●第百七十七話 九位:座標転送
[Main-02]
「うおおおおおっ!?」
瞬間移動で飛ばされた佑真の目の前に広がっていたのは、樹海だった。
鬱蒼と生い茂る樹木の緑。そこら中に根や枝が飛び出していて、視界のほぼすべてを青葉や蔓が覆い尽くしていた。とても人の手によって整備されているとは思えない。大自然のありのままの姿が残されている。
そんな中空に、瞬間移動で放り出されたのだ。
「痛い痛い痛い痛い!」
重力落下を始めた佑真の全身を、枝という枝が引き裂いていく。一応服や『梓弓』で守られているとはいえ、無数のかすり傷を負いながら着地する羽目になった。
「でも、枝に掠めた分だけ衝撃が和らげられたって思えばプラスかもな。こんなガタガタの地面じゃまともな着地もできねえよ」
足元は土がデコボコだし、根っこや背の低い植物、雑草でごちゃごちゃだ。まともに人が歩くことを想定されていないとすぐに理解できる。
ここはまだ、日本なのだろうか。地球の裏側の辺境とかではないよな? 脳裏にいくつもの不安がよぎるものの、とりあえず波瑠の所在を探さなければ。
ザッと周囲を見回してみたが、佑真の周りに見えるのはやっぱり植物、植物、植物だ。携帯端末で連絡を取ろうとしたが、それより早くに向こうから着信があった。
「大丈夫か波瑠!?」
『わ、私は大丈夫だけど大丈夫じゃないです! 私達をこの……樹海? に飛ばしたドラゴンのパワードスーツと交戦中! やっぱり《瞬間移動》の能力者が乗っているっぽくて、私の凍結じゃすぐ移動されるから捕まえられな――』
「あれ?」
佑真は通話の途中だったが、電話口から聞こえるノイズと自分の耳が聞いているノイズが全く同じであることに気づく。
慌てて確認すれば案の定、ノイズに合わせて白銀のドラゴンが木々を薙ぎ倒しながら樹海の中を低空飛行していた。波瑠を追っているというよりは彼女に追われているらしく、氷塊がパキパキッと生成される音も聞こえてくる。
「波瑠、オレも今あのドラゴンの近くにいる! 瞬間移動能力者とはあんまり交戦経験がねえんだ、何か零能力者でも助力できることはあるか!?」
『……佑真くんがいるってことを示してほしい! 相手は私に攻撃されているのに遠くへ逃げようとしない、つまり私を捕えられる射程範囲から出たくないみたい! 佑真くんも標的認定されるかはわからないけど、とりあえず囮役やってみて!』
「了解した!」
思っていたよりとんでもないお願いをされた気がするが、佑真は右腕の『梓弓』に意識を向ける。〝零能力・神殺しの雷撃〟を使ってもいいが、反動で下手に傷つく前に他の手段を使うべきだ。
『せやあっ!』
波瑠の凍結によって白銀のドラゴンが氷に包まれる。
しかし数瞬と待たずに、ドラゴンは《瞬間移動》で氷塊から抜け出して数メートル右の空間に転移。
佑真はすぐに照準を定め、『梓弓』を放つ。
鏃が木々の隙間を縫ってヒュンとドラゴンの背中へ肉薄するが、察知したらしくドラゴンは《瞬間移動》をして鏃を回避した。
次の転移先は――佑真の目の前三メートルの中空!?
「クソッタレ相性が悪すぎるッ!」
『囮役っていうか切羽詰まってるううう!?』
冷静に考えれば相手はパワードスーツなので、背中だろうとセンサーやカメラの類で確認できるのだ。佑真は息を止めると、全力でドラゴンに向かって突進した。
ドラゴンの腕が佑真を掴もうと横一閃に振り抜かれる、その下方にわずかに残された空間に、佑真はヘッドスライディングの要領で飛び込んだ。
根っこに足を引っかけてゴロゴロ転がる羽目になったが、何とか初撃の回避に成功。ガバッと顔を上げると、追いついた波瑠が凍結を行使していた。
『ダメだ、逃げられちゃう!』
ふたたび《瞬間移動》で逃げたドラゴンは、体勢を立て直すためか、少し距離のある上空に転移した。佑真達を見下ろす形だ。
「奴さん、まだ逃がしちゃくれないみてぇだな。いっそ壊すか?」
『中に能力者が乗ってるんだよ。壊したら……』
「わかってるよ。それがオレの覇道らしいからな」
口で言うのは簡単だけれど、あのドラゴンから逃げ切るか拘束する方法なんざそう簡単に思いつかない。相手の波動が尽きるまでジリ貧の持久戦を仕掛ける。どうにかパワードスーツの外側だけを壊して、内側の人間を取り出す。
いずれも現実的じゃない。頭を抱えたい気分だが、そんな暇も与えてもらえないようだ。
頭上からバキバキッと木の枝をへし折る音がしたかと思えば、白銀のドラゴンが急降下して佑真に降り注いできていた。
「クソ野郎、いつまでも足引っ張るワケにはいかねぇんだが!?」
咄嗟に駆け出そうとした佑真だったが、不意にズルッと足が踏み込めない感覚を得た。雑草が生い茂りすぎていて見えなかったのか、踏み込んだ位置がちょうど坂の始まりだったらしい。
「おおおおおおおおおおおお!?」
坂を転がるおむすびになった佑真は、木の幹に背中を打ち付けて何とか停止。痛みに悶える間もなく、頭上数十センチをドラゴンの右腕が横切った。
「ッ!?」
『佑真くんに手を出すなあっ!』
情けないおむすびを守るべく、波瑠が磁力を使ってドラゴンを自分の方へと引っ張っていたようだ。坂を転がったのも、高低差が生まれるという結果オーライを導いたらしい。
波瑠が『うりゃあ!』と威勢よく掛け声を放ち、白銀のドラゴンは磁力の糸に引っ張られるがまま、無数の樹木にバキボキゴキッと投げつけられていた。
地面に接触する直前に危うく《瞬間移動》して離脱した――かと思いきや、何故かドラゴンは波瑠の目の前に転移していた。そこは日本第二位の射程圏内。周囲に存在する熱量という熱量を変換し、気流操作で生み出した巨大な竜巻がドラゴンを撹乱する。
「そうか! 相手はどうあれパワードスーツ、だったら!」
『中に乗っている人間を狙えばいい!』
ようは大量の葉っぱを巻き込む『渦』の中に放り込むことで激しく回転させて、中身を酔わせるのだ。波瑠の思惑はうまくいっているようで、ドラゴンは《瞬間移動》することなくグルグルグルグルと独楽みたいに回されている。
『……これ、いつ解放すればいいんだろう』
「そういやそうだな。解放された瞬間に転移されかねない」
いい加減竜巻を止めてもよさそうだが何となく躊躇っていると、事態に変化が訪れた。
とはいっても、白銀のドラゴンが《瞬間移動》して戦況が次のステージに移行したのではなく。
突如、竜巻の真上から純白のレーザービームが降り注いだのだ。
そのレーザービームはまず波瑠の竜巻をかき消すと、放出を続けた状態で白銀のドラゴンにも突き刺さった。佑真と波瑠が下手な殺傷を警戒して身構える間に、レーザービームを浴びたドラゴン、もといパワードスーツが、ガシャコン!! と分解された。
そう。一瞬でバラバラになったのだ。
『…………何……ていうかこの日光みたいに暖かい感覚ってまさか……!?』
「波瑠、上から誰か降りてくるぞ!」
木漏れ日を浴びた人影はバラバラになったパワードスーツの破片の雨霰を通過して、ザッ、と波瑠の前に着地した。腕の中には、パワードスーツの操縦者だったと思しき女性を抱いている。
このクソみたいな足場で器用だな、とズレた感想を抱いた佑真もそちらへ急行した。
「助けてもらって失礼なことを言うが、アンタは敵か!?」
「ぼくですか? ぼくは……ええと……初めましての人と敵対するのは嫌ですね」
少年だった。
佑真よりも年下だろう、まだ声変わりが終わっていない独特の音域と背丈が、ドラゴンを一撃で仕留めたとは思えない、純朴な雰囲気を作り出しているようだ。
何てことないワイシャツとズボンな少年は佑真を見るなり、
「うわっ!『それがオレの道だ!』の人だ! なんでこんな富士の樹海にいるんですか!?」
「ありゃオレのこと知っているのか不名誉な方向だけど。そして富士という驚きワードが聞こえた気がしたが!?」
「ぼく、あなたの大ファンなんです!『世界級能力者』にも屈しない意志、仲間を守ろうと必死に戦う姿が本当に格好良くて! 名前を教えてください、『それがオレの道だ!』さん!」
「その呼び方はやめてくれ胸が痛む。とりあえず君の名は?」
「夢人です! 夢に人と書いてユメトです!」
「オレは天堂佑真な。天に堂に佑に真と書いてテンドウユウマだ。佑真でいいぞ」
「はい、佑真さん!」
「それじゃあ一つずつ質問していくぞ――といきたいところだが」
佑真は興奮少年夢人くんをドウドウとなだめながら、さっきから一言も発していない波瑠に目を向けた。夢人が抱いている女性、パワードスーツの操縦者に釘付けになっている。
「波瑠、その人が気になるのか? なんだったら《神上の光》で治癒するくらい問題ないと思うけど。すげぇ傷だらけだし」
「そうじゃなくってね……」
波瑠は長く息を吐くと、夢人の抱く女性(ちなみに気絶中)の頬に手を添えた。
どこか、愛おしそうに。
何かを思い出し、慈しむように。
「この人、私が子供の頃に面倒を見てくれていた黒羽美里さんだ」
☆ ☆ ☆
波瑠の《神上の光》で黒羽美里という女性を回復させたものの、意識はまだ戻らない。
「んじゃま、美里さん……? の意識が戻るまでの間に状況を整理しちまおう」
「だね」
美里を膝枕中の波瑠は、白いワイシャツ少年に顔を向ける。
「キミの名前は?」
「夢人です! 夢に人と書いてユメトです!」
「オレん時と一字一句同じだな。自己紹介のテンプレ?」
「合体漢字をすると『儚い』になりますーっていうボケも用意しています!」
「お、おう……振ったオレが突っ込むのもなんだけど、自分で言ってて悲しくない?」
「悲しいです……」
「夢のある人って素敵な名前だと思うけどなっ。私は波瑠です。佑真くんのファン二号っぽいから苗字も言っちゃうと、天に皇に波に瑠でテンノウハルです」
なぜ二号なのかは発言者以外に知る由もないが、ファン二号君とスメラギ波瑠ちんはギュッと握手を交わした。
「波瑠さん、よろしくお願いします。天に……すめら?【天皇家】の天皇ですよね?」
「む、佑真くんだけでなく私のことも知っているの?」
「警戒しなくとも大丈夫ですよ。ぼくは広義的にお二人の味方ですし、今ここで会う前からお二人のことは知識として知っています」
「おい待て夢人。狭義的には違う可能性があると?」
「その辺は状況を説明していく中でわかると思いますよ――ということで、勝手ながらファン二号が整理していきますね」
「よろしく頼むよファン二号くんっ」
基本的に年下博愛主義なお姉ちゃん、波瑠のテンションがちょっと高かった。佑真は真っ先に確認すべきことを提示する。
「夢人、まずここがどこかを教えてくれ。オレと波瑠、このパワードスーツの《瞬間移動》で街中から強引に転移させられて、気づいたらアイムイン樹海だったんだよ」
「なるほど、だから突然戦闘が始まったんですね。佑真さん達的には『再開された』ですが」
夢人は樹海のある方角を指さして、
「ここは『富士の樹海』です。あっちの方に富士山がそびえ立っています」
「富士の樹海……っていうとあの自殺の名所だった?」
「その富士の樹海ですね」
「何だそれ?」
「富士の樹海は観光地として一応整備されていたんですけど、道から外れると同じ景色が続くせいで方向感覚を失い、出られなくなってしまう。最悪そのまま死に至るから、自殺スポットとして有名だったんです」
「嫌な話だな」
夢人の説明に、とりわけ生死にまつわる話が苦手な波瑠は露骨に顔を青ざめさせる。
「……で、でも確か、二十一世紀の大噴火の時に富士の樹海って溶岩に跡形もなく消されちゃったんじゃないっけ?」
「そうですね。で、人がまともに踏み入れられる環境じゃないので自然が意気揚々と成長しまくって、この通り樹海化は逆に進んでしまった現状に至ります」
「まさに『人類未踏の山奥』って雰囲気だもんな。まともに座れる場所もねえ」
「そんな樹海に夢人くんがいる理由は? 自殺じゃないよね……?」
「まさか! それどころかぼくは今、『それがオレの道だ!』に憧れてヒーローを目指し始めたくらいでして、人生ようやく始まったぜと生きる気力に溢れています!」
「夢人、お前があの映像を好きなのはよおおおくわかったから本人の前で連呼するのやめてくれ!『それがオレの道だ!』は今後禁止ワードな! 一回言うたびに雑草食わせてやる!」
「ふふっ、佑真くんって好意を向けられるの苦手だよねー」
「波瑠が妙に機嫌いいのはオレが困っているのを見るのが楽しいからなのね!」
天堂佑真は元不良で現落ちこぼれなので、褒められたり評価されたりするのに慣れていないのだ。雑草を握りしめた佑真に観念して、夢人は状況整理に話を戻す。
「ぼくが富士の樹海にいる理由でしたね。――先ほど佑真さんが、富士の樹海は人類未踏の山奥だ、と表現してましたよね」
「そんなこと言ったかもな」
「二十一世紀の大噴火以後、富士山はずっと噴火しそうでしない状態にあります。そんな中で富士山に好き好んで近づく輩なんていない。けれど逆に、そういう人目がつかない場所を選ぼうとする組織がありました」
「……人目につかないし人里と離れているからこそ、何かをするには打ってつけ」
「その通りです波瑠さん。そして実際に富士山麓に研究施設を構えた組織がありました。お二人も聞き覚えくらいあると思います」
夢人はもったいぶった末に、人差し指を立てて告げた。
「組織の名は【月夜】。
天皇劫一籠の配下にある組織が、この富士周辺に魔術専門の研究施設を構えています」
確かに、聞き覚えがあった。
というか、深すぎる因縁があった。
【月夜】と名乗る彼らはかつて、波瑠の妹、天皇桜を攫い【神山システム】と接続させて、凶悪な計画を進めていた。
最終的に《神上の聖》を利用して『人工の神様』を創り上げる段階まで至ったが、波瑠や多くの能力者達、そして無機亜澄華という研究者の手によって計画を阻止。
桜を救い出せたものの、一連の騒動――通称『オリハルコン事件』の末に、【月夜】によって無機明日華の命は奪われた。
また記憶に新しい事件では、四月。
戸井千花の《神上の現》を利用して『人工の神様』を創り、盟星学園の行事をメチャクチャにした『高尾山事件』も【月夜】の手によるものだと分かっている。
《神上》に関わるところ、【月夜】の暗躍あり。
それくらいの認識を持って良い連中の、本拠地と呼んでも差し支えない研究施設が、この富士の樹海だったらしい。
「…………となれば、オレ達をこの樹海に招待した輩も【月夜】絡みだろうな」
「………………」
いい印象がない(あってたまるか)な相手だとわかり、さすがに佑真と波瑠の表情から余裕が消える。夢人はそんな二人をあえて気遣わず、話を進めた。
「ぼくのいる組織――正確には組織じゃないんですが――はある方より依頼を受けて、【月夜】の動向と研究内容を調査していました。けれど前任者グループが毒を操る能力者によって甚大な被害を受けて撤退。ぼくは追加任務を受け、今日この樹海に潜り込みました」
「……なるほど。お前にはお前の用がある。だけど敵対者は【月夜】だから、オレ達の広義的な味方なのか」
「敵の敵は~って理論ですね。でも個人的に佑真さんへは憧れていますよ!」
「それはもういいから! せっかく好意を向けられるなら女の子がよかったけど波瑠がいる時点でそれも困るな八方塞がり!」
「『憧れ』がダメなんですかね……となると『尊敬しています』方面で取り入って弟子一号の座を掴むしか……」
「あのさ、気になることが増えたんだけどいいかな?」
怪しいことをブツクサ呟く夢人に苦笑いする波瑠は、先ほど夢人がバラッバラにしたパワードスーツの残骸を見ていた。
「《瞬間移動》で富士の樹海に連れ込まれたのを偶然だ、と考える線は捨てるよ。だとしたら私は……子供の頃、私の親代わりだった美里さんに富士の樹海に連れ込まれたことになる。美里さんが【月夜】の一員だった、なんて可能性は……考えたくない」
「波瑠……」
「それともう一つ。美里さんの超能力が違うの」
はあ? と変な声を出したのは佑真だ。
超能力は『多重能力者』という極めてわずかな例外を除いて、脳みそ一個につき一種類と決まっている。『硬化』や『加速』と様々な種類を使い分ける誠の能力だって、大元を辿れば念動力だという話だ。
「美里さんは《瞬間移動》じゃなくて、黒曜石の内包するエネルギーに干渉する《黒曜霧散》の能力者なの。何度も何度も見てきたから、これは間違いない」
「だけど《瞬間移動》を使ったパワードスーツの中からは、黒羽美里さんだけが出てきた……どういうことだ?」
「それに関しては、本人の方から説明してもらえばいいんじゃないですか?」
噂をすれば何とやら、ではないが。
夢人の示す先では、波瑠の膝枕で寝ていた黒羽美里が、ゆっくりと上体を起こしていた。
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