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●第百七十話  出発せよ、正義の味方

   [5]




 翌日――を迎えるには割と浅い時間に戦っていたのだな、と佑真はテレビを見ながら呑気に認識する。


 そんなワケで、芦ノ湖での戦闘が行われた日の夜。




 この一連の戦争を、【ウラヌス】第『〇』番大隊は包み隠さず公表した。


 勿論、匿名のアカウントによるウェブ配信で日本中に晒されてしまった影響が大きい。『反能力社会派(アンチスキルド)』をはじめ方々で話題となってしまった以上は、国民に包み隠さず経緯を伝えることが『正義』をかざす者としての義務だよね、と日向克哉は気丈(きじょう)に記者会見の場へ向かった。


 これほどの事件であっても、死傷者は零。


 激戦を乗り越えれば乗り越えるほど、《神上の光(ゴッドブレス)》の理不尽さを再認識させられる。


 佑真の傷口は塞がっているし、共に戦った小野寺小隊・オベロン小隊・京極小隊・伍島小隊・日向小隊も完治済み。今、記者たちに取り囲まれている克哉なんて、体中が風穴だらけになっていたのに悠然と喋っている。


 ちなみに《神上の光(ゴッドブレス)》の恩恵を受けたのは、金世杰や波瑠が戦闘した【中華帝国】の密入国者達もだ。


 もし佑真達が敗北していれば、多数の死者と《神上の光(ゴッドブレス)》強奪という悲劇の二本立て。


 そう考えれば、皆で掴み取った勝利には確かな意味がある。




 とはいえ、今後確実に、日本と世界は大きな混乱に包まれる。


 どこに敵国の密入国者が潜んでいるのか、今回のような大規模の騒乱が自分の住む町でも起こるのか。日本国民に広がった不安は底知れない。


『世界級能力者』の打破と確保。戦力を大幅に削られた【中華帝国】は少なからず動揺しているだろう。


 そして『零能力者』は、改めて世界中に再認識されていく。


 もはや都市伝説の域を超えて、超能力を消す異能の存在が知れ渡っていく。


 佑真と波瑠はその意味を噛みしめ、今後の身の振り方を考えていかなければならない。




 ――――だが、ひとまずは休息だ。


 精神と肉体を限界まで振り絞った兵士たちは、日向克哉達の記者会見を見届けられず。


 ベッドに吸い込まれるなり、睡魔に負けていくのだった。




   ☆ ☆ ☆




「そういえば、なんで金世杰は波瑠を捕まえるんじゃなくて殺そうとしてたんすか?」


 翌朝。


 寝るのが早かったせいで起きるのも早くなってしまった天堂佑真十五歳は、朝風呂じゃいと意気揚々にホテルの露天風呂に直行し、


「詳しい取り調べはこれからだけど、確か金は『戦争の火種になるから』と言っていたな」


 なんか歳を重ねたら起きるの早くなっちゃったんだよね、な日向克哉五十七歳との露天風呂貸し切りを満喫していた。


 四十二歳も差があればちょっとばかし気まずくなりそうなものだが、その辺の遠慮心は将棋という真剣勝負がとっくの昔に噛み砕いていたりする。


「せっかく第三次世界大戦が中断したのに、現代でも我々のような軍人が戦い続けている理由を色々と考えていたらしい。所詮は『中断』だからその辺の不安定さが影響して~とか、第三次世界大戦が生んだ経済格差とかね。

 そして原因の一つを『《神上の光(ゴッドブレス)》の奪い合い』だと認識し、波瑠ちゃんを殺せば戦争の数は減るのではないか――と考えていたそうだ」


「……、」


「納得しがたいけど理解はできてしまった、って顔だね」


 克哉に考えを言い当てられ、佑真はブクブクと露天風呂に沈む。


「……だって、オレのスタート地点はそこですから」


「そっか。そうだったな。天堂君は、戦争のど真ん中でひとりぼっちだった波瑠ちゃんを地獄の底から救い出すんだもんな」


「声に出されると恥ずかしいんすけど」


「でも金世杰も本当は、中華帝国には『捕らえてこい』って命令されて日本に潜り込んでいたみたいだよ。殺そうとしたのは彼の独断だ」


「そっすか……」


「オイオイ、婚約者の命が狙われていたって話なのに、なんか嬉しそうだね?」


「え? いやまぁ、一昨日の夜には『機械的』だの『戦闘マシーン』だの言っちゃったけど、あの日ともやっぱり英雄(ヒーロー)だったんだなって思うとなんか嬉しくて」


 佑真はバシャバシャと湯面で遊びながら、


「警察に捕まった仲間を助けようとしたり、戦争を減らそうと苦心したり、しかもその為に国の命令を無視したり。ただオレ達と相容れなかっただけで、金世杰は列記とした『正義の味方(ヒーロー)』であり続けていた。

 その上で、オレに勝ちを譲ってくれたんだ。

 だからオレは、金世杰に恥じない生き方をしなきゃいけない。その為には、もっともっと強くならなくちゃ」


 グッと拳を握りしめる佑真。


「……」


 その決意がどれだけ重く苦しいものなのかを、克哉は指摘できなかった。




   ☆ ☆ ☆




 一方、波瑠は波瑠で女湯を訪れていた。


 こっちはお家柄早起きが習慣づいている小野寺恋と、彼女を慕う小隊の女性隊員が女湯を利用中。やや賑やかながら、隊員たちは気遣って波瑠と恋が話す場を与え、そっと露天風呂を後にしていく。


 明らかな気遣いに「ありがとね~」とヒラヒラ手を振った恋は、波瑠の傍の湯に浸かった。


「な、なんかすみません」


「いいんだよ~。わたしが少しだけ、波瑠ちゃんと話したいことがあったから~」


 申し訳なさそうな波瑠の頭をポンポンと叩き、恋は話し始める。


「あのね波瑠ちゃん。わたしは昨日の佑真ちゃんを見ていて、少し怖くなっちゃったんだ~」


「…………よくわかります。いつも一番近くで見ていますから」


 そりゃそっか~、と恋は笑う。


「『目の前で助けを求める全ての人を助けたい』『死者を一人も出したくない』――佑真ちゃんが掲げる理想に対して、佑真ちゃん一人での力は足りなさすぎる。……ううん、それは波瑠ちゃんでもわたしでも絶対に足りないものだよね~。

 だって、人間の手は二つしかないからさ~」


「……、」


「このまま佑真ちゃんが進んでいくと、絶対に壁にぶつかっちゃう。その時佑真ちゃんがどうなるかを想像すると、とっても怖いんだ~……」


「…………私のせい、なんですよね」


「波瑠ちゃん?」


「恋さんは佑真くんのこと、色々知っていると思うから話しますね。

 ――『正義の味方(ヒーロー)』を目指し始めた頃の佑真くんは、推測ですけど、こんな命懸けの戦いとは縁遠い所にいたはずです。だから佑真くんの夢……っていうか『正義の味方(ヒーロー)』への憧れは達成されていましたよね。

『目の前で助けを求める人』の数が限られていたから。


 それが私と出会うことで、佑真くんが救わなきゃいけない人は一気に増えた。

 私が『誰一人として争いで無駄死にしない世界』を望んでいると、佑真くんは知ってしまった。そして佑真くんと私は、よりにもよって恋人同士になってしまった。佑真くんにとって『助けを求める人』は特定の誰かじゃなかったのに、『波瑠(わたし)波瑠(わたし)を取り巻く世界を救いたい』っていう固有名詞を与えてしまった。

 だから佑真くんが壊れるとしたら、それは根源的に私のせいなんです」


「……そんなことないって否定したいけど、こんな事でしか慰めてあげられないや~」


 恋はギュッと波瑠を抱き寄せてくれる。衣服がない状態での密着は気恥ずかしかったが、恋の弾力ある肌と胸の柔らかさが心地よかった。


「ごめんね~、波瑠ちゃん」


「いえ、気持ちだけでも嬉しいです。

 それで――それでも。

 ここまで来てしまったけど、私は佑真くんが諦めの悪い性格だと知りました。

 それに佑真くんの『正義』が、私の押し付けてしまった夢物語がもし本当に叶えられたとしたら、とっても素敵なことじゃないですか。


 だから、そのですね……私も佑真くんの『正義』を半分持てるようになりたいんです。

 あの人みたいに格好よく前を向いて、胸を張って隣に立てるようになりたいなって……最近はずっとそんなことを考えてます」


「……そっかそっか。じゃあ佑真ちゃんは大丈夫だ~」


 恋は結局波瑠らしい落ち所に着地した話を聞いて、優しい微笑みを浮かべた。


「波瑠ちゃんみたいな素敵で良い子が傍で監視してくれるなら、大丈夫だよね~?」


 ちょっとばかし怒っているかもしれなかった。


「あ、暗に『お前が責任持てよ』って言ってません!?」


「ふっふっふ、その辺はご想像にお任せするけど、一つだけね。

 佑真ちゃんの『正義』が叶えられたらいいなって考えているのは、波瑠ちゃんだけじゃないからさ~。自分一人で『半分持つ』なんて贅沢言わずに、第『〇』番大隊の皆や、誠ちゃんや秋奈ちゃんや、皆で分け合っていこうぜ~」


「……えへへ、そうできたら素敵ですっ」




   ☆ ☆ ☆




「伍島はいつまでここにいるんだ?」


「さあてな。通称『芦ノ湖事件』のほとぼりを冷まして、次の指示が出るまでだろう。恐らくは隊長のいる日本海側に遠征だが」


「……隊長って天皇真希なんだよな?」


「そうだけど、なんだ? 冥加が今更気にするところか?」


「なんで天皇真希は実の娘が『世界級能力者』と戦ってんのに駆けつけなかったんだ? アイツなら金世杰とも単独で戦えたんじゃねえの?」


「あー……あの人にも色々と事情があるんだよ。実の娘が関わると特にな」


「ほう?」


「プライバシーに関わるのでこの先は口外禁止だぜ――お、見ろよ冥加。噂をすればそのお嬢様と護衛が出所だ」


「ホテルから出るのを出所言うなや。……連中は自由なんだな?」


「あくまで『合同作戦』の手伝いをしていたって体だかんな。奴らは絶賛東海道をエアバイクで移動中。日本中を回って、己のルーツを探す旅をしているらしい」


「自分探しって大学生かアイツら」


「プライバシーに関わるのでこの先は口外禁止だぜ」


「手前との会話は、気になることが知れねぇなあ」




 ――――冥加兆と伍島信篤は、旅立っていく少年少女を見送る。


 自分たちの越えられなかった壁を越えてみせた彼らの、無事と平穏を雑に祈って。




「行ってらっしゃい」


「頑張れよ、天堂佑真」




【第七章 東亜の影編 了】







以上で第七章は終了となります。お付き合いいただき、ありがとうございました!


次回はひっさびさの後書きです。

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