●第百八十話 七位:精神支配‐②
佑真達は〝雷撃〟の中で固まって走りながら、美里による『銀燐機竜』の解説を受けていた。
「『銀燐機竜』はパワードスーツというよりロボットに近いです。竜の造形や五メートル級の大きさから考えれば、言われるまでもないかもしれませんが」
ザザザッと坂を滑り降り、木の幹を利用して適当な広い空間で立ち止まる。
「銃器を積んでいますし、翼や機体のあらゆる箇所にある反重力モーターで飛行もできます。《精神支配》や《座標転送》は超能力自体が攻撃力を持っていませんからね、あくまで軍用兵器としての側面を残すための措置でしょう」
「竜の口に砲口をわざわざ据える辺りは、無駄なデザイン費がかかっていそうっすけど」
佑真は愚痴を垂れながら波瑠に目配せする。SETを起動済みの波瑠はコクリと頷くと、中空で佑真達を追う『銀燐機竜』に視点を合わせた。
「美里さん、一つ確認するけど『銀燐機竜』が積んでいるのは銃火器なんですよね?」
「……! ええ、銃火器です!」
「だったら話は早い」
『銀燐機竜』が大口を開くのを見すえながら、佑真は告げる。
「現代兵器は波瑠のエネルギー変換を突破できない。超能力至上主義の代表例じゃねえか」
「待って佑真くん〝雷撃〟の内側って超能力使えたっけ?」
「総員退避ィ!」
佑真の大声で反射的にバッと傾斜の下の方へと飛び込む四人。伏せた頭上をゴバッ! と砲弾が跳び越えて、地面に大爆発を起こした。
間一髪をしのいだ恥将佑真は、ザザザッと坂を滑り降りながら冷や汗を拭った。
「しまった、超能力を消しちまう可能性を完全に失念していた!」
「今まで試したことなかったね。今のうちに、ていっ」
運動音痴の波瑠が、美里に助けられながら軽い掛け声を上げる。けれど周囲に変化は起こらなかったし、佑真が「あっ」とすぐ傍でぱちんと超能力が消える感覚に驚いていた。
「完全に〝雷撃〟の中にいると使えないみたいだな、どうする!?」
「か、顔とか腕とかだけ出して使ってみる?」
「今この場面で試すのはキツくねぇか!? ただでさえ集団行動中で〝雷撃〟の範囲を調節できてないし!」
ちなみに〝神殺しの雷撃〟は今、佑真が広げられる範囲目一杯、具体的には彼を中心とした半径五メートル未満の楕円形で、佑真が移動している以上仕方ないのだが、常に範囲は変動している。
「では波瑠様か夢人君が〝雷撃〟から一瞬出て《精神支配》を攻撃し、洗脳等された場合はすぐさま佑真様が解除する、というのは?」
「予備動作を狙って砲撃されそうっすね。いっそ『梓弓』を持ってもらって、ワイヤー伝いに〝雷撃〟を流すか?」
「砲撃で『梓弓』のワイヤーを分断されちゃうんじゃないかな」
「大分切羽詰まってきましたね……!」
四人が作戦会議を大声でしている間も、『銀燐機竜』からの攻撃の手は緩められない。あっちこっちで発生する爆発から逃げ回る生身四名だが、佑真を中心にしなければいけない、というのを相手も学習してきたらしく徐々に回避が怪しくなってきた。
「いや、待てよ。そういえば夢人なら洗脳は何とかなるんじゃねえのか?」
「え? ぼくですか?」
茂みの影にザッと飛び込んだところでご指名を受け、夢人が目を丸くする。
「《脳波制御》だよ。自分の冷静さを保たせる超能力だ、っつってたけどそれって自己洗脳みたいなもんだろ?《精神支配》の影響下に入らずに済むんじゃねえの?」
「無理ですよ!《脳波制御》は体内の分泌物を調整することで脳の興奮を抑えるだけで、精神干渉には抵抗できません! 第一、防げたら初撃で動けなくなっていませんよぼく!?」
「じゃあ意識的に防いでみろ。何かあったら《零能力》で解除してやる。レッツチャレンジ」
「ちょっ、マジか弟子一号の使い方粗すぎる!」
げしっと〝雷撃〟の範囲外に蹴り出される夢人。
ひいいっと情けない悲鳴を上げたが、特に変な挙動をする雰囲気がなければ、むしろ〝雷撃〟の範囲外に出たことで《脳波制御》が再起動して、表情に冷静さを取り戻していた。
試しに《神上の宙》を撃ち放つ夢人。雑な攻撃は『銀燐機竜』に簡単に避けられたが、
「あれ、普通に体を動かせているぞ?」
「マジで《精神支配》が効いていないみたいだな。初撃が防げなかったのはなんでだ?」
「能力演算領域……というか肉体の方が無意識に学習したのかもね。《精神支配》に対抗するためにはどういう『調整』を起こせばいいのか~って」
「波瑠さん、超能力者であるぼく自身がビックリしますよその仮説」
「分泌物を制御するんだもんね。『原典』は超能力が尖りがちだし、免疫機能が超能力の発動に一役買っていても不思議はないよ」
《雷桜》という『原典』の天皇桜が体内電気を自在に操れるように、常に超能力と生活している『原典』は超能力と肉体面の関わりが常人よりも深い。夢人本人はイマイチ実感が湧かないようだが、一人でも自由に動ければ攻略の糸口は大幅に増していく。
「つっても、ぼく一人じゃ限界あるって!」
自称『忍者』の身体能力をいかんなく発揮して木々を飛び回り、純白のレーザービームを放つ夢人だったが、なかなか『銀燐機竜』の機体を捉えられない。
(幸いなのは、夢人が自由になったことで攻撃対象の優先度がアイツに集まったこと! 常に危険に晒してんのは申し訳ないが、今のうちに攻略法を見出さないと!)
木陰で身構えつつも戦況を観察し始める佑真、波瑠、美里の三人。
「……夢人君の周囲から放たれるレーザービームは、挙動が大分不安定ですね」
「うん。動き回りながらなせいか、狙いが定まっていない」
例えるなら固定されていない砲台だ。放たれる際の反動に耐えきれなくて射線がブレ、結果機体を射抜けない、といったもどかしさを感じ取れる。
「夢人くんは《座標転送》の時も《静動重力》の時も私に『隙を作ってくれ』って頼んでいたもんね。ちゃんと狙いを定めないと《神上の宙》は機能できない。佑真くんはどう思う……佑真くん?」
波瑠は返事をしない佑真の顔を覗き込み、小さく息を呑んだ。
「……、」
彼の眼は、夢人の《神上の宙》が起こす奇跡を視ていた。
路地裏時代から才華を発揮し、火道寛政との修行によって磨き上げられた《零能力》ではない天堂佑真の唯一無二。
これまで多くの攻撃を観察し、解析し、回避を実現させてきた視覚が凄まじい集中力で《神上》の解析に臨んでいる。
そして彼は、信じられないことを口走った。
「オレ、もしかしたら《零能力》で夢人の奇跡を再現できるかも」
☆ ☆ ☆
あの波瑠が「はあ?」と思わず声を上げていたが、佑真からすればそこまで突拍子もない話ではないのだ。
《零能力》はそもそも消すだけではない。零からの創造と零への還元、二方向揃って《零能力》と呼称している。創造側はイマイチ使い方を掴めなかったから多用しなかっただけで、使ったことだって何度かあるのだ。
例えば、ビルの倒壊から人々を救う『奇跡』を創造した。
例えば、自分達に向けられた『黄角戦車』の兵装を無力化する『奇跡』を創造した。
例えば、傷だらけになった少女の傷を癒す『奇跡』を創造した。
どれもこれも無我夢中で発動させていたから、結局は実感のじの字も湧かない前例だ。
けれど〝創造神の波動〟は佑真のイメージした『こんな感じの奇跡』を的確に創造し、現象として導きだしてきた。
だから――もう一つだけ『例えば』を重ねることになるのだが。
例えば、目の前で使われている『奇跡』をイメージの中に『具体例』として織り込めば。
佑真は《零能力》でもって、《神上》を再現できるのかもしれない……???
☆ ☆ ☆
「ぼくの《神上の宙》は質料を司ります!」
佑真が「お前の《神上》の特性をもう一回教えてくれ!」と叫んだので、飛び回りながら、夢人は必死に説明する。
「質料とは~は波瑠さんに詳しく聞いてほしいですが、ようは『物体』を成り立たせている『構成』と『素材』に干渉できるんです! その気になれば『構成』を作り替えて同じ『素材』から全く違う『物体』を作り出せる……そんな感じです!」
「……クソッ、よくわからん」
こんなところで自分の馬鹿さが足を引っ張るなんて、と佑真は奥歯を噛みしめる。
眼で視た情報だけでは足りなかった。あと一歩踏み込めれば何かを掴めそうなのに、その直前で靄がかかっていた。だから本人の言葉に頼ったのだが……。
「だぁちくしょお戦闘しながらは無茶があるッ」夢人は一旦吠えて、「師匠一号! もっとシンプルに考えましょう! きっとぼくの《神上》と佑真さんの《零能力》はよく似ている! 超能力を構成する波動から打ち消している感覚を、他のモノにも当てはめるんです!」
「え、ええと……」
「ようは類推や置換の類だね。佑真くん落ち着いて、私の言葉を使ってイメージしてみて」
パチクリ、と目を丸くしていた佑真の隣で、波瑠が人差し指を立てた。佑真の思いつきに付き合う方針に決めたようだ。きっと懐の深さとか恋人だからではなく、この窮地を乗り越えるため。そういう嗅覚に優れた少女は、迷いなく言葉を紡いでいく。
「超能力が『物体』、波動が『素材』、能力者が『構成』。
佑真くんの零能力は、能力者に構成された物体を素材へ分解する力なの」
「……、」
「それを『銀燐機竜』に置換するよ。
佑真くんの零能力で、すでに構成された物体を素材に分解する」
「……、」
「イメージできた?」
「……大体は。輪郭がまだぼやけているから、この誤差は実践で埋めるさ」
佑真は左手で波瑠の頭をポンと叩き、その左手を『銀燐機竜』に向けて開いた。
全身から放出できるため特に意味はないのだが、佑真は〝雷撃〟の指向性を左右で使い分けている。
右腕が〝神殺しの雷撃〟であり、左腕は〝創造神の波動〟。
一度、小さく息を吐く。脳裏に浮かべるのは波瑠の言葉だ。一つ一つをイメージに結びつけて、そのイメージを〝雷撃〟に織り込んでいく。初めはバラバラだった糸が、やがて完成された編み物になっていく。
「おおおおお!」
夢人がレーザービームを乱射して『銀燐機竜』の動きを誘導していた。逃げ場なく、真っ直ぐに、佑真の手のひらがかざす直線上へ入るように。
決死の表情だった。
弟子一号だなんだと親しくなったつもりでいたが、夢人は佑真達よりも年下の少年で、しかも彼にも目的があるのに、対『銀燐機竜』に付き合わせている。《脳波制御》で脳波をいじれるとかいうが、命のやり取りをしている時点で精神的な負担だって計り知れない。
波瑠と夢人。二人の手助けを無駄にできない。
絶対に成功させると誓い、雄叫びを上げた佑真は〝雷撃〟を撃ち放った。
〝模倣神技/第三魔法『質料』要請
(route-Phantasm Linkage : 3rd Symbolic Arms)〟
それはあくまで質料を司る奇跡の真似事に過ぎないが、それでも一つの奇跡として。
ゴガッ!!! と。
佑真の左手が放った純白のレーザービームは、『銀燐機竜』の機体を粉々に分解した。
☆ ☆ ☆
尻餅をついたのは、『銀燐機竜』を破壊した当人だった。
「はぁ……はぁ……成功した、のか?」
「見ての通りだよ、佑真くん」
瞬きを繰り返す佑真。目の前にはバラバラに崩れ去った『銀燐機竜』のパーツが散らかっていて、中に乗っていた男性がごろんと地面に転がっている。例によって無茶な挙動に耐えられなかったのかぐったりとしているが、今回は目立った傷がないようだ。
「できちゃったね、《神上》の模倣」
波瑠がぽつりと告げる。
「ああ……決してオレ一人の力じゃないけどな」
佑真は自分の左手をまじまじと見つめた。夢人の実例と波瑠の誘導があったとはいえ、何か自分がトンデモナイことをしでかしたような、嫌な感覚があった。
これは突き詰めていけば、波瑠の《神上の光》や九十九颯の《神上の宇》だって再現できるのでは……?
「今の感覚、完全に『天使の力』でしたね」
全身の産毛が逆立つような未体験の恐怖を覚えた佑真。そんな彼の傍に着地した夢人は一瞬話を続けるか躊躇ったが、自分の興味本位を優先させる。
「《神上》の素材となるエネルギー。波瑠さんが治癒で使った〝純白の波動〟の感覚にそっくりでした……佑真さんの《零能力》は《神上》だったんですか?」
「断定はできない。《神上の闇》なんじゃないか? って推測をしたヤツはいた」
「実を言うと、それを突き止めるための旅をしている途中なんだよね」
波瑠が苦笑しながら佑真の記憶喪失について簡単に話すと、夢人は「なるほどです。余計な詮索をしてすみません」と頭を下げた。
「ああいや、謝るなよ。どっちかといえばオレ達がお礼を言うターンだ。お前がいなかったら《精神支配》を攻略できたか怪しいからな。助かったよ、ありがとう」
「気にしないでください。ぼくだって『銀燐機竜』絡みの計画は気に食わないですし……」
(そこに救うべき人がいれば無条件で手を差し伸べる。それが天堂佑真さんでしょう? あなたに憧れたってのは冗談じゃないですからね、協力するのは当たり前じゃないですか)
「ん?」
「なんでもないです」
ごにょごにょと口ごもった部分を、ニコッと微笑んで誤魔化す夢人。余計な詮索はしないカウンターを発動した佑真はそれ以上言及しなかったが、もう一人、作り笑顔のヤツがいることに対しては言及する。
「なあ波瑠、何か気になるのか? やっぱりオレが《神上》を模倣したのヤバいかな?」
「ヤバいとは思うよ。そりゃ十二種類に分割された奇跡が、佑真くん一ヶ所に集まるんだから」
そっかーだよなーとんでもねぇ扉開いちまったなーと慌てふためく零能力者。あくまで普段の天堂佑真くらいしか焦っていない彼に、波瑠は何とも言えないため息をもらした。
(事の重大さを理解してるんだかって感じだね……十二種類に分割された力が佑真くん一ヶ所に集まる、か。思い返せば佑真くんの《零能力》って、私達《神上》所有者と出会うたびに進化しているような気がしなくもないような……)
例えば波瑠との出会いが目覚めのキッカケになり、桜や千花との出会いが〝雷撃〟を任意発動可能とするキッカケになり、集結やクライとの出会いが『反動』を克服するキッカケになった……とか。
とはいっても、いずれの出会いにも佑真が乗り越えてきた事件がある。一場面一場面で彼が成長しただけ、なんて話の方が信じられる。
「波瑠様、ここから先はまた坂になっているみたいです。お手を」
「ん、ありがとう美里さん」
美里に手を差し伸べられて周囲を見回した波瑠は、改めて樹海の中にいることを認識して頭を横にブンブンと振った。
(……面白いところまで考えられた気がするけど、佑真くんについては後だよね。今は敵地のど真ん中で、鉄先恒貴と戦っている最中なんだから)
常に難しい顔をする必要はないが、油断だけはできない状況にいるのだ。
まずは鉄先恒貴と無機亜澄華の問題に片をつける。少女は短く息を吐いて、道なき道を進んでいく。
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