●第百六十八話 渾身せよ、必殺の一撃
――――小野寺誠と水野秋奈、戸井千花は、盟星学園の教室のモニターを借りて戦況を見守っていた。ボロッボロに傷つきながらも決して諦めない執念に、三人は――そして友人たちは強いエールを送る。
「こんなヤツに負けてんなよ、佑真」
「………佑真は波瑠ちゃんのために、世界で一番強くならなきゃいけないんだから」
「天堂さん、頑張ってください!」
――――寮長は中学校の職員室でこっそり携帯端末を覗いていた。
「………………思えば、お前の戦う姿は今までまともに知らんかったが。やはり佑真らしい、泥臭い戦い方をするんじゃなぁ」
――――天皇桜は画面を見る余裕もなく両手を折り重ね、強く強く祈っていた。
(お願い、お姉ちゃん。お兄ちゃんを守ってあげて……!)
――――冥加兆は今すぐ天堂佑真の下へ向かいたいという衝動に駆られていたが、しかし『警察』として持ち場を離れられない現状に奥歯を噛みしめていた。
(……これが、昔の自分を見ているような気分ってヤツなんだろうな。
伍島。テメェらは天堂佑真の『正義』を選ぶんだろ。だったら、アイツ一人で戦わせてんなよ。それが力持つ者としての責任だ)
――――小田原にあるホテルでは、世間の予想外な反応に困惑する記者がいた。
「あ、あれ? もっと『軍事』や『警察』を叩く流れになると思ったんだけどな……ま、まあPV数一千万超えたし、トレンド一位だし、いっか!」
――――公園に集まっていた主婦たちが、子供と共にウェブ配信の映像に注目していた。
――――ある企業の一部署では仕事を中断し、芦ノ湖の戦況を応援していた。
――――野球場では練習中だった選手たちが更衣室に集い、少年の戦いを見つめていた。
――――『反能力社会派』のデモは中断され、彼らは立体映像を使い戦いを見届けることを選んでいた。
日本中が、第『〇』番大隊と金世杰の戦争に注目していた。
応援。反感。話題性。興味。暇つぶし。理由は様々にあるだろう。
けれど、何度攻撃されても折れない佑真達の姿は、確実に日本中へと届けられていく。
――――そして火道寛政は、盟星学園の生徒会室のテレビの前で呆れた風に笑った。
「そりゃそうだよな、佑真クン。
キミにとっちゃ、金世杰も集結もこの俺も同じ、ただの格上だ。
体力も精神力もとうに限界。敵はほぼ無傷なのに対し、仲間は全員死に体で。
勝率は限りなく零に近い。
だが、キミは世界で一番弱かったから、いつだって勝率零パーセントから始まっていた。
キミにとって、この程度のジャイアントキリングは予定調和だ。
何も怯えることなんてない。むしろ、今のキミには心強い仲間たちがついている。今まで乗り越えてきた困難と比べりゃ、これほどイージーモードだったことはないだろう?
さあ、早いこと勝ちを奪い取ってこい、天堂佑真!」
☆ ☆ ☆
天皇波瑠が、莫大な量の炎を伴って迫りくる。
金世杰は真っ先に、己がとある先入観を抱いていると気付いた。
【ウラヌス】という括りでもない。日本という括りにおいて、天皇波瑠はNо.2の超能力者だ。彼女は五年もの間、全世界の強敵を相手に一人っきりで逃げ回った実績を持つ。
確かに《神上の光》――守られる立場にいるが。
この場で金世杰に唯一届くかもしれない《霧幻焔華》を部下に任せ、野放しにしていい理由が一体どこにあったというのか!
「……慧能、程玲、司馬璋、劉山童、黄豹。我が同胞を全員打倒したのは貴様か!」
波瑠は金世杰の疑念に答えず、ただ炎熱を維持した状態で直進した。
―――『軍神』が推測した通り、彼の仲間を戦闘不能にしたのは波瑠だ。
エアバイクで佑真と芦ノ湖に突入したものの、波瑠は金世杰と相まみえるなり、すぐに離脱する羽目になった。
その際に佑真が「一旦離脱しろ」と、彼にしては珍しく含みのある指示を出した。
佑真が言外に込めた意味を「金世杰以外の敵を倒した上で戻ってこい」というものだと認識した波瑠は、伍島小隊・京極小隊・小野寺小隊が各々戦闘していた場を単騎で引き受け、慧能や程玲といった【中華帝国】の密入国者達を凍結で無力化していた。
中には苦戦させてくれる能力者もいて時間を要したが、ケリをつけたところで波瑠は佑真達の下に急行したのだ。
この戦いが始まる前、昨晩に佑真と練った『切り札』を両腕に引き連れながら――――
「ッ、覚悟しろ、金世杰!」
波瑠は氷上で傷だらけになった仲間たちを見るなり、苦々しい表情を浮かべた。今すぐ救援に向かいたい衝動を理性で抑えつけて、柄にもなく咆哮する。
「お前が私を殺すんじゃない。私がお前を殺すんだ!」
「戯れ言を。貴様が他者を殺害できんという事など、全世界に知れ渡って――」
そう。波瑠はあまりにも多くの死を目の当たりにしたトラウマで、殺すどころか傷つけるだけでも忌避することで有名だ。
故に攻撃手段は基本『凍結』。今は脅しのために炎熱を伴っているが、それを本当にぶつけることは不可能だろう。
と、言い切るには根拠が足りない。
仲間が傷つけられたのだ、波瑠が怒り狂って金世杰を本気で殺す『必殺』を放つ可能性が零ではない以上、金世杰は波瑠への警戒を余儀なくさせられる。
金世杰は昨日、波瑠の切り札である《霧幻焔華》を『黄金の盾』で容易く無力化したが、波瑠の意識の中には『殺したくない』というリミッターが存在しただろう。だが今の炎熱。昨日の比にならない火力は、金世杰が全力で防御しなければならない『必殺』に値する。
その間、金世杰の使役する『黄金』と意識は波瑠に割かれてしまう。
防御が薄くなった隙をついて、第『〇』番大隊が最後の攻撃を仕掛けてくるはずだ。
――――結局のところ、波瑠は最大級の陽動なのだろう。
念のため警戒しつつ氷上の『〇』番大隊の様子を窺うと、案の定、彼らは最後の力を振り絞って超能力を放った。
空間移動能力者が指で示した通りの道筋を辿って。
水流や突風は金世杰の頭上を通り過ぎ、天皇波瑠にぶつかった。
「『エネルギー変換能力』!」
波瑠の超能力は、力学的エネルギーを操作する《霧幻焔華》。
突風、水流、炎熱、投擲物に付与された運動エネルギーに至るまで、ありとあらゆるエネルギーを支配下に置き、自在に変換。敵の力は勿論のこと、仲間の能力まで自分の超能力のブースターとして扱ってしまう。
味方の超能力を上乗せさせた波瑠の炎が、更なる気焔を爆発させる。
「ならば!」
金世杰に取れる選択肢はもう一つ残されている。
炎熱が届くよりも早く波瑠の心臓を穿ち、能力演算そのものを止めてしまえばよいのだ。そうすれば、残るは虫の息である兵士共と零能力者。金世杰の勝ちは約束される。
そうして『黄金の杭』が打ち出された。
直線的に接近し、且つ炎と飛行を維持する波瑠には回避し難い高速の『必殺』。
「っ!」
対して波瑠は炎熱を放出させたが、もう『黄金の杭』を迎撃するには間に合わない。
確実に心臓を射抜く一撃が、波瑠に届こうとする――少し前に。
「波瑠!!」
天堂佑真が先んじて動いていた。
右腕に残るすべての〝純白の雷撃〟を――正真正銘最後の力をかき集めて、強く跳躍。
飛び上がった先に待っていたのは、大剣を構えるオベロンだ。佑真が大剣の面に両足をつけた瞬間、オベロンは改造人間としての最高出力を以て大剣を振るった。
佑真が弾丸の如き勢いで投げ飛ばされ、波瑠の炎熱と共に金世杰を挟撃する。
けれど金世杰は天堂佑真の存在を気にかけず、波瑠への対処に全ての『黄金』を注いだ。
こんな場面に至っても、天堂佑真の攻撃手段はあくまで拳。今の勢いで殴られれば相当の痛みを覚悟する必要があるが、それでも拳は拳だ。
『必殺』である波瑠の炎熱を防ごうと考える金世杰は、正しい。
だからこそ佑真は右腕を振りかぶり、虚空を殴り飛ばした。
〝純白の雷撃〟が、天と地を貫くように放出される。
一滴の残滓も残さない竜咆は殺傷力を持たないが、ありとあらゆる異能の力を無力化させる『還元』の力を持つ。
〝雷撃〟が金世杰を包み込み――超能力をかき消していく。
金世杰の『黄金の杭』も、波瑠の炎熱をも問答無用に喰らい潰していく!
「貴様……ッ」
完全に虚を衝かれた金世杰は、自分の真横を通過していく佑真を見送ることしかできず。
バチンッ! と波瑠の炎熱が《零能力》によって完全にかき消された。
それはまるで、金世杰を波瑠の『必殺』から守るとでもいわんばかりの行為――――。
「――――舐めた真似をするなよ、天堂佑真!」
「佑真くん!」
射出の勢いが止まらない佑真は、波瑠の呼びかけに目を合わせた。
二人はそれだけで連携に動く。波瑠が大気中の水蒸気を凍り付かせて壁を作り、佑真が氷壁を利用して反転。
そして佑真は今度こそ、左拳を握りしめた。
たかが拳骨だ。殺傷能力には乏しい。銃や刀と比べれば滑稽だと笑われるような武器だ。
それでも。
天堂佑真は《零能力》を手に入れる前から、拳で一つ戦ってきた。
彼の『正義』を象徴する『必殺』が迫る。
だが金世杰もまた、佑真を返り討ちにする左拳を握りしめた。
死にかけの子供に後れをとるようでは『軍神』の名が廃る。佑真の一挙手一投足をこの刹那的場面で観察し、把握し、最適解としてのカウンターアタックが繰り出される。
拳が交差しようという瞬間。
パキッ、と何かが凍る音が鳴った。
金世杰の全身が、波瑠が生み出す氷塊によって拘束されていく音だった。
ほんのわずかに降りた霜が、金世杰の動きを阻害する。
「行って、佑真くん」
ほんのわずかに稼がれた時間が、零能力者を勝利へと導く隙を生み出す。
「この戦争は、あなたの勝ちだ!」
重く鋭い『必殺』の衝撃が、金世杰の顔面を貫いた。
☆ ☆ ☆




