表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/235

第一章‐⑲ 風力使いは在りし日を想う

 天皇波瑠とキャリバン・ハーシェル。

 二人の少女が初めて出会ったのは、本来子供がいるには歪といえる場所――国家防衛軍・陸軍の基地でのことだった。


神上の光(ゴッドブレス)》を焼き付けられた波瑠は、陸軍の部隊に合流した。

 唯一の子供同士ということで、彼女にはキャリバンと同じ部屋があてがわれたのだ。


 ところで、ある事情を背景に【ウラヌス】に所属しているキャリバンは、小学校に通ったことがない。

 その生涯を兵士になるための戦闘訓練に注いだ彼女には、いうまでもなく『友達』と呼べる存在はいなかった。

 同年代との会話経験でさえ、一度もない。


 子供としては無茶苦茶な境遇で育ってきた彼女にとって、突然やってきた天皇波瑠は『どう接していいかわからない宇宙人』だった。

 大人との話し方は熟知している。『ですます』をつけて、怒らせないように淡々と質問応答を繰り返せばいい。

 だけど、子供は?

 どうやって相手をすればいいの?


 ひたすら困惑するキャリバンを見て、波瑠は――なぜか微笑んだ。

 きれいな花が咲いたかのように美しく、お日様のように暖かな笑顔になって。


『はじめまして。私、波瑠っていうの。よろしくね、キャリバン!』


 キャリバンに何のためらいもなく、握手を求めてきた。


『…………』

『あ、あれ!? なんで逃げちゃうの!?』


 見惚れてしまうほどの笑顔を前に、キャリバンは逃げた。

 何を話せばいいのかわからなくて。

 彼女と会話をするのが怖くて、波瑠から目を逸らした。


 けれど波瑠は、何度も何度も話しかけてきた。

 そのたびに逃げて。

 そのたびに、追いかけてくる。


 いつしか追いかけっこが楽しくなって、キャリバンは意地でも口を開けなくなる。

 対して波瑠は意地でも喋らせようと、くすぐりまでしてくる始末。


 何が楽しいのか、言葉にはっきりできない。

 だけど波瑠と過ごす時間は――明確に楽しかった。

 それはキャリバン・ハーシェルの人生において、初めての幸福だった。


『つっかまーえたっ』


 そしてキャリバンは、波瑠にぎゅっと抱きしめられるように、捕まえられた。


『……つかまっちゃいました、ねぇ』

『なんで逃げるのっ。私はただ、キャリバンと友達になりたかっただけなのに』


 ぷんすか、と頬を膨らませる波瑠。そのような純粋無垢な表情を、キャリバンは今まであまり見たことがなかった。


『……だってアタシには今まで友達なんて、一人もいなくって』


 いつだって周りにいるのは難しい顔をした大人か、子供を軽蔑してくる大人だけ。


『どう接すればいいか、わからなくてぇ……』


 好きでこんな場所にいるわけじゃない。自分は戦後日本に置き去りにされていたところを偶然拾われ、軍で働く以外の選択肢を持っていなかっただけ。


『そっか。今まで友達、一人もいなかったんだ……』


 なんとかして逃げ出したい。

 普通の女の子として、生きてみたい。

 そこまで、陸軍という場所を憎んでいたはずなのに。


『だったら、私が友達第一号だね! えへへっ、なんかすっごく嬉しい!』

『…………そ、そうですかっ』


 その少女が来たおかげで、世界までもが変わった気がした。




 自分の苦しみを理解してくれる人が欲しかったわけじゃない。

 自分をここから救い出す人を求めていたわけじゃない。

 ただ自分に好意的な人がいると、こんなにも変わるものがあるんだと知った。

 キャリバンに笑顔を向け、キャリバンを笑顔にしてくれた人。

 それが波瑠だった。




 大切な友達ができてから、キャリバンはたくさんの感情を知った。

 喜びを知った。

 悲しみを知った。

 怒りを知った。

 悔しさを知った。

 血で血を洗う戦場で、二人は必死に生き延びた。


 ……仲間が死ぬたびに波瑠は呼び出され、例の『奇跡』を使うよう命令されていた。

 部屋に帰ってくるたびに、波瑠はトイレで嘔吐を繰り返していた。


 決して大人の前では見せない彼女の、年齢に釣り合った弱く脆い姿。

 仲間の死体を目の当たりにしたって、逃げずに役割を果たす美しく強い心。


 悲痛な少女の二面を知るのは、たぶん同じ部屋で生活するキャリバンだけだったのに。

 キャリバンが力になれることは、何一つなかった。


 やめさせたかった。

 だけど、波瑠がここに来たのは、死者を生き返らせるためなのだ。


 十歳のガキの言葉は届かなかった。

 十歳のガキに運命は動かせなかった。

 十歳のガキに世界を変える権利はなかった。

 十歳のガキには、ただ外側に立って見守ることしか許されなかった。




 友達に。

 自分に笑顔を教えてくれた人に恩を返すことは、一切できなかった。




 やがて波瑠は摩耗していく。

 精神をすり減らし、笑顔を見せる回数が減っていく。

 キャリバンが語り掛けても、ぼうっと返事がかえってこないことが多くなる。

 それでも少女は戦場に立ち、一人の被害者も出さないよう奮闘し続ける。

 彼女は超能力も強すぎるから、なまじその分無茶をする。

 仲間が傷つく姿をえらく嫌うから、前線へ飛び出しては血まみれになって帰ってくる。


 その様は、とても目を向けていられるものではなかった。

 友達が壊れていくさまを見ているのは、自分が傷つくことよりも嫌だった。


 せめて、彼女の隣に立って戦えるくらい強くなりたかった。

 そうすれば、彼女を守ることができると思ったから。

 一人で戦わせたくなかった。

 彼女の苦しみを自分も背負いたかった。彼女の運命を分かち合いたかった。

 また、あの美しい花に負けない笑顔を、自分に見せてほしかった。

 努力した。努力した努力した努力した。この上なく努力した。睡眠時間も食事時間も考慮せずに努力した。そうでないとランクⅩの少女には届かないから。命を捨てるかの如く自らのすべてを賭して強さを追い求めた。

 そうして。

 戦場に立つのが許される頃には、




 ――――――今までありがとう




 そんな置手紙が、自分の部屋に残されていた。

『…………は、』

 自分は、あの娘の笑顔を取り戻すことができなかった。

『……ぁ……はは、は、ぁぁあああ…………』

 こっちはあの娘に、たくさん大切なものをもらったのに。

『う、嘘、あ、そんな、波瑠、はる………』

 感謝の言葉も伝えないまま、あなたを失うだなんて――――――――――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ