●第百七十六話 例外:零能力
お待たせしました。第八章【富士接近編】の開幕です。
11月1日(木)~一日置き更新です。
間に合わない場合の保険で一日置き更新です。すみません。
お楽しみいただければ幸いです。では、どうぞ!
[breaktime-01]
彼はある時を迎えるまで、『天才』と呼ばれていた。
父と母が共に国家の最前線で技術開発に関わっており、彼は生まれた時から機械に囲まれていた。
興味本位で父の知り合いから機械設計、およびプログラミングを教わり、五歳になる頃には、その才能を開花させた。
才能とかそういう話ではないはずの、技術開発というジャンルで。
前時代に見ない発想力と転換力をもって、彼は大きな貢献を果たしていく。
神童と。天才と呼ばれ、やがて国を代表する一大プロジェクトに呼び声がかかった。
開発を頼まれたのは――結論から述べると――完成した際に【神山システム】という名を与えられた、世界最高峰の高速演算機だ。
数式と理論によって、あらゆる『仮定』に『回答』を導くための機械を作り上げる、二十二世紀黎明のビッグプロジェクト。
過去も未来も記録していると言われる黄金の書板――〝アカシック・レコード〟を人間の手で作り上げようという、科学者の妄執のような。
けれど、二十二世紀の行き過ぎた科学と彼の才能があれば決して夢物語ではない。
文字通り世界に革命を起こす計画に、幼い子供が参加したのだ。それは世界中を駆け巡るニュースとなり、一度は時の人として世間を騒がせるに至るほどの注目度だった。
ただ、彼に一つの不満があるとすれば。
ただ、彼に一つの予想外があったとしたら。
自分よりも優れた、わずか二つ年下の少女もまたこのプロジェクトに参加していて。
彼女の補佐をするために、自分が呼ばれていたことだった。
[Main-01]
『…………仲間まで切り捨てちまうのがテメェの覇道だってんなら、この場にいる誰一人として殺させねぇ! それがオレの覇道だ!!』
日本国防軍【ウラヌス】と中華帝国の能力者、金世杰による交戦から数日が経っていた。
2132年5月2日、金曜日。
世間では『反能力社会派』によるデモ活動が行われたり、『それが俺の道だ!』君の名言をもじったSNS用スタンプや四コマ漫画が人気を博したりしていたが、多くの者達は『日常』に戻っていく。
そして目の前で過ぎ去る一瞬一秒に情熱を燃やす学生諸君は大人達よりも切り替えが早く、明日に迫っていた大型連休、ゴールデンウィークへのワクワクドキドキでソワソワ盛り上がっているのだ。
「誠さんと秋奈さん、京都に行かれるんですか?」
エリート超能力者様を育成する公立高校であっても、その御多分に漏れたりはしない。
どこにでもいる平凡な女子高生こと戸井千花は、友人二人のゴールデンウィークの予定を聞いて、ちょっとだけ目を丸くしていた。
「戸井さんだから教えちゃうけど、陰陽術を学びに行くんだ」
見た目は少女、中身は男子な小野寺誠クンはどこか苦笑い気味に返答した。
「京都の方に現役の陰陽術師がいるらしくてね、その家に二泊三日の勉強合宿ってワケ」
「陰陽術というと、あの《鳳凰》とか《九尾》を召喚する不思議な術ですね。そのお勉強をしに――あいたっ」
相も変わらず不幸体質な千花は、何の前触れもなく飛んできた消しゴムを眉間に被弾していた。誰かがアナログな筆記をしているのかと思えば、男子の一部が集まって『消しゴム落とし』に興じているらしい。
「……陰陽術のお勉強をしに行くんですか。流石は【太陽七家】ですね、連休の過ごし方も一味違います」
誠は『消しオト』用にカスタマイズされた消しゴムを投げ返しながら、
「小学校かここは……まあそういうことなので、ゴールデンウィーク中は京都にいるんだ。せっかく遊びに誘ってもらったのに、ごめんね」
「いえいえ、用事があるなら仕方ないですし、学生寮の皆でキャンプに行くので良ければご一緒に~というだけですから。また今度遊びましょう」
「………あたしは千花や歌穂とキャンプに行きたかった」
ボソリと呟いたのは、不機嫌オーラを漂わせている水野秋奈お嬢様。紅色の髪をサイドテールに結った教室一の美少女は、今朝からずっと怨念を一年A組に放出していた。
「………どうせ京都に行っても陰陽術の勉強をするだけとか、お母様には『大型連休』と『国民の祝日』の意味を調べ直してほしい。キャリバンが公欠で芦ノ湖に行ったんだから、あたし達も平日に、公欠で! 京都へ留学すべき!」
「たかが数日休みを削られるくらいで大袈裟な」
「キャリバンさんの公欠に至っては国を守るためですし」
「………正論なんて知らない……遥か遠き黄金週間……」
ムッスー、と秋奈がふくれっ面を続けているのも、いくつか理由があった。
①盟星学園一年生の中でもズバ抜けて実技・座学共に成績上位にいる秋奈だが、同等以上に優れていた波瑠の休学、キャリバンの公欠によって、げに喧しき生徒会長サマに目をつけられて『一年生役員枠として生徒会役員にならないか!?』と付きまとわれる一週間を過ごし。
②学校から出たと思えば【水野家】のお嬢様に目をつけた『反能力社会派』とかいう集団に、ストーキングまがいなことをされて!(彼らは【水野家】から指示を受けた誠と生徒会長サマによって丁寧に処理されたが)
③そして三日前には大親友が芦ノ湖で『世界級能力者』と殺し合いをしていて!!!
「………もう心が限界……癒されたい……休みたい……一日中布団の中でゲームしたい……」
秋奈はとうとう、机に突っ伏してしまった。
「秋奈さん……」
どんより秋奈お嬢様をどうにか元気づけたい千花は、しばし思案した末にポンと手を打ち鳴らすと、秋奈の耳元に顔を寄せた。
「でも秋奈さん、きっと物は考えようです」
「………」
「京都へ誠さんと二泊三日ですよ? これは何をどう考えても、チャンスです」
「………ちなみにユイちゃんも同行する」
「だとしてもです! むしろユイちゃんがいるのはお二人にとってプラス要素だと思ってますけどねわたしは! 家族ごっこ的な意味で!」
「………………………」
どこにでもいる平凡な女子高生のまくし立てによって、突っ伏しお嬢様の耳はかああっと赤く染まった。
どんよりムードが和らぐどころか恋する乙女オーラに早変わりし、教室中のクラスメート達がさりげなく千花に『GJドジッ娘!』とハンドサインを送る。お嬢様の心労は、思いのほか皆に被害を及ぼしていたようだ。
「………そういえば」
桃色旋風を巻き起こした自覚のない秋奈は、顔を上げるなり居心地悪そうな誠の裾を引っ張った。
(秋奈は行動が軽率だなぁ。盗み聞きしていた女子達が『ここでボディタッチは二人の距離感おかしくない!?』って困惑しているじゃないか――という顔をしていますね、誠さん)
心中お察しします、と両手を重ねる戸井千花の超能力は《精神感応》ではない。これはどこにでもいる平凡な女子高生の常備スキルだ。
「………誠。京都に行けば波瑠ちゃんに会えるかもしれない」
「そっか。あの二人は東海道を西へ西へと移動しているんだから、今のペースならちょうど京都で会える可能性があるんだね」
「あの二人?」
「佑真と波瑠だよ。エアバイクで絶賛逃亡生活中の」
「ああ、『それがオレの道だ』君と波瑠さんですね」
「………何度聞いても面白い呼ばれ方」
「だよねー。まあでも、波瑠行くところにトラブルありだからね。無事に会えるといいけど」
「………今も一体、どの辺で何をしているのやら」
☆ ☆ ☆
東海道五十三次という浮世絵が、歌川広重によって手掛けられた。
遡ること江戸時代。都・江戸と各所を繋ぐ五街道のうち一つ、京都まで続く東海道の各所の風景を、歌川広重は公務に同行して旅をして絵に残した、という伝承が残されている。
「最近寄った小田原も箱根も、両方とも東海道五十三次の一つなんだよ。特に箱根は今でも箱根駅伝が行われているように、東の都の関所として機能していてね――」
「ストップストップ! その辺でやめてもらっていいっすか波瑠さん!『そういえば東海道って有名らしいけど、名前の由来とかあるの?』ってちょろっと呟いただけなのに、授業されても右から左に流れ出ちまう」
「あはは、佑真くん相変わらずお勉強は苦手?」
「苦手だよ。記憶喪失で一年生から小学校に通っていた記憶がないせいか、もはや『勉強する』って習慣を体が受け付けないんだよな。教科書見るだけでゾワゾワする」
「だから『やればできる子』なのに全然勉強しないんだね、佑真くん」
「うるさいやい。『やればできる子、本当にやる子』の波瑠さんとは違うんだい」
しかめっ面のお馬鹿さんと、ふんわり笑顔の秀才さん。
もとい天堂佑真と天皇波瑠は、一週間ほど前にスタートさせた東海道逃亡旅を、今日も今日とて続けているのだった。
元々この東海道逃亡旅を始めた理由は、波瑠の持っている死者を生き返らせる魔法、《神上の光》が【月夜】という組織を筆頭に数多の強敵から狙われ続け、東京にいる無関係な人々に迷惑をかけてしまったからだ。
居場所を常に変動させることで雲隠れをしつつ、敵の注意を『佑真と波瑠』という当事者にのみ注目させる。そんな目的で始めた旅だったが、今では二つの目的ができていた。
一つは、天堂佑真のルーツを探ることだ。
記憶喪失であり、正体不明な異能を消す異能《零能力》をその身に宿している佑真。そんな彼の過去のヒントを見つけ、やがては《零能力》の正体をも突き止めたい。
そしてもう一つは――――東海道に残された、十文字直覇の『遺産』の捜索だ。
五年前にも似たような理由で日本中を逃げ回っていた波瑠は、十文字直覇という女子高生と出会い、そして死別していた。しかし直覇は「波瑠のために」と、逃げ回りながら日本中に莫大な遺産を隠したらしい。
隠す時に使われた超能力を一つ一つ破りながら、女子高生の身に余る遺産を回収していこう、というワケである。
こっちは意外と順調で、佑真達は現在、逃亡生活に使うには十分すぎる資金を手に入れていた(具体的には持ち金が一億に突入していた!)。
そんな多額を高校生二人が持っていても仕方ないので、様々な戦闘で破損した物の修繕費や、第三次世界大戦の復興支援の募金などに回していたりする。
「最初は『暗殺計画』から逃げる時に横浜方面を目指しただけだったけど、気づいたら東海道を基準に移動してたよな」
エアバイクの免許を取ってから早くも十ヶ月。若葉マークに似つかぬ運転技術を手に入れながらもキッチリ若葉マークをつけた天堂佑真は、エアバイクのハンドルを握りながらポツリと呟いた。
「まあ一番大きな道路だし、何て言ったって百年単位で『国道一号線』だから観光名所も多いしね。私的には下手にウロチョロするより楽しい旅になってるよっ」
サイドカーにちょこんと収まっている波瑠は、今日は蒼い長髪を特に結ばず、ストレートに開放していた。水色パーカーにプリーツスカート。波瑠がよく着る組み合わせを見て、いつだってこの娘は可愛いなぁと思ったりする佑真さん。
「国道一号線……江戸時代からずっと残っている道が『一号』か。熱いな」
「そう? ま、三百年以上同じ『道』が残っているっていうのは、ちょっと感慨深いよね。人の歴史を感じるっていうか」
「お、ここに来て『空から落ちてくる系ヒロイン』に『歴女』設定を盛るのか?」
「べっ、別に好きで空から落ちたワケじゃないからね!? 半年以上前の話だからね!? あと歴女ではないです」
「冗談だよ冗談。波瑠と会ってから十ヶ月近く経つって方がオレは感慨深いな。もうすぐ一年経っちゃうぜ?」
「えっ、私は『まだ佑真くんと会ってから一年経ってないんだ』って方にビックリ」
「さっきから微妙に相容れませんな」
目の前の交差点が赤信号に切り替わり、シュルルルル……とエアバイクの速度を緩める佑真。
「まあ、オレ達が相容れる方が変かもな」
「ふえ……えええっ!? 私達相性抜群じゃない!?」
「一時停止したからって身を乗り出すんじゃない。そして狼狽するんじゃない。
だって日本最強クラスの超能力者と世界最弱の零能力者だし、お嬢様と一般人だし、頭脳派キュート超文化系少女と行動派パッション超体育会系少年だぜ? ここまで気が合うっつーか、仲良くできている方が不思議だろ」
「ああ、そういう話ね。それなら私も何回か考えたことあるよ」
狼狽していたはずの波瑠は、頬をゆるっと緩めながら両手をパーにした。
「私達はね、五十パーセントと五十パーセントなんだよ。男と女、体育会系と文化系。それが合わさることで百パーセントになるの。だから相性が最高なんだー」
「残念だが波瑠、その理論には欠陥がある」
「ええ……ここは『流石、いいこと言うな波瑠。愛してるぜ』って好感度を上げるところでは……?」
「愛してはいるぞ」
「ええ……えへへ~……」
「五十パーセントって言うけど、オレは零能力者でお前は超能力者だろ。ここばっかりはゼロ+百だ。故に波瑠の理論は破綻している」
「細かっ!」
「いいや、波瑠がランクⅩ――【使徒】の一員だってことは大事なことだ! だって波瑠が頑張った結果だろ。努力の勲章を卑下するような真似は許さん!」
《霧幻焔華》。波瑠はこのエネルギー変換を用いた能力の応用性の幅を評価され、日本最高位のランクⅩに選ばれている。
佑真の言う通り、ランクⅧ止まりだったかもしれない波瑠の超能力は、十歳から積み重ねた努力によって全日本第二位まで押し上げられたのだ。頑張っている人は報われるべきだ、が持論の佑真の妙に真面目な表情を受けて、波瑠はつい破顔していた。
「そんなに言われると照れちゃうなぁ……そういえば、【使徒】って呼ばれ方は久々に聞いた気がするよ」
「この呼び方、実は公式じゃないんだってな。誰かが呼び始めたら日本中に広まって、気づいたらランクⅩ=【使徒】って事になったらしい」
「それはまたまた……まあ【使徒】って言われても私はいまいちピンと来ない」
「他の【使徒】の連中もそんな態度だったな」
佑真は昨年十二月ごろ、アストラルツリーでの決戦こと『オリハルコン事件』を思い出す。
オリハルコンという鉱石と《雷桜》、そして集結をめぐる戦いには、何の偶然か、ランクⅩの連中が全員関わっていた。
第一位、集結。
第二位、天皇波瑠。
第三位、十六夜鳴雨。
第四位、月影叶。
第五位、金城神助。
第六位、清水優子。
第七位、貝塚万里。
第八位、土宮冬乃。
第九位、海原夏季。
このうち金城神助、土宮冬乃、海原夏季は同世代の友人として。清水優子は高校の先輩後輩として――そして集結は好敵手として。
あまり彼らと会うことはないが、時折連絡を取り合う程度には交友関係を持っている。
「ま、オレら一般ピーポーが騒いで囃し立ててるだけだもんな。その実、表社会に君臨するのは清水優子一人なのであるし」
「裏社会ばっかりですみません……」
「しかも第一位は大量殺人鬼」
「本当に……ね……うん……強者故のっていうかね……」
「そして第二位はこんなに可愛い女の子」
「ね……うん……今日の佑真くんなんか甘いですね……」
ほにゃほにゃ話しているうちに信号は青に変わり、佑真はエアバイクのアクセルを踏み込んだ。余談になるがエアバイクは芦ノ湖事件での戦闘で金世杰に木っ端微塵にされたので、またもや新型エアバイクを【ウラヌス】に用意してもらっていた。
佑真はこのペースだと、免許を手に入れてからの一年間で十台以上のエアバイクを壊す羽目になりそうだったりする。
そして。
そいつは、何の前触れもなく目の前に現れた。
「「ッッッ!?」」
白銀の外装。長い首に鋭い爪の腕を持ち、背中に翼を生やした爬虫類。ドラゴンと呼ばれる架空の生物を模したロボットか、パワードスーツか。
とにかく全長五メートル程の機械が目の前の道路を塞ぐように出現していた。
「きゃあ!?」「うおっ!」
エアバイクは進路を失い、銀色のドラゴンと激突。勢いそのまま中空に身を投げ出された佑真と波瑠を捕まえようと、ドラゴンのアームが射出される。
(クソッあまりにも前触れのない登場から察するに、瞬間移動能力者の乗ったパワードスーツってところか! 奇襲にしちゃ芸がねぇぞふざけんなッ!)
(せめて着地だけでも。いやアームの方を何とかしないと!)
佑真は『梓弓』を、波瑠は超能力を使ってそれぞれ対処しようとするも、二人の行動よりも早くドラゴンのアームが二人の服を引っかけていた。
「逃げろ波瑠!」
「佑真く」
ビュン、と二人の視界が一瞬で変動する。同時にエアバイクから放り出された際の慣性とか、アームに捕まれた焦りとかそういった刹那的なものが、一旦途切れた。
瞬間移動が行われたのだ。
その先に二人を待ち受けるものが、地獄以外である確率は?
【これが奇跡の零能力者
第八章 富士接近編】




