●第百六十四話 善戦せよ、氷上の兵
伍島信篤の能力|《千畳反転》は、自身が視認した空間に『面』を作りだし、その『面』に接触した物体の運動ベクトルを百八十度反転させる、という超能力だ。
ようは『反射板』の生成。
使い勝手こそ難しいものの、第三次世界大戦から十五年近い付き合いの能力を万全に使いこなしていた。
「オラァッ!」
『黄金の獅子』から放たれる杭を《千畳反転》で受け止め、跳ね返す。ただ単調でありながら一度のミスも許されない盾役を担う。
天皇真希の右腕として認められている『実績ある力』は、決して伊達ではないのだ。
「なんと頑丈な盾だ。まるで城塞のようだな」
「お褒めに預かり光栄だぜ!」
金世杰も伍島を厄介だと判断したのか、彼を中心とした『伍島小隊』に注意を向けているが――『世界級能力者』は一筋縄ではいかない。
佑真と『オベロン小隊』は、金世杰がばら撒いた『黄金の骸骨』の対処に追われて早くも五分以上が経過する事実に愕然としていた。
端的に言えばキリがない。倒しても倒しても、佑真が還元しても再生する『骸骨』を前に、体力を削られていく。
「いくらバラバラに薙ぎ払っても再生される無限の兵か。かつてお嬢様に頼っていた俺達への皮肉か何かか?」
「能力の大元である金世杰をどうにかしねーと、この骸骨連中いつまでも湧いてくるぞ!」
偶然背中合わせになったオベロンと佑真は不満を告げあう。
「そもそも、こんな多数の『骸骨』どうやって操ってるんだ!?」
「能力者によっては、ある程度の自動操縦くらいできるのだろうよ。アリエルの火炎龍だって、半分くらい自立しているだろう?」
「んー、オレからすりゃ《式神契約ノ符》的な魔術が絡んでいるのかもとか思うが――ってどうすんだよオベロン!? 尚更ヤバいだろ!?」
能力の考察も超能力戦とあらば重要なのだが、攻略法に繋がらない以上は打ち切りだ。佑真が悲鳴のように問いかけると、オベロンは大剣を一度構えなおした。
「一網打尽にする手はある。あまり得策とも言えんがな」
「あるならやろうぜ。現状打開優先だろ! いつまでも歩兵に振り回されてたら、金世杰に波瑠んトコ行かれちまうぞ!」
「それもそうだな」
早速オベロンは「ガマ吉!」と大声を張った。呼び出されたのは『オベロン小隊』の副隊長だ。『ガマ吉』という愛称で親しまれている一等兵は、氷上を器用に滑りながら佑真達の下まで近づいてきた。
顔の雰囲気がカエルっぽいのだ。
「いつものをやるぞ、準備しろ」
「えぇ!? 隊長あれやるんですか、氷の上ですよ!?」
「『骸骨』にまみれた現状を打開しろ、というのが天堂佑真のオーダーだ。事実このままでは勝ち目がない。膠着した盤面は即動かすに限る」
「『〇』番大隊で将棋が一番弱い隊長に『盤面』とか言われても」
「お前を焼くぞ?」
「冗談ですよ隊長! ったくガマ使いが荒いんだから!」
ガマ吉は不満を口にすると、すう、と大きく息を吸い始めた。同時にオベロンは大剣に緋炎をチャージし始める。
「全員、離れておけ!」
オベロンの指示に従い、佑真が『骸骨』を処理しながら距離を取った、次の瞬間。
ガマ吉の口から、大量の油が放射された。
彼の超能力は《燃料投下》。油を生み出し、操る超能力だ。『骸骨』達を覆い尽くす油の放流が始まったと思えば、
劫、と。
即座にオベロンの大剣が、油の放流に緋炎業火を叩きつけた。
油に火を注ぐ。
皮膚を焼く緋炎の大爆発が、芦ノ湖一帯に高熱の衝撃波を撒き散らす。
(うわっ――オベロン小隊お得意の必殺、油田大爆発か!)
敵味方関係なしに吹き付ける熱風に、佑真は着火の瞬間、反射で目を閉じていた。顔面を庇うように両手をクロスさせ、踏ん張ることしばらく。
目を開けると、波瑠が作った氷の床は粉々に砕け、ドロドロに溶け、足場を失った大量の『骸骨』は湖の中に否応なしに沈んでいた。佑真達の戦える範囲も狭まるが、それでも盤面は一気に変動した。
油を操る能力者と、火炎を操る能力者のシンプル故に超強力な合わせ技。
彼らの超広域火力の一撃は、第『〇』番大隊第三位の制圧力を誇るのだ。
「――だが、奴は平然と生き延びたな」
オベロンが大剣を構えなおす一方で、遠くにガシャン、と金属がこすれ合う音がした。
金属の甲冑を纏った金世杰が、『黄金の虎』の《式神契約ノ符》を解除させて、自ら氷の床に降りたのだ。
オベロン達の攻撃は超高範囲。湖上を走る程の速度を持つ『黄金の虎』でも、その巨体では逃げ延びるのが難しいと判断してのことだろう。
「見事な一撃だ。このような大技を放つための湖上ともとれる。単に我が戦力を削ぐためではない戦場選び、貴様ら、本気で我を捕らえるつもりらしいな――」
「本気も本気だよ、『世界級能力者』!!」
そう告げたのは――小野寺恋。
佑真達さえ気づかぬうちに《真空微動》で金世杰の背後に回っていた恋のおっとり刀はすでに、金世杰の甲冑の隙である膝裏に到達しようとしていた。
甲冑には人体の都合上、絶対に覆えない部位がいくつか存在する。曲げる部位、肘・膝関節はその最たる例だ。
そのスキマを二メートル以上の刀身で的確に狙った不意打ち。
誰も彼もが決まると思った一撃を、金世杰は対応した。
黄金の『槍』が、湖中から氷の床を突き破って恋の刀を受け止めたのだ。
「「「っ!?」」」
それどころか。
金世杰は、少なくとも五メートル以上金世杰と距離を取っていた、佑真達第『〇』番大隊の兵士全員の足元から『槍』を突き上げていた。
「仲間が湖の中に金属を沈めたのである。忘れたのか?」
当然と言えば当然だが、湖の中に沈めようとも黄金は金世杰の超能力の支配下にあった。
しかし、どこにどの程度の量がどのように沈んでいるか目視できない黄金を感覚だけで引っ張り上げて、不意打ちを的確に迎撃し、更に何十人もいる兵士へ追撃も図る。
(技術なんてレベルじゃねえ! 本当に一人で戦争してやがる!)
それでも足元から突き上がった『槍』で一人として深手を負わないのは、国防の最前線に立つ第『〇』番大隊のある能力者による功績だ。
小野寺小隊・副隊長、芦田加奈子の《視野狭窄》は相手の視覚に干渉し、見えているモノの位置座標の認識をズラす能力である。
コーラを取ろうと手を伸ばしたのに、その少し右の空間を掴もうとしていた、といった誤解を相手に押し付けるのだ。故に黄金の『槍』はすべて、兵士たちから一メートルほどズレた位置から突き上がっていた。
「小野寺小隊、追撃!」
芦田を信頼していた隊長・小野寺恋はすでに金世杰への追撃を狙っていた。
《真空微動》で立ち位置を変え、金世杰を翻弄する剣戟。
対する金世杰は、恋の迎撃に使った『槍』を自らの手に握った。
「知っているか、若者。我が【中華帝国】にはかつて『神槍』と呼ばれた『世界級能力者』が存在した」
恋の長刀を弾き飛ばした金世杰は、そのまま『槍』を投擲した。
「我は彼女の下で少なからず槍術を学んでいる。『軍神』とて地に足を着け戦うことを――そしてこれが集団戦であることを、一秒とて忘れてはならん」
「なっ――」
芦田の《視野狭窄》のおかげで『槍』は恋に直撃しなかったが、あくまでそれは恋を標的とした場合の見方だ。
ケルト神話に、ゲイボルグという槍が登場する。この槍は穿てば必ず心臓を射抜くことで有名だが、もう一つ、投擲すれば鏃が三十に分かれるという能力も保有している。
今、金世杰が投げた『槍』はまさにそのような攻撃だった。
恋の脇を通り過ぎた『槍』の先端が三十に分かれ、後方にいた小野寺小隊を襲ったのだ。
「みんなっ!」
これ以上金世杰と手を交えるのは不利だ、と判断した恋は一度距離を取る。小隊は全員が少なからず傷を負ってしまったようだ。戦線離脱レベルの深手を負っていないのは、予想外な攻撃をも《視野狭窄》で妨害した芦田の優秀さが際立った、といえるかもしれない。
「ごめんね、みんな~」
「回避できない我々に非があります、隊長。それにまだリタイアしたワケでもありません」
「……そう言ってくれると心強いよ~」
芦田の心強い言葉に刀を構えなおす恋。
一方で、小野寺小隊とそんな手の交え方をしながら、他の小隊を放っておかないのが金世杰である。
オベロン小隊と伍島小隊が金世杰の追撃に動けなかったのは、湖中から次々と突き上がってくる黄金の『槍』によって余儀なく後退させられていたからだ。
「クソッ、本当に『得策ではない』とはな! 状況が悪化していないか!?」
「悔やんでる場合じゃないっしょオベロン。湖に沈んだ金属まで完璧にコントロールするなんて、誰もが予想外の一手だよ! さあどうする天堂!?」
「なんでオレに振るんすか伍島さん!? まあ、もうアイツが手を打ってますよ!」
そう告げる佑真の右腕には〝神殺しの雷撃〟がありったけ充填されていた。
「金属はほとんどが水の中だ。オレ達に見えていないように、金世杰にだって水の中自体は見えちゃいないはずだ。ヤツの超能力を解除した瞬間、ふたたび制御下に置けないほど遠くへ吹っ飛ばしてしまえば戦力は削られる」
「だがどうやって遠くへ飛ばす?」
「その辺は超能力の組み合わせっすよ!」
佑真が口角を不敵につり上げた瞬間、バキッと佑真の足元の氷に穴が開いた。
「おおおおおッ!」
その穴に向かって〝神殺しの雷撃〟を叩きつける。
真下――水中には《水流操作》の能力者であるカルムがありったけの黄金を回収し、待機していたのだ。
金世杰の超能力を〝雷撃〟が解除する。
そして水中で待機していたもう一人の超能力者が、すぐに金属塊に手を触れた。
京極小隊・副隊長の嵐山庄一。彼の超能力は《質量無視》という、触れた物の重さを一時的に軽減する能力だ。
端的に言えばそよ風でも吹き飛ぶほど軽くなった大量の金属塊を、カルムの起こす水流が猛烈な勢いで殴りつけた。周囲の泥や沈んでいた重量物をも巻き込んだ激流は、氷を突き破って金属塊を上空へ投げ飛ばす。
氷上に金属塊が出てきた瞬間、金世杰は即座に能力の制御下に置こうと顔を向けていた。
しかし金世杰が捉えるよりも早く、ステファノ・マケービワが《空間移動》を発動させて空中に出現した。
ステファノの《空間移動》は自分+触れている一定量の物体を、視界の範囲内で瞬間移動させる超能力だ。
元々はステファノ一人しか飛ばせなかった瞬間移動を、修行によって『他の人物も同時に瞬間移動可能』へ拡張したのだが、同時に飛ばせる容量には大きさ・重さに限界がある。
その内、重さを《質量無視》によって限りなくゼロに近い状態にした上で、金塊に触れたステファノは、そのすべてをはるか彼方へ瞬間移動させた。
「流石だなステファノ。伊達に『〇』番大隊の参謀を自称していない」
《視野狭窄》・《水流操作》・《質量無視》・《空間移動》、そして《零能力》。第『〇』番大隊の超能力を瞬時に組み合わせ、『軍神』の手の及ばない速度で実行に移し、完遂する。ステファノの思考力こそあれ、彼のオーダーに答えてみせる大隊の兵士たちはやはり場慣れしている。
「よっしゃ! これで戦力の大部分が削がれたはずだ!」
「ところでなんですが、小野寺小隊と京極小隊の合流がやけに速くないですか? 確か両隊ともに金世杰の部下と交戦していたような」
思わず佑真がガッツポーズを見せる傍らで、ガマ吉がやや不安げに告げる。
誰にともなく投げ出された問いに答えたのは、ステファノが失敗した時のために念のため空中で待機していたキャリバン・ハーシェルだった。彼女も金世杰の部下・慧能らと交戦していた面々の一人だ。
「増援があったんですよぉ。この『〇』番大隊で最も強い超能力者の」
「増援? まさか真希隊長が!?」
「残念ながら違いますがぁ――」
「俺達も畳みかけるぞ! この好機を逃すなよ!」
金世杰は氷上に降りていて単騎。しかも黄金の量は減った。オベロンの一喝に従い、全員が金世杰を取り囲んだ。
「まずは称賛しよう。見事である」
しかし四面楚歌といっていい状況でありながら、金世杰は至って冷静に黄金製の槍を構えていた。彼は湖中や氷上の各所に残っていた黄金の塊や槍をコントロールして、すべてを自らの下にかき集めていく。
「我に常に一小隊を貼り付かせて足止めし、その間に他の小隊が我の戦力を削ぎおとす。そして《神上の光》を逃がすことにも成功した。貴様らの作戦は上々といったところであろう。流石は天皇真希嬢の選定した戦力だ」
金世杰の声色に、焦りなんてものは微塵もない。
「故に問おう、若き者共よ」
限りなく感情を殺して任務を遂行する『軍神』はまだ、その片鱗を見せていなかった。
「その作戦が成立したのは、我が『骸骨』や『槍』などといった集団戦を選択していたからである。分散させていた力を個に集中させた今、貴様らは我と均衡しうるか?」
これまでは前哨戦や消化試合と呼ばれて然るべき、『軍神』による問答の時間。
「貴様らのうちたった一人でも殺害すれば、《神上の光》は否応なしにこの場へ戻ってくると――そうは考えなかったのか?」
ここから先が本番だ、と金世杰は言外に線を引いた。
いくつもの戦争を終わらせてきた怪物の本気が、一瞬で盤面の趨勢を変動させる。
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