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●第百六十七話 咆哮せよ、零能力者

 ――――【ウラヌス】第『〇』番大隊と金世杰(ジンシージェ)の、芦ノ湖を舞台とした小規模な戦争は、空撮映像を通じて日本中にウェブ配信され続けている。


 放送を差し押さえようとする『軍事』サイドの声はなぜか『マスコミ』に届かず、焦っているようだが、芦ノ湖周辺の警備を任された『警察』サイドには干渉する術もない。


「おい冥加、お前も休憩に行っていいぞ」


「うっす」


 小休憩を貰った神奈川県警・冥加(みょうが)(かず)は、携帯タブレットの周囲に集まる休憩中の者達の下に近づいた。休憩をとる者達は、絶賛戦闘中の芦ノ湖生放送に釘付けだ。


「松岡さん、戦況どうなってますか?」


「おお、冥加か。……不利も不利だよ。(やっこ)さんと白兵戦をやっている間は勝ち目がありそうだったんだが、今、日向(ひなた)克哉(かつや)がやられたところだ」


 冥加は上司の松岡警部が話した内容を理解できず、咄嗟に「……は?」と言ってしまった。


「松岡さん、冗談もいいところっすよ……『雷神』がやられるなんて」


「映像を見た方が早いだろうな」


 松岡は冥加にスペースを譲る。画面をのぞき込むと、ちょうど氷の床に叩き落された日向克哉の半死体がアップになっていて、ドクンと心臓が跳ねた。


 映像は引いていき、『黄金の杭』を構える金世杰と、この男を囲んでいるにもかかわらず全員が満身創痍となり、戦意さえ失われようとしている第『〇』番大隊の兵士達が映し出された。


 その中には、氷に片膝をついてしまった悪友・伍島(ごしま)もいる。


「…………クソッ!」


「警戒体制を一段階上げた方がいいだろうな。俺は戻る」


 冥加がやり場のない感情を壁にぶつけると、松岡は真剣な面向きでパトカーへ向かった。おそらく【ウラヌス】が負ける状況を想定して、民間人に被害が及ばないための警戒体制を敷くつもりなのだろう。


 状況はそれほどまでに悪化した。


 戦う力を持つ者達は、すでに敗北したのだ。


 じゃあ、この後は誰がどうする?


 誰が金世杰を止めるのか?


「………………冥加。冥加!」


 肩をユサユサとゆすられ、嫌な記憶に(とら)われかけていた冥加は首を振った。


「あ、ああ、悪い。なんだ?」


「お前確か、天皇のお嬢様とその同伴者の取り調べしてたよな!?」


「取り調べっつうか暇つぶしっつうか、少しくらいは会話したが」


「もう立っているのはコイツしかいねぇんだよ! なあ冥加、この同伴者の坊主ってどれくらい強いんだ!?」


 同僚が、画面から目を逸らさずに問いかけてきた。


 逸らせずに、といった方が正確なのかもしれない。


「天堂、お前……」


 画面の中では、赤いパーカーの高校生が立っていた。


 全身に〝純白の雷撃〟を纏わせて、必死に歯を食いしばって。


「たった一人で、金世杰と戦うつもりか!?」




   ☆ ☆ ☆




 迫りくる『黄金の杭』に対して、天堂佑真が取った行動は単純なもの。


零能力(コード)神殺しの雷撃(ブレイクダウン)〟を広範囲に放出・拡散して、『黄金の杭』を作り出す超能力そのものをかき消したのだ。


 ただし、全身に無数の反動を負いながら。


「ッ、ああああああああああああ!」


 すでに脇腹を抉られているのに、追い打ちをかけるように筋線維が悲鳴を上げる。叫んで激痛を誤魔化す他ない佑真を、金世杰が見下ろした。


「零能力者か。まだ抗う力が残っていたとはな」


「……せねぇ」


「他の兵士共が戦意を奪われたというのに、大したものだ。故に、問おう」


「…………殺させねぇよ」


「貴様が《神上の光(ゴッドブレス)》を我が下に差し出すのであれば、貴様達全員の命を見逃そう」


「…………仲間まで切り捨てちまうのがテメェの覇道(みち)だってんなら、」


「しかし抵抗するというならば――――」




「この場にいる誰一人として殺させねぇ! それがオレの覇道(みち)だ!!」




「――――愚かな選択である」


 金世杰は『黄金の杭』を放った。


 もはや他の攻撃手段は不要。今、この場で必要なのは手段ではなく試行回数だ。


 天堂佑真の心が折れるまで、(ある)いは体力が尽きるまで。


 ひたすらに『杭』を射出し続けるだけで、金世杰の勝利は約束されている。


 対し、佑真は咆哮と共に〝雷撃〟を広範囲へ広げた。


『杭』を〝雷撃〟が喰らい潰し、バチン、バチンと超能力を無効化する。


 その度に佑真の肉体のどこかに亀裂が走り、氷の床に全力で踏ん張っても崩れ落ちてしまう。


 右膝が氷に落ちた。


 けれど、金世杰の攻撃は止まず。


 ならば佑真も〝雷撃〟を広げ、全ての攻撃を消し続ける。


 気づけば、佑真の足元には大量出血によって赤い水たまりができていた。




   ☆ ☆ ☆




 ――――何てことない東京都内の普通科高校では、芦ノ湖での異常事態に伴って『あまりにも学生の集中力が散漫になっている』ことから、しぶしぶ授業を自習に変更し、更に携帯端末の使用許可を出していた。


 かくいう教師も自習になればウェブ配信に釘付けとなっているワケだが――一年E組の女子二人は、異様に加速する心拍数に気が気でいられなかった。


 古谷と神崎――ほんの二か月前まで天堂佑真と天皇波瑠のクラスメイトだった、ごく普通の少女達だ。


 彼女達は何気なく動画を開いた瞬間に映った、生きているか怪しい程ボロボロに傷ついた元同級生(てんどうゆうま)の姿に一分近く言葉を失っていたのだ。


「…………な、なんで、天堂がこんなところにいるわけ? ねえ早紀!?」


「知らないわよ……! 波瑠にメッセージ入れても既読さえつかないし!」


 二人は佑真と波瑠が何かを抱えていることは知っていた。けれどあえて知ろうとせずに友達であり続けた。彼らは話すべきことなら包み隠さずに教えてくれる性格だ。


 隠すのにも、理由がある。


 そこに不用意に踏み込むには、古谷も神崎も『普通の少女』だった。


「ああ、また……!」


 画面内で金世杰が『黄金の杭』を放ち、それを佑真の全身から放出された〝雷撃〟が防ぐ。


 もう十回以上繰り返された一方的な虐殺が、また行われる。


「…………もうダメ。わたし、見てらんない!」


 神崎はついに口元に手を当てていた。古谷は目を逸らす彼女の背中をそっとさすりながら、既読のつかない波瑠へのメッセージを睨み付ける。


(……天堂。お願い……死なないで……!)


 古谷は祈る。


 せめて友人たちが生還できますように、と。




   ☆ ☆ ☆




 繰り返された攻防は十二回。


 天堂佑真が氷の床に屈するまでにかかった回数は、十二回だった。


「…………ち、くしょお……」


「あれほどの啖呵(たんか)を切っておきながら、わずか十二回で終わりか、零能力者」


 佑真の身体には、残滓(ざんし)とでも呼ぶべき〝雷撃〟がわずかにバチバチ音を鳴らす程度の力しか残されていない。


 立ち上がろうとしても、腕も脚も言うことを聞かない。


 もう皆を守る術が思いつかない。


「むしろこう言うべきか――世界最弱でありながら、よく十二回も耐えたな、と」


 朦朧(もうろう)とした視界の中で、『黄金の杭』が打ち出される。


 ズドッ、と重い音が周囲の至る場所で響いた。自分の肉体にもハンマーで殴られたような衝撃が走った。




 けれど(、、、)貫かれて(、、、、)いない(、、、)


『杭』は切っ先をかき消され、四角柱状の鈍器に姿を変えていた。




 佑真達に届いたのは、斬撃ではなく打撃。


 残っている〝雷撃〟をありったけ広げて、佑真が『杭』の先端だけでもかき消したのだ。


「………………悪かったな、金世杰」


 ゴロゴロと吹っ飛ばされていた佑真は、氷に手を付け――素手で(、、、)三秒以上(、、、、)触れても(、、、、)氷が(、、)消えない(、、、、)辺り、本当に《零能力》の出力限界が迫っているのだろう――右足で氷塊を踏みしめ、体を起こす。


 そして天堂佑真は、顔を上げた。




「オレは、諦めるのが大の苦手なんだよ」




 そんな少年の啖呵に伴い、氷塊を踏みしめる足音が何ヶ所かで響いた。


 第『〇』番大隊の兵士達だ。小野寺(おのでら)(こい)が刀を杖代わりにして体を起こし、伍島(ごしま)信篤(のぶあつ)が頭を抱えながらも左足を氷塊へ突き立てる。支え合い、鼓舞し合い、兵士達は執念で戦意の灯火(ともしび)を再燃させていく。


「…………クソッタレ。一人で格好つけんなよ、天堂……!」


「佑真ちゃんが頑張ったら、わたし達が頑張らないワケにいかないもんね~……!」


「……相変わらず、世界最弱を自称する癖に、最後まで立っているのだからな……」


「…………ですが、そういった点はぼくらも見習うべきでしょうね」


 ステファノが放った珍しく皮肉っ気のない台詞に、『〇』番大隊の面々は頷き、そして武器を構えた。全員の瞳に戦意が戻る。


 金世杰が、『黄金の杭』を放つ。


 対して全員が、両手を体の前にクロスさせて受け止める体勢を作った。


「「「おおおおおおおおおおおおオオオオオ――――ッ!!」」」


 芦田の《視野狭窄(ルックアットジャマー)》が軌道を急所から僅かでも逸らす。佑真の〝雷撃〟が『杭』の先端を抉り取る。伍島の《千畳反転(リフレクトレイヤ)》が勢いを削ぐ。そして柱の打突を受け止める。


 ゴリゴリゴリ、と氷が削れる。両の足で全重圧を堪え、背中だけは地につけない。


 十五発目の『杭』が来た。


 十六発目の『杭』が来た。


 十七発目の『杭』が来た。


 散々にすり切れた体力と精神力。むしろ死ねれば楽になるだろう窮地。両腕がズキズキと鈍痛を訴え、内臓は今にも血反吐(ちへど)を吐きたがっている。


 だが、しかし。


 天堂佑真が諦めない限り、第『〇』番大隊が白旗を振ることは許されない。


(――――さっさと諦めちまえばいいのにな。俺も、お前も)


 伍島はついに俺も正気を失ったかと自嘲的な笑みを浮かべた。


(――――すべての者を救いたいという願い、この場の誰一人として殺させないという意志。正直に言えば、お前の抱く『正義』は単なる理想、夢物語だ)


 オベロンは機械仕掛けの両腕が故障しかけていることを自覚しながらも、十八発目の『杭』を迎え撃った。


(――――実力が全く伴っていないんだよ。天堂が語る『正義』を成し遂げるには、弱く在る事を許されないっていうのに)


 京極は『杭』の打撃を受け止め、変色しきった両腕に苦笑しかできなかった。


(――――本当に、こんな無茶苦茶を繰り返していたら、いつか『正義』そのものが佑真ちゃん自身を蝕んじゃうかもね)


 恋はそんなことを内心で思いながら、倒れかけた佑真に駆け寄り、その肩を支えた。


(――――だけど、僕達は金世杰の『正義』よりも、キミの『正義』を支持したい)


 カルムは敵を見上げ続ける少年の背中に、自分が救われた日の希望を思い出した。


(――――何故って、そんなの簡単です)


 キャリバンは金世杰の背後に広がる青空を見上げ、そして口元を緩めた。


(――――貴方は百人いれば百人が馬鹿にするでしょう『正義』を、本気で成し遂げようと頑張っている)


 ステファノは全ての仲間達に指示を出すように、人差し指を上空に突き立てた。




(――――私達は、そんな頑張り屋さんを応援したいだけなんだ)




 そうして。


 金世杰が、はるか遠くで鳴り響く轟音に気づいた。


 己の背後。ゴウンゴウンと大気が胎動する音に。


「増援……ではない……まさか……貴様は!」




 長い蒼髪をなびかせ、両腕に太陽フレアもかくやという程の超高熱を伴わせて。


 天皇波瑠が、高速で戦地に舞い戻る。




   ☆ ☆ ☆









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