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●第百六十三話 奮闘せよ、挑戦者

「松岡警部、報告であります」


 箱根山の交通規制をしく準備をしていた神奈川県警・松岡警部のもとに、直属の部下である本田がやってきた。


「おう本田、どうした?」


「【ウラヌス】の日向さんより伝言であります。箱根山で『小野寺班』と『京極班』が戦闘を開始。交通規制をはじめ、更なるご協力をよろしくお願いします、とのことであります!」


 敬礼をする本田。松岡は頭の後ろを()きながら、箱根山の方角に目を向けた。


「ついに始まりやがったかァ。物騒な音は聞こえていたが」


「……中華帝国と日本の軍人による交戦、ですか」


 傍で待機していた冥加が小さく呟く。


(伍島、それに天堂佑真。あいつら本当に大丈夫なのか……)


「やっぱり気になるか、冥加」


「……そりゃまあ、流石に」冥加は短くため息をつき、「でも今の俺は『警察』です。俺が何をすべきかはわきまえています」


「よろしく頼むぜ。今回は『軍事』に花持たせなきゃいけねェからな」


 松岡は冥加の背中を叩くと、待機中のパトカーと警察たちに向けて叫んだ。


「民間人の命を守るのは俺達『警察』の役目だ! 箱根山では軍人たちが命懸けで密入国者をとっ捕まえようと戦っている! 俺達は俺達の仕事をキッチリこなして、アイツらに迷惑かけないようにしようぜ!」


 そんな鼓舞に返事をする同僚たちの中で、冥加は一人、手首のSETを気にかける。


 左手は無意識に、SETを隠すように握りしめていた。




   ☆ ☆ ☆




 キャリバンと『京極小隊』に追っ手をまかせた佑真と波瑠は、芦ノ湖の水面を凍り付かせながら移動を続け、そろそろ陸地を見据えていた。


「対岸に来ちまったな。さすがに湖上に金世杰(ジンシージェ)をおびき出すことはできなかったか」


「自分から金属が少ない場所に出てくるような真似はしないんだね」


「挑発に乗ってくれないとなると……クソ、最悪の場合と最良の場合、どっちを引いたのかわからねぇな」


 佑真はエアバイクの走行をセミオートに切り替えて、遠視ゴーグルをかけた。周囲全体をぐるりと見渡すが怪しい影は見当たらない。特に金世杰の能力であれば、晴天の今日は金属が日光を反射する可能性もあった。それらしき光も観測できない。


(本音を言えば、戦わない方がオレと波瑠にとっては都合がいいんだ。このまま神奈川県を一気に抜けて静岡へ逃げたいところだが)


「佑真くん、前、何かおかしくない?」


 後ろから波瑠にポンポンと肩を叩かれ、佑真は前を見た。まだ凍り付いていない湖と、水平線の先にぼんやり陸地が見えるくらいで異変がわからない。


「何が気になったんだ?」


「波が高い気がするの。エアバイクのせいかもしれないけど、私のこういう『カン』って案外当たるから」


「オッケイ。それじゃ迂回するか」


 なんて呟いてハンドルを右に曲げた、次の瞬間。




 GUAAAAAaaaAAAAA!! と。


 湖の中から、黄金の鎧をまとった巨大な『虎』が跳び出してきた。




『黄金の虎』は文字通り佑真達の頭上を跳び越えると、波瑠が散々生み出した氷の上に着地する。足を滑らせることを期待したが、うまいこと爪をたてて踏ん張っていた。


 蒼いエアバイクは『黄金の虎』が起こした高波を必死に避ける。


「クソッ! 波瑠が変なフラグ立てるから本当に何か出てきたじゃねえか!」


「私のせいじゃないもんっ! とにかく佑真くん逃げてっ!」


 佑真はアクセルを全開にして『黄金の虎』からの離脱していく。波瑠は湖の凍結をやめて、エアバイクが起こす水飛沫を伝わせた電流で迎撃。


 わずかながら、氷上で『黄金の虎』を足止めする。


 その隙に改めて敵影を観察する佑真。


(体長は五メートル前後ってところだな。金色の鎧をまとっていて、隙間からは白い体毛が見える。金世杰の《レジェンドキー・四神白虎》か!)


「あの虎さん、秋奈ちゃん達の《魔術(レジェンドキー)》と一緒のものなんだよね!?」


 波瑠も同じ結論に達したようだ。


「ああ。つまり術者である金世杰も近くに」


 いる、という佑真の発言は、ドゴンッ! と大砲のような勢いで佑真達の目の前一メートルを通過した『黄金の虎』の余波によって遮られた。


「ッ、危ねぇ……!」


『黄金の虎』は速度を保ったまま、波瑠がまだ凍らせていない湖上を走っていた。


『水面を足が沈む前に蹴る』ことで走る、誰しもが子供の頃に妄想したそれを『黄金の虎』はやってのけている。


 Uターンして再加速する『虎』。今度は佑真と波瑠に命中する射線(ライン)。エアバイクでも無茶をすれば回避しうるだけの『奥の手』が残っていたが、それを使う必要はなかった。




「間に合え、クソッタレ!」


千畳反転(リフレクトレイヤ)


 遠視ゴーグルで戦況を見計らっていた伍島信篤大尉の、指定範囲の運動ベクトルを180度回転させる能力によって、『黄金の虎』がゴムボールのような勢いで跳ね返されたからだ。




 巨大な悲鳴を上げながら水面を水切りみたいに三度跳ね、高い飛沫を上げて沈んでいく『黄金の虎』。その背中から人影が一つ、離脱するように青空へ跳躍していた。


《白虎》を覆っていた黄金の鎧が解かれ、海中からその人影を追いかけて上昇していく。まるで天に昇る黄金の龍だ――なんて佑真が思っていると、黄金の流動体からカカカッといくつもの光が反射した。


 流動体が分裂して、黄金の針となって降り注いでくる。


 この攻撃には見覚えがあった。つい昨日経験した異様な太さの針。


「波瑠!」「はい!」


 左腕をかざす波瑠。氷の盾が針を迎えうつ。


 何枚割られようとも新しい氷の盾で防ぎきった時。


 佑真と波瑠の視界の先では――『金色鎧(こんじき鎧)の虎』が太陽光に照らされて輝いていた。『虎』が湖に着水したことで津波のような水飛沫が高々と上がり、小さな虹が生まれ。




 その虹の向こうに、金色の鎧をまとった戦士。


 金世杰(ジンシージェ)が待ち構えていた。




「――――ッ」


 佑真は鎧越しであるにもかかわらず、目が合った、と直感的に思った。


 同時に確信したのは、もう金世杰から逃げ延びるという選択肢が失われたということ。


 勝つか負けるか。二人の戦争は王手がかかるその瞬間まで、もう止まることはない。


「《神上の光(ゴッドブレス)》。貴様の命は今日、この場で奪う」


『黄金の虎』が重心をわずかに後方へ下げたかと思えば――


 次の瞬間、『虎』は突進した。


 惨状は予想するよりも早く、実感として佑真と波瑠に襲い掛かった。


 海上を強引に駆け抜けた『虎』の突進自体は、波瑠が上昇気流を起こして佑真を引っ張り上げることで、からくも間一髪回避できた。


 エアバイクが『虎』の巨体に押し潰されて小爆発を起こす。


 しかし『虎』の突進が起こした余波と。


 二次災害的に発生した津波は二人を逃がさなかった。


「ぐあっ!?」「きゃあっ!」


 ただでさえ強引に真上に跳んだGが内臓を圧迫していたにもかかわらず、間を開けずに叩きつけられる横方向の衝撃。上下感覚が失われるほどの旋風が止んだ頃に、二人は氷上に全身を打ちつけた。


「撃て」


 畳みかけるように『黄金の虎』の大口から無数の槍が発射。


 佑真も波瑠もまだ防御姿勢を取れていない。


「――オレがやる!」


 たとえ体勢が悪くても、それが超能力である限りは無効化できる《零能力》の雷撃が二人を守るドーム状に広がった。


 槍は〝雷撃〟に触れるたびにただの『黄金』に還元される。けれど降り注ぐのは実質無限の槍だ。攻撃が終わることはない。佑真は必死に右腕を突き出しながら、


「波瑠、お前は離脱しろ!」


「で、でも佑真くんは」


「エアバイクが無くなった以上オレに機動力はない! お前だけでも一旦(、、)離脱しろ!」


 佑真の体に槍が直接ヒットしているわけではないのに、佑真の体の何ヶ所かから血が流れ始めていた。


《零能力》の反動だ。


〝純白の雷撃〟は相手の超能力を一瞬で消し去るが、能力の代償に佑真の体が傷つくデメリットをはらんでいる。


 具体的には一度能力を消すごとに一ヶ所。


 槍が降り注ぐ弾幕攻撃とはすこぶる相性が悪い――。


「わかったよ佑真くん! 必ず戻ってくるから!」


 波瑠は自分が守られている状態が一番まずいと判断し、早急に空へ離脱。金世杰は『虎』の照準を波瑠へ向けようとしたが、純白の直線が『虎』の顔面を貫いた。


 佑真が放った『還元』の圧縮徹甲弾だ。


余所見(よそみ)すんじゃねえ金世杰! 波瑠に手ェ出すなら、その前にオレを殺してみろよ!」


「すでに満身創痍に見えるが、大口を叩く余裕は残っているらしいな?」


 一瞬『虎』の鎧を作っていた金世杰の超能力が解除されるも、金世杰は冷静に『黄金の虎』を再生させた。物体に干渉する系統の能力だと、一時的に能力を解除できてもすぐに干渉下に置かれてしまうので《零能力》と相性が悪い。


「……だがまぁ良いだろう。貴様の力、ここで推し量らせてもらう」


 金世杰がそう呟くと、『黄金の虎』の鎧の一部がヌルヌルと分裂し始めた。雫のように氷の上に落ちると、それは武器を持った骸骨に変化する。


 その総数、十――二十――三十――『黄金の鎧』に隙間が生まれる代わりに、佑真と金世杰の間は金色の骸骨で埋め尽くされていた。


「まずは歩兵と歩兵による駒の奪い合いだ。王将()の下までたどり着いてみせるが良い」


 金世杰のそんな言葉を合図として、骸骨が一斉に襲い掛かってくる――!


「ふっ」


 佑真は短く息を吸い、全身に〝純白の雷撃〟をまとわせた。


 手近にいた骸骨を蹴破り、刀を避けて右手を喰らわせる。背後から貫かれる槍をかわしながら回転蹴りをねじ込んで吹っ飛ばす。『梓弓(あずさゆみ)』の籠手(こて)で曲刀を弾き飛ばすと右腕を薙ぎ払った。〝雷撃〟が次々と骸骨を金塊に還元するも、すぐに別の骸骨が接近してくる。


 佑真一人の手数では、量産される骸骨への処理速度が追い付かない。


 いくら動体視力や周辺視野に優れていても人間には処理能力に限界がある。これが人間の集団であればまだマシだった。佑真を取り囲む骸骨は『金世杰』という意識に統御された、いわば『個の集団』だ。連携があまりにも取れすぎていて、徐々に対応が遅れていく。


「クソッタレがあ!」


 半秒だけ生み出した隙に金世杰を確認すると、彼はすでに波瑠の方に注意を向けていた。


『黄金の虎』の注意が空に。無数の槍が波瑠の下に飛んでしまう。


(まずい――)


 佑真は周囲の骸骨になりふり構わず『還元』の徹甲弾を放とうとして、




「その槍貰うぜ!」




 十本にわたる水流が、芦ノ湖の凍り付いていないエリアから噴き上がった。


 うち一本に乗っている伍島信篤が《千畳反転(リフレクトレイヤ)》を展開して、すべての槍を金世杰に跳ね返す。


 金世杰は動揺することなく『黄金の傘』で防ぎきった。敵にダメージこそないが、佑真は強力な救援に思わず口角をつり上げていた。


「遅いっすよ伍島さん!」


「こっちはこっちで妨害をブチのめしてから来てんだよ、許せ!」


 伍島と彼の小隊、および『オベロン小隊』の一部が水流にのって湖中から飛び出したのだ。


 ランクⅨ相当の《水流操作(アクアキネシス)》を使う『伍島小隊』の二等兵、カルムが陸地で待ち構えていた彼らをここまで運んだらしい。


 劫! と赤い炎が佑真の視界の端で(うごめ)き。


 オベロンが氷上に着地しながら、佑真を取り囲む骸骨を薙ぎ払った。


「よく生き延びたな、天堂佑真。しぶとさは相変わらずか」


「まぁな」


「今度こそ恩返しをさせてもらおうかな、天堂佑真君」


 カルムが水流を操って、骸骨を湖中に突き飛ばしていく。他の【ウラヌス】の面々も氷の上に着地し、金世杰を取り囲みながら武器を――超能力を構えた。


「目ェ見開いてよく見てな、天堂。ここから先は第『〇』番大隊の手番だぜ!」


 そして伍島の威勢のいい言葉と同時に、『世界級能力者』と軍人達が衝突を開始した。




   ☆ ☆ ☆







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