●第百六十話 反省せよ、愚かな正義
護衛艦『きさらぎ』に戻った冥加を待っていたのは、玲奈の平手だった。
「バッカじゃないの」
冥加とともに戻ってきた伍島は乾いた音に唖然として、ようやく緊張から解けた軍人達も困惑して顔を見合わせている。
叩かれた冥加は、頬を抑えながら玲奈を睨み返した。
「……なんですか、いきなり」
「叩かれる理由があることくらいわかるでしょ」
「まあ、何に怒っているかくらいは」
玲奈の頬が激情で赤く染まっている。
七つも年上の美女のそんな表情を見て、冗談は返せない。
「俺が無茶をしたことですよね。でももしあの場面で俺が出ていなかったら、班どころか部隊まで壊滅する危険があったんですよ」
「それも結果の一つだね。でももしあの場面で敵に援軍がいたら? そうしたら私達は全員袋の鼠になっていた。あそこで君達に巨大装甲車を任せたのは、《領域視野》の人のおかげで明確に援軍がいないと判断できたからなの。君達だけの成果じゃない」
「……」
失念していた――その事実は否定できない。先ほどは急に襲われて巨大装甲車で頭がいっぱいになっていたが、他の可能性まで考えが及んでいなかった。玲奈を説得していたようで、冥加の無茶を彼女が理性的に判断してくれていたのだ。
「君達の正義感は立派だと思うけど、その立派に『無茶』や『無鉄砲』がついたら意味がない。もっと賢く生きて。貫きたい正義があるなら、それに見合う行動ができるようにならなきゃダメだよ」
「……わかりました」
「ならよろしい」
「っ!?」
打って変わって目と鼻の先でニッコリと微笑む玲奈が頭に手を乗せてきて、冥加の心臓はドキッと跳ねた。
「うわっ、な、なんだアンタ!?」
「あら、いい子いい子って知らないかしら? よくできた子の頭を撫でるんだけど」
「知ってるけど! 俺を子供扱いしないでください!」
「散々『十一歳』って主張しといて今更何言ってるのよ。まだかわいい子供じゃないの」
「あぁ!?」
か・わ・い・い。
いくら十一といえど冥加も一男児である。その言われようは不本意などというレベルではない。カチンときた、を彼は初めて体験した。
「俺をガキ扱いするなって言ってんだろ!」
「ほらほら、顔を真っ赤にして怒っちゃうあたり子供ね~」
「テメェ……!」
冥加が柄にもなく拳を握りしめたところで、それまで見守っていた伍島が「ど、どうどう!」とようやく仲裁に入った。
「お戯れもその辺にしてくださいよ、玲奈班長。冥加が可哀想っす」
「あはは、冥加君面白いからつい調子に乗っちゃった」
「つか呼ばれてますよ。事後報告しろって」
「はーい。とにかく冥加君と伍島君は後で食堂でお説教だからね」
「平手打ちしといてまだ説教すんのか……」
ケラケラと笑い、玲奈は『きさらぎ』の指令室に去っていった。
「珍しいな、冥加が声を荒げるなんて」
「……あの人は苦手だ。ペースを崩される」
しかし『お説教』の中身は正論だった。
冥加が何ヶ所かの戦場を経て抱いた『目の前で誰かが死ぬのを見たくない』という、軍人にあるまじき理想の話。
本当にそいつを実現させたいならば、もっとうまく生きなければいけない。
玲奈が言ったように、覚悟に見合う行動を選択できるようにならないと。
★ ★ ★
南極基地物資輸送作戦は無事完了し、冥加、伍島、玲奈の三人はまた別部隊へ配属されることとなった。
別れ際にまた玲奈にからかわれたものの、「また会おうね」と抱きしめられた時は子ども扱いされている事実以上に『生きてまた会おう』という真意が嫌でも理解できて、抱きしめられるに甘んじる羽目になったりもした。
「でもあの時、すげーいい香りしたよなぁ。あれってシャンプーのにおいなのかなぁ。でも南極上陸して数時間歩いた後だったから、あれが女の人の香りってことなのかなぁ」
「あの時ってどの時だよ、伍島」
「玲奈さんに抱きしめられた時だよ。忘れたとは言わせないぜ!? テメェの抱擁時間の方が俺より八秒くらい長かったしなッ!」
「長さ計るとかキモすぎる」
――――そんな作戦から数か月後。
腐れ縁は途切れないから腐れ縁なのであって、冥加と伍島はしつこく再会を果たして今度は太平洋沖にいた。陸軍の名が泣いているが、突っ込んだら負けなのかもしれない。
二人は『きさらぎ』の姉妹艦である『うづき』の甲板で日向ぼっこの真っ最中だ。
「で、今度もまた俺達うら若き『超能力者』が戦場へ駆り出されたわけだが、今度は太平洋のどの島で合法的侵略行為の手伝いをするんだ?」
「集団的自衛権って知らないのかよ冥加。オセアニア連合と同盟を組む日本軍は、オセアニアと他勢力の戦争に関しちゃ手ェ出しても問題ないんだぜ」
「結局のところ、詭弁で戦争するのにゃ変わりないんだな」
「安全大国の『戦争放棄』はとっくのとうに辞めたんだから『侵略行為はしない!』なんて建て前捨てちまえばいいのにな」
「まったくだ」
「……相変わらずキミ達は年齢不相応な会話をしているのねぇ」
んん? と冥加と伍島は顔を見合わせた。
寝転がっている甲板で体を起こした先にいたのは、数か月ぶりに会う上官だった。
「れ、玲奈さん!?」
「どうも、久しぶり」
ちょうど直前に話題にしていた天草玲奈お姉さん(18)の登場に、露骨な発言をしまくった伍島は顔を青ざめさせている。一方で冥加は「ちわっす」と呑気に頭を下げた。
「生きていたようでなによりです、玲奈さん」
「それはこっちの台詞だよ。相変わらず生意気な正義感を貫き通して、武勲とペナルティを同じ量稼ぎながら『軍人』やっているらしいじゃない。何度も軍報に取り上げられてたよ」
「偶然ですよ」
「ここにいるってことは、玲奈さんも同じ作戦すか?」
「そして作戦ブリーフィング前に詳細をまったく調べようとしない楽観さも変わりないね」
玲奈が呆れた風にため息をつくと、ポケットから一枚の紙を取り出した。紙媒体なんて珍しいなあと思いながらそれを覗き込む。
「班編成変更の通達?」
「そう。冥加兆と伍島信篤の両問題児の制御が難しいため、美人で年も近くて同じ『超能力者』でもあり最近上等兵に昇格した天草玲奈お姉さんに、今回の作戦でキミ達の監視役になるよう軍の上層部から命令が下ったの」
「「…………」」
「そんな露骨に嫌そうな顔しないでよ。ちょっとは傷つくから」
冥加は半年ほど前にはたかれた頬の痛みを思い出していた。
自分たちが振るう勝手な正義感には、常に自分たちの命の危険も伴っている。その独断行動に対して『命を粗末に扱わないで』と冥加たちの身を案じたお説教をしてくれたのは、今までで玲奈だけだった。
ちょっと面倒くさいと思わないこともないけれど、お目付け役が悪いとは限らない。
玲奈は間違ってさえいなければ、無茶を手伝ってくれる賢さがある。
「とにかくそういうわけだからよろしくね、冥加くん、伍島くん」
「うーんこの。美人と一緒にいられることは思春期男子的に喜ぶべきか悔しむべきか」
「ずっと思ってたけど、玲奈さんってそんなに美人か?」
「おっと冥加くん、今の発言は聞き捨てならないんだけど?」
ガッと玲奈が冥加の首を絞めて、不可抗力で背中にムニッと胸の感触が伝わってくる。何やらいい香りもするし、なんだかんだ言って男所帯の軍隊という補正を除いても『美人』であることは否めない……のかもしれない。
「こ、子ども扱いするなって言っただろ! 俺だって男なんだぞ!」
「はいはい。まずは私より目の高さが上になってからねー」
「この……!」
★ ★ ★
オセアニア援軍派遣をきっかけに、冥加と伍島と玲奈の三人は、よく同じ班に放り込まれるようになった。
無茶をしつつも任務成功率が異様に高い冥加兆・伍島信篤コンビと、彼らの無茶をほぼ最適解でカバーできる天草玲奈。彼らの功績が日本軍の国防を多少なり支え、玲奈に至っては『最前線で国防に励む美人士官』として各種メディアにも取り上げられるようになった。
アホガキコンビは置いておくとしても、玲奈には昇進や(広告塔とするための)安全地帯への異動の話のみならず、貴族やエリート好きの連中からの『結婚の申し出』なんてものも無数に舞い込んだ。
玲奈はそれを片っ端から断っていたが、彼女にとって悪い話ではない。
冥加がなぜ断るのか直接問うと、玲奈は「君の側にいたいからだよ」と言った。
七つも年上の女性にそう言われても、年齢でいえば本来小学生である冥加には真意なんてわからなかった。無茶をしては怒られるような関係だったから、嫌悪されてもおかしくない、というのもある。
そんなガキが玲奈の真意を知ったのは、いわゆるバレンタインデーに告白されて、だった。
――男所帯の軍隊だから、バレンタインデーなんて存在から忘れていた。
――何をキッカケに自分なんかのことを好きになったのか、理解できなかった。
――庇護欲とか、母性本能とか、そういうものの勘違いじゃないかって……。
疑問は募るけれど、玲奈と交際を始めた。素直に嬉しかったことは否めないし、何度も何度も共闘していく過程で特別な想いが全く芽生えていなかったか、と聞かれればうまく答えられない程度には『何か』があった。
伍島は「なんで俺じゃなくて冥加なんだよっ!」と茶化しながらも祝ってくれた。
辛い状況ながらも一つの幸せを手にしたのが、2116年。
★ ★ ★
――――2116年5月後半。
パリ平和会議によって『休戦宣言』が行われるまで、残り一か月。
★ ★ ★
そんな未来を知らない日本国防軍のある大隊は、北陸に集められていた。
中国は(すでに中華人民共和国は名を変え、『中華帝国』として皇帝による政権が擁立している)複数回の牽制にさいして日本の領海に侵入。現在は海軍・空軍による空戦が行われており、陸軍は上陸に備えつつ各部隊への物資供給や支援活動に勤しんでいる。
この程度の規模の戦闘で済んでいるのは、ひとえに【ウラヌス】の賜物だった。
「なあ聞いたか。今回の戦闘にも【ウラヌス】が介入宣言をしているらしいぞ」
動きを見せればいつだって『戦争』を終わらせに向かう。【ウラヌス】がそんな宣言を両国に向けたため、互いに牽制を続ける膠着状態に足を踏み入れつつあった。
「どうせ阻まれるのならば、出撃しないという選択肢もありだろうになぁ」
「バッカ、その間に中国に北陸を奪われでもしろ、日本は終わりだぞ!」
「でも自分は嫌ですよ、【ウラヌス】と戦うなんて」
能登半島の仮設軍事施設でも、話題はひっきりなしに【ウラヌス】絡み。食堂で口をそろえて愚痴たれている上官たちを見ながら、冥加と伍島も金曜カレーを食べていた。
「見ろよ冥加。最前線で兵士が『戦いたくない』って言ってるぜー」
「本当だな伍島。俺も本音を言ったらそうだけど、軍曹とか兵長が言っちゃうと部下がやる気なくしちゃうぞー」
「……キミ達、これ見よがしに大声出すのやめなさいよ」
一緒にカレーを食べている玲奈が呆れたように呟いた。
「玲奈さんは話題の『戦争終わらせ隊』についてなんか聞いてますか?」
「【ウラヌス】のこと? そうだねぇ、女性用宿舎では『中国人の金世杰』っていう人が自国の戦争を終わらせにやってくるとかいう噂が」
「金世杰か。確か金属を操る超能力者だったよな?」
伍島の確認に頷きかえす冥加。
「通称『軍神』って呼ばれている【ウラヌス】の頭脳だな。二年前に俺らが介入した『南極大陸・国境なき戦争』をわずか二人で終わらせた正真正銘の怪物だ」
「あー、冥加クンと玲奈さんが運命の出会いを果たしたあの一件か。懐かしいなぁ」
「うるせぇよ」
玲奈が照れたように顔を逸らし、冥加は七味唐辛子を伍島のカレーにプレゼントした。
「私達の事はさておき、『軍神』なんて呼ばれている人が来るのは嫌だね……もし戦闘にでもなったら……」
「その時は簡単ですよ、玲奈さん。【ウラヌス】は武装した人間を攻撃する。出会った瞬間に武装を解除して降伏を示せばいいんです」
「……そういえば、カズくんは一度だけ【ウラヌス】と出会って生き延びたんだっけ」
「経験者は語る、だな」
コクリと頷きかえすも、冥加にとってあまりいい記憶ではない。
『武装解除して本当に見逃されるのか!?』という恐怖と緊張。そして武装解除しない者達が血塗れになっていく光景。冥加の人生十三年の中で最も長い十五分間だった。義勇軍【ウラヌス】を敵に回す恐ろしさは魂に刻まれている。
しかし戦意がないことさえ証明すれば、本当に見逃されることも知った。二年経った今でもスタンスが変わっていなければ、冥加たちも生きて日常に戻れるわけだ。
「ところで玲奈さん、冥加のこと『兆くん』って呼んでるんですね」
「ゲフン」
「そうだよ~。私のこともさん付けじゃなくていいよって言ってるんだけど、カズくんなかなかデレてくれないの。まだキスまでしかしてないし」
「ゴフン」
「ハハハハハ、冥加はこう見えて格好つけですからね! どうせ夜景の綺麗なお店でディナーを楽しんだ後で……とかプランニングしてますよコイツ」
「ドサー」
「ハハハハハ待てよ七味のビンの残り全部カレーにかけてんじゃねえよ冥加ッ!」
「じゃあその減らず口を閉じてもらおうか伍島ッ!」
顔を(恥ずかしさで)真っ赤にした冥加と、顔を(辛さで)真っ赤にした伍島が胸倉をつかみ合う。玲奈が慌てて「まぁまぁ」と仲裁に入ったことで事なきを得た。
「……つかキスはしたのか。羨ましいなぁこんな美人上官とコンチクショウめ」
「いいだろ、付き合ってんだから」
「でも冷静に考えれば、二十歳の私が十三歳のカズくんと交際してるのは通報ものだよね。ご時世に感謝というかなんというか……」
「いつ死ぬかわからん時代で愛を否定すんのも馬鹿らしいっすもんね」
「お、伍島くんいいこと言う。褒美にカツをあげよう」
「わーい。でもできれば七味がない空間に置いてほしかったっす!」
とかなんとか雑談しているうちに昼休憩終了の時間になっていた。七味唐辛子まみれになったカレーとヒーヒー言いながら食べる伍島は置いていき、冥加と玲奈は席を立った。
「……いつ死ぬかわからない時代、か」
「玲奈さん?」
「あー、あのね。【ウラヌス】さんに頑張ってもらって、こんな時代がさっさと終わればカズくんと平和に暮らせるのになって、ちょっと考えちゃった」
えへへ、と照れ隠しする玲奈は上目遣いに冥加を見上げた。いつの間にか身長は逆転していた。冥加はこれからが成長期だ。まだ逞しいとはいえない右手で、玲奈の左手を握りしめる。
「そうですね。少なくとも他の軍の連中に気づかれないように手を繋ぐ、なんて状況はさっさと終わってほしいです」
「あはは。そだね」
玲奈も静かに握り返してくる。
――――この人だけは絶対に死なせない、と。
冥加は、彼女と触れ合うたびにそう思うようになっていた。




