●第百七十八話 六位:静動重力
黒羽美里さんの初出は【第四十話 誕生日】です。小学生の波瑠・桜の保護者として同居していました。130話も前とかマジ…?
ちなみに該当回は未だに改稿していないので、波瑠の《霧幻焔華》が《氷山の豪炎舞》状態です。初期の初期
「……波瑠、様?」
「久しぶり、美里さん」
「…………まさか、この黒羽の人生でもう一度波瑠様と抱き合える日が来るなんて……」
これは、きっと感動の再会と呼ぶべきものだった。
「……わたしの内蔵が治っているどころか、脚も腕も言うことを聞いている?」
「私が治したんだよ。《神上の光》っていう魔法を使って」
「……波瑠様、黒羽はこの五年間で波瑠様と桜様が辿った運命のすべてを把握しています。その上で謝りたい……わたしにもっと力があれば、お二人を引き裂き、そして《神上》という呪いを与えることもなく……!」
「謝らないで、美里さん。美里さんは何一つ悪くないんだから」
「…………何があっても変わりませんね、波瑠様は……!」
黒羽美里の瞳から静かに涙が流れ落ちる。
五年の時を経て出会った二人を邪魔するのは忍びなかったが、今佑真達がいるのは敵地の中なのだ。佑真は首の後ろを掻きながら、抱き合う二人に声をかけた。
「あー、悪いんだけどさ、美里さん……」
「わかっていますよ、天堂佑真君。安堵の息をつくのはこの樹海を抜け出した後ですね」
どうやら佑真のことも知っているようだ。ニコッと微笑んだ美里は、自分の腹部に手を添えて、少しだけ驚いた顔をしてからゆっくりと立ち上がった。
「先に確認しておきたいのですが、わたしの背中や腕に異様な機械はついていませんでしたか?」
「機械?」
「はい。わたしは五年前、【月夜】に捕まった際に肉体をパワードスーツの操縦者として『最適化』されていました……ようは改造人間化ですね。そのため、内臓や脳神経と強化外骨格を接続する機械があったと思うのですが……」
「私の知らないところで美里さんがトンデモナイ目に遭ってるなぁ……そんなもの無かったよ? ねえ佑真くん?」
「おお。全身傷だらけだったから、波瑠が治したんだもんな」
「ひょっとしたら、ぼくの力が『最適化』のための部品を分解しちゃったのかも」
少し蚊帳の外状態だった夢人が、おもむろに手を挙げた。
「ああ、さっきのパワードスーツを分解したレーザービームか」
「それですね。ぼくの《神上の宙》は質料を司り、『完成された物体』を『構成している部品』に分解することができます。あの時はパワードスーツを分解しようとしていたので、同時に接続されていた黒羽美里さんのサイボーグも分解したのでしょう」
「なるほどなぁ……美里さんは運よく、意図せず救われたってワケか……んんん?」
「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってね夢人くん!」
「三回も言わなくたって待ちますよ、波瑠さんどうぞ」
「今『ぼくの《神上の宙》は~』って言わなかった!?」
「はい、言いました」
「質料を司る奇跡を使って、パワードスーツを分解したとも!?」
「言いました」
「なんで大事そうな情報をしれっと言うんだいファン二号ううううう!!」
「えええだって今は【月夜】とか黒羽美里さん優先だからややこしい話題は後にしようと思ってあばばばば」
「情報過多でそろそろオレは頭が限界だぞ……」
珍しく波瑠ちんがガックガック! と夢人を揺さぶっている。頭を抱えた学力も落ちこぼれている高校生は、
「この際夢人の話はすべて受け入れた体で話を戻そうぜ。夢人、お前の歌川広重が東海道五十三次っていう名画を残したんだったな?」
「佑真くん話を戻しすぎ」
そんなワケで情報過多になったので、佑真達は一旦出そろっている情報を整理することにした。
「①今オレ達がいるのは富士の樹海であり、【月夜】の研究施設が存在している。
②夢人は『ある組織』の一員で、研究施設の調査をするために樹海を訪れた。そこで偶然オレ達を見つけて救出した。
③その際に使ったレーザービームは夢人の《神上の宙》。質料を司る奇跡である。
④《神上の宙》によってドラゴン型のパワードスーツが分解されて、中から黒羽美里さんが出てきた。美里さんは波瑠の昔の保護者であり、感動の再会。
⑤けれど波瑠ちんが疑問を一つ。美里さんの超能力は《黒曜霧散》なのに、なぜ《瞬間移動》系統の能力を使っていたのか?」
「佑真くんお疲れ! 完璧な復習だったよ!」
「オレお疲れ。夢人の下りさえなけりゃ簡単なんだがなぁ」
「一応、お二人をドラゴンから救ったのはぼくなんですけど」
「「本当に感謝しております」」
それを年下の男の子に言われると返す言葉も立つ瀬もないので、佑真と波瑠は懇切丁寧に謝罪をしてから今度こそ本題に戻ることにした。といっても夢人が《神上》所有者だという話は一旦スルーだ。本人は責め苦を受ける理由がわからないらしく不満げだが、人間が一度に処理できる情報量には限界があるのだ。
「超能力のズレに関しては、わたしが説明しましょう」
それが一番早いですし、と告げた美里は銀色の破片の一欠けらを拾い上げた。
「わたしが先ほどまで乗せられていたパワードスーツは、『銀燐機竜』というコードネームをつけられていました」
「『銀燐機竜』……?『赤閃の鎧』や『黄角戦車』みたいに第三次世界大戦で使われていた戦争用パワードスーツの名前か?」
「でも私は聞いたことないなぁ」
「わたしも詳しくは知りませんが、整備場で聞いた話では新型パワードスーツだそうですよ。九種類のモデルがあって、わたしが乗っていたのはモデル第九位」
一息吸ってから、美里は告げた。
「端的に言えば、一人の人間が二種の超能力を使うために創られたパワードスーツ。
『銀燐機竜』には独立した『能力演算領域』が搭載されており、操縦者の波動を使ってランクⅩの超能力を再現する機能があります」
わたしが瞬間移動……もとい海原夏季様の《座標転送》を使えていたのはその為ですね、と締めくくる美里。
意味がわからなかった。
ただでさえ超能力を理解していない零能力者は無論のこと、夢人も、そして地獄という地獄を見てきた波瑠も言葉を失ってしまっていた。
「……なあ美里さん。馬鹿な話はやめようぜ」
いち早く言葉を発したのは佑真だ。
「もしそんな技術が確立されていたら、世界のパワーバランスが一瞬で崩れさっちまう。もし世界の誰もが《集結》を使えるようになってみろ、地獄が訪れるぞ」
「気持ちはわかります、天堂君。だけどキミがその目で見た真実は揺らぎません。わたしが《座標転送》を使っていたことが、何よりの証拠じゃないですか」
「……そりゃ、そうっすけど……」
反論の糸口を失った佑真が右の拳を握りしめた、その時。
ベリベリベリ! と強烈な音が轟く。
ここは敵地のド真ん中。
『答え』の方が自らやって来て、佑真達が立っている地面を畳み返しのようにひっぺ返した。
四人の頭上には、新たな『銀燐機竜』が現れていた。
「これ、優子先輩の能力か……!」
そして、足元の大地をめくり上げていくこの能力は波瑠に覚えがあった。高尾山での『盟星学園高校・新入生合同演習』にて《静動重力》こと清水優子が使った、引力によって地面を剥がす技だ。
足元が風船みたいにに膨らんでいきバランスを崩される中、佑真が真っ先に右手を地面に叩きつけた。
「波瑠、追撃準備!」
叫びながら、右腕より〝純白の雷撃〟を放出させる。
またの名を〝零能力・神殺しの雷撃〟。たとえパワードスーツによる能力演算だろうと、それが異能の力ならば問答無用に『零』へと還元する力が、ベリベリと剥がれていく地面を覆い尽くす。
ぱちん、と。
いつものシャボン玉が割れるような感覚とともに、『銀燐機竜』の超能力がかき消される。
「今のが噂に聞く《零能力》ですか……」
「動画で散々見ましたけど、生で見るとすごいや……!」
生で初めて《零能力》を見た組が驚いているが、これで証明されたようなものだ。
「クソッ、論より証拠ってか!? マジでランクⅩの超能力を再現してやがるぞ!」
「でも《座標転送》じゃないなら! SET開放!」
いち早く地面から飛び立っていた波瑠が、SETを起動させると同時に《霧幻焔華》を発動する。周囲の二酸化炭素を凍結させ、奪った熱エネルギーを運動エネルギーに変換して放つドライアイス弾が『銀燐機竜』の全身へと襲い掛かる。
しかし『銀燐機竜』はその翼を広げると、熱波を放出してドライアイス弾を溶かし尽くした。
熱波、すなわち波力操作だ。
「波力や引力を操る超能力。日本第六位、《静動重力》で間違いなさそうだね」
「夢人、お前の《神上の宙》であれを分解できねえか!?」
「そのための隙を作ってほしいです! さっきは波瑠さんが竜巻にアレを閉じ込めていたから、レーザービームを当てやすかったんですよ!」
「了解、その隙はオレ達で作るからお前は《神上の宙》を――――んがッ!?」
突如、ッッッズ!!! と佑真達の全身に何百キロもの錘をつけられたような下方向への衝撃が襲った。《静動重力》の使用者、清水優子の十八番といえば、
「重力、操作……!」
周囲の重力が増加したことで波瑠と美里はあっけなく全身を地面に叩きつけられ、佑真と夢人は抗おうとしているが片膝をつき、四肢で踏ん張ってようやくだ。あまり加圧されてはペシャンコの肉塊にされてしまうが、佑真は口角をつり上げていた。
「他人様の能力を使うなら予習しろよ。確かにそいつは生徒会長の得意技だが、オレまで効果範囲にいれると跡形もなく消しちまうぞ!」
三秒と待たせる気は毛頭なかった。全身から〝雷撃〟を放出させて重力増加をバチンと食い潰し、波瑠が低姿勢から一気に突貫する。
あえて『銀燐機竜』の真正面から。
視界を阻む木々を気流操作で薙ぎ倒し、波瑠は両腕を後方へ構えた。右手には炎、左手には氷。借り物といえど、一個中隊を全滅させると言われるランクⅩ同士での戦いだ。
選ぶのは、一撃必殺。
「《霧幻焔華》ッッッ!」
炎熱と氷冷を掛け合わせた波瑠の切り札が、容赦なく『銀燐機竜』へと放たれる。
『銀燐機竜』はガッと翼を開くと、斥力の壁で《霧幻焔華》を迎え撃った。防御のつもりだろうが、第二位の切り札をただの防御では止められない。
直撃し、爆風が吹き荒れる。
バランスを崩した『銀燐機竜』が後方へ流れる隙に、波瑠の氷が翼をはじめとした駆動部分を凍結させた。白銀のパワードスーツが地面へと墜落する。
波力がもたらす熱波で氷を溶かすつもりのようだったが、それよりも早く、広がっている翼に白いレーザービームが突き刺さっていた。
夢人の《神上の宙》がもたらす分解の奇跡が、翼部分を粉々にしていく。
「ナイスだ夢人」
「ぼくがいる組織は集団行動前提なので、連携は任せてください!」
けれど翼部分にしか効果がなかったのは、相手がレーザービームを喰らう直前、斥力か何かで翼部分を強引に分離させたからだ。
黒羽美里が乗っていたモデルとの戦闘情報を、すでに活かし始めているらしい。
「逃がすもんか!」
すかさず、波瑠が《霧幻焔華》を用いた磁力操作と凍結の合わせ技で『銀燐機竜』の動きを封殺する。与えられた隙。夢人がレーザービームを撃ち抜こうとした、その時。
ゴバッッッ!! と。
『銀燐機竜』の機体が、ロケットの射出が如き勢いで空中へ飛び出した。
「なっ――」
その衝撃波が粉塵を生み出し、地面をブワッと席巻する。夢人のレーザーはあえなく地面を貫いていた。どうやら斥力か引力かは不明だが、強引に『能力』を行使してとりあえず夢人の《神上》を回避したらしい。
だが、対峙する相手側から見ても強引極まりない緊急脱出。
中空で『銀燐機竜』は制御不能となり、翼という明らかに飛行機能っぽい部品を失ったせいか、佑真達へ降り注ごうとしていた。
「夢人、先に分解だ! 波瑠、風で受け止めろ!」
「「はいっ!」」
佑真の指示に従い、夢人と波瑠がそれぞれ攻撃を放つ。
純白のレーザービームに撃ち抜かれた『銀燐機竜』は美里の機体の時と同様にパーツごとにバラバラとなり、分解された破片と中の操縦者ごと波瑠の気流のクッションが受け止めた。
「…………っ!」
地面にゆっくりと降ろした波瑠は操縦者を拘束しようとしたものの、その姿を見て顔を歪める羽目になった。
拘束する必要は、なかった。
おそらく、先ほどの無茶苦茶な能力行使で上空へ吹っ飛んだ時の衝撃は中身にも伝わっていたのだろう。操縦者の肉体は内出欠で各所が膨れ上がり、穴という穴から血が流れ出ていた。
迷わず《神上の光》を――生死をも覆す治癒の魔法を発動する波瑠。日光のように暖かな波動が操縦者を包み、一瞬で傷を回復させていく途中、
「………………美里さん、これが『銀燐機竜』がまだ世に出ていない理由なんだね?」
波瑠がおもむろに告げる。疑問符を浮かべる佑真と夢人はさておき、美里はコクリと頷き返した。
「流石、聡明ですね波瑠様。……『銀燐機竜』は他者の超能力を再現しますが、その超能力はあくまで借り物です。操縦者だろうと機械だろうと一朝一夕で使いこなせる代物ではない。それがランクⅩの能力であるならば、尚の事」
「私だってエネルギー変換をここまで使いこなせるようになったのは、お母さんや十文字直覇が訓練に長い間付き添ってくれたからだもん。十五年かけてようやく自分のものにできたのに、本人以外の人が使おうとしたら、そりゃ制御なんかできないよ……」
例えるなら、幼稚園児に走行中の車のハンドルを持たせるようなものだ。アクセルにもブレーキにも届かない、けれど走り続けてしまう車が事故に遭うのは当たり前だ。
美里は波瑠にそっと寄り添いながら、
「……『銀燐機竜』は、パワードスーツといっても主体がスーツ側にあります。超能力の使用も、飛行も移動も交戦も、基本的には『銀燐機竜』に搭載された人工知能の自動制御。中身の人間は――わたしがそうであったように――ただ波動を提供するだけなんですよ。
そして人工知能が中身への負担を考慮せず超能力を使ってしまうから、この方のように肉体がズタボロになる可能性がある。
ですから【月夜】はまだ、表社会に『銀燐機竜』を出していないのです。わたしのような捨てても問題ない人材を利用し、ランクⅩを制御する術を模索し続けている」
「ふざけんじゃねえ」
ゴッ、と重い音がした。
佑真がやり場のない怒りを、拳に置き換えて近くの木の幹にぶつけた音だった。
「ランクⅩの超能力を再現するパワードスーツ、確かにその響きは魅力的だ。オレの周りにいた低能力者達だって、この技術が確立されれば『落ちこぼれ』なんて後ろ指刺されずに、幸せになれるのかもしれない」
ともすればそれは、超能力至上主義の現代に革命を起こす技術だ。
だけど、と絶対に超能力が使えない少年は続けた。
「この技術が確立されるまでに、一体何人の人間が食い潰されるってんだ? その技術が確立されたところで、世界に齎されるモンは本当に喜劇なのか!? 集結がやっていた『絶対の力』を得るための計画と『銀燐機竜』の開発に違いがあるのか!?」
有名なフレーズが脳裏をちらついた。
科学の発展に犠牲はつきものだ。
ああ、確かに一を犠牲にすれば、九を救うだけの何かが手に入るのかもしれない。
けれど天堂佑真は、そこで切り捨てられる一を救うために拳を握りしめた。
実際に、目の前で人間が人間に食い潰されるのを見た以上、もう素通りは選べない。
「悪い波瑠。寄り道をするぞ」
「勿論だよ。佑真くんがそう言い出さなかったら、私から言うつもりだったから」
佑真と波瑠は声を揃えて、告げた。
「「こんな胸糞悪いパワードスーツ、全部ぶっ壊してやる!!!」」
☆ ☆ ☆
そして。
モニターだけが灯る暗闇の中で、一人の老人が笑っていた。
「うひょひょ、敵対ラインが確立☆ ここからは君の出番だね、鉄先恒貴君」
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