●第百七十二話 北西くらいの国から
こんにちは。今日からは【休章 悪竜裁く聖なる蒼銀】の更新です。佑真と波瑠の東海道旅行、ちょっとした息抜きパート2をどうぞ。
ちょっと卒論を一万文字書かないといけないので、数日おきに更新します。いやすみません……小説なら二日で一万文字書けるのにねぇ……
2132年5月1日、木曜日。
静岡県沼津市。
富士山を望む絶景スポットが各所に存在し、また海に面していることから海鮮料理も美味なことで有名な街だ。
「すごいねぇ。海と富士山が同時に見れるよぉ」
「オレ生で富士山見たの初めてだわ。噴火でぶっ壊れて過去の絶景が失われたって聞いてたけど、スゲェわこれ。山もスゴけりゃ海もスゲェよ」
天堂佑真と天皇波瑠。
東海道をのんびりゆるりと旅する二人は、ついに静岡県にたどり着いていた。
「大噴火したっていっても、江戸時代にだって噴火しているワケだしね。そうやって山の姿が変わっていくのは自然なことなんじゃないかな?」
「そういうモンすかね。とにかくスゲェぜ」
「表現力の限界だねぇ」
せっかく海沿いまで来たものの、残念ながら五月は海開きに遠かった。今年は四月からずっと真夏並みの暑さだが、そう簡単に融通が利く話でもないらしい。
「ついに波瑠の水着姿が拝めると思ったんだけどな。快晴の海、富士山、美少女の水着。この上ない環境が揃うチャンスも、五月というだけであっさり流れていくのだ」
「学校で何回か水泳あったよね?」
「スク水は違うんですー……いや正直に言えばスク水でも好きな女の子だと色々と言葉にしづらい良さがあるんだけど……水着が見たかったんですー」
「普通の水着ってことね。ご希望はありますか?」
「波瑠はスタイルいいしビキニかなぁ? 清楚面を前面に押し出したワンピースタイプも捨てがたい。いや競泳水着という角度もあるのか?」
「……ま、まあ実際着るとなると、私にも多少なり心の準備が必要でして、背中のこともあるし……今年の夏になったらたくさん見せてあげ」
「あ、おい見ろよ波瑠。レンタルやってるって」
「るから――って水着の!? 私にはダイエットという選択肢もないまま水着着用義務が発生してしまうの!?」
「金世杰戦で体重3キロも減らしたヤツが言う台詞かそれ。そして残念ながら水着ではなく」
佑真はふいっと、あるお店の看板を指さして、
「釣り竿だ」
「お、おぉ……予想の斜め上が来たよ……?」
【これが奇跡の零能力者
休章 悪竜裁く聖なる蒼銀】
釣り竿を借りてレンタルショップで軽い指導を受けた二人は、日差しが照り付ける港の釣り場で、ポチャンと釣りチャレンジをスタートしていた――のだが。
「わあ、初めて釣れた~!」
「おめでとう波瑠」
「いえいえ、佑真くんが釣り上げるの手伝ってくれたからだよ~」
「「「……」」」
「釣れた釣れた! 二匹目!」
「やるなぁ波瑠」
「えへへー」
「「「…………」」」
「また釣れたよ佑真くん」
「おう」
「「「……」」」
「わ、また釣れた」
「そうか」
「「「…………」」」
「おお、どんどん釣れるんだよ?」
「っすね」
「「「………………」」」
「またもや釣れちゃいまし」
「もういいよ!」
佑真の突然の絶叫に、波瑠は「うえっ!?」と本気で狼狽する。
「な、なに? 何にお怒り?」
「怒っているワケじゃないけどね、もう『釣れた』報告はしなくていいよ波瑠さん! 嬉しいのはわかる、そして嬉しそうなの超可愛い! けど! だけど! だからこそ! 周囲の経験者があまりにも居たたまれないんだよッ!」
周囲の~、と言われてキョロキョロ波瑠が見回すと、レンタルではなく本格的な装備をしたオジサン達や、子供を連れたお父さん方がサッと目を逸らした。
彼らはなんだか気まずそうだ。波瑠は謎の罪悪感に包まれる。
「あー……うぅ……ごめんなさい?」
「謝られると謝られるでキツいなぁ。悪いことしているワケじゃねえんだもんなぁ……変なツッコミしてごめんなぁ」
「別に気にしてないよっ」
と微笑みつつ、さらに魚を釣り上げる波瑠。世の中には『ビギナーズラック』という単語があるが、波瑠のそれをビギナーズラックで片づけていいとは思えない。すでにレンタルショップで借りたバケツは満杯で、佑真の分まで貸す始末だ。
「しかし波瑠、すごいな。本当に釣りしたことないの?」
「うんっ。今日が初めてだよ」
彼女の言葉は、初めてエサをつける時に佑真が手伝った、という事実が裏付けしていた。
「何気なく釣りに誘っただけなのに、思わぬ才能を引き出してしまったのやもしれん」
「ねえ、本当は私に格好いいところ見せたかった?」
「……否定はしないぞ」
佑真はエサだけ食われたことに感づき、釣り針を引き戻す。
「これでも釣りの経験は豊富だったんだがなー。小学校の頃はよく誠と川釣りに行って、釣り上げた魚を塩焼きにして食ってたんだ」
「相変わらずワイルドだねぇ。今時そんなことする小学生いないよ」
「大人だって釣り人口、減っているらしいぜ」
「漁獲がシステマチックになったどころか、ビルの中で作られた魚を平然と食べる時代だもの」
「だからこそ、大自然で育った魚を自分の力で釣り上げるのが最高ってワケだ」
「こんな風に?」
パシャアッと、今日何匹目かわからない魚を釣り上げる波瑠。
「……」
「おい、キミ達」
いちいちリアクションを取っていたら経験者としてのプライドが保てない。切ない沈黙に堪える佑真の背後に、ザッと人影が差した。
真後ろにいて割と本格的な釣り道具に衣装を揃えた、ガチ勢オジサンだ。
「あ、すみません、うるさかったっすよね」
「いや、怒っているわけではない。先ほどから様子をうかがっていたが、素晴らしい釣りの腕だと思って声をかけたのだ」
「えへへ、ありがとうございます~」
「つっても、ビギナーズラック的な何かっすけどね」
「否。お嬢さん、キミは魚に愛されている」
「「サカナニアイサレテイル?」」
ガチ勢オジサンの目に、キランと本気の光が宿る。
「キミなら釣れるかもしれない――我々エンジョイ勢サラリーマンでは成し遂げられない、この沼津の釣り堀に存在するという〝ヌシ〟を、な」
「「ヌシ???」」
☆ ☆ ☆
天堂佑真と天皇波瑠の対岸で、釣りをしながら話を盗み聞きした二人組がいた。
「〝ヌシ〟とは、この釣り堀で噂されている巨大な魚のことだそうです」
アンパンをかじりながら呟くのは、大きな白い帽子をかぶった少女だ。長い銀髪や肩を大胆に露出した白いワンピースが太陽光を反射して輝いており、観光地であるのが幸い悪目立ちはしていないものの、普通に目立って仕方がない。
「ほう?」
そんな少女の隣に座る金髪の青年は、目深にかぶった野球帽のつばを少し持ち上げた。なんてことない無地のポロシャツも、高い背丈とまるでモデリングされたかのような顔立ちに、映えて映えて仕方がない。
「十数年前に近所の釣り好きの男性が発見した、謎の魚影。以後、ソナーなどで度々魚影は確認されるものの釣り上げる者はなし。最新技術を駆使しても、釣り玄人が揃っても、釣り上げる者はなし」
「十数年もか? 長生きな魚だな?」
「大きい魚だそうですし、十数年くらい生きるでしょう」
「そうか。それはいいのだが――ソフィア」
「どうかしましたか、レーニン」
「その〝ヌシ〟とやらを釣り上げるのが、《神上の光》の旅の目的なのか?」
「…………んなワケないっしょ、です」
銀髪の少女は顔をしかめて。
「だよな。じゃあ奴らは、なぜこんな場所で悠長に釣りをしているのだ?」
同じく肩を落とす金髪の青年は、釣り針をそっと引き上げるのだった。
『双頭の鷲』――ドゥヴグラーヴィ・アリョール。
彼ら二人は、そのような名の魔術結社に所属している〝魔術師〟だ。
第三次世界大戦を通り過ぎた2132年現在もまた、ユーラシア大陸の北側は【ロシア連邦】が大半を占めている。
双頭の鷲自体はそんな【ロシア連邦】の国旗にも使われている空想上の動物だが、魔術結社『双頭の鷲』は、政府と関係のない組織だ。
世界中に存在する、魔術・神秘を探求する者達の集まりの一つ。具体的には〝神の真意〟というものを探求する結社だが――そういう話は、今は後略。
金髪の青年、レーニン=ブレイフマンと。
銀髪の少女、ソフィア。
二人は現在『富士山を見に来た観光客』という体で数日前から来日し、《神上の光》の動向を追っているのだ――が。
「一旦復習しましょう」
ソフィアは暑そうに、右手でパタパタと頬を仰いだ。
「わたし達の任務は『《神上の光》の監視、および《零能力》の調査』ですね。
それで監視開始後の彼らの動向ですが……『零能力者暗殺計画』から始まり、騎士団長メイザースと会戦後、『軍神』と【ウラヌス】の交戦に助力。
本日は宿泊したホテルを出ると、エアバイクでわずかに移動して、静岡県沼津市に到着。その後に釣り用具のショップを見かけ、そこで釣り竿をレンタルして現在いる釣り堀へ。ご覧のように仲良く釣りに興じている、です」
「意味わからないな」
レーニンは一蹴した。
「そもそも、なぜ彼らは三日の間に『世界級能力者』二名と交戦しているのだ?」
「わたしには数奇な運命としか言えません。《神上の光》はそれほどの価値があるものですし、偶然密度が濃くなっただけだと思う、です」
「……その辺はもういいか。過ぎたことを考えても仕方ない」
このままでは一生分呆れる羽目になりそうだ。頭を抱えたくなったレーニンは、改めて顔を上げた。
海を挟んだ真正面では、佑真と波瑠が和気あいあいと釣りを再開させていた。
改めて〝ヌシ〟を釣ろうとしているらしいが、波瑠が普通サイズの魚を釣り続けては海に戻して~を繰り返している。
「彼らが釣りをする目的がわからない。敵の強さはどうあれ、何か目的があって東京の家族のもとを離れているのだろう? 彼らは何を為すつもりなのだ?」
「あれほどの釣りの腕前から想像するに、各地の〝ヌシ〟を釣り上げる旅とか?」
「それは冗談か?」
「……です」
ところで、レーニンとソフィアの使用言語はロシア語だ。周囲の釣り人達からは『観光客が何かブツブツ呟いてるな』『まあ暑いし、あのお嬢ちゃん以外今日は誰も釣れないし不満も多いか』といった認識をされている。
外国語に通じている波瑠に聞かれればまずそうだが、佑真達の会話が魔術を使わなければ聞こえないほど離れている以上、向こう側だけ聞こえている、なんてことはないだろう。
「……にしてもイチャイチャしやがって、です……」
聴覚は無理でも視覚を阻むものはちょっとした波だけなので、佑真と波瑠が異様に近い距離感で釣りを楽しんでいるのは、対岸にいる以上嫌でも目に入る。
一匹釣り上げるごとに困り笑いする波瑠と、そんな彼女をからかう佑真。
もう甘酸っぱいとかいう単語で片づけるのも面倒くさい幸せオーラは、第三者からすれば、気分爽快だった青空を『日光を遮る雲がない最低の天候だ』なんて認識にすり替える毒だった。
「……わたしだって、任務なしで日本に観光旅行したかったのに、です……」
「ソフィア、強欲や嫉妬を積み重ねるのは避けるんだ。ボクが全理性をもって抑制しているものを、不用意に刺激しないでくれ」
「……わたしだって、任務がなければ大罪を重ねずに済んだはずなのですが……というかレーニン、竿引いてます」
「おっと」
ソフィアに言われて適当に竿を引きあげると、レーニンの釣り竿には小さな魚がくっついていた。リリースするのも勿体ないので、借りていたバケツに放り込まれた。
レーニン=ブレイフマン、何だかんだで人生初の魚釣りに成功だ。
「実際に魚が釣れると少し楽しいな、釣り」
「レーニン。やはり《神上の光》が釣りをしているのは、単なる息抜きなのでは? 釣り竿だってレンタルですし、アレはどこからどう見ても楽しんでいます」
「……だよな」
「です」
「だからこそ疑問が一つ浮かぶのだが――ソフィア」
釣り針をふたたび海に放り投げながら、レーニンは問う。
「周囲に我々を除いた敵影は?」
「十六です。集団数で言うならば三。完璧に包囲されている、です」
「…………彼ら、見張られていることに気付いていないのだろうか?」
☆ ☆ ☆
海を挟んで対岸の釣り堀で、そんな心配をされているとは露知らず。
「佑真くん、周りに敵がいるかも」
けれど波瑠はすでに、自分たちの身元を狙う『何者か』に囲まれていることを察知していた。
もはや第六感ではなく特殊能力の域に達しているが、波瑠は『自分に向けられた悪意を察知する』ことに長けている。自分を狙う何者かを察知した直後に、佑真に合図で伝えていた。
具体的には、佑真の袖をクイクイと引いて内緒話で。
元々波瑠は日常生活でも袖を引っ張るのが癖だったので、傍から見ればただイチャついているだけ。違和感はゼロというわけだ。
「どうしよっか、佑真くん?」
諸々を伝えてから顔を離し、コテッと首をかしげる波瑠。佑真に意思決定を委ねた――ようでいて、瞳が強い意思を訴えていた。
「……ま、ここまで来たら〝ヌシ〟を釣りたいよなぁ」
「だからね佑真くんっ、先に用事を済ませてから、またこの釣り堀に戻ってきて、それで〝ヌシ〟を釣るのはどうかなって!」
「用事にどれくらい時間かかるかが問題だよな。それに波瑠、お前のビギナーズラックが途切れるかもしれねぇぞ」
「えっ?」
「初心者故の幸運――この初心者をどう定義づけるかが問題だ。仮に初心者が『今日一日』有効だとすれば、確かに一度釣り堀を離れてもセーフだろう。だがもし『今回一回』だとしたら?」
「釣り堀を離れた瞬間、このお魚ラッシュは終わってしまう……!?」
「ああ、波瑠が釣りの天才だという可能性も残されてはいるさ。しかし、万が一を考えると慎重に動いた方がいいかもしれない!」
「佑真くんが珍しく慎重な意見を挙げた!〝ヌシ〟を釣り上げたいって目先の欲しか考慮に入れていないけれど!」
「さあどうする波瑠。釣るか、去るか!?」
「…………っ」
決断しかねた波瑠は、恐る恐る背後へ振り返る。
途中から普通に大声だったので、会話はすべて筒抜けになっていただろう。
その一部始終を聞き終えた釣りガチ勢オジサンは――。
「……少年よ、大志を抱け」
「釣る!」
「よっしゃ意地でも釣り上げて沼津の街に伝説残すぞ!」
「おおおおおーっ!」
☆ ☆ ☆




