していく。彼はまだ諦めていない。ただ酸素を奪った程度では、自称諦めの悪い男を止めるには不足しているのだ。


「乱雑に《零能力》を放って周囲の『毒ガス』を消しとるつもりだねぇ? うひょひょ、そうはさせない☆」


「……ォォォオオオオオ!」


 男性を守るように立ち上がった佑真が、肺に残る酸素を全て吐き出すように咆えた。




「入力。『零能力を食い潰す程の質量をもった(いかづち)』を」


「夢人! テメェの戦いにはテメェがケリつけろ!!」




 雷撃と〝雷撃〟が交差する。


 文字通りに。


 雷撃と〝雷撃〟は互いに衝突することも、片方が片方を食い潰すこともなく、ただすれ違って互いの進行方向へと驀進していく!


「なッ!?」


 驚愕を露わにしたのは月影空だ。


《零能力》は消すだけではない。創造と還元の両方が揃って初めてその名を冠する力。


 今しがた佑真が放った〝雷撃〟は創造の方向性だった、というだけだ。




 ただし。


 単なる創造という方向性ではなく、ある具体性を帯びている。


物質創造(クリエイトマテリアル)》と交戦する直前に、夢人の誘導によって取得した不完全な〝模倣神技(ルート・ファンタズム)〟。


 生死こそ覆せないが、ありとあらゆる傷を癒し尽くす《神上の光(ゴッドブレス)》の劣化品が樹海を突き抜けていく。




 その先にいたのは『銀燐機竜(シルバードラゴン)』と月影空、そして猛毒に侵されていた夢人だ。


 質料をもった雷を右手で受け止めながら倒れていく佑真と対照的に、ザッ! と地面を踏み抜く轟音が響く。


 一瞬にして全身の猛毒が癒された夢人がふたたび立ち上がった位置は、月影空の背後一メートル。忍者である夢人と両腕を失った老人、どちらが先手を取るかは目に見えていた。


「うひょ」


「いくら刺しても血が流れないんだったっけ」


 月影空が言葉を発する前に後頭部を鷲掴みにした夢人が、老人を地面へと殴りつける。顔から歪んだ大地に激突した月影空はさすがに呻き声を上げていた。


「う、うひょ……うひょひょ☆ 舐めるなよ若造! 周囲には『窒素を一定方向に誘導する毒ガス』が流れている! ソイツを誘導するだけでお前もノックダウンだ!」


「そうなるのと、ぼくの《神上の宙(ゴッドブレス)》がお前を分解するの、どちらが早いと思う?」


 夢人の手のひらは、月影空の後頭部に触れている。異変を感じた瞬間、レーザービームを放射するまでもなく月影空の全身に《神上の宙(ゴッドブレス)》を浴びせられるだろう。


 その上で、冷静沈着に夢人は告げた。


「ああ、一つ先に言っておきますね。普段はぼくが調整して有機物を分解しないようにしているだけで、設定を変えれば人間も植物も分解可能なんです。人間だって炭素の塊、質料から成り立っているのに変わりはない。だから『機械仕掛けに見せかけておいて頭部は生身だから通じないぞ☆』とかはナイです。すみません」


「うひょひょ、私は負けたか。だがしかし! まだ『銀燐機竜(シルバードラゴン)』は動いている! そっちから目線を外していて大丈夫かな!? うひょひょッ!」


 ゴウッッッ! と風を切る音がした。


 第四位の『銀燐機竜(シルバードラゴン)』が月影空の無力化を受けて、他の八機のように自立行動を始めたようだ。まずは真下にいる夢人に向かって『万物を引き裂き、貫く、黄金の粒子』を撃とうとしているらしかった。


 が、しかし。


 真下にいるからこそ、夢人の純白のレーザービームが『銀燐機竜(シルバードラゴン)』を分解するまでの方が早かった。


 バラバラと雨のように降り注ぐ破片の中で、なおも月影空は笑う。


「…………うひょ、うひょひょ。けれど。けれど! 天堂佑真を仕留められたのであれば、私の負けにも意味がある☆ 天皇劫一籠君は多少怒るだろうが、だが、彼にも成し遂げられなかった大金星だ! うひょひょ、うひょひょひょひょひょひょ!!」


 嘲笑う老人の耳に、ザッ!! と。


 もう一度、地面を力強く踏み抜く轟音が届いた。


「……ひょ?」


 天堂佑真が立ち上がったのだ。


 左腕を中心に全身が焼け焦げているが、それでも夜空色の髪の少年は両脚で立ち上がった。


 己の生存を証明するために。そして夢人の勝利を確定させるために。


「ありえん……何故だ……あの『雷』は《零能力》と相殺する威力だぞ……これまで《零能力》は何度か処理が追い付かず、異能の力を消しきれない場面があった。そのシチュエーションでの数値を入力した『雷』だぞ!? 生き延びれるはずが……ッ!」


「ならきっと、佑真さんは処理を追いつかせたんですよ」


 佑真が地面に寝かせていた男性を抱え直すのを見ながら、夢人は告げる。


「逆境の中でも諦めずに戦い続け、逆境を覆すだけの成長を遂げる。ぼくがこの樹海で見た佑真さんの脅威は、この一点に尽きると思います」




   ☆ ☆ ☆




 全身びっくりサイボーグ人間なので組み伏せた後も『足から仕込み刀が!』とか『コアが自爆するシステムが!』を警戒していた夢人だったが、月影空はその可能性を自ら否定すると、無抵抗の証に両脚のパーツを分離させた。


 曰く、


「私は日常的に身体をダメにしてきたからねぇ。うひょひょ、その手の仕込みをしても、すぐ廃棄では研究費を食い潰してしまうのさ☆」


「……【月夜】にも大人の事情があんのな」


「まぁ万が一が怖いんで、拘束するだけしておきますけど」


 忍び道具を使って月影空(胴体のみバージョン)を木の幹に括りつける夢人は、全身を黒焦げにした佑真を改めて観察していた。




 先ほどは(月影空を精神的に制圧する意味も込めて)ああ言ったが、佑真がどう『雷』から生き延びたのかは、夢人にも疑問でならなかった。


 夢人を救うために、《神上の光(ゴッドブレス)》の〝模倣神技(ルート・ファンタズム)〟を放った段階までは分かる。


 しかし、その後佑真側に向かっていた『(いかづち)』をどう防いだのか。


(……あくまで推測でしかないけれど、佑真さんはまず右腕で『雷』を受け止めていた。三秒間触れ続けることで消すのを期待したけれど、それじゃ間に合わないと判断して全身から〝雷撃〟を放出させた…………の?)


 すべてが一秒未満での出来事だ、ということを忘れてはいけない。


(いくら全身が噴出点になるからといったって、創造側を使った直後に還元側の〝雷撃〟へ切り替える、なんて可能なのかな?)


 可能にしていなければ佑真は死んでいるのだから――戦闘センスが怪物じみている。


 零能力者という(かせ)が、武器へとすり替わる分岐点に立ち会っている気分だ。


(……きっと、佑真さん自身や他の誰しもが思っている以上に、天堂佑真は《零能力》を使いこなし始めている。それこそランクⅩでさえ歯が立たないという可能性を『銀燐機竜(シルバードラゴン)』戦で示し始めている……!)


 まだ全身を焦がすだけの弱さがある。


 だが、この成長の余地を詰めてしまった時。


 天堂佑真は『世界級能力者』よりも恐ろしい何かに進んでしまうのではないか――。




 考えすぎかな、と夢人が月影空の拘束を終えて立ち上がろうとした時。


 ズズズズ……ッ!! と大きな地鳴りが響き渡った。大きすぎる音に佑真達が立っている地面が共鳴し、地震のように上下に震動する。


「うわっとっと」


「大丈夫か夢人」


「ありがたいですけど、もうちょい受け止め方ありませんでした?」


「って言われても両手塞がってるし」


 よろける夢人を器用に胸板で受け止めた佑真は、地鳴りが響いた方向へ目を向けた。


「それよりなんだ、今の音?」


「何かが爆発したような音でしたが……」


「うひょひょ、始まったんだよ」


 口を挟んできた月影空に、二人は素直に問いかけることにした。


「「何が?」」


「鉄先恒貴君の『計画(シナリオ)』、その最終段階ってヤツ☆」




   ☆ ☆ ☆




 夢人が《物質創造(クリエイトマテリアル)》の機体にトドメを刺す、わずかに前。




 黒羽美里と別れた波瑠は、単身で『出入口』から研究施設に突撃していた。


 隠密行動なんてない。


 強引にドアを破壊して、真正面からの強行突破である。


(鉄先恒貴は私に会いたがっている。でないと無機さんをわざわざ見せたりなんかしない)


 しばらくの間は警備ロボットが立ちはだかっていたが、ある程度進むと妨害もトラップもなくなっていた。


(敵地のど真ん中に潜り込むなんて正気の沙汰じゃないけど、桜を助け出すために似たようなことは繰り返してきたんだ!《集結(アグリゲイト)》の『銀燐機竜(シルバードラゴン)』が外に出る前に、戦闘力がない鉄先恒貴を直接討つ!)


 経験値は己の中に蓄積されている。


 途中で見かけた見取り図を元に、波瑠は窓もない廊下を進んでいた――のだが。


「……あなた達、どうしてここにいるの?【ウラヌス】に捕まったはずじゃあ……?」


 廊下で出くわした思いがけない相手から、なぜか道案内を受けていた。




「さぁてね」「その質問に答えると」「てんのーはるは」「ちょっと悲しくなると思うよ」


 独特な喋り方をするのは、月影(つきかげ)一歩(いっぽ)と月影百歩(ひゃっぽ)


 かつて盟星学園高校・新入生合同演習をメチャクチャにした元凶である、双子の子供だ。ちなみに一歩が女の子、百歩が男の子である。




 敵対した時は着物に燕尾服とかなり気取った衣装だったが、今の二人は簡素な薄水色の病衣だった。特に武器を隠し持っている様子もなく、本人たちは波瑠と出くわすなり「「案内に来たよ」」とソプラノを重ねたくらいだ。


「……なら余計なこと考えたくないし、聞かないけど。それで案内するってどこへ?」


「どこへって」「おかしなことを」「聞くんだね」「このタイミングなら」「一つじゃないか」


 一歩と百歩は子供らしい表情でクスクス笑い、




「「こーき。鉄先恒貴のところだよ」」




 素敵な道案内が続く。


 もしかしたら、波瑠はまだ鉄先恒貴の『計画』の上にいるのかもしれない。


 嫌な予感を払拭できない波瑠は、無意識にSETが起動していることを確認した。





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