●第百八十五話 四位:物質創造‐①
[breaktime-03]
人にも神様にも、人にも悪魔にも、人にも死体にも見える『人外』――天皇劫一籠は、鉄先恒貴にとって『英雄』だった。
「――――【神山システム】を用い、天皇桜の肉体を支配・制御するのだ」
自分に生きる意味を与えてくれる『導師』であり。
自分が成功を収めるための方法を教えてくれる『先生』であり。
自分の持てる全てをこの人のために使いたいと思わせるほどの『恩人』だった。
「――――貴様の能力を以てすればその程度、容易いであろう?『計画』はこちらで整える。貴様は《雷桜》と【神山システム】を接続させることのみを考えていればよい」
尽くした。
尽くして、尽くして、尽くした。
【神山システム】を完成させた。
人間を制御する人工知能『神山桜』を開発した。
とある少女の肉体を乗っ取ることにも成功した。
天皇劫一籠の期待に応え続けた。
にも拘わらず。
「――――そうか」
鉄先恒貴に対する感謝の言葉は、なかった。
「――――やはり、科学では〝神的象徴〟にも至れんか」
鉄先恒貴は……眺めていた。
「――――『第二計画』は破棄。これより神山桜は器である天皇桜の素養より、『第一計画』へ投入する」
自分の成果物である『神山桜』と【神山システム】が、何か大きな流れの中に呑み込まれていくのを……眺めていた。
「――――そういえば『第一計画』……《神上》の候補に挙げられたのは『第三計画』である集結もだったな」
人にも神様にも、人にも悪魔にも、人にも死体にも見える『人外』が。
「――――これで我が『計画』は全て『第一計画』に合流したか。まったく、神に至る才華はそれ相応の申し子に秘められている、とでもいうのだろうか」
第三次世界大戦を終わらせた『英雄』が。
あるいは、鉄先恒貴をここまで導いた『英雄』が。
「――――これは、愛する女性一人救えなかったオレに対する当てつけか?」
初めて、人間らしく慟哭する様を……眺めていた。
「――――。まあよい」
そして鉄先恒貴は、気づいた。
自分は所詮利用されていただけであり、天皇劫一籠が掲げる『計画』とやらのパーツの一つにすぎなかったのだと。
「――――元より《神上》が本命である。世界が創り変えられるまでのカウントダウンは、もう始まっている」
だけど。それでも。
だからこそ。
鉄先恒貴は、天皇劫一籠に尽くすことを選択した。
ああ、客観的に見れば、天皇劫一籠は非道いことをしただろう。
所詮はたった一言、無機亜澄華よりお前の方が優れているぞ、と声をかけただけで。
正しい道を進めるかもしれなかった少年を、悪魔へと育てるだけ育てて、放置した。
だが。
たったの一言で、鉄先恒貴は確かに救われたのだ。
共感されなくたって構わない。同意を得られなくたって問題ない。
これは鉄先恒貴の人生だ。
この人生において、自分を天才だと正しく評価し、利用できたのは天皇劫一籠だけなのだ!
恩を返そう。
俺がこの『人間』を、次の世界へ導いてやる。
そうして、悪魔へ成長した男の孤独で果てなき戦いは始まった。
[Main-05]
「《物質創造》程クセのある超能力は存在しないと、私は思っているんだよねぇ」
月影空と名乗った白衣の老人が、佑真達を見下ろしながら飄々と言葉を並べていく。
「好きな物質を創造する、と聞けば便利で夢のある超能力なんだけど、肝心の創造が非常に面倒くさい。うひょひょ、例えば『万物を引き裂き、貫く、黄金の粒子』を創造する時に『万物とは?』を設定しなければいけないのだからね」
月影空はひょいと『銀燐機竜』から飛び降り、樹海に着地した。
「その面倒なプロセスを成し遂げる。故のランクⅩ第四位、月影叶だ。いやぁ、我が孫ながら誇らしい☆」
ニィ、と口元をほころばせる月影空。
意図が全く読めないので臨戦態勢を維持する佑真だが、背中には別の機体から救出した操縦者の死体を背負っている。もちろん意識のない死体は、単純に60キロ近い米俵を背負っているに等しかった。
波瑠をお姫様抱っこするのとは訳が違う。波瑠の体重は50キロに満たないし、抱かれる側も体重移動や腕力で、多少なり抱きやすさをサポートしてくれるのだ。
背中の操縦者を負担だと思いたくないが、絶対にまともに戦えない。
「私が持ってきたのは、そんな我が孫の超能力をコピーした『銀燐機竜』だ」
ジリ、と後退するタイミングを図る佑真の前に、夢人が庇うように踏み出した。
「すでに月影叶が設定した『万物』を流用できる。模倣と再現は厳密には違うんだねぇ☆」
夢人の一歩は、攻撃がくる、という嗅覚に従ったものだった。
先ほど夢人が手裏剣で弾いた『黄金の斧』がビュンと飛来し、月影空の脇を通過してもう一度降り注ぐ。
夢人は冷静に苦無を四本、それぞれの『斧』を迎撃するように投擲。刃が交える金属音は『斧』の着地音にかき消され、佑真達の周囲四か所で粉塵が上がった。
「ふむ、やはりキミが投げる金属物は『万物を引き裂き、貫く、黄金の粒子』の万物に含まれないようだ。つまり常識の範囲外。我が孫娘は魔術を嫌悪しているからねぇ……似たような方法で水野秋奈が我が孫娘を打倒していたっけ」
「水野秋奈……?」
佑真が聞き覚えのある名前に反応すると、月影空はニタァと頬を緩めた。
「おや、覚えていないかい? アストラルツリーで水野秋奈はランクⅨでありながら、ランクⅩの月影叶を打倒したじゃないか。うひょひょ、下剋上を成し遂げるのは、決して天堂佑真固有のパーソナリティではないんだけどねぇ」
忘れたわけではない。秋奈が片腕を失い、失血多量で気絶する程追い詰められてようやく勝利した相手。それが《物質創造》だ。
何度も頼りにしてきた親友でも苦戦する相手。
いくら《零能力》が超能力と相性が良いからといって、一瞬の油断が背中を刺す刃と化す。
「とにかく、孫娘の得意技である『万物を引き裂き、貫く、黄金の粒子』は相性が悪いらしい」
月影空がスッと片腕を上げる。
「入力。『万物を溶かす紅蓮のマグマ』を」
次の瞬間、緋色の閃光が目の前で炸裂した。
「う、わ」
「《零能力》です!」
反射的に目を閉じそうになる佑真を、夢人がグイッと引っ張った。
周囲でバキバキと木の倒れる音が聞こえる。肩越しに後方を確認すれば、『銀燐機竜』が放ったマグマが木の幹や根の部分を根こそぎ溶かし、上の部分が丸太となってドミノ倒しになっていくのが見えた。
佑真は右脚に〝雷撃〟を集め、サッカーボールを蹴り上げる要領で一気に振り抜く。
拡散された〝雷撃〟が紅蓮のマグマに触れた瞬間、バチィン! とマグマがかき消えた。
「敵は超能力に依存しています」夢人は苦無を構えながら、「砲撃でもこない限り、佑真さんの《零能力》が通用する。背中に背負った人を守るために最も有効な手段だと思います」
「みたいだな」
「戦闘はぼくが担当します。だから佑真さんはその人を守ることに専念してください!」
夢人はそう告げると、木々を伝ってひょいひょいと跳び上がった。
『銀燐機竜』の傍らに立つ月影空と視線が交わる。
「うひょひょ、この人間離れした身体能力は超能力のサポートじゃないねぇ。キミの実態を探りたいところだけれど、私の今日の目的は《零能力》の方なんだ」
月影空は再び、右手をスィと挙げた。
「入力。『零能力をも貫通する黄金の銃弾』を」
五メートル近いドラゴンの周囲に、ライフル銃が浮かび上がる。
その数は四丁。二丁は夢人に、二丁は佑真に銃口が向けられていた。
(このジジィ、今何て……!?)
「実験だよ、天堂佑真君」
右手が振り降ろされるのを合図に、四丁のライフル銃が轟音を放った。
およそ常人には回避できない速度で、黄金の銃弾が二人の少年へと直進する。
片方は、自称忍者の機動力を捕捉しきれずに回避され。
片方は〝雷撃〟によってバチィン! と跡形もなくかき消された。
「……くそ、ハッタリか!?」
「いいやぁ? 確かに《零能力》を入力したんだけどなぁ」
月影空は佑真の独り言を拾って、
「なるほどなるほど。たとえ『万物』に組み込んだとしても、優先されるのは《零能力》側にある『ありとあらゆる異能を消す異能』という性質なんだねぇ☆ 鶏が先か卵が先かくらい曖昧であれば通じたかもしれないが、すでに決まっている順序には割り込めないか。ところで」
老人はゆっくりと振り返る。
「入力。『窒素を一定方向に誘導する液体』を」
『銀燐機竜』の周囲にボコボコッと透明な液体が生み出されると、月影空の背後に回り込んでいた夢人側に向かって一斉に流れ出した。
液体はあくまで大地を這っているが、その上空で異変が起こる。
ゴゴ――ッ! と突風のようなものが発生し、夢人が投げていた数枚の手裏剣を夢人ごと薙ぎ払った。
「ぁ――」
「あ、窒素だけを送り出しているからね。呼吸をするのは気を付けた方がいいよ☆」
「夢人!!」
佑真は思わず叫ぶが、妨害する手段も方法も持っていない。一か八か突貫しようにも、背中にいる操縦者を無視できない。
ちょうど中間に立つ月影空のニタニタとした笑みが、無性に憎悪をかき立てる。
けれど佑真の心配は杞憂だったらしく、夢人はワイヤーか紐を括りつけた苦無を木の上の方に刺して中空で体勢を立て直し、そのまま木の幹に張り付いた。
「ケホッケホッ……くそ、死ぬかと思った」
「見事見事☆ 使っている道具から察するに、キミの体術は『忍術』の類のようだねぇ」
パチパチ、と月影空がしなびた両手を打ちつける。
まるで夢人も佑真も敵ではない。猿や犬の大道芸に送るような、楽しんでいる気概が感じとれる拍手だった。
そういえば、と月影空は続ける。
「先日、この研究施設にちょっかいを出してきた連中も似たような体術と道具を使っていたから覚えているよ。うひょひょ、なかなかに厄介だった☆ 最前線から隠居して久しいこの私が超能力を使わせられたくらいだ」
「…………お前か」
その瞬間。
ピリ、と夢人の纏う雰囲気が変わった。
これまで《脳波制御》という超能力の効果で、妙に冷静ながらも十四歳の少年らしい表情ばかり見せてきた夢人の眼に、明確に危ない光が宿った。二人のやり取りを傍観する佑真にはそう感じ取れた。
佑真は、最初にあった時のやり取りを思い出す。
『ぼくのいる組織――正確には組織じゃないんですが――はある方より依頼を受けて、【月夜】の動向と研究内容を調査していました』
そもそも夢人は『銀燐機竜』を破壊するのではなく、別の目的で富士の樹海にいた。
たった十四歳の少年が、自殺の名所であり《神上》を狙う組織が構える本拠地に、わざわざ潜り込んだ理由。
ずっと聞きそびれていたけれど――――嫌な予感が、佑真の中で膨らんでいく。
『けれど前任者グループが毒を操る能力者によって甚大な被害を《、、、、、、》受けて撤退。ぼくは追加任務を受け、今日この樹海に潜り込みました』
甚大な被害を受けて撤退したはずなのに、たった一人で樹海に潜り込んだ?
もしかして夢人は、たった一人で途轍もない『無茶』を成し遂げるつもりだったのでは?
例えば。
毒を操る能力者を捕まえて、解毒方法を聞きだすため、とか?
或いは。
毒を操る能力者を殺して、被害者たちの復讐を果たすため、とか?
「待て、夢人」
「お前だったのか」
佑真が叫ぶよりも早く、夢人が純白のレーザービームを生み出しながら激昂を爆発させる。
「ぼくの師匠達に猛毒を植え付けたのは、お前かァああああ!!」
「なんだ。《脳波制御》はこの程度で乱れるのかい? 興味深い超能力だったけれど、所詮はランクⅤであり、十四歳の子供だねぇ、うひょひょ☆」
対して、月影空はいたって冷静に右腕をスィと挙げるだけだった。
「入力。『不可視、されど猛毒の光を発する翼』を」
ゴバッッッ!! と『銀燐機竜』の背中から、元々ある翼とは別に『黄金の翼』が広がった。天使の翼というよりはプテラノドンなどの爬虫類的な骨格に近い。
夢人がレーザービームを発射するが、躱した『銀燐機竜』は一気に上昇して『黄金の翼』から光を放った。まるで太陽光のように強烈だ。
何とか目を狭めて堪える佑真の視界を、一つの黒い影が横切っていく。
決して怒りに身を任せているのではない。夢人はいたって冷静に、『銀燐機竜』を無視して月影空に向かっていた。
老人は無防備だ。もしかしたら白衣の下に拳銃なりなんなりを用意しているかもしれないが、忍者である夢人の方が優位だろう。
そして第四位の『銀燐機竜』は、月影空が出す指示に従って超能力を行使していた。もしこの老人を無力化できれば、同時に『銀燐機竜』も無力化できるかもしれない。
佑真はいつでも逃げれるよう下肢に力をこめながら、思わず口角を上げていた。
(大丈夫、夢人は冷静だ! 決して月影空に揺さぶられていない!)
複数の手裏剣が投擲される。極大なカーブを描き、けれどそこら中にある植物をくぐり抜けて、全方位から月影空の肩に鋭い刃が迫る。
苦無が投擲される。直線的に放たれたそれは虚空を引き裂き、月影空が身をよじらせるためのスペースを軌道に捉えることで動きを制限する。
芸術的であり驚異的でもある、投擲物による包囲網。
そこに組み込まれる忍者の体術。決して遠距離攻撃のみで終わらせない。苦無に夢人自身が追従することで、全方位からの投擲物を防がれようとも即座に近接戦闘が待ち構える。
飄々とした白衣の老人に勝ち目はない。
冷静に、沈着に紡がれた多斬必殺の連撃を。
「ガッカリだねぇ。その攻撃はこの前見たよ」
月影空が迎え撃つ必要は、なかった。
「SET開放☆」
老人が呟いたその一言で、勝負は決した。
『銀燐機竜』が背中の『黄金の翼』から発し続けていた莫大な光が突如、虫眼鏡で光を集める実験のように一点へと注がれたのだ。
夢人の背中を正確に穿つ光。
虫眼鏡の実験がいい例になるように、すぐ発火するほどの熱量は持ち合わせていなければ、背中に当てた以上は目くらましにもなっていない。
ただし。
今集められた光は『黄金の翼』が放ち続けていた特別な光であるために、話は変わる。
具体的には『不可視、されど猛毒の光』。
一点に集まった高濃度の『猛毒』が、瞬間的に夢人の全身に広がったのだ。
「………………が、ハ」
ドサッと、夢人の体が地に落ちていく。
頭から地面に突っ込んだ夢人の四肢はダレンと垂れ、筋肉が力を失っていく一方で。
循環する血液が沸騰したかのように灼ける痛みが、全身の細胞という細胞を襲っていた。
「――――うひょひょ。《物質創造》のオリジナルである月影叶は、多種多様な創造物での戦闘を得意としていたんだよね」
ズガガガッ! と全身に手裏剣の嵐を喰らいながら、月影空は告げる。
「その最中、彼女は確実に相手を殺す為に『不可視、されど猛毒の光を発する翼』を編み出していた。長期戦になった際、相手はジワリジワリと浴び続けていた猛毒によって殺される、といった寸法だね。ソイツを利用したのさ☆」
無数の刃を全身に浴びていながらも、老人の身体から血液は流れ出なかった。
月影空が小声で何かを呟くと、大量の手裏剣が突き刺さった右腕や左腕がガシャコン!! と分離して雑草の上に落ちる。
「……機械仕掛け。サイボーグか……!」
「いやナニ、私の超能力は都合上生身であると自分を殺しかねないんでねぇ。あらかじめ全身を機械に置き換えることで、そのリスクを断ったってワケさ」
佑真を肩越しに見る月影空。
「キミにはどうせ通じないから言ってしまおう。私は毒を操る《深呪濁流》という超能力だ。それが毒素を持つのであれば自在に干渉できるが、ランクがあまり高くないものでねぇ。うひょひょ、酸素みたいに毒に転じるモノは操れないし、自分へ毒が侵入すれば一大事だ。
何よりの問題は『自ら毒を生み出す能力ではない』ってことだけれど……うひょひょ☆ その点を我が孫娘の《物質創造》で補った。毒性の物質を創ってしまうことで、この老い耄れにも今のような戦い方ができるのさ☆ 鉄先恒貴君には感謝だねぇ」
「だからテメェは、『銀燐機竜』に一々指示を出していたのか」
「いいや、そこはキミ達に教わった」
白衣の老人の背後で、『銀燐機竜』が夢人の上空まで舞い降りてくる。
「《零能力》の出力方法を天皇波瑠の言葉によって補助することで、より正確な『創造』へとつなげる。アレは見事だ、うひょひょ☆ 能力者一人に制御できないならば、外界から補助を加えればよい――当たり前の発想が中々出てこないのは、我々がランクⅩを制御不能だと心のどこかで思ってしまっているからなのかもしれないねぇ」
「……」
「さて、無駄話はこの辺にしておこうか。《零能力》から手に入れたい情報はまだまだあるが、あまりのんびりしていると鉄先恒貴君が『計画』を終わらせかねない」
一瞬だけ樹海の別方向へ目を向けた月影空は、ゆっくりと右腕を挙げた。
「我が愛娘の《物質創造》が次のステージへ行くために、もう少しだけ付き合ってもらうよ☆」
☆ ☆ ☆
《物質創造》は【第六十九話 限りなく零に近い勝率―β】で秋奈嬢と戦っていました。
文字通り、自在に物質を創造する超能力。佑真の零能力、夢人の《神上の宙》と近しい超能力ですね。超能力とオカルトの違いとは一体……?




