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●第百六十六話 蹂躙せよ、世界級能力者

 金世杰(ジンシージェ)が打ち出したのは、無数の『黄金の杭』だった。


 これまでと変わりない、黄金を操作する超能力による攻撃だ。


 今回の相違点は、速度というただ一点。


 佑真の動体視力やオベロンの義眼をもってしても、完璧に姿を捉えられない速度で降り注いだ『黄金の杭』は。


 第『〇』番大隊の面々の肉体を貫き、深手を負わせていた。


「……は?」


 突然舞い上がった血しぶきに、佑真はまともなリアクションも取れなかった。


 手練(てだ)れであるはずの第『〇』番大隊が、これまで優位に戦えていたはずの強者たちが、なぜ深手を負ってしまったのか。


 なぜ、自分の脇腹も(えぐ)れているのか。


「が、あああああああああああああ!?」


 ようやく痛みを認識した佑真の全身は、唐突に悲鳴を上げた。傷口が焼けたかの如く熱い。ドクドクと血が噴き出して、両手で押さえても止まる気配がない。


(く、そ……なんだよそれ……今までの戦いは何だったんだよ……テメェからすりゃ、全部お遊戯に過ぎなかったとでも、いうのか……!?)


 佑真が見上げた白虎の上で、金世杰は己の右手を見つめていた。


「殺すつもりが少しズレたか。誤差の修正が足りなかったな」




「……ねえ、加奈子ちゃん」


「…………なんですか、隊長」


 佑真と同じく脇腹に『杭』を喰らった小野寺恋は、激痛にこらえながら副隊長・芦田加奈子に問いかける。


「加奈子ちゃんの《視野狭窄(ルックアットジャマー)》って、まだ解除してないよね……?」


「……してませんよ……きっと、だからわたし達はギリギリ生きているんです……!」


 芦田加奈子の《視野狭窄(ルックアットジャマー)》は『相手の視覚が捉えた位置座標の認識をズラす』能力だが、一見強力でも、簡単な攻略法が存在する。


 何か一つの物体を基準点にして、その点と自分の認識のズレを目安にすれば正確な位置座標を捉えることも不可能ではないのだ。


 しかし能力者本人である芦田が、この攻略法を把握していないワケがない。芦田は刻一刻と《視野狭窄(ルックアットジャマー)》の誤差を変更させながら戦っていた。


 それでも自分たちの肉体を穿(うが)った事実は、金世杰がその『刻一刻』の間に誤差を計り、修正した上で『杭』を放ったことを裏付けていた。


 イタチごっこのような計算のせめぎ合いが、心臓を貫くはずだった『杭』をギリギリ腹部や脚などといった部位にズラせた――のだが。


「二撃目だ」


 引き戻された『黄金の杭』の切っ先が、兵士たちに向けられた。


「何やら優秀な能力者がいたようだが、腹部に穴の空いた状態でこれまでのように我が超能力の妨害ができるか?」


 再び『黄金の杭』が射出される。


 やはり目で追えない超高速の攻撃は、一定の距離を直進したところでバチンと跳ね返った。


 今度は風穴の空いた右肩を押さえつける伍島が、《千畳反転(リフレクトレイヤ)》を広げていたのだ。


「…………どんだけ速かろうが、俺には関係ねえぞ……!」


「――反射させる能力者もいたな。貴様には何発耐えられる?」


 金世杰は伍島を見下ろし、間髪入れずに『杭』の射出を繰り返した。休む間もない『杭』打ちはまさにパイルバンカーが如く、見えない壁を打ち破る為に幾度となく連打される。


 威力・射出量ともに三桁をゆうに越していく猛攻に、伍島は額に脂汗を滲ませるどころか、脳への過負荷に耐えきれず鼻血が出てしまっていた。


「……ク、ソ、」


 伍島は悟る。こんな攻撃を防ぎきれるワケがない、と。


 そして同時に、彼の脳裏にこびりついて離れない過去が心臓を打ち鳴らした。




 ――――大昔、空母『ずいかく』を守るために伍島の悪友・冥加(みょうが)(かず)は《念動能力(サイコキネシス)》を使い、金世杰の攻撃を防ぐ盾を担った事がある。


 永遠に感じられる長い長い猛攻を防いで、防いで、防いだ末に突破され、悪友は愛する女を目の前で串刺しにされてしまった。


 今、周囲にいるのは伍島の愛する女ではない。


 けれど全員が愛すべき仲間であり、尊敬できる仲間であり、自分はそんな『〇』番大隊を守る盾になってほしいと天皇真希に誘われて、十年以上の時を過ごしたのだ。




「やらせねえ」


 ゴリ、と奥歯を噛みしめる音が響いた。


「テメェにだけは仲間を殺させねえぞ、金世杰ッ!!」


 最大出力で《千畳反転(リフレクトレイヤ)》を維持させる伍島。『世界級能力者』の猛攻を執念で防ぎ続ける彼の傍らで、彼に守られる仲間が動く。


 日向克哉が、右腕に激しい雷鳴を充填させた。


『世界級能力者』に対抗できるのは『世界級能力者』だけだ、というのが現在の世界における通説だ。


 戦争を単騎で終わらせる彼らは過去の核兵器と同等レベルの扱いを受ける。義勇軍の【ウラヌス】に所属し、第三次世界大戦をその手で終わらせた者達は特にそうだ。


 猛獣、アーティファクト・ギア。


 騎士、レイリー・A・メイザース。


 そして軍神、金世杰。


 だが過去には日向克哉も『雷神』として名を馳せた男だ。この場面にて老いなどというふざけた理由をかざす程、克哉は愚かに歳を重ねていない。


「ステファノ君!」


空間移動(エリアテレポート)》を借りて金世杰の頭上に移動した克哉は、右腕に帯電させていたありったけの雷を落とした。


 威力は絶大。『神鳴』と呼ぶに相応しい人間離れした高圧の雷撃を、金世杰は黄金のアースをうまく作り出して氷の床に受け流した。


「貴方を警戒していないと思ったか、克哉殿?」


「たかが一撃で終わりじゃないって!」


 ステファノが足の裏を蹴り飛ばした勢いで、克哉は直下降で金世杰に接近した。


 誰もが無謀だと思う直線的な接近に、金世杰も素直に『黄金の杭』で迎撃する――あくまで『〇』番大隊全員への攻撃は継続しながら。


 迫る『杭』に対し、克哉は右腕を突きかざした。


 拳を射出口とした、指向性を持った雷撃の衝撃が『杭』の軌道を捻じ曲げる。直線的な接近だからこそ迎撃も直線的。刹那的戦闘だからこそ予想しうる的確な迎撃――だと思われたが。


「たかが一撃で終わりではない――克哉殿の台詞であるぞ」


 克哉の肉体を襲ったのは、背面を除いた百八十度・あらゆる方向から飛来した十一本の『杭』だった。克哉が軌道を逸らしたのは正面近い六本だけ。残る五本の『杭』は、克哉をことごとく貫いていた。


「ガ……ハ、」


 トシャッと血が流れ出る。


 無残にも空中で針の(むしろ)と化した克哉を、金世杰は感情の(こも)らない眼で見上げた。


「現役時代の貴殿であれば、全方位の『杭』を防ぐほどの帯雷もできたであろうに。そこまで衰えたか?」


「……どうかな、金……衰えたのはお前も同じだよ……!」


「! まだ帯雷していたか!」


 傷を無視して右腕を突きだしていた克哉。


 その右腕には――攻防一体型武装『梓弓』が装備されていた。




「歳を重ねるってのは経験を重ねるってことなんだよ、覚えておけ!」


 何千万ボルトという高圧電流を伴った鏃が『梓弓』から撃ち出された。




 (やじり)の速度は佑真の使っていた『梓弓』のそれとは別物――超能力によるブーストがかかっている。


雷撃能力(ボルトキネシス)》で生み出した電磁線を利用し、金属を超加速させて放たれたこの一撃はいうなれば簡易版電磁加速砲(レールガン)。その為の緻密な能力演算は、超能力が生み出された戦時下から現在まで超能力を使い続けた男の、努力と経験と知識の『必殺』だ。


『杭』の防御をも貫く光速の質量が、天地を貫いた。




 しかし。


「……我の持つ経験とて、貴殿とそう変わらん」


 金世杰は『右腕を諦める』という選択肢を以て、日向克哉の簡易版電磁加速砲(レールガン)を凌いだ。




 咄嗟に体を(ひね)りながら『黄金の板』を使って電磁加速砲の軌道をほんのわずかにズラし、右腕だけに当てたのだ。


 部位喪失という激痛にはさすがに生物として動揺を隠せないのだろう。歯を食いしばり、額に脂汗を滲ませ、左腕で右肩の切断面を押さえつけながら、金世杰は告げた。


「しかし……貴殿の全盛期であれば全身を撃ち抜かれていただろう。流石である、日向克哉」


 トシャッ、という音がした。


 生理的に拒絶させられるその音は、体中に風穴を空けられた日向克哉が氷上に落下した音だった。


 この場における最強の能力者、日向克哉であっても金世杰を死に至らせるには及ばなかった。


 たったそれだけの現実が、第『〇』番大隊の兵士達の心をへし折った。




 ――――わかっている。この場の全員がわかっている。


 克哉が倒れたからといって、諦めてはならないという事くらい。


 絶望してはならない。


 たとえ相手が次元が違う程に強かろうと、ここで引いてはならない。ここで引けば、この怪物は天皇波瑠の下へと向かう。もし波瑠が捕まえられてしまえば、その時、全世界で戦争が火ぶたを切って落とされるだろう。


『正義』の名のもとに集った自分達が、それを易々と見逃していいはずが。


 というか。


 仲間である波瑠が敵国に奪われる、なんて事態を許していいはずがない。


 わかっている。


 わかっているのだ。


 しかし同時に痛感した。


 自分達は頑張った。頑張って戦って、何度か金世杰の懐まで潜り込んだ。けれど奴を倒すまでには至らなかった。至れなかった。あと一歩を詰められれば勝てるかもしれないのに、その一歩を踏み込むだけの力が足りなかった。


 金世杰は強すぎる。


 あと一歩、とかいって。


 その一歩に要求される歩幅が広すぎて、金世杰の背中も見えていないのに。


 自覚するな。認識するな。現実を見るな。戦え。戦え。戦え。戦え。


 洗脳するような勢いで心の中で繰り返し鼓舞すれども、一度折れてしまった心は、そう簡単には治らない――――。




「これで終わりか」


 金世杰は右腕の傷口を『黄金』でふさぎながら、周囲を見下ろしていた。


「《神上の光(ゴッドブレス)》を追った我が同胞からの連絡がないことが気がかりであるが――我が能力をもって殺されることを恨むなよ、若き者共よ。貴様等は第三次世界大戦の後であるにもかかわらず自ら武器を手に取り、戦うことを選んだのだからな」


 もはや、この場で抵抗できる者はいない。芦田は疲労困憊。伍島は意識を保てているか怪しい程の汗を流し、手負いのステファノにはこの場の全員を瞬間移動させられない。恋ならば高速移動で攻撃こそ(かわ)せるだろうが、その先に希望はない。


 万事は休した。


『黄金の杭』が打ち出される。


 超高速の一撃。朦朧(もうろう)とした視界の中で、自分の心臓に向かって直進する死の牙突(がとつ)


 死の後悔を浮かべる間もない『必殺』に。




〝純白の雷撃〟が立ちはだかる。




   ☆ ☆ ☆





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