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●第百六十五話 超越せよ、己が実力

 東京都にある超能力者育成機関・盟星学園高校。


 日本有数のエリート高校で生徒会書記職を務めている火道(ひのみち)寛政(かんせい)は、三年生特有の穴だらけな時間割にかこつけて生徒会室にやって来た。


「お、先客だ」


 しかし生徒会室には、同じ三年で生徒会長の清水(しみず)優子(ゆうこ)、副会長の瀬田(せだ)七海(ななみ)がすでに先客として来客用スペースを陣取っていた。


 それに、珍しくテレビをつけている。『他の学生が授業を受けている最中にテレビ番組を見るのはいかんだろう』という優子の熱弁をからかってやろうと思ったが、先にジェスチャーで来い来いと呼ばれてしまった。


「おい火道、とんでもないことになっているぞ! 早く来い!」


「何だい会長、そんな深刻そうな顔をして。また『反能力社会派(アンチスキルド)』のデモかい?」


「違うわ! 口で説明するより見た方が早いのよ!」


 ()かした七海も何やら真剣な表情だ。寛政は荷物を自分の机に置くと、来客用スペースに向かった。七海が隣に座れるようスペースを空けてくれたので、自然とそこに座る。


 正確にはテレビではなく、動画サイトでの配信生放送だった。2010年代から流行(はや)り始めた動画配信サービスは百二十年経った今でも根強く残っており、機材とやる気さえあれば、素人からテレビ局まで万人が利用できるようになっている。


 そんなどうでもいい常識が咄嗟(とっさ)に頭に浮かぶほど、衝撃的な映像が流れていた。




「……佑真、クン?」




 それは、ドローンによって空撮されている今現在の芦ノ湖の映像だった。


 湖は大半が凍り付き、黄金の甲冑をまとった一人の男を相手に、軍服に身を包んだ者達が超能力を使って応戦している映像だった。


『かきくけ子』などという匿名アカウントが放送主で、テロップには『芦ノ湖・空散歩』と表示されているが、大ウソにも程がある映像だった。


 そして氷上で何かを叫んでいるのは、寛政の一番弟子だった。


「…………やはり、この赤いパーカーの少年は天堂か」


「……《零能力》使ってるし、間違いないよ」


 優子の問いかけに、重苦しい首肯(しゅこう)を返す寛政。今さら弟子の姿を見間違える師匠ではない。


「戦っているのって【ウラヌス】よね!? しかも敵ってこれ、黄金ってことは……!?」


金世杰(ジンシージェ)だろうね、おそらくは……」


 七海が距離感なく問い詰めてきたが、寛政は顔の近さにたじろぐ余裕もなかった。


(ああ……佑真クンと波瑠ちゃんを取り巻く世界がそういう世界だってのは知っていたさ。そのために(きた)えてきたんだ、金世杰が相手だろうと驚かないよ。だけど、だけどだ! なぜキミ達の戦いがネットで全世界に配信されているんだい!?)


 思わず頭を抱えたくなる寛政だったが、弟子の戦いから目を離すワケにもいかない。


「これ、いつから放送されているの?」


 テレビを見たまま問いかけると、今更顔の近さを自覚して距離を取った七海が携帯端末を確認しながら、


「す、少なくとも十分前から。さっきSNS眺めていたら『芦ノ湖がヤバい』って呟きを見かけて、流石にウソでしょうと思って確認したらこれよ」


「何なのだこれは。なあ火道、何故天堂が金世杰と交戦しているのだ!? というか何故金世杰が日本国内、それも箱根などという内地にいるのだ!?」


「知るかよ! 弟子だからって百パーセント情報のやり取りしてるワケじゃないし! ってかその辺は【ウラヌス】の空軍に席がある七海の方が早いんじゃないか!?」


「……一応電話したんだけど、一兵士に答えている場合じゃないみたい。ただまあ、少なくとも【ウラヌス】第『一』番大隊と第『〇』番大隊は金世杰が密入国し、潜んでいる可能性。そして波瑠ちゃんを()()にして誘い出す作戦自体は了解していたみたいよ」


 ネット配信なんて知るかよって焦ってたケド、と七海は付け加えた。


「軽く調べたら、箱根周辺では今日、イベントやらなにやら理由をつけて『警察』が朝から交通整理をしていたの」


「……じゃあ芦ノ湖で今日、この戦いが起こること自体は軍も想定済み。第三者によって行われているこの生放送だけがイレギュラーってワケだ」


 寛政はそこまで考えてから、生放送が軍の意図にあろうがなかろうが自分には一切関係ないことに気づいた。【ウラヌス】からすれば勿論(もちろん)邪魔だろうが、むしろ、佑真の戦闘を見届けられるのは好都合だ。


 今すぐ戦場に向かおうとしている生徒会長に「あたし達が行っても『守るべき学生』を増やすだけで迷惑よ!」と宥める七海をBGMに、寛政は見守る立場に徹する決意をした。


 事実、今から芦ノ湖に向かったところで戦闘が続いているとは思えないし、第『〇』番大隊は寛政や七海が『守られる側』になる戦闘のスペシャリストだ。


 戦力になる自信があっても、一般人は下手に手を出さない方がいい。


(……なんて理性的に考えてしまう時点で、俺は佑真クンの目指すところにある『正義の味方(ヒーロー)』に向いていないんだろうな)


 寛政は皮肉交じりの呟きを喉元に押し留めて、改めて画面に目を向けた。


 金世杰と佑真は氷上に立ち、超近接戦闘を交えている。足元が滑ることから目を逸らせば、自分達師弟にとって最良と呼べる間合いだ。


(佑真クン、とりあえず波瑠ちゃんが画面に映っていない現状を、俺は肯定的に捉えるよ。だから、うん――大暴れしてしまえ!)




   ☆ ☆ ☆




 第三次世界大戦の終盤に超能力が登場して以来、見直されてきたのが『歩兵戦』である。


 ありとあらゆる兵器を凌駕し、生身で使用可能となる《超能力》。その特性を最も活かすものとして、人類の戦闘は一周回って歩兵戦まで戻ってきたのだ。


 故に日本の【太陽七家】には、火道家という体術の銘家(めいけ)が組み込まれた。


【ウラヌス】に限らず、日本の国防軍に()く全兵士に重点的に近接戦闘訓練が義務付けられたのもその為だ。指導に関しては、火道家と横のつながりを持つ指導者達が全面的に担当してきた。


 そんな火道家の長男――人呼んで『近接戦闘のスペシャリスト』と謳われる火道寛政に師事してきたのが、零能力者・天堂佑真だ。


 これまでの戦闘とは打って変わって、金世杰をも歩兵戦に引きずり落とした今。


 世界最弱の少年が最前線に(おど)り出るという、とんでもない事態が発生していた。




「はッ!」


 金世杰の周囲に集まった黄金が(むち)状に変形し、周囲へと一斉に放たれた。


 まず真っ先に近接を封じる一撃。迎撃にあたっていた小野寺小隊や京極小隊が一斉に後退する中で、真逆方向へ突っ込んでいく赤いパーカー。


〝雷撃〟を全身に纏った佑真が、流星のごとき勢いで金世杰へとひっ迫する。


 黄金の鞭の一束がうねりを変え、佑真の迎撃のために一斉に振り降ろされた。


 その数は十一本。次々と氷の床を砕く攻撃を、佑真は〝雷撃〟にも頼らず回避する。


 超人じみた動体視力と反射神経がもたらす『先読み』と回避。基礎に立ち返った佑真は、金世杰が叩き割ったことで坂になった氷を使い、思いっきり跳躍した。


 そして右腕を前に突き出す。


 攻防一体型武装『梓弓』の射出口を金世杰に定めて、撃ち出したワイヤーと(やじり)に〝神殺しの雷撃〟を纏わせる。


 金世杰は『黄金の盾』をかざした。


 しかし〝雷撃〟を纏った鏃が接触した瞬間、パチン、と『黄金の盾』は弾け飛んだ。


「《零能力》を飛ばしたか」


「喰らえ!」


〝雷撃〟を使い果たした鏃が氷の床に突き刺さると、佑真はワイヤー収集ボタンを押した。『梓弓』がワイヤーを回収しようとすることで、逆に氷に突き刺さった鏃部分へと佑真の身体側が引き寄せられていく。


 その勢いを利用し、回し蹴りを放つ。


 身をかがめて回避する金世杰。


 着地するなり、佑真は左腕を構えた。


黒天龍(コクテンリュウ)ッ!」


〝雷撃〟の渦を伴った一撃掌底。命中必至と思われた突きに対し、金世杰の右手が佑真の手首を鷲掴みにする。


「甘い!」


「終わりじゃねえよ!」


 掴まれた瞬間、佑真は全身から〝神殺しの雷撃〟を噴出させる。金世杰をも巻き込む『還元』の雷撃は、金世杰の『甲冑』を作った超能力を解除した。


 巻き添えに波瑠の作った氷の床も解除され、足場が一瞬で湖に変わる二人。


 それを把握していた佑真はあらかじめ全身をねじり、手首を掴ませたまま体を回していた。金世杰を湖に叩き付けようという動きだ。


 金世杰が周囲の金塊をすぐさま再制御下に置いた、その時。


「おおおおおッ!」


 カルムの《水流操作(アクアキネシス)》が、湖の水を大噴火のように吹き上げさせた。


 天へと昇る龍のような水の奔流は、金世杰の背中を強打する。咄嗟に背中側に『流動体版黄金』でクッションを作ったのは流石の一言だが、逃げようにも佑真が覆いかぶさって邪魔をする。


 はるか上空まで飛ばされた二人を待っていたのは、激風を竹箒に構えたキャリバン・ハーシェルだった。


「キャリバン、ぶちかませッ!」


 キャリバンの箒が、金世杰の鳩尾(みぞおち)めがけて叩き落とされる。


 金世杰はあえてその一撃を受け止めた。


 背中に回していた『黄金』を前方に運び、インパクトの瞬間に突きかえすことで威力を弱めたのだ。


「な……ッ!?」


 吹っ飛びながらも『黄金』で天堂佑真ごと自分の身体を覆い尽くしていく金世杰。


「逃がしませんよぉ!」


 キャリバンの二発目が殴りつけたのは、寸でのところで『黄金の殻』。突風によって一気に湖へと叩き落される『黄金』の中で、佑真が〝雷撃〟を使い『黄金』の制御を一時的にだが解除した。


 しかし、金世杰は離脱しようとする佑真の手首を離さない。


「テメェ……!」


「接近した時点で悪手であったと知れ!」


 空中でありながら『黄金』を即座に制御下へと戻した金世杰は、ロープのように使って自分の体勢のみを修正すると、佑真を湖へ叩き付けようと右腕を振り降ろした。


「やらせないよ~!」


 氷塊に接触する間一髪に、《真空微動(クイックムーバー)》で高速移動した小野寺恋が割り込んだ。


 佑真に触れた瞬間、再度能力を発動して中空へと飛び上がり、距離を確保。グルンと一回転して落下した佑真は、カルムの水泡が受け止める。


 ガッ、と氷を削りながら着地する金世杰。


 彼の目の前にはオベロン・ガリタが待ち構えていた。


 緋炎業火を纏った大剣を、横薙ぎに一閃。


 しかし即座に『黄金の槍』を生成した金世杰は、大剣を槍捌(やりさば)きで迎撃した。


 武具に甲冑に盾に鞭。その生成・対応速度を、天堂佑真は「集結(アグリゲイト)を上回る応用性・威力」と称賛した。まさに相手が次々変わろうと、常に最適な対応を繰り返す。


 世界最強と言われる所以(ゆえん)。異様なまでの冷静さが(もたら)す作戦遂行力。


 しかしオベロンは、つい昨日に金世杰と肩を並べる『世界級能力者』と一手交える機会を得ていた。


 騎士団長メイザースの技を目の前で経験したオベロンは、己の特性を活かせば、わずかな時間でも彼の技を模倣できるのではないか? と可能性を見出していた。


 まだ一度も試験していない。


 だからといって、今ここで実行せずしていつ使う!


(強化内骨武装、出力全開。

 右義眼、機能開放。

 我が肉体は、沸騰する!!)


 サイボーグ――機械化された上半身および義眼の機能を最大まで引き出し、その上で火炎ジェットを大剣に纏わせる。


 第三次世界大戦の行き過ぎた科学によってつくられたオベロンの義体は、出力を全開にすると残っている生身部分に極大の負荷がかかるため、滅多な使用を禁じられている。


 だが出力を全開にしてしまえば。


 右腕一本で戦車を振り回す程度の怪力が、ここに顕現する――!


「――――っ!? 貴様、急に動きが!」


 本来連撃なんてできないだろう大剣が、まるで踊っているかのように軽々しく薙ぎ払われた。


 ゴバッッッ!!! と爆発音に匹敵する火力が炸裂(さくれつ)する。


 金世杰はかろうじて『槍』でいなしていたが、迫る風圧、交えたわずか三回の剣戟で動きを変えた。


 即ち、迎撃ではなく防御。


 全方位から繰り返され、重ねて目で追い切れない変幻自在な『必殺』の炎に対して、彼は防御を選ばざるを得なかったのだ。


「燃えろッ!!」


 強く強く踏み込んだオベロンの一撃が、金世杰が『槍』を変形させた『黄金の盾』ごと殴り飛ばす。


 劫、と焦熱の残響がした。


 加熱によって変形しつつある『黄金の盾』を残したまま、氷に足を滑らせて体制を治そうとした金世杰の背中に。


 唐突に、ゴッ!! と殴りつけたような衝撃が走った。


 内蔵のすべてがひっくり返されるようなと共に、金世杰は跳ね返される。


「俺達を忘れんじゃねぇぞ、クソッタレ!」


 伍島信篤の《千畳反転(リフレクトレイヤ)》が、金世杰にかかっていた運動エネルギーのベクトルを反転させたのだ。不覚にも体制を崩された金世杰はオベロンを警戒するが、オベロン以外にも一人の能力者が待ち構えていた。


尖穿帯導(スタブライナー)》、京極(きょうごく)飾利(かざり)


 彼はこの騒動の発端となった港での戦闘で、金世杰等に辛酸をなめさせられた京極小隊の隊長である。京極はフッと小さく息を吐きながら、手に持った槍を勢いよく振り投げた。


 たったそれだけの動作で、投げ槍は大気を引き裂く真空波を起こす程の威力を伴った。


 咄嗟に広げた『黄金の盾』と槍とが激突。


 オベロンの炎熱によって融解しかけていた『盾』を易々と突き破り、刺突(しとつ)が金世杰を襲った。


 京極の《尖穿帯導(スタブライナー)》は投擲(とうてき)の威力を増加させる超能力だ。投擲物であれば槍だろうと石だろうと、なんだったら生物だろうと増強できる。癖は強いがその分効力が面白い能力だ。


「……!」


 金世杰は瞬間的に身をよじらせたが、京極の投げ槍が脇腹を掠めた。


 迎撃を選べず。防御も破れ――ついに回避という一手を取らせた。しかも回避は完璧とは言えず、腹部からわずかに滲んだ赤い液体に第『〇』番大隊は勝機を見出す。


 この勢いを緩めてはならない。生物として備え持つ闘争本能がそう訴えかけ、面々は追撃へと体勢を変えていく。


 そういった嗅覚(きゅうかく)に優れている天堂佑真が、すでに豪炎を振り上げていたオベロン・ガリタと共に金世杰に迫った。


 獣のような低姿勢で右から拳を繰り出す佑真。そんな佑真の頭上を左から薙ぐオベロン。上下左右に分かれた逃げ場なき攻撃を、金世杰はあえてしゃがむことで対応した。


 即ち、あくまでただの拳でしかない佑真の攻撃を、自分から喰らいに行ったのだ。


「ッ!?」


 鍛えに鍛えた拳骨の威力を利用し、後方へ吹っ飛ばされていく金世杰。その間に金世杰は、オベロンに溶かされた黄金の液体を氷の床にこすりつけた。


(溶けてんのに操れるのかよ!?)


 一瞬で氷が溶かされ、水蒸気が膨張する。そんな形で発生した衝撃波に、今度は佑真とオベロンが呑み込まれた。


 吹っ飛ばされながらも根性で金世杰を観察すれば、流石に液体化した金属を操作するのは難しいのか制御しきれず、長い尾を引いては氷の床を溶かしていた。


 かえってそれが接近の(さまた)げに思えるが、


「三日月!」


「はいッ!」


 熱を冷ます凍結能力者は何も波瑠だけではない。冷気を操る《凍結能力(フリーザー)》の持ち主、三日月(みかつき)冷次(れいじ)が氷の道を作り、能力者達を導いていく。


「ハアッ!」


 初めて雄叫びのようなものを上げた金世杰は、ある程度冷やされたとはいえまだまだ加熱されている金属を(おり)のように広げて自身の周囲を囲んだ。


「遠距離攻撃、ぶちかませ!」


 京極飾利の《尖穿帯導(スタブライナー)》やカルムの《水流操作(アクアキネシス)》をはじめとした遠距離攻撃を主力とする者達が、一斉に攻撃を放った。


 金世杰の頭上に向かって。


 空中にはキャリバン・ハーシェルが常時待機し、制空権を確保していた。


 彼女もまた、オベロンのように『世界級能力者』の技を己の力にしようと模索する一人だ。


 世界最強の風力使い、アーティファクト・ギアの得意技。


 全ての攻撃を自分の気流に乗せ、軌道を()じ曲げて思いのままに撃ち返す『鉄壁の竜巻』を応用し、味方の攻撃を『檻』の頭上から叩き込んだ。


 ありとあらゆる攻撃を内包した竜巻が、氷上を席巻する。


 金世杰は頭上にも『黄金の檻』を伸ばしてドームを張り、防御に動いた。


 その為に地上平行部分の『黄金』は薄くなり、頭上の攻撃をすべて防いだ時には。


 オベロンの大剣が、ついに絶対防御を斬り裂いていた。


「ッ、クソ……!」


 しかしついに――よりにもよってこのタイミングでオベロンの肉体に活動限界が訪れる。崩れ落ちるオベロンは、ここまで追い詰めて尚表情を崩さない金世杰を睨み付けた。


 あと一撃あれば、金世杰に『必殺』の剣を届かせたかもしれない。


 だが。


 しかし。


 だからこそ。


 もしもこの『あと一歩』が『世界級能力者』と他者を分ける壁だというのなら、その一歩を仲間が引き継ぎ、届かせてやればいい。


「小野寺流剣術、長刀流――〝鏡花水月〟」


 恋の『必殺』の剣戟。わずか一撃を確実に届かせるべく長刀をただ縦に振り降ろす。シンプルな動作故に速度・威力を限りなく高めた、鏡面のように美しい一斬が。


「ぶち抜け!」


 京極飾利が放つ組み立て式の長槍は、投擲の寸前に嵐山庄一の《質量無視(アンチウェイト)》がかけられていた。適度に軽くなった長槍を投げる速度は疾く、激突の瞬間には元の重量が持つインパクトに修正されて。京極小隊のコンビネーションによる一点『必殺』の牙突が。


 そして、この極致にて。


「待たせたな、(ジン)


 日向克哉とステファノ・マケービワが、《空間移動(エリアテレポート)》で金世杰の背後上方に現れる。


 第『〇』番大隊・副隊長の日向(ひなた)克哉(かつや)は五七歳。抗えない衰えに基づくスタミナ切れを考慮した結果、此度(こたび)の戦いでは自分から『不意打ち役』を引き受けた。


 仲間たちが苦戦する姿を腸が煮えくり返る想いで見つめ、待機し、仲間が作り出した絶好の機会に出力全開で奇襲を仕掛ける――まさにこの一瞬を待ち続けたのだ。


 かつて『雷神』として全世界に名を轟かせ、ようやく放たれる喜びに激しく嘶く紫電を伴った右拳の『必殺』が。


 第『〇』番大隊が持てる『必殺』の全てが、金世杰を襲う。


 誰もが確信した。ここで終止符が打たれると。


 金世杰を打倒することができたと。




「《式神契約ノ符(レジェントキー)・四神白虎》、契約執行」


 そんな確信をも打ち破るのが、『世界級能力者』だと知らずに。




「………………嘘、だろ」


 ポツリと呟く佑真。


 あろうことか――金世杰は白虎を盾にして、全ての『必殺』から己の身を守ったのだ。


 鮮血が舞い散り、慟哭(どうこく)が芦ノ湖中に響き渡る。雷撃に痺れ、腸に風穴を空けられ、真一文字に引き裂かれた白虎の悲鳴(、、、、、)()途中で(、、、)強引に(、、、)抑えつけ(、、、、)られた(、、、)


 金世杰が金属を操り、白虎の全身を覆う『黄金の鎧』を使って口を強引に閉じたのだ。


 傷口に重点的に『黄金』を巻き付け、金世杰は自らを白虎の上に運んだ。


 あまりにも無慈悲な光景に、第『〇』番大隊の面々はつい先ほど逃した好機など、もうどうでもよくなっていた。


 自分達が、殺すつもりで戦っていた相手は。


 人間の皮を被った、まごうことなき異常者だ。


「…………おいおいテメェ、まさかその白虎を戦わせる気か?」


「……無論である、零能力者よ」


 口にするのをこらえきれなかった疑念に対し、金世杰は回答した。


 その内容こそ、佑真の感情を逆撫でするには足りすぎていた。


「ふざけんなよテメェ。散々共に戦ってきた相棒を盾代わりに使って、しかもこれ以上酷使するのか? テメェそれでも人間か!?」


「落ち着いて佑真ちゃん! 冷静さ失ったらまずいって!」


「恋姉、けどよ……!」


 激昂する佑真をなだめる恋。


「如何なる犠牲を払おうとも、使命を全うする。これこそ、我が歩く覇道(みち)である」


 しかし金世杰は、あくまで佑真の問いかけに回答を返した。


 白虎を覆う『黄金の鎧』が変形し、先端の尖った杭が何十本も用意されていく。


 総攻撃の準備を整えていく金世杰の表情は――佑真には、かすかに怒りが灯っているように見えた。




「知れよ、幻想を抱く若き者共。


 そして思い返すのだ、克哉殿。


 第三次世界大戦に掲げられた『正義』の醜悪さを」




 数瞬後。


 佑真の視界を金色の物体が通過し、その先で無数の血しぶきが噴き上がっていた。




   ☆ ☆ ☆





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