●第百八十二話 五位:核力制御
樹海を登っていく佑真と波瑠を追いかけようとした夢人だったが、傍にいた美里に腕を掴まれて足踏みをしていた。
「待ってください夢人君。安直に追いかけるのは間違っているかもしれません」
「でも、ランクⅩの超能力が二種類ですよ!? いくら波瑠さんが《霧幻焔華》だからっていくら何とも《核力制御》と《魔陣改析》を相手にするのはきついんじゃ、」
「だからこそ、です。わざわざ体力を消費する上側への移動を佑真様が選んだのには、何かしら意図を感じますし」
言われてみれば、と夢人は佑真達が向かった方を見た。
佑真は年下の夢人から見てもバカだが、それは『知識が少ない』や『興味のないことに疎い』といった意味でのバカだ。逆に得意分野であれば佑真は頭がよく働く。
これまでの『銀燐機竜』戦でも、戦闘での瞬間的な判断――第六感とか呼ぶべきものを使って攻略に一役買っていたのは、認められるべきだろう。
けれど。
黒羽美里にとっても、佑真は初対面の相手であるはずだ。彼がデタラメに動いているだけ、という可能性は否めない。
「…………美里さん、あなたは一体何者なんですか?」
「波瑠様と桜様の保護者役となる前は、国防軍【ウラヌス】の軍人でした。あの天皇真希の右腕として第三次世界大戦を渡っていた――『英雄』の側近です」
「なるほどです。英雄的行動に振り回されるのは慣れているってワケですね?」
美里は返事の代わりにニコッと微笑み、戦場ではなく、先ほど《核力制御》の機体がアーク放電をねじ込んだ大地を観察し始める。
「今度は何を?」
「せっかく地面を掘り出してくれたワケですからね。二分間。カップラーメンよりも短い時間だけお借りして、探せるものを探します」
☆ ☆ ☆
第五位と第八位による攻防《霧幻焔華》封じ。
二重螺旋の光線を基軸とした攻撃を防ぎ続ける零能力者を、『銀燐機竜』が攻略にかかる。
その手段として選ばれたのは、単純な砲撃だった。
急下降した《魔陣改析》の機体が能力による『光線』を放ちながら、その中に砲弾を混ぜたのだ。当たり前だが零能力者に砲撃を防ぐ手段はなく、地面に衝突した砲弾の起こした爆発が佑真を煽っていく。お姫様抱っこ状態の波瑠が衝撃波をエネルギー変換で奪い去るが、万物を貫通する『光線』が残っていた。
「がっ……!」
反射的に後方へ跳躍した佑真だったが、移動先には《核力制御》の能力が蠢く。
砂鉄を磁力で操り、巨大な戦輪と化した黒い刃が待機していた。このままでは佑真の移動の勢いが体を真っ二つに斬り裂いてしまう。〝零能力・神殺しの雷撃〟を全身に纏わせようとしたが、視界の端で白い何かが瞬いた。
《魔陣改析》の『光線』の閃光だ。一度回避されたそれを射出し続けたまま機体側が移動することで、もう一度佑真達を引き裂こうとした攻撃。
――――更に、二方向からの砲撃が混ぜられる。
二機同時の砲撃と『光線』と戦輪。瞬間的に悟る。このコンビネーションは零能力者用ではない、これこそ《霧幻焔華》封じの一手だ。
「そのまま下がって、次の一歩で思いっきり飛んで!」
だが、《霧幻焔華》の使い手である少女は至って冷静にそう叫んだ。
声に従ってもう一歩後方へ跳躍した、その時。
パキパキッ、と佑真の足元から氷塊が伸びあがり、佑真はすべての攻撃をゴム飛びのように跳び越えていた。
「うわっ!?」
突然中空に投げ出された佑真はバランスを崩すが、地面に手を向けた波瑠が気流操作で佑真ごと飛ばしていく。やがて足を着けたのは、波瑠が別の場所に仕掛けた氷のスロープの上だった。佑真は消さないように、と〝雷撃〟を上半身側に集中させていく。
「ごめんね、突然アドリブ利かせて」
「いや助かったからいいんだけど――にゃるほど、三次元的な戦闘ね」
地上を走り回るしかない泥臭い零能力者は、波瑠の元々の戦闘スタイルを思い出す。《霧幻焔華》で機動力を補い、三次元的に戦闘空間を演出しながら百手千術をもって敵を拘束する。
木々が生い茂る樹海だからできなかった戦い方が、『銀燐機竜』が必要以上に木々を薙ぎ倒したことで限定的に取り戻されたのだ。
「じゃあお姫様抱っこの必要ないのか?」
「いや、それはあると助かります」
波瑠は一度息を吸い、
「私との差を詰めるために第五位と第八位が組まされた、だけど《零能力》はそれを片っ端から消していく。この勝負に残っているのはもう『私がどうあの二機を攻略するか』っていう一方的な戦闘だけなの。だから――っ!」
言葉の途中で波瑠は右腕を振るった。周囲で蠢く砂鉄が槍を模して一斉に射出されたのだ。それを少女は電流でもって、一瞬でバラバラにする。感覚としては槍を操る磁力にハッキングをしかけて、能力を根本から遮断したのだ。
佑真はスロープを滑り降りていく。
「やめないけど、実は一人で戦った方が効率よくない? そんなことない?」
「だからこそ、佑真くんの発想力を借りたい。私一人じゃ足りない部分を補ってほしいの」
「???」
基本的に自分より波瑠の方が頭がいいと思っている佑真は疑問符を浮かべるが、
「私は《霧幻焔華》の発想から抜け出せない。もし鉄先恒貴が第二位の『銀燐機竜』も作っているんだとしたら、私の戦闘スタイルと思考パターンは徹底的に攻略されていると思って動いた方がいい。今だって《核力制御》を防げているけれど、実はそれが自分を追い込んでいく一手になっているかもしれない」
リバーシで序盤にガンガン裏返していった結果、後半戦で一気に巻き返されて自分の色を置くマスを失ってしまうように、と付け加える波瑠。
佑真がお願いに返事をする暇はなかった。
二種類の光線と二方向の砲撃が迫る。波瑠が砲撃を凍結させ、佑真が光線をかき消す。けれど次に、思わず目を疑いたくなる技が広がっていた。
コールドシャンデリア。
敵の機体から、燃える氷のオブジェクトが撃ち出されていた。
((っ! どっちだ!?))
何となく第五位と第八位の攻撃を見分けられていた佑真と波瑠の思考が、一瞬停止する。
先ほどの波瑠の言葉が突き刺さる。貫通する『光線』やアーク放電、砂鉄の操作、と技を制限することで佑真達の判断基準は少しずつ浸食されていたのだろう。
「クソッ!」
咄嗟に右腕を突きだす佑真。竜が雲海を泳ぐような勢いで射出された大量の〝雷撃〟が、燃える氷のオブジェクトを食い潰し、霧散させる。
その直後。
オブジェクトに追従していた砲弾と砂鉄の弾幕が、二人の目の前にまで迫っていた。
咄嗟に氷壁を張ろうとする波瑠の視界が、ブレる。
佑真は波瑠を抱きしめ、攻撃の飛来する方向へ自ら飛び込んでいく。
「嘘っっっ!?」
予想外すぎる行動に息を止める波瑠。砲弾が直撃しようかという時、佑真が砂鉄を〝雷撃〟で無力化しながら木の根を利用して、明後日の方向へ跳躍した。
後方で爆発があった。
佑真の背中が受け止める衝撃波の余力を感じ、結果的に追い風を受けた佑真が五メートル近い跳躍の末に着地していた。
「背中に小石とか根っこの破片が飛んできて痛かったな。波瑠は大丈夫か?」
「ゆ、佑真くんが抱きしめてくれてたから……」
波瑠は、ならよかった、とお姫様抱っこに直して移動を再開する佑真の横顔を見上げた。
火道寛政や集結、そして金世杰の戦闘でもそうだ。佑真は敵の攻撃に対して突っ込んでいく悪癖がある(そして実際に、師匠である寛政はその癖を見事に突いて佑真を苦戦させていた)。
思わず『悪癖』と考えたが、一方で波瑠にはない選択肢だ。
もしかしたらこれが、接近戦しか選べない佑真と、間合いがあった方が戦いやすい波瑠の一番の違いかもしれない。
「……ん? 間合い?」
第二位の少女は『銀燐機竜』を見上げた。
見上げるという動作をずっと必要としていることに、違和感を覚えながら。
別に『銀燐機竜』がドラゴン型だからといって遠くを飛び続ける必要はないはずだ。それに他の機体は接近を仕掛けてきた前例がある。佑真なんて《座標転送》の機体のアームに追われていたくらいだ。
理由があるかもしれない。
前例。
戦闘スタイル。
思考パターン。
思い込み。
《霧幻焔華》封じ。
接近戦。
間合い。
「あ、そうか」
何気なく紡いできた思考と言葉の有象無象が、波瑠の中で形を成していく。
「相手は近づかないんじゃない。私の超能力を適切に防ぐために時間が必要だから、間合いをあける、という物理的な時間稼ぎをしていたんだ」
より正確に表現するなら、せざるを得なかった。
敵には《霧幻焔華》がどのような使われ方をしているか解析し、適切な回答を演算する時間が必要だったのだ。
長年超能力と寄り添い、向き合ってきた金城神助や土宮冬乃ではなく。
借り物の力――機械仕掛けの超能力だからこそ、超刹那的な反射神経や感覚といった曖昧なモノに頼れない。
それは確かに、あまりにも生物的で曖昧なモノかもしれないけれど、そういう感覚を突き詰めた末に武器へと昇華させた少年だってこの世にいるのだ。
「佑真くん、力を貸してほしい」
波瑠は自分を軽々と抱いている少年に、告げる。
「《霧幻焔華》がどういうものなのか、あの二機に見せつけてくるからさ」
☆ ☆ ☆
佑真の腕の中から投げられるように飛び出した波瑠は、背中に気流を背負った。
ゴバッッッ!! と送り出した少年が尻餅をつきかねない程の超高出力を持つ風が、少女と『銀燐機竜』の間合いを瞬間的に詰めていく。
対する機械の対応は単純。
波瑠に照準を合わせての、光線の二重螺旋だ。
消せる方と消せない方を折り重ねた攻撃に対し、波瑠は風が持つ運動エネルギーを『光』というエネルギーに全変換する。
遠方から見上げる太陽が白く見えるように、高濃度と化したことで純白に圧縮された『光』は《魔陣改析》の影響下に侵入した。
閃光の盾が、二重螺旋の光線の双方をせき止める。
風を失った波瑠は自由落下を開始するが、周囲の熱エネルギーをかき集めて飛行を再開。ロケットのような勢いで迫る少女に追従するように、大量の砂鉄が蠢いていた。
《核力制御》ではない。
波瑠が磁力を操って、砂鉄の龍を率いているのだ。
やがて砂鉄の龍は八本に割れ、ヤマタノオロチをイメージさせる巨大さでもって二機の『銀燐機竜』を取り囲んだ。
となれば、《核力制御》は現状を打開するために磁力を操作しようとするだろう。
(エネルギー変換)
その磁力が砂鉄に干渉した瞬間、波瑠のエネルギー変換が、全磁力を別のエネルギーへすり替える。
次は風だ。
砂鉄を完全に無視した気流の渦が二機を取り囲んでいた。それもまた物理現象であれば、《核力制御》は理科の実験のように水素と酸素を反応させて『乱暴な空気咆』を起こし、気流を妨げようと動く。
(エネルギー変換!)
次は炎だった。
気流が熱の渦に変貌し、二機の動きを制限する。《核力制御》が反応する直前に、
(エネルギー変換ッ!!)
雷撃に。気流に。炎流に磁力に光に――次から次へと発動される『エネルギー変換』に《核力制御》の対応は間に合わないどころか、下手に対応しようと動いた分の物理現象を《霧幻焔華》に取り込まれていく。
この相性の悪さを克服するためにいたのが《魔陣改析》の機体だったはずだ。
もう一機が現在、どのような状況にいるかといえば。
「どうだ。ここまで接近するのは敵さんも想定外だろうよ」
天堂佑真がどさくさに紛れて『梓弓』を使って背中に乗っていた。
――――彼の〝雷撃〟に覆われたことで、超能力を発動することさえできずにいたのだ。
無論振り落とそうともがく《魔陣改析》の機体だったが、首の根っこに足を引っかけて器用に両腕の『梓弓』で体を固定した佑真はなかなか落ちない。ドラゴン型に設計した人間を恨むべき、といった安定感だ。
そこまで接近するのは波瑠さんも想定外だった。
「できるだけ《魔陣改析》の攻撃を妨害して、としかお願いしてないんだけど!?」
「フハハハハ意外と体力使うからさっさと『そっち』にケリつけてくれ!」
言われるまでもない。
一対一になれば、《核力制御》と《霧幻焔華》は順位通りの結末を迎える。
攻撃を予測する間合いを詰め、攻撃を妨げる第八位を抑え込んで。
更に重ねられたもう一手が、王手の宣言だった。
「速度を重ねる」
空中に舞い上がっていた砂鉄を集めて薄い刃にしながら、波瑠は右手を銃に見立てて言い放つ。
「一応不安だから聞いておくけど、まさか翼や首の部分に乗っている――なんてことはないよね?」
磁力狙撃砲の要領で加速された刃が、目にも止まらぬ速度で『銀燐機竜』の中央部分以外を切断した。
何らかの機能を失ったのだろう、《核力制御》の機体はあえなく樹海に落下していく。それをわざわざ気流で受け止めながら、波瑠は《魔陣改析》の機体と対峙する。
が、しかし。
波瑠がこれ以上、手出しをする必要はなかった。
「佑真さん、飛び降りて!」
という夢人の声が聞こえると同時に『銀燐機竜』の機体の数か所に金属の刃が突き刺さる。それは苦無と呼ばれる忍者の道具であり、手持ち部分に紐で石が括りつけられていた。
黒曜石と呼ばれる――火山岩が。
「この鉱石を見つけられたのは、あなた達が過剰に地面を掘り返してくれたおかげです」
佑真が飛び降りると、黒曜色の波動を放出する黒羽美里が超能力を行使する。
「感謝します。わたしが再び、波瑠様のために立ち上がる力を与えてくれて」
《黒曜霧散》。
黒曜石をエネルギー媒体として爆発を起こさせる超能力が、第八位の機体を制圧した。
☆ ☆ ☆
《核力制御》の初出は【第五十五話 今こそ最強を示す時】ですが、具体的な能力説明は本章が初めてです。
機械に初戦闘を奪われる神助くん。
量子的現象を操る能力。素粒子、原子、粒子、電子といった極小の存在に干渉して様々な物理現象を起こします。本編の説明まんまじゃねぇか。




